婚約破棄されたけど、むしろ好都合ですわ!

しおしお

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第4章:暴かれる聖女の嘘、そして私の選ぶ道

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 王宮の大広間で行われる親善晩餐会――。
 国王陛下が主催し、隣国エグゼルバ王国からはレオニス第一王子が参加している。私は父・アークライト公爵とともに出席し、これまで私を“悪女”と断じてきた王太子アルベルトと、その傍らにいる聖女リリアの動向を注視していた。

 するとリリアは、会場で“奇跡”めいた光の演出を行い、まるで自分が神の御業を下ろす本物の聖女であることを証明するかのように、堂々と振る舞ってみせた。何も知らない貴族たちは喝采や恐れを抱き、王太子は悦に入り、私はその怪しげな力に不信感を覚えながらも、正面から反論する機会を窺っていた。

 「――もし私が偽物だとお疑いならば、どうぞ自由にお確かめを。ですが、その代償を支払う覚悟がおありかしら?」

 リリアの言葉に、私は背筋が凍る思いがした。彼女にはやはり、なにか得体の知れない“策”があるのだろう。そして同時に、王太子アルベルトの険しい視線からも、私への敵意をひしひしと感じる。公爵家を潰そうとするなら、ここが好機だと考えているに違いない――そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。

 しかし、ここで黙って下がるわけにはいかない。
 私は背筋を伸ばし、父とレオニスの存在を心の支えにしながら、激戦の幕が上がるであろう晩餐会の後半に意識を向けるのだった。


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1.始まる舌戦、王太子とリリアの挑発

 リリアが光の演出を終え、会場にややどよめきが走る。そこへ王太子が一歩前に出て、声を張り上げた。

「どうだ、諸君! リリアの聖なる力を目にして、まだ彼女を疑う者はいるのか? 私こそが選び抜いた真の王妃候補――いや、我が国に神の恵みをもたらす最高の存在だ!」

 堂々と宣言するアルベルト。その黄金の髪が照明を受けてきらめき、彼本来のカリスマが一層際立つ。王太子としての品格は確かに備えているのに、私にはどうしてもその姿が虚飾にしか見えない。

 リリアはうつむき加減に微笑み、声量を落として語り始める。

「恐れながら、私はただ神の御心に導かれるまま……アルベルト様を、お支えしているだけ。もし皆さまが私を認めてくださるのなら、私は国のために尽くしましょう。ですが……もし神に背く者がいるのなら、私の力は容赦いたしませんわ」

 その言葉に、周囲の貴族たちは一気に緊張を走らせる。まるで「私に逆らう者は神の裁きを受ける」と暗に警告しているようだ。しかし、私はその高圧的な言い回しにこそ、リリアの本性が透けて見えると感じている。

 ――リリアは、いつでも私を“悪女”として潰す準備ができているに違いない。ならば、ここで私が何もしなければ永遠に冤罪を着せられたままだ。私は意を決して、一歩前に進んだ。

「……王太子殿下、リリア様。先ほどの光の演出は確かに美しく、神秘的でした。ですが、それが本当に“神の奇跡”だという証拠はどこにあるのでしょう?」

 その瞬間、ざわめきが走る。私がリリアを堂々と疑問視したからだ。リリアはゆっくりと首を傾げ、悲しげな顔を作る。

「セイラ様。以前から、あなたは私に対して怨嗟の念を向けているご様子ですが……それは、もしかして王太子殿下の婚約者の座を失ったことに対する未練の表れなのでしょうか?」

 ――見事な言葉の切り返し。私を“嫉妬する元婚約者”として貶める意図がありありとうかがえる。王太子は私を睨みつけ、胸を張って追撃に出た。

「そうだ。セイラ、おまえはこの国を混乱に陥れる悪女だ。リリアが私に告げた“神の啓示”によれば、おまえは我々の仲を裂こうと企み、多くの悪事を働いたというではないか。――それを否定したいならば、まずは己の罪を白状しろ。そうすれば、リリアが慈悲を与えてくれるかもしれんぞ」

 呆れて物も言えない。根拠らしきものを示さぬまま、ただ“神の啓示”とやらを振りかざすばかり。私は悔しさをこらえ、さらに問いかける。

「私に悪事の覚えは一切ございません。もし王太子殿下がそれを断言なさるのなら、いまここで具体的な証拠を示していただきたい。――リリア様が本物の聖女なのでしたら、その“奇跡”の力とやらで、私の罪を万人が納得する形で暴いてみせてくださいませ」

