『婚約破棄された私、偽装結婚の果てに真実の結婚にたどり着きました。――もうBL王子には興味ありません!』

しおしお

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1-2 王弟殿下の求婚と“安全な結婚”

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承知しました。
では第1章第2節――
「王弟殿下の求婚と“安全な結婚”」
を3000文字以上で丁寧にお届けします。
前話(1-1)で屈辱を味わったリリアーナが、王弟アランと出会い、“安全な偽装結婚”という契約を選ぶまでを、心理描写を中心に描きます。


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第1章 婚約破棄と“安全な結婚”のはずが

1-2 王弟殿下の求婚と“安全な結婚”

 翌日の昼下がり、王城の東庭はまだ冬の冷気をまとっていた。
 噴水の縁に薄く氷が張り、風が通るたびに小さな鈴のような音を立てる。
 昨日の夜会の喧騒が嘘のように静まり返ったその場所で、リリアーナ・ヴェルナーは一人、足を止めた。

 彼女を呼び出したのは王弟殿下アラン・クレイド。
 王太子レオナルドの腹違いの弟にして、若くして政治の中枢に関わる聡明な王子だ。
 昨夜、断罪の場で唯一、彼女を侮蔑の目で見なかった人物。
 その彼が何の用なのか――。

 冬枯れの枝の向こうに、白い外套の男が立っていた。
 彼の銀髪は日差しを受けて淡く光り、その佇まいは静謐そのものだった。

「来てくださったのですね」
「殿下のお誘いを無視するほど、私は愚かではありませんわ」

 軽く礼を交わし、二人は並んで歩き出した。
 雪の解け残る石畳を踏むたびに、冷たい音が響く。

「昨日のことは……お気の毒でした」
 アランの声は穏やかだった。
 同情というより、静かな尊敬を含んだような響きがある。
「お気の毒、とは?」
「公衆の面前であのように扱われてなお、あなたは微笑みを崩さなかった。
 普通の令嬢なら、その場で気絶してもおかしくなかったでしょう」

 リリアーナは小さく息を吐いた。
「微笑むしかありませんでしたの。泣いたら、あの人の“正しさ”が証明されてしまうでしょう?」
「……なるほど」

 アランの灰色の瞳に、一瞬、柔らかい光が宿る。
 そして彼は立ち止まり、真っすぐに彼女を見た。

「そんなあなたにこそ、お願いがあります」
「お願い?」

「私と結婚していただけませんか?」

 あまりに唐突な言葉に、リリアーナは目を瞬かせた。
 冗談ではない――その声音が真剣だったからこそ、心臓がひとつ跳ねる。

「……殿下、それは一体……」
「あなたの立場を守るためです」

 彼の声は落ち着いていた。
「王太子の元婚約者というだけで、今後あなたに群がる貴族は少なくない。
 政略や噂、同情を利用しようとする者も出るでしょう。
 私はそれを防ぎたい。あなたに“守り”を与えるための結婚です」

 リリアーナは唇を引き結ぶ。
「つまり……政略的な、形式だけの結婚を?」
「ええ。あなたに不自由を強いるつもりはありません。
 私はあなたに“妻としての役割”を求めません。
 ただ、あなたが傷つかずに生きる場所を用意したいのです」

 その言葉に、胸の奥が微かに揺れた。
 愛を語るでもなく、情を匂わせるでもなく。
 ただ「守る」と言う男。
 ――そんな提案を受けたのは、人生で初めてだった。

「なぜ、そこまでしてくださるのですか?」
 リリアーナの声は、かすかに震えていた。
 アランは少しだけ笑みを浮かべた。

「三年前の春を覚えていますか? 宮廷の慈善会。
 あなたが孤児院の子供たちの前でピアノを弾かれた日です」
「……まさか、殿下がいらしたとは知りませんでした」
「あなたの演奏を聞いて、私は救われた。
 当時、私は兄の陰に隠れ、存在を消すように生きていた。
 けれどあの旋律を聞いた瞬間、世界にまだ“温かさ”があるのだと知ったのです」

 リリアーナは、息を呑んだ。
 あの慈善会など、誰も覚えていないと思っていた。
 人前で演奏することすら久しくなかった頃、ただ無心で鍵盤を叩いたあの日。
 その音を覚えている人がいたなんて。

「……そんなことを、今も覚えていてくださったのですね」
「忘れられるはずがありません。
 あなたは氷のように冷たいと言われていたが、実際は違う。
 誰よりも、傷つきやすく、優しい方だ」

 優しい――その一言が、胸の奥を突いた。
 誰もそんな風に言ってくれたことはなかった。
 “冷たい女”“計算高い令嬢”“王太子にふさわしくない”。
 そんな言葉しか浴びてこなかった。

 リリアーナは、そっと視線を落とす。
「……殿下のお気持ちは嬉しく思います。
 けれど、私はもう、誰かに期待することに疲れてしまいましたの」
「期待しなくていいのです」
 アランの言葉が即座に返る。
「これは愛を語る求婚ではありません。
 あなたにとって“安全”で“静か”な契約でありたいのです」

 安全――その響きに、心が微かに傾いた。
 愛という名の幻で傷つくくらいなら、
 最初から“偽り”とわかっている結婚のほうが、どれほど楽だろう。

 だが彼女の理性が囁く。
 ――そんな契約に、本当に救いがあるのかしら。

「もし……私が承諾したら、殿下は得をなさるのですか?」
 リリアーナの問いに、アランは少しだけ笑った。
「得、ですか? そうですね。あなたが私の隣にいることで、
 “結婚しない理由”を問われずに済む。それくらいでしょう」
「結婚しない理由……?」
 彼は一瞬だけ目を伏せ、何かを隠すように微笑む。
「私は社交界が苦手でしてね。あなたのように賢く立ち回れる方がいれば助かるのです」

 そう言われれば、彼にとっても利はある。
 互いに利用し合う――それなら対等だ。
 リリアーナは少し考え、静かにうなずいた。

「……条件があります」
「お聞かせください」
「互いに干渉しないこと。
 わたくしはあなたの行動に口を出しませんし、あなたも私の生活に立ち入りません」
「構いません。それがあなたの望む自由なら」

 その言葉に、胸の奥がすっと軽くなった。
 まるで、長い間閉じ込められていた扉が少しだけ開いたように。

「では、契約成立ですわね」
「はい」

 二人は握手を交わした。
 その瞬間、リリアーナは小さく笑った。
 この人なら、裏切らないかもしれない――そんな錯覚を抱くほど、彼の手は温かかった。

「これであなたは“王弟妃”です。
 もう誰もあなたを笑わないでしょう」
「……本当にそうなるといいですわね」

 庭を吹き抜けた風が、彼女の淡い髪を揺らした。
 アランはその横顔を見つめ、低く呟く。

「偽りでも構わない。あなたを守れるのなら」

 その独白を、リリアーナは聞かなかった。
 ただ、遠くで鐘が鳴る。
 新しい契約の始まりを告げるように――。


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