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1-1 断罪の夜会と屈辱の婚約破棄
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第1章 婚約破棄と“安全な結婚”のはずが
1-1 断罪の夜会と屈辱の婚約破棄
その夜、王都は冬の終わりとは思えぬほど華やかに光り輝いていた。
王城の大広間では、今季最大の舞踏会――“王太子レオナルド殿下の婚約祝賀夜会”が開かれていた。
天井のシャンデリアは星のように瞬き、銀の杯が交わされるたびにきらめきが乱反射する。
侯爵令嬢リリアーナ・ヴェルナーは、完璧な笑みを浮かべたまま、足元に落ちた自分の影を見つめていた。
それは華やかな照明の中でもなお、どこか冷たい孤独を帯びているように見えた。
婚約者であるレオナルドが、祝辞を述べ終えた瞬間だった。
彼は一歩、リリアーナの前へ進み出ると、突然、静まり返った大広間に響く声で言い放った。
「――本日をもって、私はリリアーナ・ヴェルナー侯爵令嬢との婚約を破棄する」
シャンデリアの光が、ぱちんと弾けたように見えた。
音楽が止まり、無数の視線がリリアーナに突き刺さる。
彼女は一瞬、息を飲んだ。
しかし、胸の奥ではなぜか不思議な安堵が広がっていくのを感じた。
ああ、やっぱり、こうなるのね。
何度も予感していた。
レオナルドの目には、いつからか別の女性の影が映っていたから。
彼女――聖女セレーナは、王都に現れて以来、国中の祝福を一身に受けていた。
純白のドレスをまとい、慈愛の微笑みを絶やさない彼女の横で、リリアーナはいつも“氷の侯爵令嬢”と呼ばれていた。
冷たい、計算高い、王家にふさわしくない――そんな噂ばかり。
けれど、リリアーナにしてみれば、婚約とは政治の産物であり、恋愛感情など求められていなかったはずだ。
それを最初に忘れたのは、彼のほうだ。
人々がざわめき始める中、レオナルドはさらに声を張り上げる。
「彼女は聖女セレーナを妬み、宮廷での慈善活動を妨害した。
王太子妃としての器を欠くことを、私はこの場で明言する」
嘘だわ――と、喉まで出かかった。
だがリリアーナは口をつぐむ。
今ここで何を言っても、彼を信じてきた民の耳には届かない。
セレーナが流す涙ひとつで、この場の空気などいくらでも塗り替えられる。
リリアーナは静かに頭を下げた。
その所作のあまりの優雅さに、一瞬、会場のざわめきが止む。
唇には、皮肉な微笑を浮かべた。
「……そうですか。
それでは、どうぞお幸せに。殿下と“真実の愛”とやらに」
ざわめきが爆ぜる。
誰かが「あれを皮肉と言わずして何と呼ぶ」と小声で囁いた。
リリアーナはそのまま背を向け、青いカーテンの隙間を抜ける。
外気が肌を刺し、ようやく胸の奥の重みがほどけていくような気がした。
夜の庭園は冷たい月明かりに包まれていた。
凍える空気の中で、彼女は初めて心からの息を吐いた。
「……終わったのね。ふふ、これでようやく自由だわ」
笑いながらも、胸の奥がひりつく。
自分がどれほど“冷たい女”を演じていたか、よくわかっている。
本当は、ただ誇りを守りたかっただけ。
泣きたくなるほど惨めだったとしても――誰の前でも涙だけは見せたくなかった。
その時だった。
背後から、穏やかで落ち着いた声が聞こえた。
「おや……自由を喜んでおられるとは、思いませんでした」
振り向くと、銀色の髪を持つ青年が立っていた。
王弟殿下、アラン・クレイド。
レオナルドの腹違いの弟にして、冷静沈着と評判の人物。
彼の瞳は、月光のような淡い灰色をしていた。
「殿下……」
「お疲れでしょう。こんな夜会、もう長居は無用ですよ」
アランは上着を軽く肩にかけながら、リリアーナの隣に並んだ。
彼の物腰には、不思議な優しさと距離感があった。
見下すでも、慰めるでもない。ただ、同じ景色を見ているような穏やかさ。
「あなたは……笑っておられた」
「え?」
「断罪されながら、微笑んでいた。あの笑みを見て、少し安心したのです」
彼の言葉に、リリアーナは思わず苦笑した。
「安心? 私の笑顔は、殿下にそんな効果が?」
「ええ。あなたは折れない人だ。だからこそ――」
アランはそこで言葉を切り、少しだけ視線を遠くに向けた。
白い息が夜気に溶けていく。
「――私が、あなたにお願いしたいことがあるのです」
その真剣な声音に、リリアーナはまばたきを忘れる。
婚約破棄されたばかりの令嬢に、“お願い”とは何の冗談だろう?
