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23 セフィロトツリー
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「行こう、ナユタ。おれの仲間に紹介したいんだ。みんな、きっと、びっくりする」
三人のリアクションを想像して、ユジュンは鼓動がはやった。
驚くだろうなぁ。
ヒースなんかは、そっくりさんと、本物の生きた妖精のダブルパンチでひっくり返るかも知れない。
テンも、イリヤだって驚くはずだ。
「わくわくするなぁ」
「どきどきするなぁ」
ユジュンとナユタは同時に口を開いていた。声がシンクロナイズする。
二人は顔を見合わせて、大声で笑った。
ユジュンはナユタの手を引いて、屋台を出た。すぐさま、クーガーが起き上がって、追従してくる。
「どこ行くの?」
「噴水広場。そこが、おれたちの溜まり場なんだ」
いつものこの時間なら、比較的空いているはずの噴水広場も、今日ばっかりは人で溢れかえっていた。
何やら行列が出来ていて、
「二列で並んでくださーい。あ、押さんといてください。危ないです」
テンが整理を行っていた。
「ただいま、二十分待ちでーす」
片手を上げて、主にカップルで構成された列に呼びかけている。
どうやら、おじいさんの即興似顔絵に並んだ行列らしかった。
「テンちゃん!」
ユジュンが呼びかけると、
「あ、ユッちゃん。ごめんな、今、いそがしねん。手ぇ離されへんから、ちょっと待ってて」
テンが振り返った。
「ヒースとイリヤは?」
「まだ来てへんよ」
そう答えながら、テンはユジュンの背後に目をやった。
「お連れさん?」
「うん。今さっき知り合ったんだ。みんなに紹介したくって、連れてきた」
「ほええ。なんでキツネ面?」
テンが目を見開いた。黒目がちな鋭い目つきが露わになる。
「みんなが集まったら、種明かしするよ」
「うん、分かった。ほんだらね」
テンは行列の向こうへ飛んでいった。列を乱す輩を注意しに。
「おもしろいなまりのお友達だね」
「でしょ? テンちゃんっていうんだ」
ユジュンはちょっと自慢げだ。
「この国の人じゃないよね。外の国から来た人?」
「うん。赤月帝国の北の方とか言ってたかな」
いつか、イドと会話してたことを、ユジュンは思い出した。
「赤月帝国って最近まで神聖ハルモニアとケンカしてたんじゃなかったっけ」
「ケンカって戦争?」
「そう」
そう外国情勢を聞かされても、ユジュンはピンと来なかった。ここではスクールでも外の世界についてはほとんど教えられない。人生を含めて、アースシアで全てが完結するからだ。まさしくゆりかごから墓場まで。外に出る意味も意義もない。それだけ都市国家として成熟し、栄華を誇っているのである。
「戦争の話なんかしたっておもしろくないよね」
ナユタがユジュンの手を引っ張った。
何処かに腰を落ち着けよう、とでも言いたいのだろう。
生憎と、噴水周りにはカップルがいっぱいで、近寄れない。二人は広場の端にある、木陰のベンチが空いているのを見つけてそこに並んで座った。
「ナユタは何しにアースシアに来たの? やっぱり観光?」
ナユタは首を横に振った。
「違うよ。アースシア全土にかけられた、呪いを解きに来たんだ」
「呪い?」
「うん。伝承か何か、残ってない?」
ユジュンはしばし考えたが、思い当たる節がない。お手上げだ。
「知らないや。一人で来たんじゃないよね?」
「ユーリっていう、保護者と一緒だよ」
ま、彼も未成年なんだけどね、とナユタは声を落とした。足下にはクーガーが伏せており、その頭の上に乗ったセラフィータが、毛並みに頬ずりしたり、垂れた耳を掴もうとしたりして遊んでいる。クーガーはされるがままに、片目開けて、また閉じ、フンっと鼻を鳴らした。
「おれ、おじさん……クーガーの言葉が分かるんだ」
出し抜けに、ユジュンはナユタに秘密を暴露した。
「へぇー。それは、それは興味深い。トルキアにもテイマーはいるけど、言葉が通じてるかどうかは分かんないもんね。今は何か言ってるの?」
