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第8話 辺境の小さな館へ
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第8話 辺境の小さな館へ
馬車は王都を離れ、夜の闇を切り裂くように走り続けた。
クラリッサ・フォン・ローゼンベルクは窓辺に寄りかかり、揺れる馬車の灯りを眺めていた。
外は深い森が広がり、時折木々の間から月明かりが差し込むだけ。
王都の華やかな灯りは、もう遥か遠くに消えていた。
「追放……か」
クラリッサは小さく呟き、眼鏡を指で押さえた。
分厚いレンズの奥で、瞳が冷たく輝く。
「これで、ようやく自由に動けるわ」
馬車は三日三晩走り続け、ようやく辺境の小さな領地に到着した。
そこは、公爵家が所有する古い館だった。
壁にはツタが絡まり、屋根瓦は一部剥がれ、庭は雑草だらけ。
門扉は錆びつき、軋む音を立てて開く。
馬車から降りたクラリッサは、館を見上げて小さく息を吐いた。
「まあ……ここで余生を過ごすのも、悪くありませんわね」
彼女の声は明るく、まるで本気でそう思っているかのようだった。
しかし、眼鏡の奥で、瞳は鋭く光っていた。
館の使用人は、わずか三人。
年老いた執事と、夫婦のメイドと庭師。
彼らはクラリッサを迎え、恐縮しながら頭を下げた。
「お嬢様……お疲れ様です。
お荷物をお持ちします」
執事の声は震えていた。
王都から追放された主を迎えるのは、恐怖だったのだろう。
クラリッサは優しく微笑んだ。
「ありがとう。
これからは、ゆっくり暮らしましょう」
彼女は館の中へ足を踏み入れた。
埃っぽい空気が鼻を突く。
廊下の床板はきしみ、壁紙は剥がれかけている。
しかし、クラリッサは眉一つ動かさなかった。
自室に案内され、荷物を置くと、彼女はすぐに窓を開けた。
辺境の空気は清々しく、遠くに山々が連なっている。
「ここなら……監視の目が届きにくいわ」
クラリッサは眼鏡を外し、鏡台の前に座った。
外からはすりガラスのように瞳が見えない魔道具だが、本人にはすべてが見える。
彼女は鏡に映る自分を見つめ、静かに微笑んだ。
「ソフィア……今頃、王宮で何をしているかしら」
王都では、ソフィアがエドモンドの私室で情報を集めているはずだ。
クラリッサは机の上に広げられた地図を眺めた。
辺境の地図には、細かく手書きのメモが記されている。
「証拠集め……手紙のやり取りは、引き続き」
彼女はペンを取り、羊皮紙に何かを書き始めた。
それは、ソフィア宛の暗号文だった。
その夜、クラリッサは館の庭を散策した。
月明かりの下、雑草だらけの庭は静かだった。
彼女はベンチに腰を下ろし、夜空を見上げた。
「王都では、今頃みんなが笑っているでしょうね。
『ポンコツ令嬢が追放された』って」
クラリッサはくすりと笑った。
その笑みは、冷たく、確信に満ちていた。
翌朝、クラリッサは市場へ出かけた。
辺境の小さな町の市場は、王都とは違い、素朴で賑やかだった。
彼女はフードを深く被り、眼鏡をかけ、ドレスを簡素なものに変えていた。
野菜の露店で、トマトを手に取る。
――ところが、足元が滑り、
「きゃっ!」
派手に転倒。
手にしていた布袋から野菜がコロコロと転がり落ちる。
「あっ……えっ……」
クラリッサは慌てて拾い集め、頰を赤らめて照れ笑いした。
「てへへ……失敗、失敗……」
周囲の住民たちは、最初は驚いたが、すぐに笑顔になった。
「追放された令嬢って、この人か?」
「悪女だって聞いたけど……悪女っていうより、ただのドジじゃないか」
「うん、むしろ放っておけない感じだよな」
住民たちはクラリッサを助け、野菜を拾ってくれた。
彼女は深く頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございますわ……本当に、助かりました」
その姿は、王都で「悪女」と呼ばれていた人物にはとても見えなかった。
市場での失敗劇は、すぐに町中に広まった。
「失敗令嬢」と、新しい呼び名が付けられた。
館に戻ったクラリッサは、執事に微笑んだ。
「今日は、たくさんの方に助けていただきましたわ」
執事は心配そうに頭を下げた。
「お嬢様……お気をつけくださいませ」
クラリッサは優しく頷いた。
「ええ、ありがとう」
しかし、部屋に戻ると、彼女はすぐに眼鏡を外し、机に向かった。
「町の人々の好感度……上々ね」
彼女は羊皮紙にメモを書き加えた。
それは、辺境での生活を活かした、逆襲の布石だった。
夜、クラリッサはベッドに横になり、目を閉じた。
しかし、眠りは浅く、頭の中では計画が回り続けていた。
「ソフィア……手紙が届くまで、もう少し」
辺境の小さな館は、静かに夜を迎えた。
しかし、その静けさの裏で、クラリッサの逆襲は着々と進んでいた。
追放されたはずのポンコツ令嬢は、すでに次の手を打っていた。
