多夫一妻とか聞いてません! 白い結婚から始めるホワイト革命

しおしお

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第3章 ホワイト改革、王家を揺らす

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 3-1 ホワイト改革評議会――恋と理想の開戦

 

 王宮中央塔の最上階、月桂樹を彫り込んだ双扉が重々しく開くと、厳めしい議場が息を呑んだ。
 列柱の間に掲げられた王家の純白旗が静かに揺れ、淡金の陽光が赤い絨毯を照らす。その絨毯の先――半円形の評議席へ、私は一歩ずつ進んだ。背筋を伸ばし、胸には白百合のブローチ。

「グロリアーク王家労務仕法改正案、第壱号――星読みの吉兆に従い、週に二日の休息日を設け、夜半以降の徹宵勤務を禁ずることをここに提案いたします」

 澄んだ声が天井のステンドグラスへ吸い込まれ、七色に散る。
 壇上の水晶版に浮かぶのは、私が前夜徹して写した星図。暁の大星〈エリダン〉と小星〈アミカ〉の交差が、休息と繁栄の兆しと昔から信じられていた。その伝承を、私は銀粉の筆で示した。

 ——しかし、真紅のマントを羽織った壮年の貴族が椅子を蹴って立つ。守旧派の牙城、TKS同盟の長セラス伯爵だ。

「星の言葉を盾に伝統を捻じ曲げる気か! 多夫一妻と愛情度競いは王家の神聖。夜更かしも働き詰めも、忠誠の証である!」

 議場の三分の一がうなずき、杖と指輪がぎらりと光る。重圧に胸が軋む。しかし私は一歩も退かない。

「伯爵さま。星々は決して私利私欲を囁きません。夜明けの星が休みを告げるとき、働き続ける者の魂はすり減り、慈愛の女神は背を向けると古文にもあります」

 ざわめきが起こり、聖堂の大神官が思案深げに髭を撫でた。その視線の揺らぎに、私は小さな手応えを感じる。

 そこへ、後ろの大扉が再び開いた。
 深紺の礼装に銀刺繍の王太子・ユリシーズ殿下が悠然と現れ、私の隣へ並ぶ。灰色の瞳が会場を一瞥しただけで、ざわつきは潮のように引く。

「王太子閣下まで!」セラス伯が声を荒げる。

「伯爵。王家に仕える者が倒れれば兵も民も倒れる。星の示しは理屈を越えた摂理だ」
 ユリシーズ殿下はそう言って私の手を取った。指先が震えるのを感じ、殿下の体温が静かに包む。

 続いて、ドア脇の柱に凭れかかっていた第二王子レオナルド殿下が、おどけた仕草で進み出る。金髪が陽光を受けて揺れた。

「ねえ伯爵。働き続ける侍女が眠そうな顔だと舞踏会が台無しだよ? 美は余裕から生まれる。余裕は休日から——違うかな?」

 軽い調子に見えて、言葉は的確に観衆の情感をくすぐる。若い議員や宮廷詩人たちが頷き合う。

 最後に第三王子カイ殿下が、無口のまま壇上へ。黒革手袋を外し、私の手の甲にそっと重ねた。
 短いひと言。
「……守る」

 その声が鎚のように静寂を打ち、議場の空気が一瞬で変わる。守旧派さえ息を呑んだ。

 私は深呼吸し、絹の巻物を掲げた。そこには一晩で書き上げた「白百合の誓文」——休息日を神前に捧げ、家族と食卓を囲むことが愛情度を育む、という優しい言葉の連なりがある。

「どうかご覧ください。私たちは働くことを否定しません。けれど一杯の温かなスープと、家族の笑顔を守る時間があってこそ、翌日の剣も羽ペンも輝くのです」

 大神官が巻物を受け取り、一行ずつ目で追った。やがて柔らかく微笑み、壇に膝をつく。

「星の導きと女神の慈悲は一つ。吾はこの誓文を信じよう」

 聖堂の重鎮が賛同したことで、評議席に動揺が走る。改革派の若い侯爵夫人が立ち上がり、「賛成票を」と高らかに告げた。

 それでもセラス伯は引かない。「星読みに惑わされ、夜ごと骨身を惜しむ者が増えれば、国力が落ちる!」

 その瞬間、ユリシーズ殿下が私に耳打ちした。囁きは甘く、震えるほど低い。

「最後の一押しを——頼む」

 私はうなずき、壇上中央へ歩く。ドレスの裾が白百合の模様を描き、陽光にきらめいた。

「伯爵。国力とは何でしょう? 金貨ですか、兵の数ですか。いいえ、“明日を信じられる心”です。骨身を削った兵が疲れた笑顔で剣を振るう国と、澄んだ目で剣を掲げる国。どちらが強いかは——」