「くっ……!」

 一瞬、アルベルトの表情が引きつる。リリアもわずかに目元を曇らせた。もし本当に“神の声”が聞こえるなら、私がいつ何をしたのか、具体的な罪状を説明できるはずだ。だが、それは彼らにとって都合が悪いだろう。

 しかし、王太子はまるでそれを聞かなかったかのように、話をすり替える。

「おまえが悪女だということは、あの日の舞踏会で私が公衆の面前で断じた事実だ。――それが何よりの証拠ではないか!」

 完全に理不尽な主張だが、王太子という位の高い存在が言えば信じる者もいる。私の周囲からは小さなささやき声が聞こえるが、すべてを否定する決定的な材料もない。ここが正念場だと、私は心を奮い立たせる。

 すると、後方にいたレオニスが静かに声を上げた。

「王太子殿下、お言葉ですが……その“事実”というのは、実際には単なる“殿下の主観”ではありませんか? 私は、国全体に関わる重要な問題である以上、主観や感情ではなく、客観的な証拠が必要だと思うのですが」

 隣国の王子という強い立場からの発言。王太子も簡単には退けないだろう。一触即発の空気が漂い、会場の貴族たちは息を呑む。

「レ、レオニス殿下……。これは我が国の内政に関わることだ。ご理解いただきたいが、貴殿がとやかく口を挟む問題では――」

 アルベルトは苦々しく表情を歪める。だが、レオニスは怯まない。

「いいや、これは私の国との友好関係に直結する問題でもある。――なにしろ、セイラは我がエグゼルバ王国との“学術的な協力”を得ようとしている最中でね。もし彼女が真に悪女であるなら、我が国もそれを見極めなければならないし、逆に根拠がないのなら、王太子殿下の行為は不当としか言いようがない」

 鋭い口調で、完全に王太子を追い詰めにかかるレオニス。アルベルトは王族同士の会話に説得力で押し負けそうになり、目を泳がせる。その隣でリリアが一歩進み、まるでなだめるように微笑んだ。

「レオニス殿下、どうぞご安心くださいませ。私の“神の力”が真実である以上、セイラ様の罪は必ず暴かれます。――ですので、もしこの場でセイラ様が悔い改め、謝罪なさるのであれば、私たちとしても情けをかけましょう」

 要するに「ここで私が折れて頭を下げろ」ということか。そんなことをすれば、私が“悪女”だと認めたことになる。私はリリアの脅しに屈することなく、きっぱりと言った。

「いいえ、謝罪の必要などございません。私は一切悪事を働いていないのですから。むしろ、ここで私が折れたら、誤解を助長するだけでしょう。――あなたこそ、本当に聖女であるというなら、私を裁く“神の奇跡”をはっきり示してみなさいませ!」

 カッと目を見開くリリア。しかし、すぐに穏やかな表情を作り直す。――その裏にある焦りを、私は見逃さなかった。


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2.国王陛下の介入、真実を求める声

 張り詰めた空気が大広間を包む中、国王陛下が重々しい口調で言葉を挟む。

「……王太子よ。おまえは確かにリリア殿を“聖女”と呼び、セイラを悪女と断じているようだが、はたから見れば十分に不可解な点があるのは事実。私もこれ以上、根拠のない糾弾を認めるわけにはいかぬ」

 国王陛下はアルベルトを見据え、鋭い眼光で牽制する。かつては優秀な王太子として期待されていたが、最近のアルベルトの振る舞いには疑問を抱いているのだろう。さらに陛下はリリアにも視線を向ける。

「リリア殿、先ほどの光の演出――あれが神の奇跡であるならば、いまここにいる我々にも“疑いを払拭するだけの証”を示していただきたい。さすがにこのままでは、国の者たちを納得させられん」

 貴族たちの視線がいっせいにリリアへ集中する。「王太子に取り入っているだけではないか」「何か裏があるのでは」と半信半疑の人々にとって、国王陛下の言葉はまさに追い風だ。私も胸をなで下ろす。これでリリアが真正面から“奇跡”を示すしかないのであれば、偽物ならばここでメッキが剥がれるはず……。

 しかし、リリアは少しも動じた様子を見せず、微笑みを深める。その表情には、なにか勝算があるように見えた。

「陛下、ご要望に沿いましょう。――ですが、私が神の力を完全に顕現するには、“相応の儀式”が必要です。その準備を行わせていただいてもよろしいですか?」

「むろん、よい。だが、晩餐会の場を混乱させるような真似は――」

「いえ、決して混乱など起きません。むしろ、皆さまに“神の祝福”を分かち合うための儀式です。何人かの神官や協力者の方に手伝っていただき、今宵中にでも執り行いたいと思います」

