婚約破棄されたけど、むしろ好都合ですわ!

しおしお

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第1章:突然の婚約破棄、でも好都合ですわ!

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 貴族社会――それは生まれながらにして与えられた身分を利用し、時にはそれを武器としながら生き抜かねばならない厳しい世界でもある。名門と呼ばれる家に生まれ、名ばかりの貴族としてなんとか体裁を整えている者もいれば、莫大な財力を背景に他家を圧倒する者もいる。だが、いずれにせよ貴族にとって何より大切なのは、同胞たちがどう思うか――つまりは「周囲の目」だ。

 私は公爵家の令嬢として生まれた。父はアークライト公爵家の当主、母もまた名高い伯爵家出身で、美しく聡明だと評判だった。そんな両親のもとに生を受けた私、セイラ・フォン・アークライトは、幼い頃から「公爵令嬢にふさわしくあれ」と言われ続けて育ってきた。礼儀作法はもちろん、乗馬やダンス、剣術、さらには魔法の基礎知識まで。私の屋敷には優秀な家庭教師が何人も出入りし、息つく暇もないほどの教育を施される日々だった。

 とはいえ、それを苦痛に思ったわけではない。私自身、新しい知識を得るのは楽しかったし、何より両親の期待を裏切りたくなかった。公爵家に生まれた以上は、それなりに大きな責任を背負うことになる。それが当たり前だと思っていたし、だからこそ努力も惜しまなかったのだ。

 そんな私にとって、将来は優れた貴族の男性と結婚し、家を繁栄させる一助となるのがある意味“役目”だった。恋愛などという甘い幻想は、貴族の婚姻においてはあまり重要視されない。多くは家同士の結びつきを強めるための政略結婚だ。だから私も、それを当然のことと受け止めていた。

 しかし、私の人生は十六歳の時、驚くべき転機を迎える。――王太子から、婚約者に選ばれたのだ。公爵令嬢である私が王族に嫁ぐ可能性はさほど珍しい話ではない。だが、それが自分の身に降りかかるとは思っていなかった。

 その報せを受けたとき、両親は狂喜した。どんな大貴族でも、王家との縁組は一種の到達点とされている。名実ともに公爵家として最高の格を得られるし、それは一族の繁栄を約束するものでもあった。私も最初は戸惑いながらも、自分にその大役が務まるならば、と決意を新たにした。

 「王太子妃」としての責任は重いが、これも公爵令嬢としての宿命なのだと。


---

 ところが――年月が流れ、私が十七歳になったある日のこと。王宮で催された華やかな舞踏会の場で、私は思いがけない言葉を突きつけられる。

「セイラ・フォン・アークライト! 貴様は悪女だ。よって、この場をもって婚約を破棄する!」

 突然の宣告に、会場中が凍りついた。あまりにも衝撃的な出来事に、手にしていたグラスを落としそうになった貴族は数知れないだろう。もちろん、その中には私自身も含まれていた。

 ――王太子アルベルトは、金髪碧眼の典型的な王族の美貌を持つ青年だ。いつもは自信に満ちた微笑みを浮かべ、人当たりの良い態度で周囲を魅了してきた。少なくとも、私の知る彼は温厚な人柄に思えたし、だからこそ王都でも評判は悪くなかった。

 しかし、その日は違っていた。彼はまるで私を何年も恨み続けてきたかのように、憎悪にも似た表情で私を見下ろしたのだ。それが驚きであると同時に、どこか滑稽にも感じられた。だって私は、彼に恨まれるような行為など何ひとつしていないのだから。

「セイラ、貴様は王宮で裏工作を繰り返し、人を陥れる悪女だと判明した! 私はこれ以上、貴様のような者と結婚するわけにはいかない!」

 怒鳴り散らす王太子の隣には、神妙な面持ちで寄り添うように立つ少女がいた。銀糸のような美しい髪を持つ彼女こそ、最近になって突然この国に現れた『聖女』を名乗るリリア・エルステッドだ。彼女は小さな声で、まるで悲しみに耐えるようにこう言う。

「アルベルト様、あまりセイラ様を責めすぎないで……きっと何か事情があったのですわ。私はただ、この国を救うために神から選ばれただけで……」

 その声音はどこか憐れみを含んでいるようにも聞こえる。だが、そのまなざしはひどく冷淡に思えた。会場にいるほとんどの貴族が、自分たちの知らないところで何かが起きているのだと悟ったに違いない。なぜなら、私も含め、彼女とまともに言葉を交わした記憶がないからだ。

