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第二部 第3章 筆頭株主の顔
セクション3:喫茶店の密会
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セクション3:喫茶店の密会
――午後四時。
東京郊外、古びたレンガ造りの喫茶店「アマレット」。
昼下がりの光が斜めに差し込み、
窓際の席だけが柔らかく照らされていた。
その一角に、スーツ姿の男がひとり腰を下ろしていた。
左遷先への異動を目前に控えた田所重行である。
シャツの襟はよれ、ネクタイは緩んでいる。
手元のコーヒーカップは、もう冷めて久しい。
(……くそ。あれから俺は何も変わっちゃいない)
第二営業部の業績不振、社内での監査、左遷通知――。
すべてが一気に崩れ落ちた。
つい数週間前まで、部長席に座っていた自分が、
今では地方支社送りの噂の的だ。
(俺が何をした? 少しくらい上に立ったって、誰だってやることは同じだろう……)
そんな独り言が、喉の奥で空しく消えた。
そのとき――。
カラン、とドアベルの音が鳴る。
顔を上げた田所は、息を呑んだ。
(……野呂?)
入り口から現れたのは、あの“ノロマ子”こと野呂真子だった。
だが彼女の隣には、スーツ姿の男――上條社長。
二人は店員に軽く会釈をして、
奥の個室席へと案内されていった。
田所の胸がざわつく。
(社長と野呂? 二人きり?)
手に持ったカップがわずかに震える。
(まさか……やっぱり、そういう関係だったのか?)
――脳裏をよぎる、あの日の噂。
「野呂さん、社長とよく会ってるらしいよ」
「密会してるんじゃない?」
自分が流した軽いデマ。
だが、そのとき感じた“ちょっとした違和感”が、
今になって現実味を帯びてくる。
(……いや、違う。違ってくれ。そんなはずは……)
気づけば田所は、
空席の影に身を潜めていた。
---
奥の個室では、穏やかな声が交わされていた。
「第二営業部の統合案、承認が下りました」
「ありがとうございます、社長」
「いいんだ。君の分析資料が決め手になった。
これで第一営業部の効率がさらに上がる」
真子は微笑んで頷く。
「私の資料など、神宮寺部長の指導のもとで作ったものです」
「君はいつもそう言うな。
だがな、数字は嘘をつかない。
君の数字が、この会社を救ったんだ」
社長の声は低く、どこか温かい。
田所の胸が締めつけられる。
(やっぱり……親密じゃないか。社長、まるで恋人に話すような……)
しかし次の言葉が、その考えを一瞬で吹き飛ばした。
「ところで、今後の株主構成の件だが――」
(……株主?)
田所の指が止まる。
耳を澄ませる。
「第二営業部を第一に併合し、
無駄な重複コストを削減する。
株価は確実に上がるだろう。
――これで満足かな、野呂“様”。」
「様はやめてください、社長」
「だが、筆頭株主だ」
「私はただの社員です。
今もこれからも、“数字”で会社を支えるだけです」
一瞬の沈黙。
その後、社長が小さく笑った。
「まったく……君は最後まで控えめだな」
---
田所の頭の中が、真っ白になった。
(筆頭……株主……?)
しばらく意味が理解できなかった。
だが次第に、点と点が線になる。
彼女がいつも地味な服を着ていた理由。
残業を厭わず、黙々と資料を作っていた姿。
昼食を簡素に済ませていたこと。
(……全部、会社のためだったのか)
喉の奥が焼けるように熱くなる。
羞恥と後悔が入り混じったその感情を、
彼はうまく言葉にできなかった。
---
「株主総会での意見、君にも出てもらうつもりだ。
内部の声としてな」
「……光栄です」
「無理はするな。だが、君の存在は、社員の誇りだ」
真子は一礼し、
「ありがとうございます」と小さく返す。
その瞬間――
田所の視界が滲んだ。
(俺は……何をしてきたんだ)
“ノロマ子”と笑い、
“足手まとい”と罵り、
“噂”で追い詰めた。
だが本当は――
彼女こそが、会社を信じ、守り抜いた人間だった。
(ざまぁ、なんて言葉じゃ足りねぇ……)
気づけば、田所の頬を一筋の涙が伝っていた。
彼は慌てて目頭を拭き、
立ち上がると、静かにレジへ向かった。
---
喫茶店を出ると、
西の空に夕陽が沈んでいた。
光が街路樹を赤く染め、風が頬を撫でる。
田所はネクタイを外し、
空を仰いだ。
「……あんた、すげぇよ。野呂」
そう呟いた声は、誰にも届かない。
だが、その声音には確かな敬意が宿っていた。
歩き出した田所の背中が、
夕陽に照らされて長く伸びていく。
その足取りは、
これまでのどんな時よりも、静かで、まっすぐだった。
---
> ――“沈黙のざまぁ”とは、誰かを叩き潰すことではない。
自分の信念を、最後まで貫き通すこと。
そして、それを見た者が、自らを恥じ、改めること。
喫茶店の窓越し、
真子の笑顔がふと見えた。
それは勝ち誇るでも、見下ろすでもない。
ただ――優しい、静かな微笑。
--
――午後四時。
東京郊外、古びたレンガ造りの喫茶店「アマレット」。
昼下がりの光が斜めに差し込み、
窓際の席だけが柔らかく照らされていた。
その一角に、スーツ姿の男がひとり腰を下ろしていた。
左遷先への異動を目前に控えた田所重行である。
シャツの襟はよれ、ネクタイは緩んでいる。
手元のコーヒーカップは、もう冷めて久しい。
(……くそ。あれから俺は何も変わっちゃいない)
第二営業部の業績不振、社内での監査、左遷通知――。
すべてが一気に崩れ落ちた。
つい数週間前まで、部長席に座っていた自分が、
今では地方支社送りの噂の的だ。
(俺が何をした? 少しくらい上に立ったって、誰だってやることは同じだろう……)
そんな独り言が、喉の奥で空しく消えた。
そのとき――。
カラン、とドアベルの音が鳴る。
顔を上げた田所は、息を呑んだ。
(……野呂?)
