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第3話 超絶美形の吸血鬼は、血を吸わない
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第3話 超絶美形の吸血鬼は、血を吸わない
その夜、私は覚悟を決めていた。
(……来る。今夜こそ、来る)
鍋ヘルメットを頭に装着し、すりこぎ棒を枕元に置く。布団に入ってから、もう何度目か分からない確認だ。部屋の灯りを落とすと、静けさが一気に濃くなる。遠くで風が窓を叩く音がして、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
吸血鬼の屋敷。夜。花嫁。
条件はすべて揃っている。
(油断したら終わりよ、リネア。相手は吸血鬼。超美形でも吸血鬼)
私は目を閉じ、呼吸を整えようとした。……のに、なかなか眠れない。鍋が少しずれて、ゴン、と枕に当たる音がして、また心臓が跳ねた。
――コン、コン。
控えめなノック音。
背筋が凍りついた。
(来た!!)
「……リ、リネア。入ってもいいか?」
低く、落ち着いた声。カインの声だ。
思わず布団をぎゅっと掴む。すりこぎ棒に手を伸ばし、握りしめる。
(落ち着け。ここで慌てたら、余計に怪しまれる)
「……ど、どうぞ」
声が震えたのは仕方ない。だって、相手は吸血鬼なのだから。
扉が静かに開く。月明かりを背に、カインが部屋へ足を踏み入れた。夜の装いの彼は、昼間よりもさらに“吸血鬼らしい”。銀の髪が淡く光り、紅い瞳が闇に浮かぶ。
(……美形すぎて、逆に怖い)
彼は一歩、二歩と近づき、ベッドの脇で立ち止まった。私は身構える。鍋ヘルメットの下で、喉が鳴った。
――来る。首に牙が。血を吸われて。終わり。
そう思った、次の瞬間。
「……その頭のものは?」
「ぼ、防具です!」
反射的に答えていた。
「……なるほど」
視線が、すりこぎ棒へ移る。
「それは?」
「ぶ、武器です!」
我ながら完璧な防衛布陣だと思う。多少、見た目はアレだけど。
カインは一瞬、きょとんとした顔をしたあと、ふっと目を細めた。
「……君は、本当に面白いな」
そして――笑った。
(え? 今、笑った?)
「今夜は、様子を見に来ただけだ。怖い思いをしていないか、気になってね」
「……え?」
「初日から恐怖で眠れないのは、辛いだろう?」
拍子抜けするほど、優しい声だった。
(……あれ? 血は? 牙は?)
「吸血は……?」
思わず、口から出てしまった。
カインは、少し驚いたように瞬きをしてから、静かに首を振る。
「今すぐにするつもりはない」
「……どうして?」
「君が望んでいない」
その一言に、胸がきゅっと締めつけられた。
「我ら吸血鬼にとって、血を吸う行為は、ただの捕食ではない。契約であり、結びであり……信頼だ」
彼は、私から一歩距離を取り、椅子に腰を下ろした。
「恐怖に震える相手から奪う血に、意味はない」
私は、言葉を失っていた。
吸血鬼は、怖い存在だ。そう教えられてきた。血を奪い、命を弄ぶ存在だと。けれど、目の前のこの吸血鬼は、まるで違う。
「……信じなくてもいい。ただ、急かすつもりはない」
そう言って、カインは立ち上がった。
「今日は、それだけだ。ゆっくり休むといい」
彼は、私の頭に乗っていた鍋にそっと触れ、外した。
「これは……寝るには、少し重いな」
丁寧に鍋をベッド脇に置き、毛布を整えてくれる。
(……なんでこんなに、優しいの)
怖いはずなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。混乱して、どうしていいか分からない。
「おやすみ、リネア」
「……おやすみなさい」
彼が部屋を出ていくと、静寂が戻った。
私はしばらく、天井を見つめていた。
――血は、吸われなかった。
――鍋も、すりこぎも、使わなかった。
それなのに、心臓の鼓動だけが、さっきよりもうるさい。
(……一番危ないの、もしかして)
すりこぎ棒を胸に抱きながら、私は小さく息を吐いた。
(……この人、優しすぎる)
吸血鬼よりも何よりも、その優しさが、私にとって一番の脅威なのだと――この夜、はっきり自覚してしまった。
その夜、私は覚悟を決めていた。
(……来る。今夜こそ、来る)
鍋ヘルメットを頭に装着し、すりこぎ棒を枕元に置く。布団に入ってから、もう何度目か分からない確認だ。部屋の灯りを落とすと、静けさが一気に濃くなる。遠くで風が窓を叩く音がして、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
吸血鬼の屋敷。夜。花嫁。
条件はすべて揃っている。
(油断したら終わりよ、リネア。相手は吸血鬼。超美形でも吸血鬼)
私は目を閉じ、呼吸を整えようとした。……のに、なかなか眠れない。鍋が少しずれて、ゴン、と枕に当たる音がして、また心臓が跳ねた。
――コン、コン。
控えめなノック音。
背筋が凍りついた。
(来た!!)