 リリアがそう言い切ると、アルベルトは嬉しそうに頷いて賛同を示す。国王陛下も少しためらいを見せたが、背後に控える重臣たちが「聖女の力が本当か見極める必要がある」と進言することで、最終的には許可を下した。

 こうして、謎の“儀式”が晩餐会の後に行われることが決まった。私は不安を感じながらも、これでリリアの正体が暴けるなら望むところだと思う。いずれにせよ、ここで退けば、私に勝ち目はない。

 ――とはいえ、どんな罠が潜んでいるか分からない。そう考えていると、そっとレオニスが近づき、小さな声で話しかけてきた。

「セイラ、警戒を怠るな。リリアは本当に儀式などできるのか? 何かしら仕掛けてくる恐れが高いぞ。……私もできる限り協力するから、絶対にひとりで突っ走らないように」

「ありがとうございます、殿下。私も慎重に行動します」

 そう答えながら、私はごくりと唾を飲み込む。晩餐会の最中、王太子とリリアは私に冷たい視線を投げ続け、まるで“最後の審判”を楽しみにしているかのようだった。


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3.密やかな策謀、父とレオニスの準備

 晩餐会が終わると、王宮内部では一部の要人たちだけが残り、リリアの“儀式”とやらを見届けることになった。私は父やレオニスとともに控え室へ移動し、どこか張り詰めた空気の中で待機している。

 父・アークライト公爵は苦い表情を浮かべる。

「……本当にリリアが奇跡を起こせると思うか? もし万が一、本物の力を持っているのなら、セイラ、おまえが危険に晒される恐れもある」

「私もそこは疑っています。ですが、いま逃げるわけにはいきません。この場でハッキリさせないと、使用人たちが捕まったままですし、私自身も“悪女”呼ばわりから永遠に抜け出せなくなる」

 アルベルトは先日、私の家の使用人たちを不当拘束したまま解放していない。その理由は「公爵家の不正を調べるため」としか発表されていないが、明らかに私や父への揺さぶりだ。いまこそ彼らを救い出すためにも、真正面から決着をつける必要がある。

 そこで口を開いたのは、レオニスの側近らしき男――テオドールという青年騎士だった。彼は落ち着いた声で説明を始める。

「セイラ様、実は私たちも水面下で少し調査を進めております。先ほどのリリアの“奇跡”に関して、光源の仕掛けや反射鏡の利用など、いくつか不審な点が見つかったのです」

「やはり、あれはただのトリックだったのですね?」

「ええ。おそらく、あの大広間にあらかじめ細工を仕掛けていたと考えられます。問題は、その先――“儀式”と称して、さらに大がかりな手段を使う可能性があることです。もし魔道具などを利用していれば、本当に“神秘現象”のように見せかけることもできる。ですが、本物の神の力かどうかは別問題……」

 テオドールはそこまで言うと、レオニスと視線を交わし、私に向き直る。

「殿下とも協議しましたが、今回の儀式の現場には、私たちも同行する形を取らせていただきたいのです。隣国の王子一行として、公式に“安全を確かめるため”という名目で監視を行う……。もしリリアが何か仕掛けてくるなら、その証拠を押さえたい」

「ありがとうございます……! 私の身ひとつではとても太刀打ちできそうにありませんでしたから」

 感謝の言葉を告げると、レオニスは穏やかに頷き、私の肩に手を置いた。

「君はできるだけ冷静でいてくれ。もし何かあれば私やテオドールたちが必ずサポートする。……それに、父君や公爵家の安全も守りたいと考えている。だから、君が勝手にひとりで飛び出していくのはやめるんだ」

 その言葉に、父も胸を撫で下ろしたようだった。私には強く頼もしすぎる援軍だ。――そう、いま私が戦っているのは、王太子やリリアという“国内の権力”である。私自身の力だけではどうにもならないかもしれないが、隣国の王子の後ろ盾があるなら、少なくとも対等に立ち向かうことができるだろう。

「分かりました、殿下。私も決して無茶はしません。――どうか一緒に真実を暴いてください」

 私は深く頭を下げ、その瞬間、胸の奥に強い決意が沸き起こるのを感じた。悪女の汚名を晴らすため、リリアの正体を暴くため、そして捕らわれた使用人たちを救うため――いまこそ、大きく踏み出すときだ。