 「私が悪女? 何も悪事など働いた覚えはないのに……」

 けれど、王太子であるアルベルトがそう言い切ってしまえば、私の反論など大勢の前では通じにくい。第一、証拠すら出さないまま、彼は私をただの「悪女」呼ばわり。おまけに、その根拠はすべて「聖女であるリリアの啓示」とやらに基づいているのだという。

 ――これほど理不尽な話はないけれど、ある意味仕方ない。彼は王太子という絶対的な地位を持つ人物であり、その力を利用して私を断罪した。社交界においても王族の意向は絶大だ。たとえ理由が見え透いた嘘でも、表立って反論するのは容易ではない。

 それでも私は、驚きと衝撃で息を呑みながらも、不思議と冷静だった。なぜなら、心のどこかで**「ついに来たか」**と感じていたからだ。もともと、アルベルトは最近になって「リリア」という少女にのめり込んでいるという噂を耳にしていた。噂好きの貴族たちは「あの聖女さまは絶世の美女らしい」「王太子が完全に虜になっているらしい」と口々に言っていた。だから私は、彼がいつか私との婚約を破棄し、新たにリリアを婚約者にすると宣言するのではないか――と、どこかで予感していたのだ。

 実際、それが的中したのだから驚きはない……といえば嘘になる。しかし、想定の範囲内といえなくもない。私は殿下の宣言を耳にしながら、心の奥でほっとしている自分に気づいていた。「これでようやく、王太子妃という重責から解放される」――その思いが少なからずあったからだ。

 婚約破棄は貴族にとって大きなスキャンダルだ。特に、王太子妃候補だった私が破棄されるとなれば、世間は面白おかしく騒ぎ立てるだろう。両親も怒るかもしれない。私を憐れむ人もいれば、嘲笑する者もいるかもしれない。だけど、私はどこか胸のつかえが取れたような開放感を覚えていた。

 なぜなら、私は王太子妃になりたいわけではなかったのだ。――幼い頃は漠然と「王子さまと結ばれるのも悪くない」と考えていたこともあった。だが、実際に結婚が決まってみると、王宮には厳しい掟やしきたりがあり、日々のスケジュールも私の自由意志では決められなくなる。私はそれがどうしても窮屈だった。家のため、両親のためと思えば我慢もできるが、心の底から「王太子妃になりたい」と思えなかったのだ。

「セイラ、おまえの婚約はここで終わりだ。……二度と私の前に姿を現すな!」

 そう言い放つアルベルトの目には、既に私への興味など欠片も感じられない。彼の視線はリリアへ注がれ、まるで「自分が守るべき聖女はこの娘だけ」と誇示するようだった。リリアは悲しげな顔をしているが、どこか悦に入ったような雰囲気も感じられる。

 私は静かに一礼し、**「承知いたしました」**とだけ言って踵を返す。周囲の貴族たちがどよめくのを背に感じながらも、私は取り乱すことなく、まっすぐに会場を後にした。――もちろん、その姿を見て「もっと抵抗すると思ったのに」「悪女なのにあっさり諦めるのか」と思う者もいただろう。けれど、私は必死に縋る気など毛頭なかったのだから仕方ない。むしろ、堂々と退場することが唯一の矜持だった。

 こうして私は、王太子との婚約を破棄された。当然ながら、公爵家の令嬢にとっては大きな汚点である。けれど、これは同時に私が得た「自由への扉」でもあったのだ。


---

 翌日、私の家――アークライト公爵家は大騒ぎとなった。両親は怒り狂い、使用人たちも浮き足立っている。王都でも大きな噂になり、「セイラ様が王太子殿下に捨てられたらしい」「あの聖女が婚約を掻っ攫った」と、面白おかしく囃し立てる声がすでに飛び交っている。

「セイラ、おまえは本当に何もしていないのだな? 王太子殿下が言うような“悪事”なんて、絶対ないのだな?」

 父は半ば血走った目で私を問い詰めてくる。私は苦笑しながら首を横に振った。もちろん、何もしていない。

「そもそも、殿下は具体的な証拠を一切示していません。すべて聖女リリアが『神の啓示』で見抜いたとしか言わなかったのです。私には心当たりがありませんし、周囲の方も困惑していました」