入り口から現れたのは、あの“ノロマ子”こと野呂真子だった。
だが彼女の隣には、スーツ姿の男――上條社長。
二人は店員に軽く会釈をして、
奥の個室席へと案内されていった。
田所の胸がざわつく。
(社長と野呂? 二人きり?)
手に持ったカップがわずかに震える。
(まさか……やっぱり、そういう関係だったのか?)
――脳裏をよぎる、あの日の噂。
「野呂さん、社長とよく会ってるらしいよ」
「密会してるんじゃない?」
自分が流した軽いデマ。
だが、そのとき感じた“ちょっとした違和感”が、
今になって現実味を帯びてくる。
(……いや、違う。違ってくれ。そんなはずは……)
気づけば田所は、
空席の影に身を潜めていた。
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奥の個室では、穏やかな声が交わされていた。
「第二営業部の統合案、承認が下りました」
「ありがとうございます、社長」
「いいんだ。君の分析資料が決め手になった。
これで第一営業部の効率がさらに上がる」
真子は微笑んで頷く。
「私の資料など、神宮寺部長の指導のもとで作ったものです」
「君はいつもそう言うな。
だがな、数字は嘘をつかない。
君の数字が、この会社を救ったんだ」
社長の声は低く、どこか温かい。
田所の胸が締めつけられる。
(やっぱり……親密じゃないか。社長、まるで恋人に話すような……)
しかし次の言葉が、その考えを一瞬で吹き飛ばした。
「ところで、今後の株主構成の件だが――」
(……株主?)
田所の指が止まる。
耳を澄ませる。
「第二営業部を第一に併合し、
無駄な重複コストを削減する。
株価は確実に上がるだろう。
――これで満足かな、野呂“様”。」
「様はやめてください、社長」
「だが、筆頭株主だ」
「私はただの社員です。
今もこれからも、“数字”で会社を支えるだけです」
一瞬の沈黙。
その後、社長が小さく笑った。
「まったく……君は最後まで控えめだな」
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田所の頭の中が、真っ白になった。
(筆頭……株主……?)
しばらく意味が理解できなかった。
だが次第に、点と点が線になる。
彼女がいつも地味な服を着ていた理由。
残業を厭わず、黙々と資料を作っていた姿。
昼食を簡素に済ませていたこと。
(……全部、会社のためだったのか)
喉の奥が焼けるように熱くなる。
羞恥と後悔が入り混じったその感情を、
彼はうまく言葉にできなかった。
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「株主総会での意見、君にも出てもらうつもりだ。
内部の声としてな」
「……光栄です」
「無理はするな。だが、君の存在は、社員の誇りだ」
真子は一礼し、
「ありがとうございます」と小さく返す。
その瞬間――
田所の視界が滲んだ。
(俺は……何をしてきたんだ)
“ノロマ子”と笑い、
“足手まとい”と罵り、
“噂”で追い詰めた。
だが本当は――
彼女こそが、会社を信じ、守り抜いた人間だった。
(ざまぁ、なんて言葉じゃ足りねぇ……)
気づけば、田所の頬を一筋の涙が伝っていた。
彼は慌てて目頭を拭き、
立ち上がると、静かにレジへ向かった。
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喫茶店を出ると、
西の空に夕陽が沈んでいた。
光が街路樹を赤く染め、風が頬を撫でる。
田所はネクタイを外し、
空を仰いだ。
「……あんた、すげぇよ。野呂」
そう呟いた声は、誰にも届かない。
だが、その声音には確かな敬意が宿っていた。
歩き出した田所の背中が、
夕陽に照らされて長く伸びていく。
その足取りは、
これまでのどんな時よりも、静かで、まっすぐだった。
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> ――“沈黙のざまぁ”とは、誰かを叩き潰すことではない。
自分の信念を、最後まで貫き通すこと。
そして、それを見た者が、自らを恥じ、改めること。
喫茶店の窓越し、
真子の笑顔がふと見えた。
それは勝ち誇るでも、見下ろすでもない。
ただ――優しい、静かな微笑。
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