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魔法学院〜入学編〜
守護者会談②
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長い一本道の廊下にカツカツと二人分の足音が響く。
高い天井に音が木霊し、それだけで、並び立つ警備兵達は緊張に喉を鳴らした。
足音が近づいてくると、彼らはお手本のような敬礼でもって、二人の行道を飾る。
『なかなか面白い事になっていましたね。あの子らしく過ごしてるようで安心しました』
不意に発せられたフリティラリアの言葉に、カノンはギョッとして目を見開く。
誰に聞かれるとも限らないこの場所で、平静を装い言葉を返す。
「リア様の御心が平穏で何よりでございます」
『ふふっ、思念伝達ですよ、カノン。それに、結界を張ってあるので盗み聞きをされる心配はありません』
「えっ……」
頭の中に直接響く声に気付き、カノンは慌てて自分も思念を繋げた。
『し、失礼しました……申し訳ありませんっ』
フリティラリアに対し、いらん心配をしてしまった無礼をカノンは即座に謝罪する。そして己のミスを心の中で反省した。
思念伝達とは熟練の魔法使いが時と場合により使用する連絡手段の一つである。
原理としては糸電話に近く、互いの思念を魔力に乗せて相手に届けるイメージだ。そのため送られた側は声の出所が一瞬分からなくなる事がある。
気付いてしまえば当たり前の違和感なのだが、平時の思念伝達ではそう言った事がまま起こる。
前を歩くフリティラリアはそんなカノンの様子を感じ取り、振り向く事なく微笑み掛けた。
『私もいきなりでしたね。ただ、話せる時に少し話したかったんです。今日はカノンも現状が把握出来て安心したでしょう? 心なしか緊張しているように見えました』
『はは、リア様にはお見通しでしたか』
『ええ。私も同じでしたから』
二人は朗らかに笑い合い、前を向いたままゆっくりと廊下を進む。
『クロスは上手くやっているみたいでしたね』
『ですが、こんなに早く頭角を現すとは驚きました。ここぞという時まで出し惜しみするのかと思ってましたよ』
『立てた計画が破綻しただけだと思います』
『ふふっ、あの子は頭で考えるより思ったまま行動する方が向いてますからね』
『地頭は良いんですが……如何せん素直過ぎるのが玉に瑕です』
カノンが苦笑い気味にそう言うと、フリティラリアは賛同するように可笑しそうに笑った。
魔法使いの頂点に君臨するフリティラリアも、その従者として名を馳せるカノンも、クロスの話をする時だけはただの弟想いな兄なのだ。
程なくして二人が謁見の間に到着すると、入り口横に立つ警備兵が扉を開いて出迎える。
深々と頭を下げる警備兵に対し、フリティラリアは小さく片手を上げて中へと進み、その後にカノンが続くと、静かに扉が閉められた。
豪奢で広々とした部屋の中には煌びやかで重厚な椅子と机が置かれ、その下にはベルベット生地で作られた極上の絨毯が敷かれている。
それを見て、フリティラリアは小さく溜息を吐いた。二人だけの室内で、独り言のように口で呟く。
「まだ然程時間も経っていませんが、あの家が恋しくなりますね」
「きっと時間が経っていないからこそですよ」
「確かに、そうかもしれません」
椅子に腰を下ろし、フリティラリアが続ける。
「この短期間で星を統べる者達がクロス=リーリウムと言う人間を認知しました。まずは大きな一歩目と言えるでしょう」
「はい。同感です」
「群雄割拠の稀子世代で重鎮達の注目を集めた事は実に重畳。良い滑り出しではないですか?」
「そうですね。クロスの持つ能力は今のところ唯一無二のもの。元老院の皆様が興味を無くす事はまずもって有り得ないでしょう。世に名が知れ渡る日もそう遠くないかもしれません」