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4.儀式の舞台、冷たい月光の下で

 時刻は夜も更け、王宮の裏手にある**“聖なる泉”**が今回の儀式の場として選ばれた。もともとこの泉は古くから神聖視されており、王家に伝わる行事の際などに使用されることがあるという。泉の周囲には神官たちが少なからず控えているが、その中心にリリアと王太子、そしてその取り巻きが陣取っている。

 私は父やレオニス、さらにテオドールをはじめとする隣国騎士団の一部とともに、少し離れた位置に立っていた。国王陛下や重臣たちも後ろに控えており、儀式の様子を見守る形だ。

 月明かりが神秘的に水面を照らし出す。泉の周りには複数の大きな水晶や灯籠が設置され、先ほどの大広間と同じく“光の演出”を仕掛けるには格好の舞台に思える。私は一層警戒を強めた。

「……皆さま、これより私は神へ祈りを捧げ、この国が抱える邪悪を浄化いたします。もしこの場に、神に背く者がいるのなら、その者は――」

 リリアがゆっくりと両手を泉の上にかざし、冷たい声で続ける。

「――いずれ、神の裁きを受けることになるでしょう。わたくしはその執行者として、容赦なく光の力を振るいます」

 背筋に寒気が走るほどの威圧感。王太子は彼女の横で腕を組み、高圧的な視線で私を見やる。「覚悟しろ、セイラ」――そう言わんばかりだ。

 しかし、私はここで逃げるつもりはない。リリアがどんな策略を用意していようと、必ずその正体を暴く――そう心に誓い、泉のほうへ視線を固定した。


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5.鳴り響く神楽の調べ、そして光の奔流

 儀式が始まると、神官たちが低く静かな祈りの歌を口ずさみはじめる。それに合わせるように、リリアも銀髪を揺らして頭を垂れ、神々しい印象の言葉を唱和する。

「……偉大なる神よ。この地に潜む罪を洗い流し、清めたまえ……」

 彼女の声が月光に溶け込むように響く。その瞬間、泉の水面が微かに波立ち、微量の光が生じている――ように見える。周囲の貴族や神官からは「おお……!」と驚嘆の声が漏れるが、私は落ち着いて観察を続ける。もし仕掛けがあるのなら、光や水の動きに注目すれば見破れるはずだ。

(どこに細工が……? 水晶か? それとも魔道具が隠されているの?)

 心の中で焦りが募る。だが、私一人の目では全貌を掴みにくい。このとき、離れた位置で控えていたテオドールらが、さりげなく泉の周囲を回り込むように動き出しているのが視界に入った。どうやら計画どおり、リリアのトリックを突き止めようとしてくれているらしい。

 儀式は次第にヒートアップし、リリアの声量が増していく。

「神よ、我が身を通して裁きを下したまえ……! ここにいる者の中で、もし罪深き邪悪を秘めた者がいれば、その姿を暴き、罰を――!」

 彼女の両手から、淡い光が帯状に伸びる。先ほどの大広間よりもずっと大掛かりな光の演出だ。今度は確かに、泉の水面から光の粒子が噴き出すようにも見える。観客たちの間から「なんと神々しい……」という声が上がり、王太子は勝ち誇ったように胸を張る。

「見ろ、これが聖女リリアの奇跡! セイラ、おまえはこれでもまだ否定するのか?」

 挑発的なアルベルトの声。私は歯噛みしながら答えた。

「ええ、私はまだ納得できません。――それが本当に奇跡なのか、あるいはただの幻か……。少なくとも私は、この目で確たる証拠を掴むまでは信じません!」

 王太子が「ふん!」と鼻を鳴らしたその時――突然、光の奔流が私の足元を包んだ。まるで細いレーザーが絡みつくように、青白い光がぐるぐると輪を描きながら私を囲む。

「きゃあ……!」

 思わず声が漏れた。周囲がざわつき、父が「セイラ!」と駆け寄ろうとするが、光の壁に阻まれて近寄れない。レオニスも苦い表情を浮かべているが、一歩も動けないようだ。

「――やはり罪深き者がいましたね」
 リリアが厳かに告げる。その顔には慈悲のかけらもない冷酷な笑みが浮かんでいた。
「セイラ・フォン・アークライト。あなたが何をしてきたのか、神はお見通し。さあ、ここで罪を告白なさい。そうしなければ、この光はあなたを焼き尽くすことになるでしょう」

 圧倒的な光量に、周囲の誰もが目を背ける。しかし、私は恐怖に身体を震わせつつも、必死に考える。――もしこれが本物の神の奇跡なら、もはや打つ手はない。だが、そんなはずはない。絶対にトリックがあるはずだ。

(光を操作する仕組みが……いったいどこにあるの?)

