『身代わり花嫁は鍋をかぶり、すりこぎ棒で吸血鬼と向き合う』

しおしお

文字の大きさ
3 / 32

第3話 超絶美形の吸血鬼は、血を吸わない

しおりを挟む
第3話 超絶美形の吸血鬼は、血を吸わない

 その夜、私は覚悟を決めていた。

(……来る。今夜こそ、来る)

 鍋ヘルメットを頭に装着し、すりこぎ棒を枕元に置く。布団に入ってから、もう何度目か分からない確認だ。部屋の灯りを落とすと、静けさが一気に濃くなる。遠くで風が窓を叩く音がして、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。

 吸血鬼の屋敷。夜。花嫁。
 条件はすべて揃っている。

(油断したら終わりよ、リネア。相手は吸血鬼。超美形でも吸血鬼)

 私は目を閉じ、呼吸を整えようとした。……のに、なかなか眠れない。鍋が少しずれて、ゴン、と枕に当たる音がして、また心臓が跳ねた。

 ――コン、コン。

 控えめなノック音。

 背筋が凍りついた。

(来た!!)

「……リ、リネア。入ってもいいか?」

 低く、落ち着いた声。カインの声だ。

 思わず布団をぎゅっと掴む。すりこぎ棒に手を伸ばし、握りしめる。

(落ち着け。ここで慌てたら、余計に怪しまれる)

「……ど、どうぞ」

 声が震えたのは仕方ない。だって、相手は吸血鬼なのだから。

 扉が静かに開く。月明かりを背に、カインが部屋へ足を踏み入れた。夜の装いの彼は、昼間よりもさらに“吸血鬼らしい”。銀の髪が淡く光り、紅い瞳が闇に浮かぶ。

(……美形すぎて、逆に怖い)

 彼は一歩、二歩と近づき、ベッドの脇で立ち止まった。私は身構える。鍋ヘルメットの下で、喉が鳴った。

 ――来る。首に牙が。血を吸われて。終わり。

 そう思った、次の瞬間。

「……その頭のものは?」

「ぼ、防具です!」

 反射的に答えていた。

「……なるほど」

 視線が、すりこぎ棒へ移る。

「それは?」

「ぶ、武器です!」

 我ながら完璧な防衛布陣だと思う。多少、見た目はアレだけど。

 カインは一瞬、きょとんとした顔をしたあと、ふっと目を細めた。

「……君は、本当に面白いな」

 そして――笑った。

(え? 今、笑った?)

「今夜は、様子を見に来ただけだ。怖い思いをしていないか、気になってね」

「……え?」

「初日から恐怖で眠れないのは、辛いだろう?」

 拍子抜けするほど、優しい声だった。

(……あれ? 血は? 牙は?)

「吸血は……?」

 思わず、口から出てしまった。

 カインは、少し驚いたように瞬きをしてから、静かに首を振る。

「今すぐにするつもりはない」

「……どうして?」

「君が望んでいない」

 その一言に、胸がきゅっと締めつけられた。

「我ら吸血鬼にとって、血を吸う行為は、ただの捕食ではない。契約であり、結びであり……信頼だ」

 彼は、私から一歩距離を取り、椅子に腰を下ろした。

「恐怖に震える相手から奪う血に、意味はない」

 私は、言葉を失っていた。

 吸血鬼は、怖い存在だ。そう教えられてきた。血を奪い、命を弄ぶ存在だと。けれど、目の前のこの吸血鬼は、まるで違う。

「……信じなくてもいい。ただ、急かすつもりはない」

 そう言って、カインは立ち上がった。

「今日は、それだけだ。ゆっくり休むといい」

 彼は、私の頭に乗っていた鍋にそっと触れ、外した。

「これは……寝るには、少し重いな」

 丁寧に鍋をベッド脇に置き、毛布を整えてくれる。

(……なんでこんなに、優しいの)

 怖いはずなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。混乱して、どうしていいか分からない。

「おやすみ、リネア」

「……おやすみなさい」

 彼が部屋を出ていくと、静寂が戻った。

 私はしばらく、天井を見つめていた。

 ――血は、吸われなかった。
 ――鍋も、すりこぎも、使わなかった。

 それなのに、心臓の鼓動だけが、さっきよりもうるさい。

(……一番危ないの、もしかして)

 すりこぎ棒を胸に抱きながら、私は小さく息を吐いた。

(……この人、優しすぎる)

 吸血鬼よりも何よりも、その優しさが、私にとって一番の脅威なのだと――この夜、はっきり自覚してしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

処理中です...