婚約破棄されたので剣と結婚しましたが、 元婚約者が勝手に闇落ちしてます

しおしお

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第7話 骨董商の店と、埃をかぶった大剣

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第7話 骨董商の店と、埃をかぶった大剣

 その店は、通りの端にひっそりと佇んでいた。

 派手な看板もなく、ショーウィンドウもどこかくすんでいる。
 「骨董・古物一式」と書かれた木製の看板は、風雨にさらされて文字が少し剥げていた。

「……ここ、よね」

 エリアルは足を止め、改めて店構えを見上げる。
 ドワーフの鍛冶屋が言っていた骨董商――ワッケインの店。

(丈夫な剣とは限らない、って言ってたけど……)

 それでも、今の彼女には藁にもすがる思いだった。
 普通の剣では耐えられない。
 訓練用はもちろん、実戦用でさえ折れてしまう。

 力の制御を身につける努力は続けている。
 それでも、今すぐ使える「折れない剣」が欲しかった。

「……失礼します」

 軋む扉を押して中へ入ると、空気が変わった。

 ひんやりとして、少し古い。
 金属、木材、皮革、そして長い時間が混ざったような匂い。

 店内には雑多な品々が所狭しと並んでいた。
 錆びた兜、欠けた盾、用途の分からない装飾品。
 どれも一目で「古い」と分かるものばかりだ。

 そして――

「……あ」

 エリアルの視線が、店の一角で止まった。

 壁際に立てかけられている、一本の剣。

 いや、「一本」と言うにはあまりにも大きい。
 自分の身長の、倍はあろうかという巨大な大剣だった。

 鞘は黒ずみ、柄には埃が積もっている。
 明らかに長い間、誰にも触れられていない。

(……なに、これ)

 理由は分からない。
 だが、視線を逸らせなかった。

 近づくにつれて、胸の奥がざわつく。
 剣から、何かを感じる――そうとしか言いようがなかった。

「……重そうですね」

 不意に、背後から声がした。

 驚いて振り返ると、店の奥から一人の男が出てくる。
 白髪混じりで、痩せた体つき。
 目だけがやけに鋭い、いかにも商人らしい男だった。

「それに目をつけるとは、物好きだな」

「え、あ……すみません。勝手に見てしまって」

「構わんよ。どうせ誰も買わん」

 男――ワッケインは肩をすくめる。

「それはな、誰にも扱えん剣だ」

「……扱えない?」

「持ち上げることすらできない。仕入れたはいいが、十人がかりでやっとここまで運んだ代物だ」

 ワッケインは苦笑しながら言った。

「それ以来、ずっとここだ。ほこりを被った置き物さ」

 エリアルは剣を見つめたまま、ぽつりと呟く。

「確かに……すごく、重そうですね」

「だろう? 見た目だけの話じゃない。中身も、だ」

 ワッケインはちらりとエリアルを見て、鼻を鳴らした。

「まあ、あんたが持てるとは思えんが……」

 その瞬間、エリアルの目がきらりと光った。

「……もし」

「ん?」

「もし、私がこれを持ち上げられたら……どうなりますか?」

 ワッケインは一瞬きょとんとしたが、すぐに大笑いした。

「ははは! 面白いことを言う娘だ」

 そして、冗談めかして言い放つ。

「そうだな……もし持ち上げられたら、タダでくれてやるよ」

「本当ですか!?」

「本当だ。まあ、無理だろうがな」

 ワッケインは腕を組み、完全に見物モードに入った。

「好きにやってみな」

 エリアルは深呼吸し、剣の前に立つ。

(落ち着いて……いつも通りに)

 柄に手を伸ばす。

 ひんやりとした感触。
 ずしり、とした重みが伝わってくる。

(……確かに、重い)

 だが――

「えい」

 ぐっ、と力を込める。

 次の瞬間。

 大剣は、音もなく持ち上がった。

「……は?」

 ワッケインの口が、ぽかんと開く。

 エリアルはさらに自然な動作で剣を引き抜いた。
 鞘から抜けた刃が、鈍い光を放つ。

「……」

 店内が、静まり返った。

 剣は美しかった。
 無駄のない刃文。
 深みのある銀色の輝き。

 エリアルは思わず、うっとりと見つめる。

「……とても、キレイ」

「……え、ええええええ!?」

 ようやく我に返ったワッケインが、叫んだ。

「お、お前さん……なにを……どうやって……!?」

「え? 普通に、ですけど……?」

 きょとんとした顔で答えるエリアル。

 ワッケインはしばらく言葉を失っていたが、やがて大きく息を吐いた。

「……約束だ。持ち上げたら、タダだったな」

 震える声でそう言い、笑う。

「持っていけ。二度と見られん代物だ」

「ありがとうございます!」

 エリアルは満面の笑みを浮かべ、大剣を背負った。

 その背中を見送りながら、ワッケインは小さく呟く。

「……とんでもない娘だ」

 そして、誰にも聞こえない声で。

「だが……あの剣が、ようやく持ち主を見つけたのかもしれんな」

 エリアルは知らない。
 その剣が、これから彼女の運命を大きく変えることを。

 ただ胸の高鳴りだけを感じながら、家路を急ぐのだった。


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