 私は胸に手を当て、ユリシーズ殿下の手をもう片方で握った。

「——王子殿下方と、私が示してご覧に入れます」

 レオナルド殿下が笑みを深め、カイ殿下が静かに頷く。三つの掌が私の手の上で重なった。観客席からどよめきと歓声。

 議長が槌を三度打つ。「改革案、仮承認。詳細審議の後、来月初頭に採決を行う!」

 私は震える膝をこらえ、深く礼をした。白旗の中央で刺繍された星が、光を浴びて瞬いている。
 壇を降りたとたん、ユリシーズ殿下が肩を支え囁く。

「よく戦った。——今夜は少し、休め」

 その言葉に、胸の奥で小さな花が咲いた気がした。
 ホワイト改革の道程は、まだ夜明け前。だが確かに、星は私たちを照らしている。

3-2

――薔薇と羽ペンの作戦会議 

 

 評議会の“仮承認”から一夜。
 私は王宮の南翼にある旧音楽堂に足を踏み入れた。半月前まで楽譜の埃にまみれていたこの部屋を、三王子が丸ごと改装してくれたのだという。

 漆喰の壁には白百合と金モールのレリーフ、天井には星空を描いた真紅のタペストリー。木目の円卓の中央には、一本の巨大な羽ペンが突き立てられ、淡い光を放っていた。

「これが〈誓いの羽根〉だ」
 ユリシーズ殿下が私の前で膝をつき、ペン軸を掌で支える。白孔雀の尾羽から削ったというその羽は、魔力を帯びると淡く揺らぎ、まるで小さな妖精が宿っているかのようだった。

「星読みによると、今宵は筆を掲げるに最良の刻〈さざめきの時〉だそうだよ」
 レオナルド殿下が笑顔で寄せてくる。彼が指を鳴らすと、天井絵の星屑がランプの光を弾き、天幕を渡る星雲のようにきらきらと動き始めた。

 カイ殿下は寡黙に近づき、羽根の先端を刃物のように細く整えると、私に差し出した。
「……署名は君が最初だ」

 私は胸に手を当て、静かに頷いた。机上には羊皮紙が何十枚も重ねられている。週休二日試行、夜更かし禁止、月ごとの休息祭、侍従の早朝勤め免除――すべて昨夜、三王子と徹して練り上げた改革条文だ。

 羽ペンにインク壺を近づける。けれど壺の中にあるのは液体ではない。夜明け前の空色を閉じ込めたような光球が小さく瞬いていた。羽根がそれに触れた瞬間、薄青い光粒が飛び散り、紙へすっと吸い込まれる。

「文書精霊が文字を刻む。疲れぬし、嘘も書かない」ユリシーズ殿下が説明する。
『“RPA魔導式”よりずっと可愛いじゃない!』私は胸の中でひそかに拍手した。

 まず、私が名前を書く。光粒が流れるように並び、淡銀に輝く〈Stella Roland〉の筆跡が完成する。続いてユリシーズ殿下が署名、レオナルド殿下が小さくハートを添え、カイ殿下が黒インクで護剣の紋章を重ねた。

