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第1話 差し出されたのは、村長の娘――の身代わりでした
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第1話 差し出されたのは、村長の娘――の身代わりでした
吸血鬼の貴族様に嫁げ、だなんて。
そんな話を最初に聞いたとき、私は耳を疑った。いや、疑う以前に、思考が完全に停止したと言ったほうが正しい。
「……冗談、ですよね?」
震える声でそう尋ねた私に、村長は困ったような、それでいてどこか安堵したような顔を浮かべた。
「冗談で済めばよかったんだがね、リネア。これは、昔から続く“契約”なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が胸を締めつけた。
私はリネア。山と畑に囲まれた小さな村で生まれ育った、ごく普通の村娘だ。趣味は料理。特技は味見。将来の夢は「できるだけ穏やかに、できるだけ長く生きること」。剣も魔法も使えないし、英雄譚とは無縁の人生を歩むはずだった。
――それなのに。
「年に一度、この村から“花嫁”を差し出す。それが、吸血鬼貴族との取り決めだ」
村長の言葉は、淡々としていた。まるで天気の話でもするかのように。
吸血鬼。
その単語を聞いただけで、背中にぞわりと悪寒が走る。
血を吸う。夜に現れる。美しいが、冷酷。人間を食らう存在。
子どもの頃から、そうやって語られてきた存在だ。
「……その“花嫁”って、つまり」
「そう。実質的には、生贄だな」
あっさりと言い切られ、私は言葉を失った。
(ちょっと待って。今、命を差し出すって言った?)
喉がひくりと鳴る。呼吸が浅くなる。
だが、次に村長が告げた名前は、私のものではなかった。
「今回、選ばれたのは……私の娘、マリアンヌだ」
私は、ほっとしてしまった。
最低だと思う。誰かが犠牲になるとわかっていて、安堵するなんて。でも、それでも――。
ところが。
「……リネア、お願い」
数刻後。村長の屋敷の裏で、私はマリアンヌに呼び止められた。
村一番の美人で、村長の一人娘。きらびやかな髪と服を身にまとい、いつも自信満々な彼女が、そのときは顔をぐしゃぐしゃに歪め、泣きそうになっていた。
「あなたにしか頼めないの……」
「……は?」
「私、どうしても行きたくないの。吸血鬼の花嫁なんて……そんなの、死ぬのと同じじゃない!」
(いや、知ってるなら行くなよ。本人が)
思わず喉まで出かかった言葉を、私は必死に飲み込んだ。
「代わって。お願い、リネア。あなたなら……その、庶民だし……」
「ちょっと待って!? 今、すごく失礼なこと言わなかった!?」
だが、マリアンヌは聞いちゃいなかった。
涙を浮かべ、地面に膝をつき、ついには――土下座。
「お願い……死にたくないの……」
それを見た瞬間、私の中で何かが折れた。
結局、村長は勝手に名をすり替えた。
“花嫁”として差し出される名は、リネア――私の名前になった。
誰も、止めなかった。
「運がいいわよねえ」
「貴族様の花嫁なんて、玉の輿じゃない」
「しかも、すごく美形らしいわよ?」
送り出される日、村人たちは笑っていた。
命を差し出す人間に向ける顔じゃない。
(……なにが花嫁よ。どう考えても生贄でしょ)
私は、馬車の中でぎゅっと荷物を抱きしめていた。
中に入っているのは、着替えと――料理用のすりこぎ棒。
護身用だ。鍋も持ってきた。最悪、頭にかぶる。
(死ぬ気はないんだから……!)
