『身代わり花嫁は鍋をかぶり、すりこぎ棒で吸血鬼と向き合う』

しおしお

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第5話 吸血鬼の館は、やたらと居心地がいい

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第5話 吸血鬼の館は、やたらと居心地がいい

 結論から言うと――この屋敷、住み心地が良すぎる。

(……おかしい)

 私は朝食後、用意された部屋でひとり、真剣に腕を組んでいた。

 柔らかいソファ。温度も湿度も完璧な室内。窓から差し込む光は眩しすぎず、暗すぎもしない。紅茶は常に適温で、クッキーはさくさく。しかも、おかわり自由。

(……吸血鬼の館よ?)

 おかしい。どう考えても。

 私は“生贄兼花嫁”として差し出されたはずだ。なのに、扱いが完全に「大切なお客様」どころか、「腫れ物」寄りである。

 部屋に備え付けられたクローゼットを開けると、サイズぴったりの服がずらりと並んでいた。色合いは控えめで、どれも上品。

(……いつの間に測ったの? 怖)

 だが、怖いよりも先に思ってしまう。

(……センス、いい)

 昼前になると、使用人の一人が控えめに声をかけてきた。

「奥様、お庭をご覧になりますか?」

「……お庭?」

 案内された先は、想像以上に広い庭園だった。薔薇、蔦、噴水。どこも手入れが行き届いている。

(……これ、維持費すごくない?)

 現実的な思考が顔を出した。

「奥様?」

「……いえ、何でもありません」

 芝生を歩いていると、向こうからカインが現れた。昼の彼は、夜よりもずっと人間らしい。黒い外套を羽織り、本を片手にしている。

「散策か?」

「……はい。というか、されてしまいました」

「それは失礼した」

 そう言いながら、彼は自然に歩調を合わせてくる。

(……近い)

 距離が近い。近すぎる。なのに、怖くない。

 それが一番、困る。

「ここでの生活に、不便はないか?」

「……正直に言っていいですか」

「もちろん」

「快適すぎて、不安です」

 カインは、くすりと笑った。

「多くの人は、不便を恐れるが……君は逆か」

「だって、吸血鬼の館なんですよ? もっとこう、暗くて、冷たくて、理不尽で……」

「期待外れで悪かったな」

「いえ、悪いというか……」

 私は言葉を探し、結局、正直に言った。

「……生きてる感じが、します」

 自分でも驚くほど、自然に出た言葉だった。

 食べて、眠って、歩いて、話して。恐怖に怯えることなく、呼吸している。

「それは、何よりだ」

 カインの声は穏やかだった。

「君がここで生きることを、私は望んでいる」

 その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。

(……やめてほしい)

 そんなふうに言われたら、ここを“安全な場所”だと思ってしまう。

 午後は、図書室を案内された。天井まで届く本棚に、ずらりと並ぶ書物。

「……すごい」

「暇つぶしには困らないだろう」

「暇つぶしの規模じゃないです」

 思わず突っ込むと、彼は肩をすくめた。

「君が退屈するのは、困るからな」

 夕方になると、紅茶と軽食が運ばれた。私の好みを聞いた覚えはないのに、なぜか全部、好みに合っている。

(……監視されてる? それとも、観察?)

 どちらにしても、的確すぎる。

 気づけば私は、すりこぎ棒を握りしめる時間が減っていた。鍋は、部屋の隅に置いたままだ。

(……警戒心、どこいった)

 それに気づいて、少しだけ怖くなる。

 夜。部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。

 今日一日を思い返して、はっきりしたことがある。

 この屋敷は、
 この吸血鬼は、
 私を“消費”しようとしていない。

 それが、安心で――
 同時に、とても危険だった。

(……居心地がいいって、こういうこと?)

 布団に潜り込みながら、私は天井を見つめた。

 ここに慣れてしまったら。
 ここを失うのが、怖くなったら。

 それはもう、“生贄”じゃない。

 ――その考えに気づいた瞬間、胸の奥が、少しだけ痛んだ。

 吸血鬼の館は、
 今日もやけに、居心地がいい。
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