多夫一妻とか聞いてません! 白い結婚から始めるホワイト革命

しおしお

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第2章 悪魔のローテーションと偽りの溺愛バトル

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 2-1

――ローテーション初日、大混乱!

 

 月曜、午前五時。

 中庭の噴水がまだ薄闇に沈む時刻、私は枕元で鳴り響く呼び鈴に引きずり起こされた。

 

『……冗談でしょう? 日付が変わって五時間しか経ってないわよ?』

 

 眠い目をこすり寝間着のまま廊下へ出ると、執事長が慌てた声を潜める。

「第一王子殿下がすでに玄関でお待ちです!」

「五時ぴったり……?」

「“真の愛情は始業前に示せ”とのことで……」

 

 そこ、社畜格言に置き換えないで。

 

◆◇◆

■氷点下スマイルと山脈書類

 応接間へ向かうと、ユリシーズ・グロリアーク殿下が漆黒マント姿で立っていた。
 朝焼け前の空気より冷たい灰色の瞳。その手には――山のような公文書。

「おはよう、ステラ。さっそく〝夫婦の共同作業〟といこう」

『結婚初日の共同作業が残業前倒しとは……!』

「殿下、これは……?」

「財務局と兵站局、両方の予算案。今日中に要点を洗い出す」

 文字通り山脈。紙の森林破壊。

「殿下、せめて朝食を――」

「不要だ。第一夫として、きみに私の全仕事を見せよう」

 仕事=愛情度ポイント、らしい。ブラックな愛。

 

◆◇◆

■元社畜 VS. 仕事ジャンキー

 私は寝間着のまま椅子に着き、急遽〝段取り表〟を作成する。
 カテゴリ別に付箋を貼り、優先順位を色分け、文官にタスクを振り分ける。

「……ほう」ユリシーズ

「まず殿下が判を押すだけの決裁文を抽出、30分で片づけましょう。次に予算比較はピボットで可視化。数字の食違いは午後の会議で――」

 殿下の眉がわずかに上がった。

「効率的だな」

『社畜十年の血と涙ですもの』

 

 一時間後。剥き身だった紙山は区画整理され、殿下のサインは三百枚を突破。
 文官たちが感涙しながら書類を搬出していく。

「君は有能だ。……愛情度を二桁上乗せすべきか」

「評価は結構ですが、殿下。休憩を挟みましょう。脳の糖分補給が作業効率を——」

「不要だ。まだ朝八時だ」

『え、もう八時!? 時空歪んでない!?』

 

 さらに昼前、私は計算用水晶盤(この世界のエクセル)を叩きながらふと思う。

『もしかして今日、ランチ休憩ゼロ?』

 嫌な予感は当たるもので、殿下が告げた。

「午後は兵站局の役人を呼んでいる。夜までに決着を付けるぞ」

 

◆◇◆

■非常食とエナドリと王太子

 胃が限界に近づいた頃、私の頭に社畜DNAが囁く。――非常食!

 私は袖口から小瓶の蜂蜜と薄焼きビスケット(夜中にこっそり忍ばせた)を取り出し、殿下のカップに溶かす。

「……何を?」

「カフェインと糖分を同時摂取します。殿下の集中力が四時間は延命しますわ」

 殿下は無言で一口飲み、息をつく。

「甘い……しかし悪くない」

 その顔が、氷面に一瞬だけ波紋を浮かべた。文官たちが〝王太子が笑った……?〟とざわめく。

 

◆◇◆

■勝利の瞬間、そして残業宣言

 夕刻。館の時計が七時を打つころ、山脈書類は完全に更地。
 ユリシーズ殿下が万年筆を置き、静かに息を吐く。

「予定より三割早い。見事だ、ステラ」

「お役に立てて光栄ですわ」

『でもね、社畜時代の私なら四割短縮したわ。ドリンクバーと深夜料金があれば』

 殿下が立ち上がる。帰るかと思いきや――

「良い機会だ。今夜は君専用の〝業務端末〟を作ろう。
 王宮の暗号書式を覚えるまで添削だ。……徹夜でな」

 

