白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお

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第三十二話 名よりも重いもの

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第三十二話 名よりも重いもの

 侯爵家が港湾計画を見送った件は、やがて社交界でも話題になりました。

 強気な商人を退けた。
 改善された条件すら受けなかった。

 それは一部からは称賛として、また一部からは傲慢として語られる。

 けれど、屋敷の中は静かでした。

 無理な拡張をしない。
 必要な時にだけ動く。

 それだけのこと。

 午前、王宮から正式な使者が訪れました。

「陛下より伝言でございます」

 書簡は簡潔だった。

 ――侯爵家の慎重な判断を評価する。

 さらに、王家主導で再編される港湾計画に、助言役として名を連ねてほしいという要請。

 私はその一文に目を止める。

「当主ではなく、侯爵夫妻として」

 アレクシスもそれに気づく。

「君も含めている」

「ええ」

 干渉を拒まない契約は、家の内側だけのものではなくなった。

 午後、執務室にて。

「受けるか」

 彼が問う。

「条件次第です」

「名誉職ではない。実務だ」

「なおさら慎重に」

 王家の案件は魅力的だが、同時に重い。

 名が出る。
 責任が増す。

「以前の私なら、即答していた」

 アレクシスは小さく笑う。

「だが今は、確認したい」

 私はうなずく。

「収支計画と、責任範囲を明確に」

 夕刻、義母が静かに言った。

「あなたが家に入ってから、名の扱いが変わったわね」

「名は飾りではありません」

「ええ。重さを持った」

 その言葉は、穏やかだった。

 夜。

 庭園で、アレクシスが言う。

「名よりも重いものがあると知った」

「何でしょう」

「選択の責任だ」

 彼は続ける。

「以前は、名があれば通ると思っていた」

「通ることもございます」

「だが、残らない」

 私は彼を見る。

「積み重ねだけが残ります」

 翌週、王宮での協議が始まった。

 広間には複数の貴族が集まり、港湾再編案を巡って議論している。

 ヴァレンティンの姿もあった。

 だが彼は、以前のように主導していない。

 王家が条件を整理し、透明化を求めたからだ。

「侯爵様のお考えは」

 問いが向けられる。

 アレクシスは落ち着いて答える。

「長期収支の安定を優先するべきだ」

 そして、私を見る。

 私は静かに補足する。

「短期利回りに偏れば、再び水脈問題のような盲点が生じます」

 室内が一瞬静まる。

 誰も反論しない。

 理屈が通っているからだ。

 会議後、ヴァレンティンが近づいてきた。

「奥様の助言は、的確でございます」

「必要な確認をしただけです」

 彼は微笑む。

「侯爵家は、以前とは違いますね」

「当然です」

 その答えに、彼は何も返せなかった。

 屋敷へ戻る馬車の中。

「君がいてよかった」

 アレクシスの声は静かだった。

「契約です」

「違う」

 彼は首を振る。

「これは契約以上だ」

 私は窓の外を見る。

 名は重い。
 だが、それ以上に重いのは、選択の積み重ね。

 侯爵家は、名で押し切る家ではなくなった。

 確認し、共有し、決める家へと変わった。

 灯りは派手ではない。

 けれど揺れない。

 名よりも重いものを、今は皆が知っている。

 そして私は、その隣に立ち続けているのです。
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