――本当の舞台は、ここから始まる。
馬車は王都を離れ、夜の闇を切り裂くように走り続けた。
クラリッサ・フォン・ローゼンベルクは窓辺に寄りかかり、揺れる馬車の灯りを眺めていた。
外は深い森が広がり、時折木々の間から月明かりが差し込むだけ。
王都の華やかな灯りは、もう遥か遠くに消えていた。
「追放……か」
クラリッサは小さく呟き、眼鏡を指で押さえた。
分厚いレンズの奥で、瞳が冷たく輝く。
「これで、ようやく自由に動けるわ」
馬車は三日三晩走り続け、ようやく辺境の小さな領地に到着した。
そこは、公爵家が所有する古い館だった。
壁にはツタが絡まり、屋根瓦は一部剥がれ、庭は雑草だらけ。
門扉は錆びつき、軋む音を立てて開く。
馬車から降りたクラリッサは、館を見上げて小さく息を吐いた。
「まあ……ここで余生を過ごすのも、悪くありませんわね」
彼女の声は明るく、まるで本気でそう思っているかのようだった。
しかし、眼鏡の奥で、瞳は鋭く光っていた。
館の使用人は、わずか三人。
年老いた執事と、夫婦のメイドと庭師。
彼らはクラリッサを迎え、恐縮しながら頭を下げた。
「お嬢様……お疲れ様です。
お荷物をお持ちします」
執事の声は震えていた。
王都から追放された主を迎えるのは、恐怖だったのだろう。
クラリッサは優しく微笑んだ。
「ありがとう。
これからは、ゆっくり暮らしましょう」
彼女は館の中へ足を踏み入れた。
埃っぽい空気が鼻を突く。
廊下の床板はきしみ、壁紙は剥がれかけている。
しかし、クラリッサは眉一つ動かさなかった。
自室に案内され、荷物を置くと、彼女はすぐに窓を開けた。
辺境の空気は清々しく、遠くに山々が連なっている。
「ここなら……監視の目が届きにくいわ」
クラリッサは眼鏡を外し、鏡台の前に座った。
外からはすりガラスのように瞳が見えない魔道具だが、本人にはすべてが見える。
彼女は鏡に映る自分を見つめ、静かに微笑んだ。
「ソフィア……今頃、王宮で何をしているかしら」
王都では、ソフィアがエドモンドの私室で情報を集めているはずだ。
クラリッサは机の上に広げられた地図を眺めた。
辺境の地図には、細かく手書きのメモが記されている。
「証拠集め……手紙のやり取りは、引き続き」
彼女はペンを取り、羊皮紙に何かを書き始めた。
それは、ソフィア宛の暗号文だった。
その夜、クラリッサは館の庭を散策した。
月明かりの下、雑草だらけの庭は静かだった。
彼女はベンチに腰を下ろし、夜空を見上げた。
「王都では、今頃みんなが笑っているでしょうね。
『ポンコツ令嬢が追放された』って」
クラリッサはくすりと笑った。
その笑みは、冷たく、確信に満ちていた。
翌朝、クラリッサは市場へ出かけた。
辺境の小さな町の市場は、王都とは違い、素朴で賑やかだった。
彼女はフードを深く被り、眼鏡をかけ、ドレスを簡素なものに変えていた。
野菜の露店で、トマトを手に取る。
――ところが、足元が滑り、
「きゃっ!」
派手に転倒。
手にしていた布袋から野菜がコロコロと転がり落ちる。
「あっ……えっ……」
クラリッサは慌てて拾い集め、頰を赤らめて照れ笑いした。
「てへへ……失敗、失敗……」
周囲の住民たちは、最初は驚いたが、すぐに笑顔になった。
「追放された令嬢って、この人か?」
「悪女だって聞いたけど……悪女っていうより、ただのドジじゃないか」
「うん、むしろ放っておけない感じだよな」
住民たちはクラリッサを助け、野菜を拾ってくれた。
彼女は深く頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございますわ……本当に、助かりました」
その姿は、王都で「悪女」と呼ばれていた人物にはとても見えなかった。
市場での失敗劇は、すぐに町中に広まった。
「失敗令嬢」と、新しい呼び名が付けられた。
館に戻ったクラリッサは、執事に微笑んだ。
「今日は、たくさんの方に助けていただきましたわ」
執事は心配そうに頭を下げた。
「お嬢様……お気をつけくださいませ」
クラリッサは優しく頷いた。
「ええ、ありがとう」
しかし、部屋に戻ると、彼女はすぐに眼鏡を外し、机に向かった。
「町の人々の好感度……上々ね」
彼女は羊皮紙にメモを書き加えた。
それは、辺境での生活を活かした、逆襲の布石だった。
夜、クラリッサはベッドに横になり、目を閉じた。
しかし、眠りは浅く、頭の中では計画が回り続けていた。
「ソフィア……手紙が届くまで、もう少し」
辺境の小さな館は、静かに夜を迎えた。
しかし、その静けさの裏で、クラリッサの逆襲は着々と進んでいた。
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――本当の舞台は、ここから始まる。
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