 天井が暗く見える。私の簡易的休日は霧散した。

『徹夜って、結婚初日にブラック研修!? 愛情度って残業時間で稼ぐものじゃないのよ!?』

 しかしここで引き下がったら「使えない妻」認定。
 私は背筋を伸ばし、にっこり微笑む。

「承知いたしました。ですが徹夜の前に夕食を。
 低血糖で集中を欠くのは、王家の損失ですもの」

 殿下が数秒考え、頷く。

「……合理的だ。厨房に指示を」

 よし。まずは食事休憩ゲット。社畜の勝利条件は小さな譲歩の積み重ねなのだ。

 

◆◇◆

■深夜0時、“効率”をめぐる最終防衛戦

 私は殿下と並んで長机に座り、暗号書式の変換テーブルを作りながら提案書を書く。
 タイトルは**《夜間作業効率化および翌日業務継続性確保のためのタイムマネジメント案》**。

「殿下。これが徹夜を回避しつつ、納期を守る最適解ですわ」

 殿下は静かに目を通し、ペン先を止める。

「君の提案は確かに理に適う。――だが私は君ともっと長く働きたい」

 その言葉を愛情と解釈すべきなのか、残業仲間の勧誘と受け取るべきか。

『ブラック現場で“帰ると死ぬ病”が蔓延してたの思い出したわ……』

 私は最後の賭けに出る。

「殿下。ご存じですか? **“集中作業は二時間おきに十五分休憩”**が最も生産性を高めるという統計を。
 愛情度も生産性も、一番高い値を出したいなら……まずはお休みになりませんか?」

 灰色の瞳が細くなる。数秒の沈黙。

「……興味深い。では統計を実証してみよう。
 今夜は二時までに切り上げ、明朝六時に再開する」

 組合交渉なら大勝利。だが王太子相手では微妙な勝利。とはいえ、徹夜回避は大きい。

『社畜は妥協を覚えて生き残るもの……!』

 

◆◇◆

■夜明け前、ささやかな達成感

 午前二時、一日の総労働時間は二十時間を数えた。
 私は机に突っ伏す殿下のマントをそっと掛け直し、自室へ戻る。

『初日クリア。愛情度+10? いえいえ、私の睡眠時間は-6だけどね!』

 でもいい。小さな成果を積み重ね、いつか週休二日をもぎ取るのだ。
 私は羽ペンで手帳に書き込む。

 〈ホワイト改革ロードマップ〉
 ・第一段階 徹夜文化の撤廃 → 達成率30%
 ・第二段階 週休二日体制導入 → 交渉準備
 ・第三段階 愛情度制度のKPI緩和 → 勉強中

 ページを閉じ、眠る前にひと言。

「ユリシーズ殿下――。
 愛情度って、睡眠時間と反比例しないほうがいいと思いますわよ?」

 返事はない。王太子は夢の中で仕事と私を天秤にかけているのだろうか。
 月曜日は終わり、火曜――バラの嵐と元カノ疑惑が待つ。

 これはまだ、長いローテーション地獄の序章に過ぎなかった。

 2-2

――第二王子の“ピンク攻勢”と元カノ疑惑

 

 火曜の夜明け。わずか四時間の仮眠で目を覚ますと、私の屋敷は――ピンク色に占拠されていた。

 

 廊下の絨毯が苺ミルク色に張り替えられ、シャンデリアには桜色のリボン。玄関前の噴水は薔薇の花びらで満杯。おまけに空気まで甘いフローラル調でむせ返りそう。

『ピンク色のテロ、来たわね……! 犯人は一人しかいない!』

 大階段を下りた先、巨大な花束を抱える金髪の王子がいた。第二王子――レオナルド・グロリアーク殿下。今日は巻き髪をわずかにゆるくほぐし、襟元に薔薇のブローチ。完全に“花売り王子”モードである。

「おはよう、ステラ嬢。今日のテーマは“モーニング・ロゼ・ファンタジア”だよ。薔薇は全部、夜明け前に切りたてを用意したんだ!」

 私は笑顔を作りながら、心で深い溜息をつく。

『テーマって。ここホテルのブライダルフロアじゃないのよ。昨夜まで王子の“愛情度KPI”入力表と睨めっこしてた屋敷なんだけど?』

「ありがとうございます。ですが執事たちが掃除に困るかと……。あと花粉が」

「花粉? あっ、そういう細かいところに気づく君が好きさ! じゃあフリーズドライ加工に切り替えよう!」

『さらっと追加コスト倍増を決定しないで! 薔薇も経費も枯れるわ!』

 