 四筆揃った瞬間、羽根の妖精がふわりと円として舞い上がり、室内に柔らかな金砂を降らせる。羊皮紙の文字が光を帯び、密封呪が完成した合図だ。

◆◇◆ 

“改革本部”発足の宣誓

 署名を終えた文書を束ね、私は円卓の中心にそっと置いた。
「ここに、〈ホワイト改革本部〉の発足を宣言いたします」

 私の声に合わせ、三王子が片膝をつき、胸に拳を当てた。
 ユリシーズ殿下は凜とした低音で誓う。
「王太子として、白旗のもとへ集う臣民に休息を与えん」

 レオナルド殿下は軽やかに指を鳴らし、花吹雪を宙に散らした。
「僕は喜びと文化で彩りを添えるよ! 休日は詩と舞踏のために!」

 カイ殿下は言葉少なく、剣の柄を床に突き、静かに宣した。
「余分な夜勤を斬る」

 そのとき、旧音楽堂の古いパイプオルガンが自動で鳴り始めた。鍵盤を押さえる姿は見えない。羽ペンの妖精が“祝福のコラール”を奏でているのだと、レオナルド殿下が囁く。

『ここはかつて、王妃さまが聖歌の練習をなさった場所だと聞くわ。きっと星々が祝ってくれているのね』

 温かな旋律が胸に満ち、私は自然と目を細めた。

◆◇◆ 

白い布告書と星降る広場

 夜のうちに書類を綴じ、翌朝まだ太陽が高く昇る前、私たちは王城前の大階段に立った。
 緋のマントを翻すユリシーズ殿下が布告書を掲げる。羊皮紙は王家印の蝋で封じられ、リボンには白百合の花飾りが揺れていた。

「星辰の導きにより、本日を以って、王宮ならびに直轄領は週に二日を休息日に充てる」

 宣言がこだまし、城下からどよめきが上がる。市門に掲げておいた告知板を読んだ職人たちが「まことか!?」と叫び、侍女たちが目に涙を浮かべる。

 レオナルド殿下の合図で、待機していた従者が白い鳩を放つ。鳩の脚には小さなリーフレット——“休日の過ごし方十の提案”が結び付けられ、空一面に散った。それを受け取った子どもが歓声を上げる。

 私はこみ上げる涙を指先で拭い、そっと呟いた。
「小さな一歩。でもみんなの明日が、少し柔らかくなりますように」

 すると背後からマントの重み。ユリシーズ殿下が私の肩にそっとかけてくれたのだ。

「風が冷える。焦らずとも、次の一歩は共に踏み出そう」

 レオナルド殿下が腰まで届く金髪を揺らしながらくすりと笑い、「二歩目は“休日の楽しみ方”だね」と囁く。カイ殿下は短く頷き、護剣の抜け止めを確かめて広場を見渡した。

◆◇◆ 

密書──帝国の影

 その時、群衆を分けて一人の侍従が駆け寄り、銀の盆に乗せた封書を差し出した。
 蒼い封蝋に刻まれた紋章は、ヘルフォード帝国。
 私はびり、と胸に冷たい風が走るのを感じた。

「守旧派が次の手を打ったようだな」ユリシーズ殿下が静かに囁く。
 私は封を切る前に深呼吸し、三王子に視線を巡らせた。

「大丈夫。星はまだ夜空いっぱい。私たちの休息を奪わせはしませんわ」

 封書を開くと、煌めく文字が一行。

> 『皇太子アレクシス陛下、白百合祭に伴い貴国への花婿入りを渇望す』



 レオナルド殿下が肩をすくめ、「星も嫉妬する展開だね」と笑い、カイ殿下が剣の柄を握り直す。
 私は封書を胸に当て、唇を引き結んだ。

『休暇を守る戦いはまだ続く。でも今度は甘い香りの陰謀。星読みと百合の誓いで、必ず白いまま跳ね返してみせる!』

 白百合祭まであと七日、私は羽ペンの妖精にそっと囁いた。

「もう少しだけ徹夜を許してね。でも終わったら、あなたにも休日をあげるから——一緒に星を見ましょう」

 妖精の光がふわりと揺れて頷いたように見えた。

3-3

――愛情度舞踏会 星降る夜の競演

 

 白百合祭まで残り三日。
 守旧派貴族—TKS同盟は、改革の機運を削ぐため“恋こそ伝統”を旗印に掲げ、王宮仮面舞踏会を急遽仕立ててきた。
 評議会での採決を目前に控え、「恋慕の熱を公に示せぬ者に休日を語る資格は無し」と挑んできた形だ。

 私はこの誘いを受けるしかなかった。拒めば「多夫一妻の妃が夫の想いを量る覚悟なし」と見なされ、週休二日の声は掻き消えてしまう。

 

