【悪役令嬢】転ぶ令嬢と暗躍メイドの完璧なる逆襲劇

しおしお

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第7話 追放決定! 王都を去る

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第7話 追放決定! 王都を去る

 婚約破棄の儀式は、予想以上に残酷な形で幕を閉じた。  
 大広間の中央で、クラリッサ・フォン・ローゼンベルクは深く頭を下げ、静かにエドモンドの言葉を受け入れた。

「……わかりましたわ、殿下。  
 明日までに、王都を去ります」

 その声はか細く、震えていた。  
 眼鏡の奥で涙が光り、頰を伝う一滴が床に落ちた。  
 廷臣たちは「やはり悪女も、追放の現実を前にしては弱くなるのか」と嘲るように囁き合う。

 エドモンドは高らかに宣言した。

「追放は即日とする。  
 貴様の公爵家所有の馬車で、辺境の領地へ向かえ。  
 二度と王都に足を踏み入れるな。  
 もし違反すれば、反逆罪として処断する!」

 クラリッサはゆっくりと立ち上がり、深く一礼した。

「かしこまりました……」

 彼女の背中は丸く、足取りは重かった。  
 大広間の扉をくぐる瞬間、誰もが「これで終わりだ」と信じて疑わなかった。

 しかし――  
 扉の向こう、誰もいない長い廊下に出た瞬間、クラリッサは足を止めた。

 彼女はゆっくりと眼鏡を外し、すりガラスのようなレンズを指で拭う。  
 外からは瞳が見えないはずの魔道具だが、かけている本人にはすべてが鮮明に見える。

「……ふふっ」

 小さな笑みが漏れた。  
 それは、ポンコツ令嬢の泣き顔とはまるで別人の、冷たく確信に満ちた笑みだった。

「予定通り……完璧ですわ」

 クラリッサは眼鏡をかけ直し、ゆっくりと歩き出した。  
 足音は軽く、背筋はまっすぐだった。

 公爵邸に戻ったのは、日が暮れてからだった。  
 使用人たちは主の帰りを心配そうに待っていたが、クラリッサは静かに自室へ向かった。

「お嬢様……お疲れ様です」

 部屋に入ると、ソフィアがすでに待っていた。  
 彼女は深く頭を下げ、しかしその瞳には涙の跡など微塵もない。

 クラリッサは扉を閉め、鍵をかけた。

「ありがとう、ソフィア。  
 今日の演技……本当に完璧だったわ」

 ソフィアは控えめに微笑んだ。

「ありがとうございます、お嬢様。  
 わたくしも、心臓が止まるかと思いましたけれど……」

 二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。  
 それは、誰も知らない秘密の笑みだった。

 クラリッサは鏡台の前に座り、眼鏡を外した。

「第二王子誘惑疑惑……あの手紙の偽造、よくやってくれたわね」

「筆跡魔道具のおかげですわ。  
 お嬢様が事前に用意してくださったものですから」

 ソフィアは机の上に置かれた小箱を取り出し、中から小さな宝石のような道具を見せた。  
 それは、書いた文字の筆跡を完璧に模倣する魔道具だった。

「エドモンドは完全に信じ込んだわ。  
 これで、彼は公爵家を敵に回した上に、第二王子派閥からも孤立する」

 クラリッサは満足げに頷いた。

「追放は、むしろ都合がいいわ。  
 王都にいると、監視が厳しくなる。  
 辺境で静かに準備を進める方が、よほど自由に動ける」

 ソフィアは紅茶を淹れ、クラリッサに差し出した。

「お嬢様、明日の馬車の手配はすでに済ませております。  
 荷物は最小限に、変装用の魔道具はすべて隠し場所に」

「ありがとう。  
 あなたは……王宮に残るのよね?」

 ソフィアは静かに頷いた。

「はい。  
 殿下のそばにいて、情報を集めます。  
 お嬢様の指示通り、エドモントの不正を一つ一つ暴くための証拠を」

 クラリッサは紅茶を一口飲み、熱さに小さく舌を出す。

「あっ、つっ……まだ熱いわ」

 ソフィアはくすりと笑い、ナプキンを差し出した。

「お嬢様は本当に……」

 二人は顔を見合わせて笑った。  
 それは、ポンコツ令嬢と忠実なメイドの、いつものやり取りだった。

 しかし、その笑みの奥には、冷たい計算が潜んでいる。

「ソフィア、あなたがエドモンドの私室に行くのは……」

「今夜ですわ。  
 彼の愛人連れ込みの証拠を、直接集めます」

 クラリッサは拳を握った。

「気をつけて。  
 彼は欲に溺れた男よ。  
 油断すると、本当に危ないわ」

「ご心配なく。  
 わたくしは、お嬢様のためなら何でもします」

 ソフィアの瞳が、一瞬だけ鋭く光った。

 夜が深まった頃、クラリッサは荷物をまとめ、馬車に乗り込んだ。  
 公爵邸の門を出る瞬間、使用人たちが心配そうに見送る。

「お嬢様……お気をつけて」

 クラリッサは窓から手を振り、優しく微笑んだ。

「ありがとう。  
 すぐに……帰ってくるわ」

 馬車は闇の中を走り、王都を離れた。

 馬車の揺れに身を任せ、クラリッサは窓の外を眺める。  
 遠くに王宮の灯りが小さく見える。

「エドモンド……あなたは、私の手のひらの上で踊っていただけ」

 彼女は静かに呟き、眼鏡の奥で冷たく微笑んだ。

 一方、王宮のエドモンドの私室では、ソフィアが静かに立っていた。  
 エドモンドはワイングラスを傾け、満足げに笑う。

「よくやった、ソフィア。  
 これからはお前が私のそばにいる」

 ソフィアは控えめに微笑んだ。

「御意のままに、殿下」

 しかし、その笑みの奥に、誰も知らない冷たい光が宿っていた。

 追放の馬車は、辺境の道を進む。  
 クラリッサは馬車の座席に深く腰を下ろし、静かに目を閉じた。

「さあ……逆襲の準備を始めましょう」

 馬車の揺れが、彼女の決意を優しく包み込んだ。

 王都を去る夜は、静かに過ぎていった。  
 しかし――  
 それは、クラリッサとソフィアの計画が、本格的に動き出す序曲だった。

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