◆◇◆

■“映え拒否”と図書カード一〇〇〇枚

 朝食用広間にも薔薇のアーチ。執事長が青ざめつつ私を座らせる。レオナルド殿下は自慢げにテーブルへ小箱を置いた。

「ジャーン! “ステラ薔薇クレープ”! 花びらを散らしたピンクのクレープだ。まずは匂いを楽しんで、それから――」

「殿下……。本日は資料整理が山積みですので、糖分控えめを望みますわ」

 私はゆるく首を傾げ、“遠慮なくお返し”アピール。王子は数秒固まり、すぐに笑顔を立て直した。

「そうか、労働前は血糖値急上昇はNGだね! じゃあ健康志向コースに変更さ!」

 指を鳴らすと、侍女が別の箱を運ぶ。中身は――

「図書カード、千枚セット! 読書家の君へのプレゼントだよ」

『図書カード千枚!? 電子図書券へ置き換えた方が在庫スペース削減よ!』

 だが本は正義。ありがたくいただくことにした。

 

◆◇◆

■元カノ乱入、修羅場発火

 朗らかな空気を保ったのも束の間、扉が勢いよく開く。クリーム色のドレスを纏った若い婦人――侯爵令嬢シャルロット・エルロイが、涙ぐみながら突進してくる。使用人たちの制止を振り切って。

「レオナルド様! どうして私を捨てるのですか!」

「シ、シャルロット!? ちょ、待って、この人は僕の――」

 次いで、彼女の侍女がわざとらしく叫ぶ。

「侯爵令嬢とご婚約なさっていたのに、いきなり公爵令嬢と重婚だなんて! まあ不義理!」

 場がざわつく。私は即座に“社畜クレーム対応”モードへ切り替え、上品に立ち上がる。

「まあまあ、お掛けになって。まず事実確認をなさりませんこと?」

――クレーム対応の鉄則①「高い椅子に座らせて落ち着かせる」。

 シャルロットは椅子に腰を下ろすも、泣き腫らした瞳で私を見る。

「あなたが……レオナルド様の『今週の花嫁』ですのね!」

「花嫁は花嫁でも、“白い結婚”でございますわ。夜に花火は上がりません」

「でも殿下は私と愛を――!」

 私は微笑み、絨毯に散った花びらを拾い上げた。

「殿下が突然わたくしに熱烈アプローチを始めたとお感じなら、それは住宅展示会でモデルルームを案内されたようなもの。契約書にサインする前ならば、購入義務はございません」

 シャルロットの涙が止まる。視線が宙を泳ぐ。

「そ、そういうもの……?」

――鉄則②「例え話で俯瞰させ、感情を論理へ転換」。

 私は続ける。

「仮に殿下が本当にあなたを愛しておいでなら、私との婚儀を白紙に戻す手段もあります。王家は理性的交渉を尊重しますわ」

 レオナルドの肩がビクッと跳ねる。私はチラリと睨む。“本命いるなら早く白状なさい”視線。すると彼は深く息を吸い、シャルロットに向き直った。

「シャルロット──誤解させてすまなかった。……僕たちの関係は一度、白紙に戻そう」

 彼女は目を見開き、そして急速に顔を赤くする。

「し、失礼しますッ!」

 侍女を引き連れ、風のごとく退場。静寂が落ちた。

 レオナルドが胃痛でも堪えるように胸を押さえる。

「はぁ……ステラ嬢、君って意外とすごいね。クレーム処理、得意?」

「前世で散々。クライアント対応五百件は超えましたもの」

「惚れ直した! ……愛情度+十二ってとこかな」

『勝手に数値化しないでほしいわね……。でも増えるとユリシーズ殿下が残業量を上乗せしそうだし……手綱は私が握る!』

 

◆◇◆

■“バラ攻勢”リカバリー作業

 元カノ騒動を片づけたら、次は薔薇の撤去。執事たちが右往左往。私はレオナルドを呼び止める。

「殿下、片付けにも愛情度がございますのよ。与えるだけでなく、負担を減らす優しさも評価対象ですわ」

「なるほど! つまり僕も一緒に掃除を?」

「ええ。薔薇の保存作業には“茎の水分抜き”が必要。愛を注ぐように慎重に――」

「愛を、注ぐ……」

 レオナルドの頬が赤い。そう、地味な作業ほど王子たちは慣れていない。ここでポイントを稼がせすぎず、でも好感度は適度に上げ――

『――そう、コントロールこそホワイト改革への第一歩!』

 