◆◇◆

■開幕 月光と仮面の迷宮

 舞踏会の舞台は月下庭園。鏡のように磨かれた大理石の床に、金銀の星を散りばめた夜天のタイルが映る。
 垣根の向こうには桂花が咲き、甘く静かな香りが流れていた。
 私は白百合を象ったハーフマスクを頬に付け、シルバーグレイのドレスで登場した。ドレスの裾からは霧を縫うように淡い光粒がこぼれ、星屑の小道を形づくる。これは賢女アーデルが遺した〈星の絹〉という布地で、踏むほどに微かに輝くのだとか。

 満場の視線が一斉に集まる。仮面を着けていても熱を帯びた空気が伝わり、鼓動が早くなる。
 市中に「誰が第一夫になるのか」と賭ける興行師まで出ていると聞く。今夜の舞踏はその“前哨戦”のように騒がれていた。

 

◆◇◆

■第一幕 薔薇の詩(うた)と夕星の口づけ ――第二王子レオナルド

 楽団が序曲を奏でると、薔薇香を纏った金髪の青年がステップも軽く近づいてきた。
 レオナルド殿下は頬を覆うピンクの仮面を外し、私に視線を落とす。

「お迎えにあがりました、白百合姫。今宵の星風は君のために吹くらしい」

 彼が掌を差し出すと、薔薇の花弁が舞い上がって私たちを包む。花弁ひとつひとつに微小な光粉が降りかかり、宙で瞬く星に見えた。

 殿下は私の手を取り輪の中心へ導くと、低く柔らかな声で詩を朗じ始めた。

> 「西の空 夕星(ゆうづつ)ひとつ
 その瞬き きみのまぶたに宿るとき
 我が胸は白く 薔薇の夜露に濡れる」



 ハープと笛が合わさり甘い旋律を紡ぐ。殿下は詩の合間に私の指をすくい、曲線を描くように唇を近づけた――しかし寸前で止め、微笑を浮かべる。

 観客からため息と拍手が起こる。私は頬に熱を感じながらも視線を逸らさず、そっと囁いた。
「残りは……正式な休日が確定してから受け取りますわ」

 彼は眩しい笑みを咲かせ、私の指を胸元でそっと解放した。
 宙に揺れる光粉がもみ殻のように舞い上がり、星屑の雨が止む。
 観客席脇の魔導板(※今宵だけの採点板)が“情熱度”九十七点を示した。

 

◆◇◆

■第二幕 星図(ほしず)と理性のワルツ ――第一王子ユリシーズ

 鐘の音が交代を知らせると、深紺の仮面を掛けたユリシーズ殿下が現れた。
 高い襟と冷たい銀刺繍の軍礼装は、誰より厳格で涼やか。だが視線は炎より熱かった。

 王太子が掌を差し延べる。
「踊ろう。星を頼りに、きみの行く先を確かめたい」

 立奏隊がワルツを奏ではじめる。私は殿下の腕に手を添え、きつく結ばれそうになる胸を抑えながら回転へ身を任せた。

 舞いの途中、王太子は片手で天を指す。瞬間、天幕の星図が魔法陣のように床へ写し出された。星はゆっくりと動き、私たちの足跡を追うように一つ、また一つと線を結ぶ。

「ほら、北斗と白百合星が重なる。吉兆だ」

 殿下の囁きは穏やかで、それでいて揺るぎなかった。
 曲の終わりに私はぐるりと回り、腕の中へ引き寄せられる。胸板越しに鼓動が伝わった。冷たいと思っていた脈が、驚くほど速かった。

 ユリシーズ殿下が私の髪にそっと触れ、視線で問いかける。
 私は頷き、額を預けた。観客席から静かな拍手。採点板“理知度”は九十八点を記録した。

 

◆◇◆

■第三幕 剣舞、黙示の光 ――第三王子カイ

 最後の鐘が鳴る。
 照明が落ち、庭園の灯籠が一斉に消えた。淡い月光だけが残り、中央に一つの影――カイ殿下。

 彼は仮面を外さず、黒銀の護剣を静かに抜いた。かすかな金属音が夜気を震わせる。
 殿下が剣を掲げると、刃が月光を裂いて白い帯を描き、その線が空へ、地へ、左右へ――三度閃き、最後に剣先が石床に触れた。