「問題はその後、ですかね」
「はい……」
しばしの沈黙が流れ、フリティラリアは椅子の背もたれに深く体を預けた。
浮かべる微笑みに哀愁が漂う。
「……実力と知名度が伴ってもままならないとは、何とも前途多難ですね」
「それが大前提、ですからね……こればっかりは努力だけでどうこうなるものではありません」
「カノンでもお手上げですか?」
「正直、これといった方法が思いつきません。“自分と言う存在を認められたい”のであれば特段難しい事でもないでしょうが、クロスの願いはリア様と共に“セラフィナイトと名乗る事を認められたい”です。今後更なる成長を見せたところで、現状の能力だけではとても……」
「“暗黒物質”があの子にとって最大の武器ならば、妨げとなる最大の足枷でもある――皮肉ですね」
「希望を見出すとすれば“事象改変”でしょうが、これは精霊の力を使えない事の副産物です。扱い熟すにも教授できる者がいないため、生かすも殺すも自分次第……難儀な事です」
「それでもあの子が自分で進むと決めた道、私達は信じて待ち続ける他ありません」
「はい」
「今は順調な様子に一安心としておきましょう。幸い、学院での生活も楽しく過ごせているようですしね」
「他の生徒達とも上手く付き合えているようですし、現状心配するような事は何も無いかと思います。同級生に高能力者が多い事もクロスにとっては励みになるでしょう」
「そうですね。切磋琢磨し合える仲間がいるというのは素晴らしい事です。次も嬉しい報告がなされる事を期待しましょう」
「はい」
フリティラリアの言葉にカノンは笑顔で頷くと、懐から懐中時計を取り出し、時間を確認してから再び胸元へとしまう。
「間も無く個別の謁見が始まります。その前にお茶をお持ちしようと思うのですが、いかがですか?」
「ありがとう。お願いします」
「畏まりました。謁見が始まるまでどうぞ、お寛ぎ下さい」
微笑むフリティラリアに対し、カノンは笑顔で一礼をして部屋の外へと向かった。
・
・
・
・
「――……それでは、急いで行って参りますっ‼」
「ゆ、ゆっくりでいいから、宜しく頼んだよ」
「はいっ!」
カノンにティーセット一式の用意を頼まれ、警備兵は興奮気味に全速力で駆けて行く。最初は持ち場を離れる事に躊躇していた警備兵も、美貌の持ち主であるカノンに微笑まれてはいちころだった。
ダメ押しで「君の留守は僕が預かるよ」と言われれば、歴然とした力量差のある相手に対して口答えなど出来るはずもなく、この瞬間、彼の任務は警備ではなく与えられた命を如何に早く遂行出来るかに代わった。
「大丈夫かな……」
一抹の不安を抱えつつ、カノンは誰もいない静かな廊下でフリティラリアのいる部屋の警備につく。
しばらく直立不動で立っていたカノンだが、痺れを切らしたように溜息をつき、視線を何も無い廊下の端へと向けた。
「……いつまでそうしてらっしゃるつもりですか?」
「おや、気付いておったか。なら早う声を掛けよ」
「ここでの戯れはあまり許されるものじゃありませんよ、エメラルダ様」
「堅いのぉ。お主と朕の仲じゃろ」
空間が歪み、そこから一人の美少女が姿を現す。
長い銀糸をなびかせ、エメラルドグリーンの瞳でカノンを見上げて笑う。
「相変わらず男女関係なく色仕掛けしておるのか? 魔性よなぁ」
「変な誤解を生むような事は仰らないで下さい」
「朕の国で何人も虜にしておいてからに、何が誤解じゃ」
「それは僕の顔がエルフに受けがいいからです。貴方様もお好きでしょう?」
「ふん。可愛気が無い所も相変わらずじゃな」
「冗談はさて置き、何か急ぎの用でしょうか? フリティラリア様への謁見にはまだ少し時間があります」
「惚けるでないわ」
少女の見た目とは全くそぐわない威圧感がエメラルダの全身から放たれる。可愛らしい声とは裏腹に、その声音は威厳に満ちていた。
