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第15話 揺れ始めた距離感と、小さな戸惑い
第15話 揺れ始めた距離感と、小さな戸惑い
その日の夕方。
フィオナは読書室で静かに本を閉じた。
ページの区切りに付けた指先が、わずかに震えている。
(……あの様子、やっぱり怒っていたわよね)
公爵が他の男に対してあんな態度を取るとは思わなかった。
氷のように冷静で、感情を表に出さない人だと思っていたのに。
フィオナは胸の前に手を当て、ゆっくりと息を吸う。
(どうして、私はこんなに気にしているのかしら)
白い結婚。
互いに干渉しない関係。
それが条件だったはずなのに。
それなのに──
レイヴンの表情ひとつで、胸がざわついてしまう。
その理由に、彼女自身が気づけていなかった。
---
「フィオナ様、今日のお夕食のご準備が整いました」
声をかけてきたリリィが、いつものように明るく微笑む。
「ありがとうございますわ。すぐに行きます」
フィオナは立ち上がって、
歩きながらぽつりと尋ねた。
「ねえ、リリィ……公爵様は……変わって見える?」
リリィはぴたりと歩みを止める。
「……フィオナ様。正直に言いますね」
「え、ええ」
「変わってます。というか……溶けてます!」
「そ、溶け……!?」
「はい。あの氷晶みたいな公爵様が、最近は常温になってます!」
フィオナは思わず立ち止まった。
「そ、そんなこと……ありますの?」
「ありますとも! 分かりやすいのは……フィオナ様への視線です!」
「視線……?」
「めちゃくちゃ柔らかいです。あれ、誰が見ても“特別扱い”です!」
「と、特別……!」
鼓動が跳ねた。
思わず胸元を押さえるフィオナに、リリィは優しく続ける。
「でも……フィオナ様は不安なんですよね?」
図星だった。
フィオナはそっとうなずいた。
「……白い結婚ですわ。干渉しないって……最初に言われましたもの。
でも、最近の公爵様は……あれを“干渉しない”とは言えなくて」
レイヴンの優しさ、距離の近さ、視線の熱。
どれも、最初の条件とは違っていた。
そして、それがフィオナの心を揺らす。
「ボクは思いますけど……」
リリィは小さく笑った。
「フィオナ様も、公爵様に惹かれてるんじゃありません?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
言い返そうとしたが、
言葉が喉の奥で止まった。
否定しようとしてできない。
(私……公爵様のこと、気にしすぎているわ……)
気づきたくなかった気持ちに、
そっと触れてしまったような感覚。
---
夕食の時間、フィオナが食堂に入ると
レイヴンがすでに席についていた。
顔を上げた瞬間、
彼の視線がフィオナにすっと吸い寄せられる。
その瞳は、
昨日までよりも少しだけ柔らかい。
胸が、またどくんと脈打つ。
(どうして……こんなに意識してしまうのかしら)
彼は白い妻として迎えてくれた。
それ以上でも、それ以下でもないはず。
なのに──
自分の心が勝手に色づいていく。
フィオナは困惑しながら席につき、
ぎこちなくスープを口に運んだ。
レイヴンが気遣うように尋ねる。
「……食欲がないのか?」
「い、いえ! そんなことは……!」
「顔色が悪い。無理をしているのではないか」
その声がやさしくて、
フィオナはさらに視線をそらしてしまう。
(そんなふうに優しくされると……ますます……)
「……心配ですか?」
思わず口から漏れた。
レイヴンは一瞬だけ目を見開き──
ほんの少しだけ頬を染めた。
「……当然だ。おまえは、この家の……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
(……この家の“妻”だ、と言いかけた?)