 石床に浮かんだのは光る文字。

> Rest=Life



 観客席に走る息を呑む音。誰も言葉を発しない。
 私は足を踏み出し、剣の前で膝をついた。刃の映す月光が私の瞳に映り込み、そこに殿下の姿が重なる。

「……この剣が示す休息、必ず守ります」

 私が囁くと、カイ殿下は仮面を外し、短くただ一言。
「誓う」

 彼が手を差し出す。私は両手でその手を包んだ。ほんのりと温かい。
 採点板の“勇気度”は百点満点を示し、ついに全席が総立ちとなった。

 

◆◇◆

■最終審判 白百合に託す願い

 三王子それぞれの幕が閉じ、舞踏会司会が声高に告げる。
「これより、姫君ご自身が“愛情の花”をお選びあそばされる!!」

 私は深緑の芝へ歩み、壇に載った白百合の花束へ向き合う。
 だが手は伸びない。
 三人の愛情を受け取り、誰か一人を選ぶ? そんな形で休息が揺らぐようなことがあれば、改革は理念から崩れる。

 私はゆっくり振り向き、観衆と三王子を見渡した。
 静けさが落ちる。

「皆さま。私は、白百合を一輪だけ選ぶことはいたしません」

 ざわめき。私は続ける。

「愛情度は競うものではありません。手を取り合い、支え合ってこそ真実。三人の殿下は、その心を夜空いっぱい示してくださいました。ゆえに――」

 私は花束ごと両腕に抱え、三王子へと歩み寄る。
「この百合はすべて、三人と私の“共同花束”とします。明日から花びら一枚ずつ加えて行きましょう。休息とともに」

 沈黙、そして割れんばかりの拍手が夜を震わせた。
 ユリシーズ殿下が私の手を掴み、レオナルド殿下が笑って抱き寄せ、カイ殿下が後ろからそっと肩を支える。

 天空で星が流れた。
 誰かが「あれは願い星だ!」と叫ぶ。

『私の願いは――誰も倒れず、働く日のすべてが明日の喜びにつながる世界』

 星は尾を引き、花びらが舞い上がった。
 舞踏会は終わらない。けれど、戦いの行方は変わった。
 週休二日をもぎ取る流れが、恋の力で加速する。

 私は白百合の香りを胸いっぱい吸い込み、三兄弟の胸の鼓動に耳を澄ませた。星降る庭園が、永遠に揺れていた。
 3-4

――週休二日、星辰に誓う──勝利の白布告

 白百合祭の朝、王都ラクリマは夜露を帯びた淡い香りで満ちていた。
 軒ごとに結ばれた白いリボンが風に揺れ、石畳を掃く花売りの娘は鼻歌交じり。だが王宮中央塔の奥、評議殿だけは緊張で澱んだ空気をたたえていた。

 守旧派貴族――TKS同盟は最後の矢を放つ。
 〈星読み臨時法案〉――神託を盾に「多夫一妻と愛情度競いこそ不変」「休日の恒常化は星意に反す」と書き連ね、週休二日の布告を葬り去ろうとする毒矢である。
 もし可決されれば、昨日決まった試行期間は無効。さらにヘルフォード帝国皇太子を加えた“追加夫条項”まで抱き合わせ。休息も恋も、星の名の下に鎖で縛られる。

 「採決は正午。」――議長の無機質な宣言が石壁に跳ね返り、私は胸の奥で浅く息をついた。
 けれど恐れより先に灯るものがある。昨夜、星空に掲げた誓いの灯火だ。
 私は白百合のブローチを指で押さえ、ゆっくり演壇へ上がった。


---

星の帳簿と黄金暦

 まず壇上に広げたのは、聖堂が千年書き継いだ〈黄金暦〉。満天の星図を背景に、麦の収穫・羊毛の出来・治癒院の診察数といった出来事が彩り豊かな絵と文字で綴られている。
 私は指先でするりと辿り、星と星を淡い光で結ぶと、収穫量と睡眠時間の増減が重ねて浮かび上がった。