 光の輪の中で身動きが取れず、私は足元を凝視した。すると、かすかな違和感に気づく。――地面に敷かれた石畳の一部に、微妙な段差や傷跡が見える。まるで魔法陣めいた紋様を削り取ったような線が……。

(もしかして、床下に魔道具が仕込まれているの? それが光を生成している?)

 状況を打開するためには、外からの助けが必要だ。しかし、王太子の命令なのか、私の周囲には衛兵たちが配置され、父やレオニスが近づけなくなっているようだ。リリアは自信満々に私を見下ろし、宣告する。

「さあ、セイラ様。あなたは悪女。いまここで罪を認め、神に贖罪の涙を捧げるなら、まだ助かる道があるでしょう。――それとも、光の炎に焼かれて消えたいのかしら?」

 私が言葉を失っていると、その時、テオドールの声が響いた。

「リリア殿、失礼ながら、その光の源はどこにあるのか説明していただきたい! 我々はこの目で見極める義務がある!」

 彼は泉の反対側に立ち、明らかにリリアを探る視線を向けている。王太子が咄嗟に怒鳴り返す。

「無礼者! リリアは神の意思を体現しているのだぞ。よそ者がとやかく言うな!」

「いいえ、言わせてもらう。これは公衆の面前で行われる儀式であり、かつ隣国の王子や神官たちも立ち会っている。疑いを晴らすためにも、全行程を明かすのが筋だ!」

 テオドールの鋭い主張に、リリアは顔を強張らせた。――そもそも、こんな場で仕掛けの詳細を晒せるわけがないのだろう。

「……騎士殿、あなたが何を疑っているかは知りませんが、これは紛れもない神の奇跡。私を冒涜すれば、あなたも裁きの対象となるでしょう」

 リリアはまるで呪いでも発するような口調で睨み返す。だが、その直後――バチッと火花のような音がして、私を囲む光の一部が不自然に揺れた。

「……? な、なんだ……?」

 リリアの表情が一気に曇る。王太子も「どうした、リリア!」と慌てた声を上げる。どうやら、思わぬトラブルが発生したらしい。

(まさか、テオドールたちが外部から魔道具を妨害したとか……?)

 そう思った矢先、レオニスが私に向かって叫んだ。

「セイラ、もう少し耐えろ! 今、光の仕掛けを壊しつつある!」

 ――やはり、レオニスたちが行動を起こしてくれているのだ。光の輪が大きく乱れ、私を拘束する力が弱まっていく。私はここだ、とばかりに一気に力を込め、光の束を振りほどいた。

「……くっ……!」

 体勢を崩しそうになりながらも、なんとか脱出に成功する。衛兵が驚いて駆け寄るが、すかさず父が割って入り、私を庇うように立ちふさがった。

「どけ! セイラに手出しはさせんぞ!」

 同時に、レオニスの部下たちが泉の周りの神官を制圧している。驚いた悲鳴や怒号が飛び交い、現場は一気に混乱へ。王太子が血相を変えて「リリア!」と叫ぶが、リリアも術の維持が難しくなったのか、その身を支えきれずに跪きそうになっていた。

 そこへテオドールが一気に駆け寄り、リリアの背後に潜んでいた小型の魔道具を引きずり出すように掴み上げる。

「これが“神の奇跡”の正体か……! 光を増幅する結晶石と魔力発生装置が仕込んである……!」

 テオドールの声が会場全体に響き渡る。貴族たちは息を呑み、国王陛下も「なんだと……!?」と驚愕している。リリアは顔面蒼白になり、思わず声を上げた。

「そ、それは違います……! 私の力を補助するための道具であって、決して――」

 苦しい弁解に、テオドールは容赦なく言葉を叩きつける。

「いいえ、あなたは最初から仕掛けを準備し、“聖女”を装っていただけだ。先ほどの光でセイラ様を囲い、危うく殺しかけたのも、この魔道具から照射される偽りの光だろう!」

 貴族たちがどよめき、兵士たちが混乱する中、リリアは王太子に縋りつくように叫ぶ。

「アルベルト様……! あ、あれはただの補助。私は本当に神の力を――!」

「う、嘘だ! リリアがこんな安っぽいトリックを使うはずが……!」

 アルベルトは顔を真っ赤にして否定するが、その言葉には自信がない。――王太子自身も、本当にリリアが奇跡を起こしていたのだと信じていたのだろう。しかし、その舞台裏を暴かれてしまった今、現実を認めるかどうかで激しく揺れているように見える。