馬車は、やがて巨大な屋敷の前で止まった。
黒い門、石造りの壁、蔦の絡まる塔。
――吸血鬼の城。
門が開き、現れた男を見た瞬間、私は息を呑んだ。
銀の髪。紅い瞳。完璧すぎる顔立ち。
「ようこそ。我が花嫁よ」
美しすぎる吸血鬼貴族が、そう微笑んだ。
(……終わった)
そう思ったのが、私の人生で一番早い諦めだった。
――この時の私は、まだ知らなかった。
ここが、死ぬ場所ではなく、
私の人生がひっくり返る場所になることを。
吸血鬼の貴族様に嫁げ、だなんて。
そんな話を最初に聞いたとき、私は耳を疑った。いや、疑う以前に、思考が完全に停止したと言ったほうが正しい。
「……冗談、ですよね?」
震える声でそう尋ねた私に、村長は困ったような、それでいてどこか安堵したような顔を浮かべた。
「冗談で済めばよかったんだがね、リネア。これは、昔から続く“契約”なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が胸を締めつけた。
私はリネア。山と畑に囲まれた小さな村で生まれ育った、ごく普通の村娘だ。趣味は料理。特技は味見。将来の夢は「できるだけ穏やかに、できるだけ長く生きること」。剣も魔法も使えないし、英雄譚とは無縁の人生を歩むはずだった。
――それなのに。
「年に一度、この村から“花嫁”を差し出す。それが、吸血鬼貴族との取り決めだ」
村長の言葉は、淡々としていた。まるで天気の話でもするかのように。
吸血鬼。
その単語を聞いただけで、背中にぞわりと悪寒が走る。
血を吸う。夜に現れる。美しいが、冷酷。人間を食らう存在。
子どもの頃から、そうやって語られてきた存在だ。
「……その“花嫁”って、つまり」
「そう。実質的には、生贄だな」
あっさりと言い切られ、私は言葉を失った。
(ちょっと待って。今、命を差し出すって言った?)
喉がひくりと鳴る。呼吸が浅くなる。
だが、次に村長が告げた名前は、私のものではなかった。
「今回、選ばれたのは……私の娘、マリアンヌだ」
私は、ほっとしてしまった。
最低だと思う。誰かが犠牲になるとわかっていて、安堵するなんて。でも、それでも――。
ところが。
「……リネア、お願い」
数刻後。村長の屋敷の裏で、私はマリアンヌに呼び止められた。
村一番の美人で、村長の一人娘。きらびやかな髪と服を身にまとい、いつも自信満々な彼女が、そのときは顔をぐしゃぐしゃに歪め、泣きそうになっていた。
「あなたにしか頼めないの……」
「……は?」
「私、どうしても行きたくないの。吸血鬼の花嫁なんて……そんなの、死ぬのと同じじゃない!」
(いや、知ってるなら行くなよ。本人が)
思わず喉まで出かかった言葉を、私は必死に飲み込んだ。
「代わって。お願い、リネア。あなたなら……その、庶民だし……」
「ちょっと待って!? 今、すごく失礼なこと言わなかった!?」
だが、マリアンヌは聞いちゃいなかった。
涙を浮かべ、地面に膝をつき、ついには――土下座。
「お願い……死にたくないの……」
それを見た瞬間、私の中で何かが折れた。
結局、村長は勝手に名をすり替えた。
“花嫁”として差し出される名は、リネア――私の名前になった。
誰も、止めなかった。
「運がいいわよねえ」
「貴族様の花嫁なんて、玉の輿じゃない」
「しかも、すごく美形らしいわよ?」
送り出される日、村人たちは笑っていた。
命を差し出す人間に向ける顔じゃない。
(……なにが花嫁よ。どう考えても生贄でしょ)
私は、馬車の中でぎゅっと荷物を抱きしめていた。
中に入っているのは、着替えと――料理用のすりこぎ棒。
護身用だ。鍋も持ってきた。最悪、頭にかぶる。
(死ぬ気はないんだから……!)
馬車は、やがて巨大な屋敷の前で止まった。
黒い門、石造りの壁、蔦の絡まる塔。
――吸血鬼の城。
門が開き、現れた男を見た瞬間、私は息を呑んだ。
銀の髪。紅い瞳。完璧すぎる顔立ち。
「ようこそ。我が花嫁よ」
美しすぎる吸血鬼貴族が、そう微笑んだ。
(……終わった)
そう思ったのが、私の人生で一番早い諦めだった。
――この時の私は、まだ知らなかった。
ここが、死ぬ場所ではなく、
私の人生がひっくり返る場所になることを。
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