「本来はお主から朕へ説明があって然るべき事であろう。その態度、朕の怒りを買う気か」
「滅相もございません」
「誠意が見えんな」
「無礼が過ぎました事、心よりお詫び申し上げます」
カノンが動じる事無く言葉と動作で謝意を伝えると、エメラルダの口元が意地悪く上がった。
それを見て、カノンは心の中で悪態をつく。
(しまった……)
「ならばまずその他人行儀を改めよ」
「…………」
「改めよ」
(またこの人のペースに嵌ったな……)
「聞こえぬのか? ならば――……」
「ちゃんと聞こえてますから……フィンさん」
「うむ、それで良きじゃ!」
眩しい程の愛らしい笑顔でエメラルダがにっこりと笑う。
カノンは苦笑いで微笑むと、仕方なく本題に入る事にした。
「フィンさんが聞きたいのは例の子供について、ですよね?」
「当然じゃ。ようあんな特異な者を押し付けてくれたわ。話が違うではないか」
「僕も知らなかったんですよ。あんな魔法が使えるだなんて」
実際、直前まで知らなかったし……とカノンは心の中で付け加える。
「お主が朕の国でたまたま見つけたと言うあの子供――“事象改変”だけでも耳を疑ったというのに、今日は呆れて笑いが出たわ」
「ほんと、驚きましたよね」
「他人事のように申すでない! あれがたまたま見つけた孤児などと、本当の事を話しても誰も信じる者はおらんぞ」
「リア様に拾われた僕の例があるじゃないですか」
「それはそうじゃが……」
エメラルダは溜め息交じりで眉を顰め、その様子にカノンは眉を下げて微笑を浮かべる。
「僕は孤児で、親無しの肩書で苦労しました。ですからあの子をフィンさんに託したのです」
「それは……分かっておる。どんな経緯であれ、朕の守護領域で見つかった子じゃ」
「埋もれた才能を開花させるには誰かの助けが必要でした。国民としての権利を与え、才を伸ばす機会を作り、帰る場所を用意出来る……そんな事が可能なのは大元帥であられる貴方様しかいない」
「そうは言うがな……稀有な能力が二つ、それでいてオブシディアンの娘を力で負かした子ともなれば、朕も知らぬ存ぜぬとは如何くなる」
「…………」
「学院への虚偽もいつバレるやもしれんぞ?」
「彼を見つけた場所を故郷とするのは虚偽になりませんよ。家族構成は……僕がお願いした我が儘なので申し訳ありませんが……」
「それはよい。肩書きだけでも家族を作ってやりたいと言うお主の気持ちは分かっておる」
「ありがとうございます」
「朕はあの子供を徹底的に調べるぞ。お主の事は出来得る限り隠し通すつもりじゃが、覚悟はしておれ」
「畏まりました」
「うむ。では、そろそろ通してもらおうかの」
「――……え?」
カノンは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認すると、正に今、謁見が始まる時刻となっていた。
目の前にはニコニコと笑う少女が一人。
「セラフィナイトの従者たる者、常に一分一秒気にしておかねばな」
「ですね。失礼致しました」
「次はカノン、お主が朕の下へ参れ。皆も待っておるぞ」
「はい、お約束します。フィンさん」
そしてカノンは扉を開け、フリティラリアへ許可を取ると、許しを得てからエメラルダを中へと通し入れた。
エメラルダが深々と頭を下げて中へ進むと、そのタイミングでティーセットを載せた台を大慌てで押しながら、警備兵が戻ってくる。
カノンは労いの言葉と共に一式を受け取り、見張りを交代して自分も部屋の中へと戻るのだった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
あとがき
クロスが入学後に使用した元素魔法は三回(ダスカーベア戦で初級の地魔法を使ってる)ですが、使用する場面は二度なのでシャルルは作中「クロス=リーリウムは入学してから二度、元素魔法を使用しております。」と発言してます。一応、補足(;'∀')