テイマーとは調教師のことだ。猛獣使いとか、ドラゴン使いとか、小説にはいろいろ出て来る。
「セラフィータに『勝手にしろ』とか『好きにしろ』とかぼやいてる」
「あはは。クーガーは優しいおじさんなんだね」
「もし、人間になったらどうなるんだろうって思うよ」
ユジュンは一度、クーガーが人間に変身して目の前に現れる、という夢を見たことがある。クーガーは見たこともない衣装を身につけて、蒼く長い髪をしており、聞いたことのない難しい名前を名乗っていた。
夢にしてはリアルで肌感覚もあったので、はっきりと覚えていた。
そうしてナユタと他愛のない話で盛り上がっていると、だんだんと人が広場からはけていった。
テンとおじいさんの元へ行くと、最後のひと組の似顔絵を作成しているところだった。
そこには、見覚えのある、黒いセーラーカラーの上下を着た、イリヤの姿もあった。
「イリヤ! イリヤも来てたんだ」
ユジュンが声を掛けると、イリヤが振り返った。絵の具で汚れたエプロンを身につけ、手には淀んだ水がたたえられたバケツがあった。
「じぃさんの、助手してた」
「なんだ、そうだったんだ」
「テンに、ユジュンも来てる、とは聞いてた。が、人が多くて探しきれなかった。だから、じぃさんの手伝い、してた」
そう語るイリヤの左頬に、黒い絵の具を擦った跡がある。綺麗な顔が台無しだ。
「イリヤ、ちょっとしゃがんで」
「んー」
ユジュンはハンカチを取り出して、イリヤの頬をそれで拭った。二、三度往復させると、汚れは落ちた。
ふぅ、とユジュンは一仕事終えたように、額の汗を拭う真似をした。
「後ろの、キツネ面は、誰だ」
さしものイリヤも、キツネ面の異様さには感づいたらしい。
不審な顔つきでナユタを見ている。
「えーとね……」
説明をしようとしたそのとき、被せ気味でヒースの大声がここまで届いて来た。
「おーーい、おまえら! オレさまが来てやったぞ!」
こちらまでやって来たヒースは、ぜーはー肩で息をしていた。
「路面電車が満員でよぉ。三本も乗り逃しちまったって寸法だ!」
偉そうにするか、息をするか、どちらかにすればいいのに。
だから、肺が爆発しそうになっている。
「ん。なんか、一人多いな……って、このキツネ面はどこのどいつだ!」
ヒースはナユタの存在に気付いて、飛び退いた。
「どしたん、どしたん?」
手が空いたテンも、寄って来る。
三人がナユタの周りに集まって来たので、ユジュンはクスクス笑いながら、
「みんな、いーい?」
しゅるりとナユタの後頭部の結び目を解いて、キツネ面を外した。
三人が、三人とも息を飲んだのがありありと分かった。
訪れる、沈黙。
「ユジュンが、二人、いる……」
それを真っ先に破ったのはイリヤだった。常に冷静沈着で感情を表に出さないその唇が、わなわなと震えている。
「ユッちゃんと生き写しや」
テンの目が、ナユタとユジュンを往復している。
「生き別れの兄弟とか、か?」
ヒースはそう呟いたあと、立て続けに、
「双子? 他人のそら似?」
と畳みかけた。
「んーん。どれも違うよ。僕は、ナユタ。トルキア聖王国から来たんだ。よろしくね」
ナユタはにこにこ笑って挨拶した。
「声は、違うのか……」
「あと、髪の色が違うのと、目の色が逆やね……」
イリヤとテンがいち早く相違点を指摘した。
「なんだよ、なんだよ! 瓜二つのそっくりさんじゃねーか、何がどーなってんだ。こんちくしょう!」
ヒースが興奮の余り、ナユタにヘッドロックをかけた。
「君は、ヒース? く、苦しいよ」
「ちょっと、アンタ、何すんのよ! あたしを潰す気?」
ナユタの肩から振り落とされたセラフィータが、羽根を羽ばたかせて宙を舞いながら、文句を垂れた。
「な、な、な!」
ヒースの表情が固まる。その腕を、ナユタがバンバン叩いている。締め上げられて本気で苦しいのだ。
「妖精だと! 見間違いか、オレの目が錯覚を見てんのか?」
ヒースはナユタを解放して、両目を擦った。
「あたしは、ここにちゃんといるわよ、この野暮助!」
「あ。フェアリーや」
「小さい、人間だ」