 私は動揺する王太子に一歩近づき、静かに言葉を投げかけた。

「殿下、ようやくお分かりですか? 彼女は“聖女”などではありません。この場にいる皆さまが目撃したとおり、リリアは魔道具を利用して“奇跡”と称する光を操っていたのです」

「ち、違う……! リリアは私を救ってくれた。本物の力で……!」
 それでも、なおも王太子は取り乱しながらリリアを庇おうとする。しかし、リリアのほうは顔面蒼白のまま、言葉が出てこない。
「言え、リリア! おまえは本当に聖女なのだろう? これはどういうことだ!? なんとか説明してくれ……!」

「……わ、私は……」

 リリアは唇を震わせ、王太子の問いかけにも答えられない。――もう弁解はできないのだろう。ハッタリで誤魔化してきた嘘が、ここで完全に崩れ去った。


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6.暴かれる真実、リリアの本性と王太子の破滅

 カサリと足音が響き、国王陛下が険しい表情で前へ進んだ。側近の重臣や神官長も彼の後ろに控えている。

「リリア・エルステッド。――これはどういうことか、説明を求める」

 陛下の低い声には、怒りと失望が入り混じった響きがあった。リリアは視線をさまよわせながら、崩れ落ちそうな声で呟く。

「……これは、ただの補助道具です。私の真の力は、もっと別の形で……。嘘では……」

 しかし、その声は途切れ途切れで、誰も納得などできない。そこへテオドールがさらに畳みかける。

「補助道具? もしそうだとしても、あなたは今まで“神の奇跡”として人々を欺き、セイラ様を悪女と呼んで糾弾してきた。しかも、あわよくばこの光で殺そうとさえした。これが事実ならば、あなたは王族に対する重大な反逆行為だ」

 リリアは最初こそ「あ、あれは事故だ」と言い訳しようとしたが、その場で衛兵たちや神官が押し寄せ、完全に追いつめられる。王太子が「やめろ! リリアに手を出すな!」と声を張り上げても、周囲の視線は冷たい。――「殿下も同罪なのでは」という空気が流れ始めていた。

「アルベルトよ。リリア殿と共に、まずは公爵家の使用人を解放するのだ。その上で、今回の一件を詳しく説明しろ。――それができぬというのなら、この国を預けるにはあまりにも不安が大きい」

 国王陛下は鋭い眼差しで王太子を叱責する。周囲の貴族からも「ここまで来て知らぬ存ぜぬは通じない」「殿下はリリア殿にそそのかされていただけでは?」と非難や同情の声が入り混じっているが、いずれにせよアルベルトへの信用は地に落ちたも同然だ。

 アルベルトは大きく目を見開き、リリアの手を取って訴えるように叫んだ。

「リリア、俺はおまえの奇跡に救われたと思っていた……! なのに、これがすべて嘘だったというのか? まさか、俺を騙していただけだというのか……!」

「そ、そんなわけない……。わたしはただ、殿下の力になりたくて……」

 声を震わせるリリア。涙を流す芝居のようにも見えるが、もう誰も同情する者はいない。実際、リリアが王太子を操り、私を“悪女”に仕立て上げて権勢を握ろうとした――そう考えるのが自然だろう。

(これでようやく、私への濡れ衣が晴れる……!)

 ほっと安堵しかけた私だったが、すぐに厳しい現実に気づく。――王太子がこのままでは引き下がらない可能性もあるし、リリアが最後の悪あがきをするかもしれない。

 そう思った矢先、予想どおりリリアが王太子を突き放すように腕を振りほどき、叫び声を上げた。

「……ち、違うわ! 私は悪くない! こんな場所に仕掛けを施したのは殿下の側近たちかもしれないじゃない! 私は何も聞かされていなかったわ!」

 突拍子もない言い訳に、王太子の顔が怒りで歪む。

「ふざけるな! おまえが自ら進んで準備したのだろう! 最初からすべてを俺に隠して、俺を利用していたくせに!」

「それは……それは殿下がセイラ様を悪女だと信じ込んでいたからでしょう? あの日、殿下はもう私の言葉しか聞かなかったわ。結局、殿下が望んだからこうなったのではなくて?」

 リリアがなりふり構わず王太子を攻撃し始める様は、悲惨としか言いようがない。もはや二人の間にあったはずの“信頼”は、一瞬にして崩壊している。周囲の視線は急速に冷たくなり、まるで彼らの自滅劇を見物しているかのようだった。

 国王陛下が渋面を作り、静かに手を挙げる。

「……もうよい。アルベルト、リリア。おまえたち二人に関しては、いったん拘束し、真相を厳しく調べることにする。――衛兵たち、連れて行け」

 その言葉により、衛兵がアルベルトとリリアに手をかける。アルベルトは「父上、それだけは……!」と縋りつこうとするが、陛下の怒りは揺るぎない。リリアは叫び声を上げながら連行され、王太子も「リリアァァ……!」と嘆きつつ、身柄を確保されていった。

(……これで終わったの?)