「……リ、リネア。入ってもいいか?」
低く、落ち着いた声。カインの声だ。
思わず布団をぎゅっと掴む。すりこぎ棒に手を伸ばし、握りしめる。
(落ち着け。ここで慌てたら、余計に怪しまれる)
「……ど、どうぞ」
声が震えたのは仕方ない。だって、相手は吸血鬼なのだから。
扉が静かに開く。月明かりを背に、カインが部屋へ足を踏み入れた。夜の装いの彼は、昼間よりもさらに“吸血鬼らしい”。銀の髪が淡く光り、紅い瞳が闇に浮かぶ。
(……美形すぎて、逆に怖い)
彼は一歩、二歩と近づき、ベッドの脇で立ち止まった。私は身構える。鍋ヘルメットの下で、喉が鳴った。
――来る。首に牙が。血を吸われて。終わり。
そう思った、次の瞬間。
「……その頭のものは?」
「ぼ、防具です!」
反射的に答えていた。
「……なるほど」
視線が、すりこぎ棒へ移る。
「それは?」
「ぶ、武器です!」
我ながら完璧な防衛布陣だと思う。多少、見た目はアレだけど。
カインは一瞬、きょとんとした顔をしたあと、ふっと目を細めた。
「……君は、本当に面白いな」
そして――笑った。
(え? 今、笑った?)
「今夜は、様子を見に来ただけだ。怖い思いをしていないか、気になってね」
「……え?」
「初日から恐怖で眠れないのは、辛いだろう?」
拍子抜けするほど、優しい声だった。
(……あれ? 血は? 牙は?)
「吸血は……?」
思わず、口から出てしまった。
カインは、少し驚いたように瞬きをしてから、静かに首を振る。
「今すぐにするつもりはない」
「……どうして?」
「君が望んでいない」
その一言に、胸がきゅっと締めつけられた。
「我ら吸血鬼にとって、血を吸う行為は、ただの捕食ではない。契約であり、結びであり……信頼だ」
彼は、私から一歩距離を取り、椅子に腰を下ろした。
「恐怖に震える相手から奪う血に、意味はない」
私は、言葉を失っていた。
吸血鬼は、怖い存在だ。そう教えられてきた。血を奪い、命を弄ぶ存在だと。けれど、目の前のこの吸血鬼は、まるで違う。
「……信じなくてもいい。ただ、急かすつもりはない」
そう言って、カインは立ち上がった。
「今日は、それだけだ。ゆっくり休むといい」
彼は、私の頭に乗っていた鍋にそっと触れ、外した。
「これは……寝るには、少し重いな」
丁寧に鍋をベッド脇に置き、毛布を整えてくれる。
(……なんでこんなに、優しいの)
怖いはずなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。混乱して、どうしていいか分からない。
「おやすみ、リネア」
「……おやすみなさい」
彼が部屋を出ていくと、静寂が戻った。
私はしばらく、天井を見つめていた。
――血は、吸われなかった。
――鍋も、すりこぎも、使わなかった。
それなのに、心臓の鼓動だけが、さっきよりもうるさい。
(……一番危ないの、もしかして)
すりこぎ棒を胸に抱きながら、私は小さく息を吐いた。
(……この人、優しすぎる)
吸血鬼よりも何よりも、その優しさが、私にとって一番の脅威なのだと――この夜、はっきり自覚してしまった。
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