三人の注目が集まったことで、強気だったセラフィータも気後れして、ナユタの後頭部に姿を隠した。
「あー、妖精の瓶詰めにしてやる!」
暴走したヒースが、セラフィータを鷲掴みにしようと手を伸ばした。
「ちょっと、ヒース、落ち着いて!」
ユジュンはヒースを羽交い締めして押しとどめた。
「情報が、情報が渋滞してんだよ!」
情報過多だー! という、ヒースの絶叫が広場に轟いたのだった。
テンのおじいさんが用意してくれた、簡易的な椅子に腰を落ち着けた一同は、同じくおじいさんのいれてくれたホットココアを飲んで落ち着きを取り戻していた。
クーガーは噛む骨のガムをもらってご機嫌だったし、セラフィータはクッキーのかけらをもらって彼らの前でむしゃむしゃ食べていた。
「ホントに、そっくりだなぁ……そして、妖精はホントに存在したんだなぁ……」
ヒースが、魂が抜けきった老人のような口調で呟いた。
「改めまして、この魂が抜けてんのが、ヒース。ボクが、テン」
「俺は、イリヤ……」
「妖精さん、セラフィータもよろしくね」
テンが目の前の簡易テーブルの上にいるセラフィータに挨拶したが、セラフィータはプイとそっぽを向いて、クッキーを食べることに熱中した。
本当に可愛くない妖精だ。
「みんな、よろしく」
ナユタはにこやかに頭を下げた。
「今世紀最大の衝撃だぜ。ったく、驚かせやがって。世の中には自分と同じ顔した奴が三人いるっていうぜ。おまえら、あと一人見たらアウトだぜ」
「ヒース、やめぇや。縁起でもない」
テンがどうどう、とヒースの背を叩く。
「ヒース。真実が分かったら、もっと驚くことになるよ」
ナユタはにこにこしたままだった。
「なんだよ、それ」
ナユタは答えず、うふふと笑って、
「それより、ユジュンに君たちがアースシアの都市伝説について調べてるって聞いたよ」
「うん、まぁ、言い出しっぺはオレだ」
「調べた場所って正確に分かる?」
「わかっけど……」
「じゃあ、教えて?」
言うなり、ナユタはカバンから地図を取り出して、簡易テーブルの上に広げた。アースシアの全体像が示された地図だ。
「ここと、ここと……」
ヒースは丁寧に、地道に調べ上げた情報を惜しみなくナユタに伝えた。
聞く側のナユタも真剣に、ヒースの口から出た地名に、黒いペンでしるしを付けていった。しるしは全部で十カ所に及んだ。
「……で、ここ。これで、全部だ」
「……すごいや、僕たちが探しに来たポイントと合致してる!」
片手でメモを横目に見ていたナユタが、声を跳ね上げた。
「ナユタはアースシアに点在する呪いを解きに来たんだって」
ユジュンは口を挟んだ。
「ただの都市伝説が、呪いのポイントだったってことか?」
「そうなるねぇ」
テンが賛同する。
「どこも、悪霊と宝石が、絡んでた」
イリヤが重要な発言をした。
「なるほど。それも情報通りだ。で、どこまで攻略したの?」
「ここと、ここ……」
ヒースが解決した都市伝説の場所を、指し示していくのを、後から赤ペンに持ち替えたナユタが追って、赤丸を付けていった。
「この五個、だな」
「もう、五カ所も解決してるなんて、驚いたよ! すごいね、みんな。大人の力も借りずに」
ナユタが四人の勇者たちを端から順に眺めた。
「残すは五カ所のみだね。残りは分担しよう。ここと、ここと、ここ。三つはみんなで行ってくれる? あとの二つは僕とユーリで行ってくるから」
ナユタは地図に指を滑らせて指し示した。
「地図で見てみると、相当、壮大だな」
ヒースが感嘆している。
「地図に起こしたの、初めて?」
ナユタが尋ねる。
「ああ」
「じゃあ、一つ、おもしろいネタばらしをしてあげる」
ナユタは赤丸と赤丸を次々、線で繋いだ。未踏の黒いペンで付けたしるしの場所にも、黒で大きな円を書いて、繋ぐ。
「こうして、こうして、こうすると……多少、いびつになるけど、セフィロトツリーそっくりになるんだ」
十個のセフィラと、二十二のパスで形成される、セフィロトツリーが地図上に表れていた。
「なんか、すごくね?」
ヒースはじぃっと地図に目を落としていた。
「最初っから、仕組まれてたみたいや」
怖っと、テンは震えた。