 私は呆然とその光景を見守るしかない。王太子とリリアが去った後、やがて神官長が先頭に立ち、私に向かって深々と頭を下げた。

「セイラ様、そしてアークライト公爵閣下……大変申し訳ございませんでした。私どもも殿下がここまで盲信していたとは知らず、セイラ様に多大なご迷惑をおかけしました」

 周囲の貴族たちも、口々に私への謝罪や、これまでの態度への反省を口にする。国王陛下もまた、神妙な面持ちで私に言った。

「セイラ、汝の潔白が示された形だな。王太子が勝手におまえを悪女と呼び、リリアの言いなりになっていたことが判明してしまった以上、これまでの非礼を詫びるほかない。――おまえたち公爵家には改めて償いをさせてもらう」

 父は目に涙を浮かべながら、深く頭を下げる。

「陛下……! お心あるお言葉、ありがたく存じます」

 私も堪えきれない思いが込み上げ、国王陛下に一礼した。ようやく、私の悪女疑惑は完全に晴れたのだ。 そして拘束されていた公爵家の使用人たちも、すぐに解放されることを陛下が約束してくださる。

 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、私は疲労がどっと押し寄せ、思わず膝が崩れそうになる。――だが、そっと私を支えてくれる腕があった。

「セイラ……よく耐えたな。もう大丈夫だ」

 それはレオニスの声。彼は温かく私を抱き留め、優しく微笑んでいた。その眼差しに、私は張り詰めていた糸が切れそうになるほどの安堵を感じる。

「殿下……! 本当にありがとうございました。もし殿下がいなければ、私ひとりではどうにもならなかった……」

「お礼ならテオドールたちにも言ってくれ。彼らが魔道具を見つけてくれたおかげだ。それに……何より君が最後まで諦めずに戦ったから、真実が暴かれたんだよ」

 私の目に熱いものが滲む。あれほど私を苦しめた悪女の汚名が晴れ、リリアの正体も暴けた。さらに王太子アルベルトも退場が決定的だ。この結末に至るまで、あまりにも多くの時間と苦悩を要したが、それだけの価値があった。


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7.新たな道、そして私が手にする未来

 こうして、王太子アルベルトと偽りの聖女リリアは、徹底的な調査を受けることになった。リリアが長年にわたってどうやって“詐称”を続けてきたのか、どんな魔道具を使い、誰が手引きをしていたのか――真相はまだこれから詳しく調べられるだろう。

 だが、私にとって何より大切なのは、公爵家と私自身の潔白が証明されたという事実だ。すでに陛下からも“セイラに罪はない”との公式声明が出され、拘束された使用人たちも全員帰ってきた。父も安堵の表情を浮かべ、「これでようやく、我が家の名誉が取り戻せた……」と涙ながらに呟いている。

 晩餐会から数日後。私は公爵家の書斎で、父と話し合っていた。例の隣国との“研究協力”についてである。

「セイラ、おまえはどうする? 王太子との婚約はすでに破棄され、向こうがあれでは復縁など論外だろう。今後の身の振り方について、何か考えているのか?」

 父の問いに、私は一瞬だけ躊躇したが、意を決して口を開く。

「はい。私は隣国エグゼルバ王国へ行き、レオニス殿下のもとで短期の研究を続けるつもりです。……いえ、いずれはそれ以上の道を考えるかもしれません」

「そうか……」

 父は私の意図を察し、やや複雑そうに微笑んだ。王太子候補から外れた今、私が他国へ嫁ぐことに抵抗があるのは理解できるが、もう父は私を縛り付けようとはしない。

「レオニス殿下は、おまえにとってもよき理解者だろう。私としては、これまでおまえが王太子妃として生きる道しか示せなかったが、結果的にこうなって良かったのかもしれないな……」

「お父様……」

「いや、親としては寂しいが、私もおまえが幸せになるのが一番だ。……行ってこい、セイラ。国境を越えても、アークライト公爵家はいつでもおまえを迎えるだろう」

 その優しい言葉に、私の胸がいっぱいになる。今までは家の名誉や王家への義理でがんじがらめだったが、ようやく“私自身の意思”で未来を選べる時が来たのだ。


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 そして、王都を発つ日。
 玄関先には父や母、使用人たちが見送りに来てくれた。私は荷物を馬車に載せながら、一人ひとりに別れの挨拶をして回る。