だが、アランの灰色の瞳はまっすぐで、冗談の気配などひとかけらもなかった。
「お願い、とは?」
「詳しくは、明日。……あなたが少しでも心を落ち着けた頃に」
そう言って、アランは微笑んだ。
夜風が銀の髪を揺らす。
彼の横顔を見ているうちに、リリアーナはふと胸が温かくなるのを感じた。
誰かに理解されることを、こんなにも久しく忘れていたのだと。
翌朝。
リリアーナが王城を正式に退去する手続きを終えた頃、王弟殿下アランから書簡が届く。
そこには、簡潔にこう記されていた。
> 「あなたに改めてお話ししたいことがあります。
明日の午後、王城の東庭にて――アラン・クレイド」
手紙を握る指先に、微かな緊張が走る。
婚約破棄されたばかりの令嬢が、今度は王弟に呼び出される。
次に待っているのは、慰めか、それとも……また新しい運命の皮肉か。
リリアーナは鏡の前に立ち、淡い青のドレスを整えながら、静かに呟いた。
「昨日で終わり、今日からは……違う私になる」
そう言い聞かせるように微笑んだその瞳は、
まだ少しだけ痛みを湛えながらも、確かに前を向いていた。
――次章、「王弟殿下の求婚と“安全な結婚”」。
新たな提案が、リリアーナを再び運命の渦に引きずり込む。
1-1 断罪の夜会と屈辱の婚約破棄
その夜、王都は冬の終わりとは思えぬほど華やかに光り輝いていた。
王城の大広間では、今季最大の舞踏会――“王太子レオナルド殿下の婚約祝賀夜会”が開かれていた。
天井のシャンデリアは星のように瞬き、銀の杯が交わされるたびにきらめきが乱反射する。
侯爵令嬢リリアーナ・ヴェルナーは、完璧な笑みを浮かべたまま、足元に落ちた自分の影を見つめていた。
それは華やかな照明の中でもなお、どこか冷たい孤独を帯びているように見えた。
婚約者であるレオナルドが、祝辞を述べ終えた瞬間だった。
彼は一歩、リリアーナの前へ進み出ると、突然、静まり返った大広間に響く声で言い放った。
「――本日をもって、私はリリアーナ・ヴェルナー侯爵令嬢との婚約を破棄する」
シャンデリアの光が、ぱちんと弾けたように見えた。
音楽が止まり、無数の視線がリリアーナに突き刺さる。
彼女は一瞬、息を飲んだ。
しかし、胸の奥ではなぜか不思議な安堵が広がっていくのを感じた。
ああ、やっぱり、こうなるのね。
何度も予感していた。
レオナルドの目には、いつからか別の女性の影が映っていたから。
彼女――聖女セレーナは、王都に現れて以来、国中の祝福を一身に受けていた。
純白のドレスをまとい、慈愛の微笑みを絶やさない彼女の横で、リリアーナはいつも“氷の侯爵令嬢”と呼ばれていた。
冷たい、計算高い、王家にふさわしくない――そんな噂ばかり。
けれど、リリアーナにしてみれば、婚約とは政治の産物であり、恋愛感情など求められていなかったはずだ。
それを最初に忘れたのは、彼のほうだ。
人々がざわめき始める中、レオナルドはさらに声を張り上げる。
「彼女は聖女セレーナを妬み、宮廷での慈善活動を妨害した。
王太子妃としての器を欠くことを、私はこの場で明言する」
嘘だわ――と、喉まで出かかった。
だがリリアーナは口をつぐむ。
今ここで何を言っても、彼を信じてきた民の耳には届かない。
セレーナが流す涙ひとつで、この場の空気などいくらでも塗り替えられる。
リリアーナは静かに頭を下げた。