「おれたち、困ってる霊の頼み事を叶えてあげただけなのにね」
ユジュンは隣のイリヤを見上げた。
「ああ、そうだな」
「それがすごいんじゃない。なかなか、出来ることじゃないよ。見えない世界の真実なんて、誰も信じていないんだもの」
ナユタはちょっと、ハイになっている。
「おい、ナユタ。呪いをぜんぶ解いたら、どうなるんだ。なにか起きんのか?」
ナユタは忙しく、ヒースの方に首を向けた。
「それはねぇ……終わってみての、お楽しみ」
ぐふふふ、と含み笑いをする。
「ナユタってほんとーに意地悪よねぇ。ぜんぶ、教えてあげればいいのに」
クッキーに飽きて地図の端を踏んで座っていたセラフィータが知ったかぶりをする。
「セラフィータは知ってるの?」
ユジュンが尋ねてみても、
「あたしに言えることは、なんにもないわ。ユーリとナユタの計画なんだもの」
その場の全員の目線が、ナユタに集中したが、当の本人はにこにこしているばかりだった。
「ここに来れば、みんなに会えるの?」
別れ際、ナユタが振り返った。
「あー、だいたいはな」
ヒースが答える。
「じゃあ、またね!」
ナユタは手を振り、振り、逗留している宿に帰っていった。
「変わった感じのヤツだったなぁ。気を抜くと、ユジュンと混同すっし。おんなじカオしてんだもんなぁ」
ヒースはユジュンを見つめたが、ユジュンは居心地が悪くて、視線を外した。
「……言われた通りに、このまま呪いを解くの、続けてええんかなぁ」
テンが戸惑いを見せる。
そして、不安を言い募る。
「なんていうか、あの子ぉ、本性隠してるっていうか、ちょっと怪しいっていうか、どっか禍々しいっていうか……いい『気』がせぇへん」
「そう? けっこう、おもしろくて、いいやつだったと思うけど」
おれは、とユジュンは所感を述べた。
「イリヤはどう思う?」
「俺は…俺と、同じにおいが、した、ような気が、する」
「そうかなぁ」
ユジュンは、遠ざかるナユタの背中を見ながら、なんとなく侘しい思いにかられていたのだった。
三人のリアクションを想像して、ユジュンは鼓動がはやった。
驚くだろうなぁ。
ヒースなんかは、そっくりさんと、本物の生きた妖精のダブルパンチでひっくり返るかも知れない。
テンも、イリヤだって驚くはずだ。
「わくわくするなぁ」
「どきどきするなぁ」
ユジュンとナユタは同時に口を開いていた。声がシンクロナイズする。
二人は顔を見合わせて、大声で笑った。
ユジュンはナユタの手を引いて、屋台を出た。すぐさま、クーガーが起き上がって、追従してくる。
「どこ行くの?」
「噴水広場。そこが、おれたちの溜まり場なんだ」
いつものこの時間なら、比較的空いているはずの噴水広場も、今日ばっかりは人で溢れかえっていた。
何やら行列が出来ていて、
「二列で並んでくださーい。あ、押さんといてください。危ないです」
テンが整理を行っていた。
「ただいま、二十分待ちでーす」
片手を上げて、主にカップルで構成された列に呼びかけている。
どうやら、おじいさんの即興似顔絵に並んだ行列らしかった。
「テンちゃん!」
ユジュンが呼びかけると、
「あ、ユッちゃん。ごめんな、今、いそがしねん。手ぇ離されへんから、ちょっと待ってて」
テンが振り返った。
「ヒースとイリヤは?」
「まだ来てへんよ」
そう答えながら、テンはユジュンの背後に目をやった。
「お連れさん?」
「うん。今さっき知り合ったんだ。みんなに紹介したくって、連れてきた」
「ほええ。なんでキツネ面?」
テンが目を見開いた。黒目がちな鋭い目つきが露わになる。
「みんなが集まったら、種明かしするよ」
「うん、分かった。ほんだらね」
テンは行列の向こうへ飛んでいった。列を乱す輩を注意しに。
「おもしろいなまりのお友達だね」
「でしょ? テンちゃんっていうんだ」
ユジュンはちょっと自慢げだ。
「この国の人じゃないよね。外の国から来た人?」
「うん。赤月帝国の北の方とか言ってたかな」
いつか、イドと会話してたことを、ユジュンは思い出した。
「赤月帝国って最近まで神聖ハルモニアとケンカしてたんじゃなかったっけ」
「ケンカって戦争?」
