『身代わり花嫁は鍋をかぶり、すりこぎ棒で吸血鬼と向き合う』

しおしお

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第22話 朝が来ることを、疑わなくなった日

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第22話 朝が来ることを、疑わなくなった日

 目を覚ました瞬間、私は少しだけ拍子抜けした。

(……もう、朝?)

 夜中に何度も目が覚めることもなく、夢に追い立てられることもなかった。いつものように――ではない。もっと、自然だった。

 カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。

(……朝が来るって、こんなに当たり前だったっけ)

 しばらくベッドに横になったまま、天井を見つめる。

 昨日の夜の静けさ。
 扉越しの声。
 「何も起きない」という約束。

 胸の奥に、静かな余韻が残っていた。

 私は起き上がり、部屋を見回す。

 鍋は棚の上。
 すりこぎ棒は部屋の隅。

 どちらも、変わらずそこにある。

 けれど、それを確認するために視線を走らせる必要はなかった。

(……疑ってない)

 何が起きるかを。
 何も起きないことを。

 身支度を整え、廊下に出る。足音が静かに響くが、心は落ち着いていた。

 食堂に入ると、カインがすでに席に着いていた。

「おはよう」

「……おはようございます」

 声が、少しだけ柔らかい。

「よく眠れたか」

「はい。……驚くくらい」

 正直に言うと、彼は小さく頷いた。

「それは、よかった」

 それ以上、踏み込まない。

 私は席に着き、紅茶を一口飲んだ。温度も香りも、昨日と同じ。なのに、味が違って感じられる。

(……不思議)

 沈黙が流れる。

 でも、そこに焦りはなかった。

「……リネア」

 名前を呼ばれる。

「はい」

「昨夜は、何も起きなかったな」

 確認のようでいて、断定でもある言い方。

「……はい」

「それで、どう感じた」

 私は、少し考えた。

「……安心しました」

 即答ではなかったけれど、迷いはなかった。

「起きてほしくないことが、起きないって……こんなに楽なんですね」

 カインは、カップに視線を落としたまま、静かに言った。

「それを守るのが、私の役目だ」

「……役目?」

「君が、朝が来ることを疑わなくて済むようにする」

 胸の奥が、じんと温かくなる。

「……大げさです」

「事実だ」

 彼は、淡々と続ける。

「人は、不安な夜を過ごすと、朝を信用できなくなる」

 私は、思わず手を止めた。

「……知ってるんですか」

「知っている」

 短い答え。

「だから、私は“何も起きない夜”を選ぶ」

 昨日の言葉が、ここで繋がった気がした。

 朝食を終え、私は立ち上がる。

「……今日も、庭を歩きますか」

 自分から言い出したことに、少し驚く。

 カインは、わずかに目を細めた。

「君が望むなら」

「……望みます」

 はっきりと言えた。

 庭に出ると、朝露がまだ残っていて、草花が光っている。並んで歩く足取りは、自然に揃った。

(……朝が来るって、信じてる)

 逃げる準備も、身構える癖もない。

 ただ、今日という一日が始まることを、当たり前だと思えている。

 それが、どれほど大きな変化なのか。

 私は、歩きながら、そっと気づいた。

 安心は、劇的に訪れるものじゃない。
 約束も、言葉だけで結ばれるものじゃない。

 ――朝が来ることを、疑わなくなった。

 その事実こそが、
 私がここに“居る”と決め始めた、何よりの証なのだと。
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