「くっ……! 王太子だからといって、許される振る舞いではない!」

 父は激怒し、公爵家として王宮に対して正式な抗議をするという。だが、私は心のどこかで「そこまでしなくてもいいのに」と思っている。反駁したところで、アルベルトの態度が変わるとも思えないし、今さら私が婚約者の座に戻りたいと思うはずもないのだ。むしろ、面倒が増えるだけではないか。

 母も母で、「セイラ、本当は王太子殿下を咎めたいのではないの?」と訊いてくるが、私は穏やかに微笑んでみせる。

「いいえ、お母様。私はどうせなら、このまま婚約破棄の事実を受け止めて、次の道を探してみたいのです」

「次の道、ですって?」

「ええ。私は王太子妃にならずとも、公爵家の令嬢として生きていくことはできますし、王宮でのしきたりに縛られない時間を持てるのはむしろ好都合です。王妃になると、いろいろと気苦労が多そうでしたし……。それよりも、自分の好きな研究や、いずれは旅をして他国の文化を学ぶなど、やりたいことがたくさんあります」

 両親からすれば予想外の答えだっただろう。目を丸くしているのがわかる。でも、私にとっては本心だった。これまで「公爵令嬢」として両親の期待を背負いすぎたせいで、自分が本当にやりたいことを後回しにしてきた。婚約破棄は確かに公的には不名誉なことかもしれないが、それを代償に得た“自由”は私の中で何より魅力的に輝いていた。


---

 そうは言っても、王都の社交界でこの件が話題になるのは避けられない。悪女の汚名を着せられた私を警戒する貴族もいるかもしれないし、面白半分に近づいてくる者もいるだろう。けれど、私はあまり気にしなかった。噂話はそのうち新しいネタが出ればそちらに移るものだ。なにしろ、いつの時代もゴシップ好きな人々は多く、明日の王都にはまた別の事件が起きるかもしれないのだから。

 実際、数日経たないうちに、私の悪女疑惑を訝しむ声も多々耳に入るようになった。

「どう考えても、セイラ様が悪事を働くとは思えない。アークライト公爵家は伝統を重んじる名門中の名門よ? 変な噂すら聞かないわ」

「それに比べて、あの聖女リリアは本当に奇跡を起こしているのかしら。王太子殿下があまりに盲信しているように見えて、なんだか不自然だわ」

 こうした声は主に若い貴族令嬢たちから挙がっていた。もともと私に親しみを感じてくれていた子たちは、「セイラ様が悪女なわけがない」というスタンスをとってくれている。彼女たちの言うように、リリアの聖女伝説には確かに不可解な部分が多い。どこそこの村で魔物を浄化したとか、重い病に苦しむ人を救ったという噂はあるが、いずれも詳しい証言がないのだ。

 ――それでも、王太子という最高権力者がリリアを信じている以上、公には逆らいにくいというのが実際のところだろう。そして同時に、王太子の奇行ぶりが今後どんどん拡大していくのでは、と不安視する声も聞こえてくる。いずれ国王陛下が介入して収めるのかもしれないが、その時には手遅れになっているかもしれない――と囁く者もいた。

「ま、その時はその時ですわね」
 私は他人事のように肩をすくめる。もはや私は王宮の一員ではない。王太子の将来に関わる義務もない。むしろ、今後は一歩退いた場所から客観的に状況を眺められる立場になったのだから、ラクなものだ。


---

 そうして迎えたある日、私は自室でゆったりと本を読んでいた。前から気になっていた魔法考古学の文献で、王太子妃になるなら身につける時間もなかっただろう学問だ。実に興味深く読みふけっていたのだが、そこへ慌ただしいノック音が響いた。

「セイラお嬢様、申し訳ございません! お客さまが……」

 侍女が明らかに取り乱した様子で私を呼ぶ。こんなに慌てるのは珍しい。まさか王太子が押しかけてきたのかと思い、一瞬うんざりしかけたが、侍女の次の言葉は予想外のものだった。

「隣国のエグゼルバ王国から、第一王子のレオニス殿下がいらしています!」

 思わず本を落としそうになる。隣国の王子――しかも第一王子――が、どうして私の元を訪れるというのか。隣国というなら、しばしば使節が来ることもあるが、第一王子本人が貴族邸を直接訪れるのは極めて稀だ。私は戸惑いながらも、服装を整えて客間へと足を運ぶ。

