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第9話 公爵様、初めての“ほころび”
第9話 公爵様、初めての“ほころび”
公爵邸の昼下がり。
フィオナは台所で、焼きたてのフィナンシェを皿に並べていた。
外はさっくり、中はふんわり。
しっとりとしたバターの香りが部屋いっぱいに広がる。
「リリィ、この焼き色で大丈夫かしら?」
「十分すぎます! というか、この香り……幸せすぎて倒れそうです!」
リリィはほうっとため息をつく。
フィオナが作るお菓子は、使用人の間でも「天使の味」と噂されていた。
今日のお茶の時間のためにフィオナが用意したものだ。
(公爵様、召し上がってくださるかしら……)
ほんの少しだけ不安を抱えながら、
皿を持ってサロンへ向かう。
---
サロンの扉を開けると、レイヴンはすでにテーブルについて書類を読んでいた。
視線を上げると、わずかに眉が上がる。
「……それは?」
「簡単な焼き菓子を作ってみましたの。お口に合うと良いのですが……」
フィオナは皿をそっと中央に置いた。
レイヴンは、
ほんの少しだけ、ほんの少しだけだが目を細めた気がした。
「いただこう」
淡々とした声。
だが──次の瞬間。
一口食べたレイヴンの表情が、明らかに変わった。
驚きと、信じられなさと、
そして……かすかな幸福が、氷の仮面の奥ににじみ出る。
「……うまい」
ぽつりと落ちたその言葉は、
まるで奇跡のように温度があった。
フィオナは思わず息をのむ。
「お口に……合いましたか?」
「合うどころではない。これは……」
いつも冷静な公爵が、言葉を探している。
それだけでフィオナの胸はくすぐったくなる。
そして──
扉の陰でこっそり覗いていたリリィが震えた。
「ひっ……公爵様が、笑った……!? 笑顔……? え、え、幻……?」
サロンの外側で、
“黙って見守るはずだった侍女”の声が丸聞こえだった。
レイヴンがわずかに眉を寄せる。
「……リリィ」
「ひゃっ……っっ!?」
小さな悲鳴が廊下にこだました。
フィオナは苦笑しながら、紅茶を注いだ。
「公爵様、もしよろしければ……ティーセットもご用意しましたの」
「……ありがとう」
レイヴンがまたフィナンシェを一つ口に運ぶ。
その動き、そしてその表情は、
普段の“氷の公爵”とは明らかに違っていた。
(ほころんでる……)
その優しい変化に気づくたび、
フィオナの胸の奥まで、なんとも言えない甘さが広がっていく。
“白い結婚”のはずなのに。
冷徹だと思っていたはずなのに。
この人の柔らかな一面を見るたび、
フィオナの世界が少しずつ色づいていくのを自覚してしまう。
---
その日、使用人の間ではひそかに噂が広がった。
「公爵様が……笑っていた」
「原因は……フィオナ様のお菓子らしい」
そしてその日を境に、
公爵邸の空気は、ほんの少しだけ甘くなった。
公爵邸の昼下がり。
フィオナは台所で、焼きたてのフィナンシェを皿に並べていた。
外はさっくり、中はふんわり。
しっとりとしたバターの香りが部屋いっぱいに広がる。
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「十分すぎます! というか、この香り……幸せすぎて倒れそうです!」
リリィはほうっとため息をつく。
フィオナが作るお菓子は、使用人の間でも「天使の味」と噂されていた。
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(公爵様、召し上がってくださるかしら……)
ほんの少しだけ不安を抱えながら、
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ほんの少しだけ、ほんの少しだけだが目を細めた気がした。
「いただこう」
淡々とした声。
だが──次の瞬間。
一口食べたレイヴンの表情が、明らかに変わった。
驚きと、信じられなさと、
そして……かすかな幸福が、氷の仮面の奥ににじみ出る。
「……うまい」
ぽつりと落ちたその言葉は、
まるで奇跡のように温度があった。
フィオナは思わず息をのむ。
「お口に……合いましたか?」
「合うどころではない。これは……」
いつも冷静な公爵が、言葉を探している。
それだけでフィオナの胸はくすぐったくなる。
そして──
扉の陰でこっそり覗いていたリリィが震えた。
「ひっ……公爵様が、笑った……!? 笑顔……? え、え、幻……?」
サロンの外側で、
“黙って見守るはずだった侍女”の声が丸聞こえだった。
レイヴンがわずかに眉を寄せる。
「……リリィ」
「ひゃっ……っっ!?」
小さな悲鳴が廊下にこだました。
フィオナは苦笑しながら、紅茶を注いだ。
「公爵様、もしよろしければ……ティーセットもご用意しましたの」
「……ありがとう」
レイヴンがまたフィナンシェを一つ口に運ぶ。
その動き、そしてその表情は、
普段の“氷の公爵”とは明らかに違っていた。
(ほころんでる……)
その優しい変化に気づくたび、
フィオナの胸の奥まで、なんとも言えない甘さが広がっていく。
“白い結婚”のはずなのに。
冷徹だと思っていたはずなのに。
この人の柔らかな一面を見るたび、
フィオナの世界が少しずつ色づいていくのを自覚してしまう。
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その日、使用人の間ではひそかに噂が広がった。
「公爵様が……笑っていた」
「原因は……フィオナ様のお菓子らしい」
そしてその日を境に、
公爵邸の空気は、ほんの少しだけ甘くなった。
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