「そう」
そう外国情勢を聞かされても、ユジュンはピンと来なかった。ここではスクールでも外の世界についてはほとんど教えられない。人生を含めて、アースシアで全てが完結するからだ。まさしくゆりかごから墓場まで。外に出る意味も意義もない。それだけ都市国家として成熟し、栄華を誇っているのである。
「戦争の話なんかしたっておもしろくないよね」
ナユタがユジュンの手を引っ張った。
何処かに腰を落ち着けよう、とでも言いたいのだろう。
生憎と、噴水周りにはカップルがいっぱいで、近寄れない。二人は広場の端にある、木陰のベンチが空いているのを見つけてそこに並んで座った。
「ナユタは何しにアースシアに来たの? やっぱり観光?」
ナユタは首を横に振った。
「違うよ。アースシア全土にかけられた、呪いを解きに来たんだ」
「呪い?」
「うん。伝承か何か、残ってない?」
ユジュンはしばし考えたが、思い当たる節がない。お手上げだ。
「知らないや。一人で来たんじゃないよね?」
「ユーリっていう、保護者と一緒だよ」
ま、彼も未成年なんだけどね、とナユタは声を落とした。足下にはクーガーが伏せており、その頭の上に乗ったセラフィータが、毛並みに頬ずりしたり、垂れた耳を掴もうとしたりして遊んでいる。クーガーはされるがままに、片目開けて、また閉じ、フンっと鼻を鳴らした。
「おれ、おじさん……クーガーの言葉が分かるんだ」
出し抜けに、ユジュンはナユタに秘密を暴露した。
「へぇー。それは、それは興味深い。トルキアにもテイマーはいるけど、言葉が通じてるかどうかは分かんないもんね。今は何か言ってるの?」
テイマーとは調教師のことだ。猛獣使いとか、ドラゴン使いとか、小説にはいろいろ出て来る。
「セラフィータに『勝手にしろ』とか『好きにしろ』とかぼやいてる」
「あはは。クーガーは優しいおじさんなんだね」
「もし、人間になったらどうなるんだろうって思うよ」
ユジュンは一度、クーガーが人間に変身して目の前に現れる、という夢を見たことがある。クーガーは見たこともない衣装を身につけて、蒼く長い髪をしており、聞いたことのない難しい名前を名乗っていた。
夢にしてはリアルで肌感覚もあったので、はっきりと覚えていた。
そうしてナユタと他愛のない話で盛り上がっていると、だんだんと人が広場からはけていった。
テンとおじいさんの元へ行くと、最後のひと組の似顔絵を作成しているところだった。
そこには、見覚えのある、黒いセーラーカラーの上下を着た、イリヤの姿もあった。
「イリヤ! イリヤも来てたんだ」
ユジュンが声を掛けると、イリヤが振り返った。絵の具で汚れたエプロンを身につけ、手には淀んだ水がたたえられたバケツがあった。
「じぃさんの、助手してた」
「なんだ、そうだったんだ」
「テンに、ユジュンも来てる、とは聞いてた。が、人が多くて探しきれなかった。だから、じぃさんの手伝い、してた」
そう語るイリヤの左頬に、黒い絵の具を擦った跡がある。綺麗な顔が台無しだ。
「イリヤ、ちょっとしゃがんで」
「んー」
ユジュンはハンカチを取り出して、イリヤの頬をそれで拭った。二、三度往復させると、汚れは落ちた。
ふぅ、とユジュンは一仕事終えたように、額の汗を拭う真似をした。
「後ろの、キツネ面は、誰だ」
さしものイリヤも、キツネ面の異様さには感づいたらしい。
不審な顔つきでナユタを見ている。
「えーとね……」
説明をしようとしたそのとき、被せ気味でヒースの大声がここまで届いて来た。
「おーーい、おまえら! オレさまが来てやったぞ!」
こちらまでやって来たヒースは、ぜーはー肩で息をしていた。
「路面電車が満員でよぉ。三本も乗り逃しちまったって寸法だ!」
偉そうにするか、息をするか、どちらかにすればいいのに。
だから、肺が爆発しそうになっている。
「ん。なんか、一人多いな……って、このキツネ面はどこのどいつだ!」
ヒースはナユタの存在に気付いて、飛び退いた。
「どしたん、どしたん?」
手が空いたテンも、寄って来る。
三人がナユタの周りに集まって来たので、ユジュンはクスクス笑いながら、