「セイラお嬢様、気をつけて行ってらしてくださいね!」
「ご無事で。またいつでも帰ってきてくださいませ!」

 温かな言葉に、目頭が熱くなる。私は何度もお礼を言いながら、馬車のステップに足をかけた。その時、ふと背後から父の声が響く。

「セイラ、最後に言っておく。……もし隣国で嫌な思いをしたり、何かあったりしたら、遠慮なく帰ってくればいい。それがおまえの家なのだからな」

「……はい。ありがとう、お父様」

 深く頭を下げて、馬車へ乗り込む。馬車にはすでにレオニスが待っていた。彼は私に手を差し伸べ、優しい微笑を向けてくれる。

「さあ、行こう。君の新しい未来が始まる場所へ」

 その言葉に胸が高鳴り、私はそっと彼の手を握った。王太子の婚約者というレッテルを外れ、悪女と呼ばれた苦しみを乗り越え、いま私は――ようやく自分が選ぶ道を歩み始めるのだ。


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8.エピローグ:悪女からの解放、そして幸せな日々へ

 それから月日が流れ、王太子アルベルトはリリアとともに厳しい裁きを受けることとなった。リリアは詐称と反逆の容疑で投獄され、関与した貴族や神官の一部も処罰されたという。王太子自身は、国王陛下から厳しい譴責を受け、王位継承権の大幅剥奪が決まったそうだ。いずれ、新たな王太子が立てられる可能性が高い。

 一方、私は隣国エグゼルバ王国の首都にある王宮に滞在していた。レオニスの計らいで、古文書や魔法研究の施設が充実した書庫に自由に出入りでき、思う存分、学問に没頭している。もちろん、彼との時間も大切にしていて、ときには二人で隣国の名所を巡ることもあった。

 ――そう、私はようやく“自分の足”で人生を歩んでいる。かつては他人の意向ばかりを考え、王太子妃としての義務に縛られていたが、いまは私の好奇心や探究心がそのまま日々の糧になる。毎朝、目が覚めるたびに“今日は何を学ぼう”“どこへ行こう”と胸を弾ませる自分がいるのだ。

「セイラ、今日はどんな研究をするんだ? 俺が用意した書物があるけれど、興味はあるかな?」

 そう言って微笑むレオニスの隣で、私は笑顔を返す。

「もちろんです、殿下。……いえ、レオニス。何を教えてくださるのかしら。私、早く読みたくてうずうずしているの」

 彼はくすりと笑い、私の手を軽く握った。その感触は、アルベルトのそれとは比べ物にならないほど温かい。――きっと、私が本当に必要としていたのは、“上から見下ろされる恋”ではなく、“対等に向き合ってくれるパートナー”だったのだ。

 外の景色を見れば、隣国の街並みが陽光を受けて輝いている。あの王都とは違う文化や風習があり、未知の発見が無数に待っている。私は心の底から、この地での生活にワクワクしていた。

(婚約破棄された瞬間は、自分の人生が終わるかと思ったけれど……結局、これが最高の選択だったのかもしれないわ)

 王太子妃にならずとも、私はこうして幸せを掴むことができた。しかも、公爵家の名誉は保たれ、使用人たちも救われ、偽りの聖女から国を守ることにも貢献できた。誰もが私を“悪女”と蔑む理由は、もうどこにもない。

 そう考えると、自然と笑みがこぼれてしまう。レオニスも私の表情を見て、優しく微笑んだ。

「いい笑顔だな、セイラ。……君がこの国を選んでくれて、俺は本当に嬉しいよ。いつか、もっといろんな国にも行ってみよう。君なら、どこへ行ってもきっと新しい世界を発見できるはずだ」

「ええ、楽しみね。まずはこの国をじっくり知り尽くしてから……次の目標を考えましょうか」

 二人で視線を交わし合うと、その先にある未来が、まるで無限に広がっていくように感じられた。私はもう“王太子の元婚約者”などという後ろ暗い肩書きではない。リリアによる悪女の汚名も、決して私を縛るものにはならない。

 ――これから先、私の道は私自身の手で切り拓いていく。

 「婚約破棄……最高の出来事でしたわ!」

 そんな言葉が自然にこぼれ、私は新しい人生へ向けて、力強く足を踏み出すのだった。


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