黒の王は名前を出すか迷いましたがまだお預けにしました~
高い天井に音が木霊し、それだけで、並び立つ警備兵達は緊張に喉を鳴らした。
足音が近づいてくると、彼らはお手本のような敬礼でもって、二人の行道を飾る。
『なかなか面白い事になっていましたね。あの子らしく過ごしてるようで安心しました』
不意に発せられたフリティラリアの言葉に、カノンはギョッとして目を見開く。
誰に聞かれるとも限らないこの場所で、平静を装い言葉を返す。
「リア様の御心が平穏で何よりでございます」
『ふふっ、思念伝達ですよ、カノン。それに、結界を張ってあるので盗み聞きをされる心配はありません』
「えっ……」
頭の中に直接響く声に気付き、カノンは慌てて自分も思念を繋げた。
『し、失礼しました……申し訳ありませんっ』
フリティラリアに対し、いらん心配をしてしまった無礼をカノンは即座に謝罪する。そして己のミスを心の中で反省した。
思念伝達とは熟練の魔法使いが時と場合により使用する連絡手段の一つである。
原理としては糸電話に近く、互いの思念を魔力に乗せて相手に届けるイメージだ。そのため送られた側は声の出所が一瞬分からなくなる事がある。
気付いてしまえば当たり前の違和感なのだが、平時の思念伝達ではそう言った事がまま起こる。
前を歩くフリティラリアはそんなカノンの様子を感じ取り、振り向く事なく微笑み掛けた。
『私もいきなりでしたね。ただ、話せる時に少し話したかったんです。今日はカノンも現状が把握出来て安心したでしょう? 心なしか緊張しているように見えました』
『はは、リア様にはお見通しでしたか』
『ええ。私も同じでしたから』
二人は朗らかに笑い合い、前を向いたままゆっくりと廊下を進む。
『クロスは上手くやっているみたいでしたね』
『ですが、こんなに早く頭角を現すとは驚きました。ここぞという時まで出し惜しみするのかと思ってましたよ』
『立てた計画が破綻しただけだと思います』
『ふふっ、あの子は頭で考えるより思ったまま行動する方が向いてますからね』
『地頭は良いんですが……如何せん素直過ぎるのが玉に瑕です』
カノンが苦笑い気味にそう言うと、フリティラリアは賛同するように可笑しそうに笑った。
魔法使いの頂点に君臨するフリティラリアも、その従者として名を馳せるカノンも、クロスの話をする時だけはただの弟想いな兄なのだ。
程なくして二人が謁見の間に到着すると、入り口横に立つ警備兵が扉を開いて出迎える。
深々と頭を下げる警備兵に対し、フリティラリアは小さく片手を上げて中へと進み、その後にカノンが続くと、静かに扉が閉められた。
豪奢で広々とした部屋の中には煌びやかで重厚な椅子と机が置かれ、その下にはベルベット生地で作られた極上の絨毯が敷かれている。
それを見て、フリティラリアは小さく溜息を吐いた。二人だけの室内で、独り言のように口で呟く。
「まだ然程時間も経っていませんが、あの家が恋しくなりますね」
「きっと時間が経っていないからこそですよ」
「確かに、そうかもしれません」
椅子に腰を下ろし、フリティラリアが続ける。
「この短期間で星を統べる者達がクロス=リーリウムと言う人間を認知しました。まずは大きな一歩目と言えるでしょう」
「はい。同感です」
「群雄割拠の稀子世代で重鎮達の注目を集めた事は実に重畳。良い滑り出しではないですか?」
「そうですね。クロスの持つ能力は今のところ唯一無二のもの。元老院の皆様が興味を無くす事はまずもって有り得ないでしょう。世に名が知れ渡る日もそう遠くないかもしれません」
「問題はその後、ですかね」
「はい……」
しばしの沈黙が流れ、フリティラリアは椅子の背もたれに深く体を預けた。
浮かべる微笑みに哀愁が漂う。
「……実力と知名度が伴ってもままならないとは、何とも前途多難ですね」
