『婚約破棄された私、偽装結婚の果てに真実の結婚にたどり着きました。――もうBL王子には興味ありません!』

しおしお

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エピローグ 白き誓い、紅き永遠

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エピローグ 白き誓い、紅き永遠

 ――春が、また訪れた。
 アークハート領の丘には雪が消え、緑の若葉が芽吹いている。
 清らかな風が吹き抜け、遠くでは鐘の音が小さく響いた。

 戦いから数か月。
 王都の混乱は治まり、新しい王が即位した。
 旧王の悪行は暴かれ、王国の人々は初めて“神の名を使わぬ政治”のあり方を知ることとなった。

 セドリックは一線を退き、軍を若手に譲った。
 そして、彼が選んだのは――レティシアと共に、穏やかな日々を送ること。


---

 朝。
 アークハート邸の庭に咲く花々が、陽光を受けてきらめいていた。

 レティシアは白いドレスの裾を軽く持ち上げながら、庭を歩く。
 指には、あの紅い指輪が今も光っていた。
 だがそれは、もはや呪いや鍵ではない。
 ――愛の証として、彼女の左手に静かに宿っている。

「おはようございます、セドリック様」

 彼女の声に、庭の向こうで本を読んでいた男が顔を上げた。
 陽光を背に、穏やかな笑みを浮かべる。

「おはよう、レティシア。……今日も朝から庭に?」
「ええ。冬を越えた花たちが、ちゃんと咲いてくれているか確認しようと思って」

「まるで領の母のようだな」
「まあ、そんな大層なものではありませんわ。……ただ、少しでも皆に春を感じてほしくて」

 レティシアが笑うと、花弁が風に舞い上がり、彼女の髪に降り注いだ。
 その姿にセドリックは小さく目を細めた。

(あの頃――“形式だけの結婚”だと決めつけていた自分が、滑稽に思える)


---

 ふと、屋敷の方から子どもの笑い声が聞こえた。
 領民の子どもたちが、レティシアの開いた小さな学校で読み書きを学んでいるのだ。

 彼女は侯爵夫人でありながら、領民と肩を並べて働いていた。
 料理を教え、読み書きを教え、そして孤児の面倒まで見る。

 彼女が笑えば、みな笑う。
 彼女が涙すれば、領全体が悲しむ。

 そんな“温かな中心”に、いつしか人々は――“白き夫人”という名を捧げた。


---

 昼下がり。
 レティシアは執務室へ紅茶を運んだ。
 机には、領の再建に関する書類が山のように積まれている。

「相変わらず仕事熱心ですわね」
「領を守るのが、夫の務めだからな」
「……でしたら、夫人の務めとして紅茶を差し上げます」

 カップを置く音が、静かに響く。
 セドリックは微笑み、彼女の手を取った。

「君が淹れる紅茶は、戦場の報告よりも心を落ち着かせる」
「まあ……褒めすぎですわ」
「いや、本当だ。かつて冷たい剣しか握れなかった私の手に、今は君の温もりがある。それが何よりの救いだ」

 レティシアは頬を赤らめた。

「……セドリック様」
「ん?」
「わたくし、あの夜……“愛など信じない”と言いましたわね」
「ああ。よく覚えている」
「でも今なら、信じられます。……あなたが教えてくれたから」

 彼の瞳が優しく細まり、レティシアの唇に静かに触れた。
 それは、かつての契約の証を超えた――“誓いの口づけ”だった。


---

 やがて季節は夏へと移り、森の緑が濃くなるころ。
 アークハート邸の裏庭では、小さな祭りが開かれていた。

 領民たちが集まり、パンや果実酒を分け合い、子どもたちが歌を歌う。
 セドリックとレティシアも人々の輪に混じり、笑い合っていた。

「侯爵様! レティシア様! これ、村の子らが作った花冠です!」
「まぁ、ありがとう」

 子どもが差し出した花冠を、レティシアはセドリックの頭にそっと乗せた。
 彼は少し照れたように眉を寄せる。

「似合っているわ」
「……戦場より、ずっと落ち着かないな」
「ふふ、これは戦いではなく、平和の冠ですわ」

 二人の笑い声に、周囲の人々も微笑む。
 その穏やかで柔らかな空気は、どんな祝辞よりも尊かった。


---

 祭りの終わり、日が沈みかけた頃。
 レティシアは丘の上に立ち、空を見上げていた。
 西の空が赤く染まり、紅の光が地平線を包んでいる。

 セドリックが隣に立つ。
「何を見ている?」
「夕焼けです。まるで、あの指輪の色のよう」

 彼女は左手を掲げ、指輪に夕陽を映した。
 紅い輝きが、二人の顔を照らす。

「白い結婚から始まったわたしたちが、こうして紅に染まっている。
 ……皮肉ですわね」

「いや、必然だ」
 セドリックは穏やかに答える。
「白は空虚の象徴ではない。何色にも染まれる“始まり”の色だ。
 君が私に教えてくれた」

 レティシアは小さく笑った。
「では、これから先は――どんな色を重ねましょうか」
「君と共に描くなら、どんな色でも構わない」

 風が吹き、花びらが二人の周りを舞う。
 その光景はまるで、神が再び二人を祝福しているかのようだった。


---

 夜。
 寝室に灯るキャンドルの明かりが、穏やかに揺れる。
 レティシアは椅子に腰掛け、窓の外を眺めていた。

「……ねえ、セドリック様」
「どうした?」
「この穏やかな時間が、ずっと続けばいいですわね」

「続くさ。君がいる限り」

 その言葉に、レティシアはそっと彼の肩にもたれた。
 かつて氷のように冷たかった侯爵の手は、今では誰よりも温かい。

「……ねえ、覚えています? わたくしたち、最初に交わした約束」
「ああ。“干渉しない契約”だったな」
「ふふ……あれ、もう破ってしまいましたね」
「喜んで破ろう。君と干渉し合うことで、私は人間に戻れた」

 レティシアは目を細め、指輪を撫でた。

「この紅の指輪。最初は重かったけれど、今は……ただ、温かいですわ」
「それは、君の心が宿っているからだ」

 二人は視線を交わし、微笑み合う。


---

 そして夜明け。
 東の空が白く染まり始める頃、二人は並んでバルコニーに立っていた。
 鳥の声、風の音、そして新しい朝の光。

「また新しい一日が始まりますね」
「ああ。……だが、もう“形式”ではなく“共に生きる日々”だ」

 セドリックは彼女の手を握り、ゆっくりと囁いた。

> 「この愛が、たとえ再び試練に晒されようとも、
我らは恐れぬ。白き誓いは紅に変わり、永遠となる」



 レティシアの瞳に、涙が光る。

「はい……永遠に、あなたの妻であり続けます」

 朝日が昇り、二人を包み込んだ。
 白い光が紅の指輪を照らし、虹のような輝きを放つ。

 ――それは、“形式上の妻”と呼ばれた女の、真実の幸福の証だった。

> 白き誓い、紅き永遠。
それは、愛を知らぬ二人が見つけた“奇跡”の物語。
そして今も、アークハートの丘には春の風が吹いている。




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