その所作のあまりの優雅さに、一瞬、会場のざわめきが止む。
唇には、皮肉な微笑を浮かべた。
「……そうですか。
それでは、どうぞお幸せに。殿下と“真実の愛”とやらに」
ざわめきが爆ぜる。
誰かが「あれを皮肉と言わずして何と呼ぶ」と小声で囁いた。
リリアーナはそのまま背を向け、青いカーテンの隙間を抜ける。
外気が肌を刺し、ようやく胸の奥の重みがほどけていくような気がした。
夜の庭園は冷たい月明かりに包まれていた。
凍える空気の中で、彼女は初めて心からの息を吐いた。
「……終わったのね。ふふ、これでようやく自由だわ」
笑いながらも、胸の奥がひりつく。
自分がどれほど“冷たい女”を演じていたか、よくわかっている。
本当は、ただ誇りを守りたかっただけ。
泣きたくなるほど惨めだったとしても――誰の前でも涙だけは見せたくなかった。
その時だった。
背後から、穏やかで落ち着いた声が聞こえた。
「おや……自由を喜んでおられるとは、思いませんでした」
振り向くと、銀色の髪を持つ青年が立っていた。
王弟殿下、アラン・クレイド。
レオナルドの腹違いの弟にして、冷静沈着と評判の人物。
彼の瞳は、月光のような淡い灰色をしていた。
「殿下……」
「お疲れでしょう。こんな夜会、もう長居は無用ですよ」
アランは上着を軽く肩にかけながら、リリアーナの隣に並んだ。
彼の物腰には、不思議な優しさと距離感があった。
見下すでも、慰めるでもない。ただ、同じ景色を見ているような穏やかさ。
「あなたは……笑っておられた」
「え?」
「断罪されながら、微笑んでいた。あの笑みを見て、少し安心したのです」
彼の言葉に、リリアーナは思わず苦笑した。
「安心? 私の笑顔は、殿下にそんな効果が?」
「ええ。あなたは折れない人だ。だからこそ――」
アランはそこで言葉を切り、少しだけ視線を遠くに向けた。
白い息が夜気に溶けていく。
「――私が、あなたにお願いしたいことがあるのです」
その真剣な声音に、リリアーナはまばたきを忘れる。
婚約破棄されたばかりの令嬢に、“お願い”とは何の冗談だろう?
だが、アランの灰色の瞳はまっすぐで、冗談の気配などひとかけらもなかった。
「お願い、とは?」
「詳しくは、明日。……あなたが少しでも心を落ち着けた頃に」
そう言って、アランは微笑んだ。
夜風が銀の髪を揺らす。
彼の横顔を見ているうちに、リリアーナはふと胸が温かくなるのを感じた。
誰かに理解されることを、こんなにも久しく忘れていたのだと。
翌朝。
リリアーナが王城を正式に退去する手続きを終えた頃、王弟殿下アランから書簡が届く。
そこには、簡潔にこう記されていた。
> 「あなたに改めてお話ししたいことがあります。
明日の午後、王城の東庭にて――アラン・クレイド」
手紙を握る指先に、微かな緊張が走る。
婚約破棄されたばかりの令嬢が、今度は王弟に呼び出される。
次に待っているのは、慰めか、それとも……また新しい運命の皮肉か。
リリアーナは鏡の前に立ち、淡い青のドレスを整えながら、静かに呟いた。
「昨日で終わり、今日からは……違う私になる」
そう言い聞かせるように微笑んだその瞳は、
まだ少しだけ痛みを湛えながらも、確かに前を向いていた。
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