「それが大前提、ですからね……こればっかりは努力だけでどうこうなるものではありません」
「カノンでもお手上げですか?」
「正直、これといった方法が思いつきません。“自分と言う存在を認められたい”のであれば特段難しい事でもないでしょうが、クロスの願いはリア様と共に“セラフィナイトと名乗る事を認められたい”です。今後更なる成長を見せたところで、現状の能力だけではとても……」
「“暗黒物質”があの子にとって最大の武器ならば、妨げとなる最大の足枷でもある――皮肉ですね」
「希望を見出すとすれば“事象改変”でしょうが、これは精霊の力を使えない事の副産物です。扱い熟すにも教授できる者がいないため、生かすも殺すも自分次第……難儀な事です」
「それでもあの子が自分で進むと決めた道、私達は信じて待ち続ける他ありません」
「はい」
「今は順調な様子に一安心としておきましょう。幸い、学院での生活も楽しく過ごせているようですしね」
「他の生徒達とも上手く付き合えているようですし、現状心配するような事は何も無いかと思います。同級生に高能力者が多い事もクロスにとっては励みになるでしょう」
「そうですね。切磋琢磨し合える仲間がいるというのは素晴らしい事です。次も嬉しい報告がなされる事を期待しましょう」
「はい」
フリティラリアの言葉にカノンは笑顔で頷くと、懐から懐中時計を取り出し、時間を確認してから再び胸元へとしまう。
「間も無く個別の謁見が始まります。その前にお茶をお持ちしようと思うのですが、いかがですか?」
「ありがとう。お願いします」
「畏まりました。謁見が始まるまでどうぞ、お寛ぎ下さい」
微笑むフリティラリアに対し、カノンは笑顔で一礼をして部屋の外へと向かった。
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「――……それでは、急いで行って参りますっ‼」
「ゆ、ゆっくりでいいから、宜しく頼んだよ」
「はいっ!」
カノンにティーセット一式の用意を頼まれ、警備兵は興奮気味に全速力で駆けて行く。最初は持ち場を離れる事に躊躇していた警備兵も、美貌の持ち主であるカノンに微笑まれてはいちころだった。
ダメ押しで「君の留守は僕が預かるよ」と言われれば、歴然とした力量差のある相手に対して口答えなど出来るはずもなく、この瞬間、彼の任務は警備ではなく与えられた命を如何に早く遂行出来るかに代わった。
「大丈夫かな……」
一抹の不安を抱えつつ、カノンは誰もいない静かな廊下でフリティラリアのいる部屋の警備につく。
しばらく直立不動で立っていたカノンだが、痺れを切らしたように溜息をつき、視線を何も無い廊下の端へと向けた。
「……いつまでそうしてらっしゃるつもりですか?」
「おや、気付いておったか。なら早う声を掛けよ」
「ここでの戯れはあまり許されるものじゃありませんよ、エメラルダ様」
「堅いのぉ。お主と朕の仲じゃろ」
空間が歪み、そこから一人の美少女が姿を現す。
長い銀糸をなびかせ、エメラルドグリーンの瞳でカノンを見上げて笑う。
「相変わらず男女関係なく色仕掛けしておるのか? 魔性よなぁ」
「変な誤解を生むような事は仰らないで下さい」
「朕の国で何人も虜にしておいてからに、何が誤解じゃ」
「それは僕の顔がエルフに受けがいいからです。貴方様もお好きでしょう?」
「ふん。可愛気が無い所も相変わらずじゃな」
「冗談はさて置き、何か急ぎの用でしょうか? フリティラリア様への謁見にはまだ少し時間があります」
「惚けるでないわ」
少女の見た目とは全くそぐわない威圧感がエメラルダの全身から放たれる。可愛らしい声とは裏腹に、その声音は威厳に満ちていた。
「本来はお主から朕へ説明があって然るべき事であろう。その態度、朕の怒りを買う気か」
「滅相もございません」
「誠意が見えんな」
「無礼が過ぎました事、心よりお詫び申し上げます」