「ご覧ください。星々が休息を告げる年にこそ豊穣が訪れ、病が退き、人は歌を残しました。
 星が休めと言うなら、私たちは休むことでこそ神意に添うのですわ。」

 年を重ねた男爵夫人がハンカチで涙をぬぐい、若い議員の筆が走る音が聞こえる。一方、真紅の外套をまとったセラス伯爵は椅子から立ち上がり、黄金の杖で床を打った。

「神聖は変わらぬから神聖だ! 一夜の星読みで決まりを捩じ曲げれば、王家の威は地に落ちる!」


---

三王子の誓い

 そこで奥の扉が開いた。王太子ユリシーズ、第二王子レオナルド、第三王子カイが純白の礼装で歩み出る。胸元には私が縫った双百合の刺繍。
 ユリシーズは静かに星図の隣へ立ち、片膝をつき、布を広げる。それは四本の針で縫った“休息の誓布”――白地に百合と八芒星を組み合わせた小旗だった。

「星が休めと言う夜、余は必ず妃の眠る枕元に帰還し、執務室の灯を落とすと誓う。」

 レオナルドは竪琴を鳴らす。銀の弦がひとつ震え、柔らかな和音が議場を撫でた。

「休日には街へ出て詩を贈る。人々の笑顔が王家最大の宝だからね。」

 寡黙なカイは花台から一輪の百合を取り、護剣の鞘に結わえると、剣を掲げずそのまま膝をついた。

「……剣は夜明けを守るために。無用な徹夜を斬る。」

 三王子が示したのは“競い合う愛”ではなく、“分かち合う護り”。その姿に、星図の線がひときわ明るく瞬く。


---

神聖とは慈しみ

 大神官が長い沈黙ののち、黄金暦を撫でながら口を開いた。

「聖典は言う。神聖とは慈しみ、慈しみとは共に在る時間。
 骨を休めぬ礼拝は空の杯、恋慕を競うばかりの祭礼は火のない灯台――」

 その言葉が鳴り終えぬうち、守旧派の席がざわめく。数名が立ち上がり、白百合を掲げる。味方のはずの伯爵夫人が賛成に回った瞬間だ。
 セラス伯の肩が震えた。けれど杖を握る手にはもう力がない。


---

採決

 議長が金槌を三度鳴らす。
 「星読み臨時法案――修正案(週休二日盛り込み)へ賛成の者は白百合、反対は赤薔薇を掲げよ!」

 一斉に札が上がる。
 白が雪原のように広がり、ところどころ赤が点じる。
 侍従が走り回り、最後の数字を掲げた。

> 白百合 128  赤薔薇 67



 過半数を大幅に超える白。
 金槌が鳴り響き、王宮の高窓が震えた。
 「修正案、可決!」

 私の全身から力が抜け、けれど胸は熱い。
 ユリシーズが肩を支え、レオナルドが私の手を両手で包み込み、カイが後ろからそっと支える。


---

白布告、街へ

 翌朝。白百合祭の開幕を告げる鐘が鳴ると同時に、王城の大広場に​純白の布告旗が掲げられた。
 大神官が朗々と読み上げる。

> 「星辰の導きに従い、王宮および直轄領は週に二日の休息を守り、夜更けの徹宵を月一夜に限る。
休息の日には家族と食事を囲み、恋慕を慈しみと呼び替えるべし――」



 文言が響くたび、石畳に歓声が湧き上がる。
 露店には〈休日の甘露パン〉〈眠り姫の杏蜜茶〉と書いた布が揺れ、子どもたちは星形の紙風船を追いかけた。

 バルコニー越しにその景色を見下ろしながら、私は息を吸い込む。前世では得られなかった“普通の休み”が、この国の当たり前になる。その喜びが胸に灯り、瞳の奥を熱くした。

 だが侍従が差し出す青い封箋が視界を遮る。
 帝国皇太子からの正式な追加夫条約――蒼い蝋はまだ硬い。

「道はまだ続くわね」私は呟いた。
 ユリシーズは静かに、しかし力強く言った。
 「次は外交の星を動かす番だ。」
 レオナルドが笑い、「僕ら四人の休日を守る旅は止まらないさ」と肩を叩く。
 カイは護剣の柄に手を置き、「……共に」と短く添えた。

 白百合の花弁が風に乗り、まだ暗い蒼空へ舞い上がっていく。
 星々は昼でも輝きを潜めず、私たちの頭上で静かに瞬いていた。




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