胸が熱くなる。
「大切にするべき存在だからな」
ぽつりと落ちたその言葉に、
フィオナは反射的に手を胸に当てた。
白い結婚のはずなのに。
その“白”が、
少しずつ透明から淡い色に変わりつつある。
(私……どうしたらいいのかしら)
それが、彼女の素直な気持ちだった。
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その日の夕方。
フィオナは読書室で静かに本を閉じた。
ページの区切りに付けた指先が、わずかに震えている。
(……あの様子、やっぱり怒っていたわよね)
公爵が他の男に対してあんな態度を取るとは思わなかった。
氷のように冷静で、感情を表に出さない人だと思っていたのに。
フィオナは胸の前に手を当て、ゆっくりと息を吸う。
(どうして、私はこんなに気にしているのかしら)
白い結婚。
互いに干渉しない関係。
それが条件だったはずなのに。
それなのに──
レイヴンの表情ひとつで、胸がざわついてしまう。
その理由に、彼女自身が気づけていなかった。
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「フィオナ様、今日のお夕食のご準備が整いました」
声をかけてきたリリィが、いつものように明るく微笑む。
「ありがとうございますわ。すぐに行きます」
フィオナは立ち上がって、
歩きながらぽつりと尋ねた。
「ねえ、リリィ……公爵様は……変わって見える?」
リリィはぴたりと歩みを止める。
「……フィオナ様。正直に言いますね」
「え、ええ」
「変わってます。というか……溶けてます!」
「そ、溶け……!?」
「はい。あの氷晶みたいな公爵様が、最近は常温になってます!」
フィオナは思わず立ち止まった。
「そ、そんなこと……ありますの?」
「ありますとも! 分かりやすいのは……フィオナ様への視線です!」
「視線……?」
「めちゃくちゃ柔らかいです。あれ、誰が見ても“特別扱い”です!」
「と、特別……!」
鼓動が跳ねた。
思わず胸元を押さえるフィオナに、リリィは優しく続ける。
「でも……フィオナ様は不安なんですよね?」
図星だった。
フィオナはそっとうなずいた。
「……白い結婚ですわ。干渉しないって……最初に言われましたもの。
でも、最近の公爵様は……あれを“干渉しない”とは言えなくて」
レイヴンの優しさ、距離の近さ、視線の熱。
どれも、最初の条件とは違っていた。
そして、それがフィオナの心を揺らす。
「ボクは思いますけど……」
リリィは小さく笑った。
「フィオナ様も、公爵様に惹かれてるんじゃありません?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
言い返そうとしたが、
言葉が喉の奥で止まった。
否定しようとしてできない。
(私……公爵様のこと、気にしすぎているわ……)
気づきたくなかった気持ちに、
そっと触れてしまったような感覚。
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夕食の時間、フィオナが食堂に入ると
レイヴンがすでに席についていた。
顔を上げた瞬間、
彼の視線がフィオナにすっと吸い寄せられる。
その瞳は、
昨日までよりも少しだけ柔らかい。
胸が、またどくんと脈打つ。
(どうして……こんなに意識してしまうのかしら)
彼は白い妻として迎えてくれた。
それ以上でも、それ以下でもないはず。
なのに──
自分の心が勝手に色づいていく。
フィオナは困惑しながら席につき、
ぎこちなくスープを口に運んだ。
レイヴンが気遣うように尋ねる。
「……食欲がないのか?」
「い、いえ! そんなことは……!」
「顔色が悪い。無理をしているのではないか」
その声がやさしくて、
フィオナはさらに視線をそらしてしまう。
(そんなふうに優しくされると……ますます……)
「……心配ですか?」
思わず口から漏れた。
レイヴンは一瞬だけ目を見開き──
ほんの少しだけ頬を染めた。
「……当然だ。おまえは、この家の……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
(……この家の“妻”だ、と言いかけた?)
胸が熱くなる。
「大切にするべき存在だからな」
ぽつりと落ちたその言葉に、
フィオナは反射的に手を胸に当てた。
白い結婚のはずなのに。
その“白”が、
少しずつ透明から淡い色に変わりつつある。
(私……どうしたらいいのかしら)
それが、彼女の素直な気持ちだった。
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