 そこには、黒い髪を短くまとめた、精悍な雰囲気の青年がいた。瞳の色は不思議な黄金色を帯びており、どこか冷ややかにも見えるが、面立ちは整っていて気品が漂う。その姿は、実に堂々としていた。彼こそがレオニス・フォン・エグゼルバ。今をときめく隣国の王子だ。

「セイラ・フォン・アークライト公爵令嬢。はじめまして、レオニス・フォン・エグゼルバだ。突然の訪問を詫びよう」

 王子は落ち着いた声でそう告げ、私に軽く会釈する。その目はまるで私の内面を測るかのように鋭い。

 私は急いでお辞儀をし、ソファを勧めた。使用人が用意した香り高い紅茶が運ばれるまでの短い沈黙の後、レオニス王子は切り出す。

「先日の舞踏会の件は、隣国である私の耳にも届いている。王太子アルベルトが、君を“悪女”と断じ、婚約を破棄したらしいな。……しかし、私にはにわかには信じられない話だ。セイラ令嬢は貴族の間で才色兼備として名高い存在だし、普段から冷静かつ誇り高い振る舞いをすることで知られている。それがなぜ急に“悪女”などと?」

 私は苦笑し、首を振る。

「私にもわかりませんわ。アルベルト殿下は聖女リリアの言葉を全面的に信じているようで……証拠が提示されることもなく、一方的に悪女と断じられてしまいました」

「ふむ……。噂によれば、その聖女リリアという人物に何か裏があるという話もあるが、まだ確証はない。……なるほど、やはり君に落ち度があったわけではなさそうだな」

 レオニス王子はそこでいったん紅茶をすすり、軽く息をつく。その様子にはどことなく余裕が感じられた。

「そこで、本題に入ろう。私がわざわざ君のもとを訪れたのは、他でもない――君に興味を持ったからだ」

「興味……ですか?」

「そうだ。君は王太子から婚約を破棄されたにもかかわらず、取り乱すことなく、むしろ落ち着き払っていると聞く。普通の貴族令嬢なら号泣し、名誉を回復しようと必死に走り回るだろう。だが、君はそうしなかった。……それだけで、私にとって十分に興味深い存在だ」

 彼の眼差しは真摯だが、その奥にどこか挑むような光が見えた。私は少し胸がざわつくのを感じる。なぜなら、こうも単刀直入に「興味を持った」と言われるのは初めてだからだ。

「私としては、君のように聡明で冷静な女性が、王宮の理不尽に振り回されるのは惜しいと思う。だから、もし君が望むなら――私の国に来ないか?」

「え……?」

「簡単に言えば、君を我がエグゼルバ王国へ迎え入れたいということだ。具体的には、私の妃候補として、である」

 唐突な提案に、私は息を呑む。婚約を破棄されたばかりの私に、隣国の王子が新たな婚約を申し出るなど、あまりにも急な話ではないか。私は目を瞬かせながら、どう答えればいいのかわからずに口ごもる。

「なにもいきなり決断しろとは言わない。ただ、君にとってこの国――いや、王太子殿下という存在は、もはや心の拠り所ではないだろう。ならば、私の国で新しい人生を送るのも選択肢のひとつではないかと思うのだ。君が望むなら、私は最大限君の自由を尊重するつもりだ。何より、君のような才気あふれる令嬢を放っておくのは惜しい」

 その言葉は、私の胸を大きく揺さぶった。――確かに私は、今後どう生きていこうかと考えていた。王太子妃となる道は潰えたが、それは私が本来あまり求めていなかったものでもある。とはいえ、公爵令嬢としての立場はあるし、将来的には別の貴族との婚約話が持ち上がるかもしれない。でも、いきなり「隣国の王妃候補」という話になるとは……さすがに想定外だった。

「そ、そんな急に言われましても……」

 戸惑いを隠せない私に、レオニス王子は微笑みかける。その微笑みは、アルベルト殿下が時折浮かべる「自信に満ちた笑み」とはどこか違う。より落ち着いていて、けれど隠れた炎のような情熱を感じさせるものだった。

「いいだろう、焦る必要はない。私はしばらくこの国に滞在する予定だ。君が何を望み、どう行動するかを見たいと思っている。もし、私の誘いに興味があるなら、声をかけてくれ。――そうだな、近々、私が滞在している館で小さな茶会を開く予定だが、そこに招待しよう。都合がつけば来てくれないか?」

