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第25話 触れない手の温度
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第25話 触れない手の温度
その日は、静かな雨が降っていた。
音もなく、ただ屋敷の庭を濡らすような、優しい雨。私は窓辺に座り、カップの中で揺れる紅茶の表面をぼんやりと見つめていた。
雨の日は、少しだけ心が内側に沈む。
理由はわからない。ただ、考えごとが増える。
(……触れない、か)
第24話のやり取りが、まだ胸の奥に残っていた。
欲しいと言わない優しさ。
待つという選択。
それは確かに、私を楽にしてくれた。
けれど同時に、ひとつの疑問も生まれていた。
(触れなくても……伝わるの?)
そんなことを考えていると、控えめなノックがした。
「入っていいか」
カインの声だった。
「はい」
彼はいつも通り、静かに部屋に入ってくる。足音は軽く、存在感は強すぎない。
「雨だな」
「ですね」
それだけの会話。
彼は私の向かいに腰を下ろし、同じように窓の外を見る。肩が触れそうで、触れない距離。
この距離に、慣れてしまった自分がいる。
「……少し、冷えている」
カインが言った。
「そうですか?」
自分では、気づかなかった。
「手を、貸してもいいか」
一瞬、心臓が跳ねた。
でも、彼の言い方はいつもと同じだった。穏やかで、押しつけがましくない。
「……はい」
私は、そっと手を差し出した。
カインは、それを包み込むことはしなかった。
ただ、手のひらを下にして、私の指先に自分の指を“添えた”。
触れているのに、握られていない。
その距離が、逆に意識を引き寄せる。
「……あたたかい」
私が言うと、彼は小さく息を吐いた。
「君の方がな」
雨音が、少し強くなる。
そのまま、しばらく動かない。
手と手の間に、力はない。
けれど、離れようともしない。
(……変なの)
ただ触れているだけなのに、胸の奥がざわつく。
握られていないからこそ、逃げられる。
でも、逃げないと選んでいるのは、私自身。
「……不思議ですね」
思わず、口に出た。
「何がだ」
「触れられてるのに……触れられてないみたいで」
カインは、少しだけ視線を落とした。
「境界を、残している」
「境界……」
「越えないための線だ」
彼の指先が、ほんの少しだけ動いた。
私の指に沿うように。
それだけで、心臓が音を立てる。
「……越えてほしくないですか」
問いかけは、気づけば零れていた。
カインは、すぐには答えなかった。
雨音だけが、二人の間を満たす。
「……越えていいのは、君が“越えたい”と思った時だけだ」
その言葉は、静かで、強かった。
私は、思わず視線を落とす。
自分の手。
彼の手。
触れ合っているのに、縛られていない。
(……怖い)
でも。
(……嫌じゃない)
私は、そっと指先に力を込めた。
握るほどではない。
逃げるほどでもない。
ただ、“触れている”という意思だけ。
カインは、その変化に気づいたのか、ほんの一瞬、目を細めた。
「……それが、答えか」
「……途中です」
そう返すと、彼は小さく笑った。
「途中でもいい」
雨は、まだ降っている。
けれど、冷えはもう感じなかった。
触れない手の温度が、
確かに、私の中に残っていた。
この距離が、いつか変わるのかどうか――
それはまだ、わからない。
でも少なくとも今は。
触れないまま伝わるものが、
こんなにも確かにあるのだと、私は知ってしまった。
その日は、静かな雨が降っていた。
音もなく、ただ屋敷の庭を濡らすような、優しい雨。私は窓辺に座り、カップの中で揺れる紅茶の表面をぼんやりと見つめていた。
雨の日は、少しだけ心が内側に沈む。
理由はわからない。ただ、考えごとが増える。
(……触れない、か)
第24話のやり取りが、まだ胸の奥に残っていた。
欲しいと言わない優しさ。
待つという選択。
それは確かに、私を楽にしてくれた。
けれど同時に、ひとつの疑問も生まれていた。
(触れなくても……伝わるの?)
そんなことを考えていると、控えめなノックがした。
「入っていいか」
カインの声だった。
「はい」
彼はいつも通り、静かに部屋に入ってくる。足音は軽く、存在感は強すぎない。
「雨だな」
「ですね」
それだけの会話。
彼は私の向かいに腰を下ろし、同じように窓の外を見る。肩が触れそうで、触れない距離。
この距離に、慣れてしまった自分がいる。
「……少し、冷えている」
カインが言った。
「そうですか?」
自分では、気づかなかった。
「手を、貸してもいいか」
一瞬、心臓が跳ねた。
でも、彼の言い方はいつもと同じだった。穏やかで、押しつけがましくない。
「……はい」
私は、そっと手を差し出した。
カインは、それを包み込むことはしなかった。
ただ、手のひらを下にして、私の指先に自分の指を“添えた”。
触れているのに、握られていない。
その距離が、逆に意識を引き寄せる。
「……あたたかい」
私が言うと、彼は小さく息を吐いた。
「君の方がな」
雨音が、少し強くなる。
そのまま、しばらく動かない。
手と手の間に、力はない。
けれど、離れようともしない。
(……変なの)
ただ触れているだけなのに、胸の奥がざわつく。
握られていないからこそ、逃げられる。
でも、逃げないと選んでいるのは、私自身。
「……不思議ですね」
思わず、口に出た。
「何がだ」
「触れられてるのに……触れられてないみたいで」
カインは、少しだけ視線を落とした。
「境界を、残している」
「境界……」
「越えないための線だ」
彼の指先が、ほんの少しだけ動いた。
私の指に沿うように。
それだけで、心臓が音を立てる。
「……越えてほしくないですか」
問いかけは、気づけば零れていた。
カインは、すぐには答えなかった。
雨音だけが、二人の間を満たす。
「……越えていいのは、君が“越えたい”と思った時だけだ」
その言葉は、静かで、強かった。
私は、思わず視線を落とす。
自分の手。
彼の手。
触れ合っているのに、縛られていない。
(……怖い)
でも。
(……嫌じゃない)
私は、そっと指先に力を込めた。
握るほどではない。
逃げるほどでもない。
ただ、“触れている”という意思だけ。
カインは、その変化に気づいたのか、ほんの一瞬、目を細めた。
「……それが、答えか」
「……途中です」
そう返すと、彼は小さく笑った。
「途中でもいい」
雨は、まだ降っている。
けれど、冷えはもう感じなかった。
触れない手の温度が、
確かに、私の中に残っていた。
この距離が、いつか変わるのかどうか――
それはまだ、わからない。
でも少なくとも今は。
触れないまま伝わるものが、
こんなにも確かにあるのだと、私は知ってしまった。
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