白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお

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第二十九話 最初の助言

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第二十九話 最初の助言

 契約を見直してから三日目の朝、私はいつもより早く執務室へ向かいました。

 “干渉を拒まない”。

 その一文は軽くありません。
 形だけでは意味がない。

 試されるのは、ここから。

 机の上には、地方領から届いた提案書が置かれていました。

 新たな鉱山開発。
 共同出資。
 高収益の見込み。

 以前なら、即断していた案件。

「どう思う」

 アレクシスが私を見る。

 初めての問い。

 私は提案書を丁寧に読み込む。

「収益見込みは魅力的です」

「だが?」

「試掘が不十分です」

 彼の目がわずかに細まる。

「続けろ」

「地質報告に曖昧な箇所がございます。
 水脈の影響が読めていない」

「採算は」

「初期投資回収に七年。
 水害が起きれば十年以上」

 沈黙。

 彼は書類を再び見直す。

「私は五年で回収できると見ていた」

「前提条件が楽観的です」

「慎重すぎるのでは」

「侯爵家は、回復途中です」

 声を強めない。
 断言もしない。

 ただ、数字を示す。

 彼はしばらく考えた後、静かに言った。

「追加調査を命じる」

「それが賢明です」

 決断は彼が下した。

 私はそれ以上何も言わない。

 午後、義弟が駆け込んできた。

「兄上、あの鉱山は好機だ。
 他家が狙っている」

「知っている」

「逃せば損だ」

 アレクシスは落ち着いて答える。

「損を避けるために焦って損をすることはない」

 義弟は一瞬言葉を失う。

 以前の彼なら、勢いで押しただろう。

「義姉上の意見か」

 私は首を振る。

「助言のみです」

「決めたのは私だ」

 アレクシスの声は静かで、揺れない。

 義弟は小さく息を吐き、うなずいた。

 夜。

 庭園で、彼が言う。

「私は、少し苛立った」

「何に」

「自分の判断が甘いと言われた気がした」

「甘いとは申しておりません」

「だが、君の数字は正しかった」

 私は空を見上げる。

「正しいかどうかは、結果が決めます」

「以前なら、私は即断していた」

「ええ」

「今は違う」

 彼はゆっくりと続ける。

「私は、孤立していない」

 それが、この契約見直しの意味。

 干渉ではない。
 共有。

 助けるのではない。
 支える。

 屋敷の灯りは安定している。

 翌週、追加調査の報告が届いた。

 水脈問題は現実だった。
 初期投資は当初見込みより三割増。

 義弟が顔をしかめる。

「危なかったな」

 アレクシスは静かにうなずく。

「最初の助言がなければ、即断していた」

 彼は私を見る。

「ありがとう」

「契約です」

 私は微笑む。

 干渉を拒まない。
 助言を共有する。

 最初の試みは、成功した。

 侯爵家は、以前より静かに、そして確実に進んでいる。

 私は隣に立つ。

 今度は、ただ見守るだけではない。

 最初の助言は、家に新しい形を刻み始めているのです。
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