「みんな、いーい?」
しゅるりとナユタの後頭部の結び目を解いて、キツネ面を外した。
三人が、三人とも息を飲んだのがありありと分かった。
訪れる、沈黙。
「ユジュンが、二人、いる……」
それを真っ先に破ったのはイリヤだった。常に冷静沈着で感情を表に出さないその唇が、わなわなと震えている。
「ユッちゃんと生き写しや」
テンの目が、ナユタとユジュンを往復している。
「生き別れの兄弟とか、か?」
ヒースはそう呟いたあと、立て続けに、
「双子? 他人のそら似?」
と畳みかけた。
「んーん。どれも違うよ。僕は、ナユタ。トルキア聖王国から来たんだ。よろしくね」
ナユタはにこにこ笑って挨拶した。
「声は、違うのか……」
「あと、髪の色が違うのと、目の色が逆やね……」
イリヤとテンがいち早く相違点を指摘した。
「なんだよ、なんだよ! 瓜二つのそっくりさんじゃねーか、何がどーなってんだ。こんちくしょう!」
ヒースが興奮の余り、ナユタにヘッドロックをかけた。
「君は、ヒース? く、苦しいよ」
「ちょっと、アンタ、何すんのよ! あたしを潰す気?」
ナユタの肩から振り落とされたセラフィータが、羽根を羽ばたかせて宙を舞いながら、文句を垂れた。
「な、な、な!」
ヒースの表情が固まる。その腕を、ナユタがバンバン叩いている。締め上げられて本気で苦しいのだ。
「妖精だと! 見間違いか、オレの目が錯覚を見てんのか?」
ヒースはナユタを解放して、両目を擦った。
「あたしは、ここにちゃんといるわよ、この野暮助!」
「あ。フェアリーや」
「小さい、人間だ」
三人の注目が集まったことで、強気だったセラフィータも気後れして、ナユタの後頭部に姿を隠した。
「あー、妖精の瓶詰めにしてやる!」
暴走したヒースが、セラフィータを鷲掴みにしようと手を伸ばした。
「ちょっと、ヒース、落ち着いて!」
ユジュンはヒースを羽交い締めして押しとどめた。
「情報が、情報が渋滞してんだよ!」
情報過多だー! という、ヒースの絶叫が広場に轟いたのだった。
テンのおじいさんが用意してくれた、簡易的な椅子に腰を落ち着けた一同は、同じくおじいさんのいれてくれたホットココアを飲んで落ち着きを取り戻していた。
クーガーは噛む骨のガムをもらってご機嫌だったし、セラフィータはクッキーのかけらをもらって彼らの前でむしゃむしゃ食べていた。
「ホントに、そっくりだなぁ……そして、妖精はホントに存在したんだなぁ……」
ヒースが、魂が抜けきった老人のような口調で呟いた。
「改めまして、この魂が抜けてんのが、ヒース。ボクが、テン」
「俺は、イリヤ……」
「妖精さん、セラフィータもよろしくね」
テンが目の前の簡易テーブルの上にいるセラフィータに挨拶したが、セラフィータはプイとそっぽを向いて、クッキーを食べることに熱中した。
本当に可愛くない妖精だ。
「みんな、よろしく」
ナユタはにこやかに頭を下げた。
「今世紀最大の衝撃だぜ。ったく、驚かせやがって。世の中には自分と同じ顔した奴が三人いるっていうぜ。おまえら、あと一人見たらアウトだぜ」
「ヒース、やめぇや。縁起でもない」
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「ヒース。真実が分かったら、もっと驚くことになるよ」
ナユタはにこにこしたままだった。
「なんだよ、それ」
ナユタは答えず、うふふと笑って、
「それより、ユジュンに君たちがアースシアの都市伝説について調べてるって聞いたよ」
「うん、まぁ、言い出しっぺはオレだ」
「調べた場所って正確に分かる?」
「わかっけど……」
「じゃあ、教えて?」
言うなり、ナユタはカバンから地図を取り出して、簡易テーブルの上に広げた。アースシアの全体像が示された地図だ。
「ここと、ここと……」
ヒースは丁寧に、地道に調べ上げた情報を惜しみなくナユタに伝えた。
聞く側のナユタも真剣に、ヒースの口から出た地名に、黒いペンでしるしを付けていった。しるしは全部で十カ所に及んだ。
「……で、ここ。これで、全部だ」
「……すごいや、僕たちが探しに来たポイントと合致してる!」