「…………」

 私は答えを見出せず、ただ無言で頷くしかなかった。レオニス王子はそれを了承と受け取ったのか、立ち上がって軽く頭を下げる。

「急な訪問で失礼した。では、また近いうちに――期待しているよ、セイラ令嬢」

 そう言い残し、エグゼルバ王国の王子は公爵邸を後にした。まるで堂々とした戦場の将軍のような姿だったと、後に侍女たちが興奮混じりに語っていたのを思い出す。それほどまでに、彼の存在感は圧倒的だったのだろう。


---

 こうして、私は不意に**「隣国の王妃候補」**という道を提示されることになった。王太子との婚約破棄に伴い、自由を手に入れたと思っていた私だが、その自由は思いがけない形で新たな選択肢をもたらしてくれたらしい。それが幸か不幸かはわからない。けれど、少なくとも私は、王太子妃となる未来よりも魅力的に感じている自分に気づいてしまった。

 ――なぜなら、レオニス王子の瞳には嘘や欺瞞が見えなかった。彼は確かに高位の王子でありながら、私を「悪女」などと一方的に決めつけることなく、本当に興味深い存在として扱ってくれた。あの一連の会話で、私を上から見下そうとする態度はほとんど感じられなかった。むしろ、私の才能や生き方を尊重しようとしてくれている。

「……面白いわね。本当に彼のもとに行けば、私はもっと自由に生きられるのかしら?」

 もちろん、隣国の王子妃になれば、何らかの拘束はあるに違いない。だが、アルベルト殿下が求めていたような「王妃として絶対にこうしろ」という押しつけがましさは、レオニス王子からは感じられなかった。むしろ、「自分の才覚を発揮し、新しい景色を見てほしい」という好奇心を匂わせていた。

 私は自室の窓辺に立ち、外の空を見上げる。晴れ渡った青空には、大きな白い雲がゆったりと浮かんでいた。まるで、これから先の私の未来を暗示しているかのように、どこまでも広大で、果てしない自由を感じさせる光景。

 そう――私はもう「王太子妃候補」という足かせを外され、何にも縛られない身だ。それがどんな結果をもたらすかはわからないけれど、きっと私は、一歩を踏み出すしかないのだろう。例えそれが、隣国へ行くという大胆な道だったとしても。

 「婚約破棄されたからこそ、私が見ることができる新たな世界があるのかもしれない」

 そう思えば、わくわくしてくる。過去には、家のためだとか、公爵令嬢の義務だとか、窮屈な立場でしか物事を考えられなかった。けれど今は違う。自分の判断で、自分の意思で、道を選べる。今の私は、誰にも「悪女だ」などと呼ばれて動揺することはない。なぜなら、あの日の舞踏会ですでに痛感したのだ。人の評価というのは気まぐれで、頼りになどならない、と。

 ――だから、私は私自身の誇りと意思を信じる。もし再び理不尽な非難に遭ったとしても、戦ってやる覚悟がある。そうしなければ、本当の自由なんて得られやしないから。


---

 こうして、新たなスタートラインに立った私。王太子に婚約を破棄された公爵令嬢という肩書は、確かに一般の貴族社会では汚点かもしれない。けれど、その事実を逆手にとって私は先に進むことができるのだ。誰もが予想しなかった形で。

 果たして、王太子アルベルトはこの先どう振る舞うのか。聖女リリアの正体は何なのか。そして、私に「隣国に来ないか」と言ってきたレオニス王子の真意はどこにあるのだろう。私の人生は、ここからさらに波乱含みになる――そんな予感がしてならない。

 だが、胸の奥にあるのは、不思議な高揚感だ。いっそこうなってくれてよかったとさえ思う。私があのまま王太子妃になっていたら、きっと退屈な日々が延々と続いていたに違いない。少なくとも、婚約破棄という非常事態のおかげで、私は本来の自分を取り戻しつつあるのだ。

 「そう……。むしろ好都合ですわ!」

 頬に手をやりながら、私はそう呟く。人生は何が起こるかわからないからこそ面白い。私の運命は、あの日、王太子に見限られた瞬間に大きく変わった。――だが、それは決して悪い方向だけではない。むしろ、この道こそが私にとって最高の幸せへとつながる道かもしれない。

 そして私の物語は、まさに今、ここから始まるのだ。


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