◆◇◆

■夜のバラ園図書室

 夕刻。花びらの撤去騒ぎで屋敷が戦場と化したあと、レオナルド殿下が改めて薔薇色ではなく上品な藍色のブーケを差し出す。

「派手なのはやめた。代わりに“夜空のバラ”っていう珍しい品種なんだ。図書カードと一緒に受け取ってほしい」

「まあ……ありがとうございます」

 殿下の視線が私の本棚へ向かう。

「実はね、君の本棚の隅にあった詩集、僕も愛読書なんだ。明日はその詩を朗読しに来てもいい?」

 おっと、これは愛情度狙い撃ちトーク。私は微笑を深め、肩をすくめる。

「殿下――朗読は水曜に。明日は鍛冶場デートが控えておりますから。お喉を大事に」

 彼は小さく舌を出し、いたずら少年の表情。

「了解。愛情度、朗読マイレージに貯めておくよ」

 

 夜、ベッドに倒れ込む。今日の戦果――

元カノクレーム、一次収束

愛情度+12、しかし数値操作は私の掌中

薔薇テロ被害、廃棄コスト低減


『さて、明日は鍛冶場で火花と鉄粉と第三王子。粉塵アレルギー対策して寝なきゃ……』

 図書カード千枚の束を眺める。背筋がピンと伸びる温かい満足感。社畜は“インセンティブ”に弱い生き物だ。

「──でも休日アップグレード交渉までは、あと一歩!」

 私は図書カードを枕元に並べ、お守りのように握りしめた。静かに目を閉じる。

 薔薇の香りは、もう感じなかった。

2-3

――第三王子の護剣鍛造&殺風景デート

 

 水曜――予報「鍛冶場、局地的に火花が降る」。
 朝イチで連れてこられたのは王立工房の最奥、竜心核鍛造室。金床だらけ、壁は耐火煉瓦、室温40度超。その中央で鎚を振るうのが第三王子――カイ・グロリアーク殿下だ。無口・無表情・無骨の三段活用、そのまま火打ち金で作ったような男。

 

『昨日まで薔薇の香りでむせてたのに、今日は鉄と油と硫黄の匂い……極端すぎ!』

 

 カイ殿下の前には、黒曜竜の心核――闇色に光を呑み込む宝石質の塊。これを叩き延ばし、私専用の護剣に鍛えるという。

「……危険だから離れるな」
 殿下の第一声はそれだけ。

「ありがとうございます。でも熱と騒音で、少し眩暈が……」

 言い終えるより早く、殿下は私の耳に綿を詰め、薄い結界紙で髪を覆った。手早い。職人気質の優しさ、ちょっとだけ胸に刺さる。

 

◆◇◆

■無口王子、ギャラリー大歓声

 鍛造開始。心核を真紅に灼き、巨大鎚を振り下ろす。火花が弧を描き、作業服の鍛冶師たちが「おおお!」とどよめく。
 殿下は鎚、私語ゼロ、汗ほとんどゼロ。無骨が過ぎて逆に映える。見学に来た魔導科の女子学生が双眼鏡を掲げ「騎士団の鋼鉄王子~!」と黄色い声。

『うわ、推し活の現場だわ……。ていうか私、今日“推しの正妻”ポジなの忘れてた!』

 

◆◇◆

■灼熱イベントで倒れかけるヒロイン

 室温はさらに上昇。私は熱射で足元がふらり。視界が白んだ瞬間、剣胚を掴んだままのカイ殿下に抱き上げられた。

「……退避」

 お姫様抱っこ。鍛冶師も女子学生も阿鼻叫喚。私は鼓動の早さと汗で顔面が沸騰。

『揺れる! 恥ずかしい! 鎚より重い視線が突き刺さる!』

 

 控室の涼風石の前に降ろされ、水を受け取る。殿下は無言で額の汗を指で拭い、ひと言。

「無理はするな」

 それだけ言うと、また灼熱の床へ戻っていった。

 