カノンが動じる事無く言葉と動作で謝意を伝えると、エメラルダの口元が意地悪く上がった。
それを見て、カノンは心の中で悪態をつく。
(しまった……)
「ならばまずその他人行儀を改めよ」
「…………」
「改めよ」
(またこの人のペースに嵌ったな……)
「聞こえぬのか? ならば――……」
「ちゃんと聞こえてますから……フィンさん」
「うむ、それで良きじゃ!」
眩しい程の愛らしい笑顔でエメラルダがにっこりと笑う。
カノンは苦笑いで微笑むと、仕方なく本題に入る事にした。
「フィンさんが聞きたいのは例の子供について、ですよね?」
「当然じゃ。ようあんな特異な者を押し付けてくれたわ。話が違うではないか」
「僕も知らなかったんですよ。あんな魔法が使えるだなんて」
実際、直前まで知らなかったし……とカノンは心の中で付け加える。
「お主が朕の国でたまたま見つけたと言うあの子供――“事象改変”だけでも耳を疑ったというのに、今日は呆れて笑いが出たわ」
「ほんと、驚きましたよね」
「他人事のように申すでない! あれがたまたま見つけた孤児などと、本当の事を話しても誰も信じる者はおらんぞ」
「リア様に拾われた僕の例があるじゃないですか」
「それはそうじゃが……」
エメラルダは溜め息交じりで眉を顰め、その様子にカノンは眉を下げて微笑を浮かべる。
「僕は孤児で、親無しの肩書で苦労しました。ですからあの子をフィンさんに託したのです」
「それは……分かっておる。どんな経緯であれ、朕の守護領域で見つかった子じゃ」
「埋もれた才能を開花させるには誰かの助けが必要でした。国民としての権利を与え、才を伸ばす機会を作り、帰る場所を用意出来る……そんな事が可能なのは大元帥であられる貴方様しかいない」
「そうは言うがな……稀有な能力が二つ、それでいてオブシディアンの娘を力で負かした子ともなれば、朕も知らぬ存ぜぬとは如何くなる」
「…………」
「学院への虚偽もいつバレるやもしれんぞ?」
「彼を見つけた場所を故郷とするのは虚偽になりませんよ。家族構成は……僕がお願いした我が儘なので申し訳ありませんが……」
「それはよい。肩書きだけでも家族を作ってやりたいと言うお主の気持ちは分かっておる」
「ありがとうございます」
「朕はあの子供を徹底的に調べるぞ。お主の事は出来得る限り隠し通すつもりじゃが、覚悟はしておれ」
「畏まりました」
「うむ。では、そろそろ通してもらおうかの」
「――……え?」
カノンは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認すると、正に今、謁見が始まる時刻となっていた。
目の前にはニコニコと笑う少女が一人。
「セラフィナイトの従者たる者、常に一分一秒気にしておかねばな」
「ですね。失礼致しました」
「次はカノン、お主が朕の下へ参れ。皆も待っておるぞ」
「はい、お約束します。フィンさん」
そしてカノンは扉を開け、フリティラリアへ許可を取ると、許しを得てからエメラルダを中へと通し入れた。
エメラルダが深々と頭を下げて中へ進むと、そのタイミングでティーセットを載せた台を大慌てで押しながら、警備兵が戻ってくる。
カノンは労いの言葉と共に一式を受け取り、見張りを交代して自分も部屋の中へと戻るのだった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
あとがき
クロスが入学後に使用した元素魔法は三回(ダスカーベア戦で初級の地魔法を使ってる)ですが、使用する場面は二度なのでシャルルは作中「クロス=リーリウムは入学してから二度、元素魔法を使用しております。」と発言してます。一応、補足(;'∀')
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