片手でメモを横目に見ていたナユタが、声を跳ね上げた。
「ナユタはアースシアに点在する呪いを解きに来たんだって」
ユジュンは口を挟んだ。
「ただの都市伝説が、呪いのポイントだったってことか?」
「そうなるねぇ」
テンが賛同する。
「どこも、悪霊と宝石が、絡んでた」
イリヤが重要な発言をした。
「なるほど。それも情報通りだ。で、どこまで攻略したの?」
「ここと、ここ……」
ヒースが解決した都市伝説の場所を、指し示していくのを、後から赤ペンに持ち替えたナユタが追って、赤丸を付けていった。
「この五個、だな」
「もう、五カ所も解決してるなんて、驚いたよ! すごいね、みんな。大人の力も借りずに」
ナユタが四人の勇者たちを端から順に眺めた。
「残すは五カ所のみだね。残りは分担しよう。ここと、ここと、ここ。三つはみんなで行ってくれる? あとの二つは僕とユーリで行ってくるから」
ナユタは地図に指を滑らせて指し示した。
「地図で見てみると、相当、壮大だな」
ヒースが感嘆している。
「地図に起こしたの、初めて?」
ナユタが尋ねる。
「ああ」
「じゃあ、一つ、おもしろいネタばらしをしてあげる」
ナユタは赤丸と赤丸を次々、線で繋いだ。未踏の黒いペンで付けたしるしの場所にも、黒で大きな円を書いて、繋ぐ。
「こうして、こうして、こうすると……多少、いびつになるけど、セフィロトツリーそっくりになるんだ」
十個のセフィラと、二十二のパスで形成される、セフィロトツリーが地図上に表れていた。
「なんか、すごくね?」
ヒースはじぃっと地図に目を落としていた。
「最初っから、仕組まれてたみたいや」
怖っと、テンは震えた。
「おれたち、困ってる霊の頼み事を叶えてあげただけなのにね」
ユジュンは隣のイリヤを見上げた。
「ああ、そうだな」
「それがすごいんじゃない。なかなか、出来ることじゃないよ。見えない世界の真実なんて、誰も信じていないんだもの」
ナユタはちょっと、ハイになっている。
「おい、ナユタ。呪いをぜんぶ解いたら、どうなるんだ。なにか起きんのか?」
ナユタは忙しく、ヒースの方に首を向けた。
「それはねぇ……終わってみての、お楽しみ」
ぐふふふ、と含み笑いをする。
「ナユタってほんとーに意地悪よねぇ。ぜんぶ、教えてあげればいいのに」
クッキーに飽きて地図の端を踏んで座っていたセラフィータが知ったかぶりをする。
「セラフィータは知ってるの?」
ユジュンが尋ねてみても、
「あたしに言えることは、なんにもないわ。ユーリとナユタの計画なんだもの」
その場の全員の目線が、ナユタに集中したが、当の本人はにこにこしているばかりだった。
「ここに来れば、みんなに会えるの?」
別れ際、ナユタが振り返った。
「あー、だいたいはな」
ヒースが答える。
「じゃあ、またね!」
ナユタは手を振り、振り、逗留している宿に帰っていった。
「変わった感じのヤツだったなぁ。気を抜くと、ユジュンと混同すっし。おんなじカオしてんだもんなぁ」
ヒースはユジュンを見つめたが、ユジュンは居心地が悪くて、視線を外した。
「……言われた通りに、このまま呪いを解くの、続けてええんかなぁ」
テンが戸惑いを見せる。
そして、不安を言い募る。
「なんていうか、あの子ぉ、本性隠してるっていうか、ちょっと怪しいっていうか、どっか禍々しいっていうか……いい『気』がせぇへん」
「そう? けっこう、おもしろくて、いいやつだったと思うけど」
おれは、とユジュンは所感を述べた。
「イリヤはどう思う?」
「俺は…俺と、同じにおいが、した、ような気が、する」
「そうかなぁ」
ユジュンは、遠ざかるナユタの背中を見ながら、なんとなく侘しい思いにかられていたのだった。
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そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
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