◆◇◆

■兄二人、緊急現場視察

 その頃、屋敷ではユリシーズ殿下とレオナルド殿下が“愛情度速報”端末でカイ殿下のポイント急上昇を察知、即座に工房へ突撃。

「第三王子が鍛造場で救護抱き!? 実地検分だ」ユリシーズ
「抱っこイベントずるい!」レオナルド

 二人が工房に踏み込み、火花の中で三兄弟が対峙。場内温度は50度を超え、人間関係は沸点を突破。

「ステラを倒れるほど疲弊させた責任は?」ユリシーズ
「危険な現場に連れ込むなんて無茶だよ!」レオナルド
「……安全対策は施した。杞憂だ」カイ

『いやいや、温度と嫉妬の両面で危険度MAXよ!』

 

◆◇◆

■社畜スキル:安全衛生委員会開催

 私はふらつく足で立ち上がり、三人の間に割って入る。ポケットから〝簡易リスクアセスメント票〟(徹夜で作っておいた)を取り出し、金床の上に叩き付けた。

「殿下方! 作業現場には安全衛生委員会が必要ですわ!」

 三王子+工房長+魔導安全局査察官を強制招集、即席ミーティング開始。
 私は酸欠・熱傷・飛散火花のリスクグラフを示し、対策例(冷却魔石の増設、立入区画線、遮熱スクリーン)を列挙。

「これを実行すれば作業効率は16%向上。もちろん、“妻の安全と愛情度”も同時に守れます」

 ユリシーズ「合理的だ」
 レオナルド「キラキラ防火幕付けよう!」
 カイ「……承認」

 火花より熱い視線が私に集中。愛情度が一気に加算される電子音が頭の中で鳴った気がする。

 

◆◇◆

■護剣完成、そして“ホワイト改革宣言”

 日暮れ。心核は細身の長剣へ姿を変え、漆黒に赤い光を宿す美しい刀身が現れた。
 カイ殿下が跪き、柄を両手で差し出す。

「お前を守る剣だ。……受け取れ」

「はい……。でも重いのは困りますわ」

「軽量化済み。バランスも調整した」

 振ると、音もなく空気が裂けた。見学者の歓声。すると兄二人が即座に割り込む。

ユリシーズ「護剣だけでは不十分だ。私は王都に非常避難塔を建てよう」
レオナルド「じゃあ僕は剣専用の宝石装飾鞘を!」

 熱い競り合い再燃。私はスッと刃を鞘に納め、手を挙げた。

「殿下方、**“安全第一・過剰投資禁止”**が次の議題ですわ」

 三人が言葉を失う。私は微笑して宣言した。

「本日、安全衛生委員会が設立されました。明日は“ホワイト改革本部”を立ち上げましょう。
 目標は――週休二日制の導入です!」

 三王子は目を見開き、次の瞬間それぞれ面白いくらい反応が分かれた。

ユリシーズ:眉間に皺を寄せ、しかし「検討に値する」と小さく頷く。

レオナルド:両手を打って「ホワイト! 素敵な響きだね!」と笑顔満開。

カイ:短く「……協力する」と言い、護剣の柄を包む私の手に自分の手を重ねた。


『ちょ、いま人前で手を重ね――ポイント急上昇イベント!?』

 周囲がまた大騒ぎ。だが私は焦らない。

『いいの、全部計算ずく。愛情度争いを労働改善交渉に転化する。
 前世のブラック企業で学んだ“やる気の空回りを利益に変える”黄金ルール!』

 燃え残る夕日が鍛冶場の窓から差し込み、赤熱した刀身と私の決意を同じ色に染めた。

「さあ殿下方。次は――ホワイト王宮計画フェーズ2ですわよ!」

 火花の雨を背に、私は堂々と宣戦布告した。



2-4

――日曜“完全休日”初体験と監視付き休暇の罠

 

 結婚式三連投+ローテ初週の激務を終え、ついに迎えた“妻の静養日”。
 私は寝室の厚い遮光カーテンを閉め切り、星柄のパジャマでベッドにダイブした。

 

「絶対に四十八時間寝倒してみせる――!」

 

 腕時計のクロノグラフを午前零時で止め、睡眠優先モードに突入。
 まくら元には読書禁止札、ドアには「立入厳禁♡」の札。準備は完璧。あとは夢の世界へ直行するだけ……のはず、だったのだが。

 

◆◇◆

■+0時間 ユリシーズの“安全確認”

