『身代わり花嫁は鍋をかぶり、すりこぎ棒で吸血鬼と向き合う』

しおしお

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第14話 触れない距離で、確かめ合う

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第14話 触れない距離で、確かめ合う

 その日は、朝から雨が降っていた。

 窓を打つ雨音が、館の中に柔らかく響いている。外は薄暗く、空気はひんやりとしていて、どこか落ち着かない一日になりそうだった。

 私は窓辺に立ち、外を眺めながら深呼吸をする。

(……今日は、静かすぎる)

 鍋ヘルメットは、昨夜もかぶらなかった。
 それなのに、ちゃんと眠れた。

 その事実が、じわじわと効いてくる。

(……慣れてきてる、な)

 良い意味なのか、悪い意味なのか。まだ判断はつかない。ただ、心のどこかで“変化”を否定できなくなっていた。

 朝食を終えたあと、私は図書室に向かった。雨の日は、ここが一番落ち着く。分厚い本、木の香り、静かな空気。

 そこに、足音が加わった。

「……ここにいたか」

 カインだった。

「はい。雨なので」

「そうだな」

 彼は私の向かいの椅子に腰を下ろした。距離は、テーブル一枚分。手を伸ばせば届くけれど、触れようと思わなければ触れない距離。

 沈黙が落ちる。

 でも、不思議と居心地が悪くなかった。

「……雨の日は、苦手ですか」

 私が聞くと、カインは少し考えてから答えた。

「嫌いではない。ただ、昔を思い出す」

「昔?」

「ああ。人と距離を置いていた頃のことだ」

 私は、本を閉じた。

「……今は?」

「今は……距離を量るのが、楽しい」

 思わず、彼を見る。

「量る、って……」

「近づきすぎれば壊れる。離れすぎれば失う」

 静かな声。

「だから、触れない距離で、確かめ合っている」

 その言葉が、胸に落ちた。

(……それ、私たちのことじゃない)

 私は、テーブルの上に置いた自分の手を見つめた。

「……正直に言いますね」

「うん」

「触れられるのは……まだ、少し怖いです」

 言葉にすると、肩の力が抜けた。

「でも……拒絶したいわけじゃありません」

 カインは、すぐには答えなかった。

 ただ、椅子に深く腰掛け、ゆっくりと息を吐く。

「それを言ってくれて、ありがとう」

 そう言って、彼は微笑んだ。

「私は、君が怖がることをしたくない。だが……怖さの向こうに、君が何を見ているのかは、知りたい」

 雨音が、少し強くなる。

 私は、勇気を出して言った。

「……私、触れられるのが怖いんじゃなくて」

 一拍、置く。

「……触れたら、戻れなくなる気がしてるんです」

 自分でも驚くほど、素直な言葉だった。

 カインの瞳が、ゆっくりと細められる。

「……それは、恐怖ではないな」

「え?」

「覚悟だ」

 その一言で、胸が熱くなる。

「触れない距離を保てるのは、互いに理性があるからだ。だが……触れたいと思う気持ちを、否定する必要はない」

 彼は立ち上がり、私の隣に来た。
 でも、触れない。

 ほんの一歩分の距離。

「今日は、この距離でいい」

 そう言って、彼は私の前に手を差し出さなかった。

 代わりに、背を向けて歩き出す。

「雨が止んだら、庭を歩こう」

「……はい」

 彼が去ったあと、私は自分の手を胸に当てた。

 心臓が、早い。

(……触れなかった)

 それなのに、昨日よりも、確かに近づいた気がした。

 この日、私は学んだ。

 距離が縮まるのは、触れた時だけじゃない。
 触れない選択を、同じ方向で選べた時にも――
 人は、確かに近づいているのだと。
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