 灯りを落として五分、扉がノックされた。
 時計はまだ零時十分。

「ステラ、入るぞ。呼吸は正常か?」

 第一王子――ユリシーズ殿下。白衣姿、片手に聖属性測定石。
 安眠モードが一気に労務巡回モードへ切り替わる。

「殿下、私は安静中です。監視カメラではなく愛情度リーダーをお使いください」

「心拍に異常なし、よし。……睡眠を妨げてすまない」

 あっさり退出。しかし覚悟した通り、睡眠ゲージはゼロへリセット。

 

◆◇◆

■+4時間 レオナルドの“ティーサービス”

 うとうとしかけた午前四時、再びドアが開く。
 ふわり立ちのぼるアールグレイの香り。

「おはよう、ステラ嬢! 眠り姫には目覚めの紅茶だよ。
 ささ、ベッドのまま指一本で飲める【特注ストロー付き銀ポット】!」

『ストロー使ってまで寝床紅茶? 寝ながらカフェイン摂取したら眠れないでしょ!』

 私の必死の笑顔を見て、殿下はキラッとウインク。

「……あ、やっぱり邪魔しちゃった? じゃあ香りだけ置いてくね!」

 薔薇刻印ポットが枕元に鎮座。アールグレイのカフェインは気化して睡魔を駆逐した。

 

◆◇◆

■+18時間 カイの“護剣進捗報告”

 昼過ぎ。ようやく深い眠りに落ちた頃、窓からひゅんと音。
 護剣――いや、護剣に結んだメモが矢文スタイルで飛び込んだ。

《鍛錬完了。刃文安定、耐魔試験良好。安全確認のため日曜中に手入れを》

『報告義務は嬉しいけど、手入れって今!? 睡眠補償は!?』

 矢文の着弾で室内は軽い惨事。召使いが掃除に入ってくる。
 睡眠ポイント、またしても0。

 

◆◇◆

■+24時間 “寝室コールセンター”開設

 さすがに限界を悟った私は発想を転換した。
 ――“寝室兼・簡易応接室”を構築し、枕元に折り畳み机、音声管、決裁印、簡易魔晶ランプを配置。名付けて「ベッドコールセンター」。

「ご用件は三十秒以内、愛情度は後日まとめて加算!」

 ユリシーズ→安全確認10秒、レオナルド→紅茶差し替え15秒、カイ→護剣磨き体験20秒――。
 接触時間を極限まで圧縮し、三王子は順番待ちで勝手に打ち合わせ。私は半目で相づち。

『社畜の眠りは断続的こそ至高……“マルチタスク睡眠法”完成ね』

 

◆◇◆

■+36時間 “寝顔観賞会”と不可抗力の和解

 深夜二時。3王子が同時に寝室へ。
 議題は「愛情度公開ランキングの公正性」。けれど私が起き上がれないと見るや、ベッド脇で囁き声。

「寝顔かわいい」レオナルド
「むやみに写真魔石は撮るな」ユリシーズ
「……護剣は枕元に」カイ

 結局三人で“寝顔観賞会”を始め、愛情度競争より先に兄弟会話が弾む。
 ユリシーズが笑い、レオナルドが頬をつつき、カイが真顔で兄2人を手刀制裁。
 私? 夢うつつで「騒音レベル20デシベル以下に……」と呟き、再び意識の海へ。

 

◆◇◆

■+48時間 休日終了、そして次の交渉へ

 月曜午前零時。腕時計の針が“48”を指す頃、私は推定二十時間弱の断続睡眠を遂げ、ぼんやり起床。
 枕元には三つの贈り物――

1. ユリシーズの「夜間巡回レポート」(私の寝姿の脅威レベル評価付き)


2. レオナルドの「カフェインレス・ローズハーブティー詰め合わせ」


3. カイの「護剣専用羽毛布カバー」(刃こぼれ防止)



『…………嬉しいけど、これは全員、“休日”を満喫してたってことで良いのかしら?』

 睡眠は中途半端、でも心なしか体調は軽い。
 そして机上の“愛情度ボード”は3名とも98点。首位タイ。

「さて――ここからが本当の交渉。
 愛情度とホワイト改革、両方取れるレバレッジ交渉を始めましょうか!」

 私は羽毛布カバーで剣をくるみ、ハーブティーを一口。「週休二日」を掲げる提案書の見出しをしたためた。

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