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魔法学院~稀年編~
第45話 絶望と光明
しおりを挟む――これはちょっと……想定外だろ……
いや、ちょっとではない。全くもって想定外だ。
ミオトは腰が抜けたのかその場で膝から崩れ落ち、魔法兵達も腕を垂らして呆然自失で佇んでいる。
それも仕方がない。本来であればここにいるはずのない魔物がいきなり群れを成して現れたのだ。しかも戦況に光明が見えた瞬間に。
――たまたま……なのか?
だとすればタイミングが悪いにも程がある。心を折るには完璧すぎだ。
「最悪、だな」
ギリギリの戦闘力でなんとか踏ん張り続けてきた兵士達に絶望が広がるのが分かった。
俺の戦闘を目にしていた者は特にだろう。『次は自分が……』と考えれば、恐怖に足が竦むのも理解できる。
だが……
「ここで諦めてどうするんですか! 貴方達には街に守るべき人がいるはずだ!」
出せる最大限で叱咤するように声を張り上げる。
「ク、クロス君……?」と、か細い声で言いながら、ミオトが目を丸くして見上げてきた。
それを無視して言葉を続ける。
「フルールの魔法兵は守備に長けているんでしょう? ならば魔力が尽きるまで死に物狂いで守って見せろ! “守人”が簡単に命を諦めるなっ‼」
その言葉が刺さったのか、戦場に立つ者の何人かが拳を握り締めて一歩前へと歩み出る。
俺は続けて畳み掛けた。
「己を奮い立たせて立ち向かえ! 諦めなければ必ずまた光明が差す! それまで貴方達が要塞となってくれるなら――」
そこで一度言葉を切り、一つ大きく息を吐き出してから……
「アイツを倒した俺が、奴らと戦います」
断固たる決意で、そう宣言した。
張り詰めるような静寂が辺りに流れ、そんな中ミオトが悲鳴に近い声を上げる。
「ひ、一人であの量を⁉ そんな無茶な!」
「諦めるなと言ったばかりです」
「で、でも……」
「無理と思うなら全力で逃げて下さい。命を守る選択の一つです。咎めません」
「…………」
「貴方達も、戦えないならせめて諦めない選択をして下さい」
強い言葉である事は自覚していた。しかし、戦場で無駄な討論をしている暇など有りはしない。諦めるなど論外、それは=死に直結する行為だ。
返答を待たず、魔物の軍勢に向けて歩き出そうとした時だった。
「侮るなよ、小僧」と一人の壮年な魔法兵が低い声で言い放ち、立ち塞がるように俺の前へと進み出る。
強面の顔に不敵な笑みを浮かべ、男はぶっきらぼうに言う。
「戦わずして諦めない選択肢があるものか。有志を募るなら具体的な策を出していけ」
その言葉に、ぞろぞろと何人もが続く。
「同感。頼むぜ」
「若者一人に任せておけないからね」
「俺は新婚だからな、街にいる嫁さんを危険な目に遭わせる訳にはいかねぇ。もちろん、俺も死ぬのはごめんだ」
「俺だって子供が生まれたばかりで格好悪い姿は見せられないよ」
力強い意志を瞳に宿し、その視線は全て俺へと注がれた。
「ぼ、僕だって逃げるつもりは更々ないよ!」
ミオトはよろよろとしながらも何とか踏ん張るようにして立ち上がると、他の兵士達と同様に力強い目を向けてきた。
「魔法は使えないけどやれる事は何でもする。今は君がリーダーだ、指示をくれ」
俺は見渡すように皆の顔を一巡し、ニッと口角を上げて大きく頷いた。そして簡潔に指示を飛ばす。
「水辺に沿って出来るだけ広範囲を守って下さい。自分達の後ろには絶対に通さないというつもりで。やり方は皆さんに任せます」
「了解だ。小僧の背後は俺達が必ず守りきろう」
「ミオトさん達はとにかく怪我人を守って下さい。流れ弾に気を付けて」
「う、うん。分かった!」
「それと……」
俺は地面に視線を落とし、放り投げたままにしていた物を拾い上げる。
「レーガさんに伝えて下さい。これも壊れたらすみませんって」
ミオトは一瞬キョトンとした後、可笑しそうに笑いながら「了解」と口にした。
「それじゃあ、行きましょう」
盾を構え、魔物に向けて歩みを進める。
「お前ら、聞いていたな! 二重結界を張るぞ!」
「「「おうっ!」」」
壮年の魔法兵が号令をかけ、それに呼応するように威勢のいい声が上がった。
後ろから「君に女神様のご加護がありますように!」と言うミオトの声が耳に届く。
振り向く事なく片手を上げて礼を伝えると、足早に駆けて行く足音が遠ざかっていった。
――さて……
「もう一仕事といきますか」
俺は不敵に笑い、指先までピンと伸ばした片腕を闇の剣に変えて魔物の群れへと地を蹴った。
******
「前衛は物理防御結界、後衛は魔法反射結界だ! 後先を考えて魔力を惜しむなよ!」
「「「了解っ!」」」
ジグザグに列を組んだ魔法兵達が湖の方角へ向けて手を伸ばす。
手の平に魔法陣が浮かび上がり、水辺に沿うように強固な結界が作り出された。
「小僧っ、こっちは臨戦態勢に入ったぞ! 一匹たりとも後ろには通さん! だが、それは貴様にも当て嵌まる! 結界を解かない限り後退は出来ないからな!」
その忠告に頷きを返し、地を駆けながら自身に強化魔法を掛けていく。
短い時間で三度目ともなると筋肉の至る所が悲鳴を上げた。
――これで限界かもな……たく、いつまでも手こずってないで早く来て下さいよ、イグナス委員長!
今だ立ち上り続ける竜巻を目の端に捉えながら、そんな悪態を心の中で呟く。
「ギギッ!」
前方から兎のような姿をした魔物が数匹、こちらに向かって駆けてきた。見た目は兎、だが、その大きさは猪ほどに巨大だ。体を覆う体毛はハリネズミのようにトゲトゲと鋭く尖っている。
――サイクロプス以外にもまだ残ってたんだったな。チッ、面倒だ
その魔物は四足で地を蹴り跳び上がると、俺の頭上よりさらに高い所で体を丸めて高速回転し始める。
幾本もの尖った体毛が針のように降り注ぎ、咄嗟に盾を掲げて持ち手を強く握り締めた。
ドスドスッと重い音を立てながら、針の雨が次々と地面に突き刺さる。
身を隠すように盾を構えたまま思い切り地を蹴り跳び上がると、勢いそのままに剣化させた腕を魔物目掛けて突き出した。
「ギギャァッ‼」
「――まずは一匹」
貫いた腕を引き抜き、魔物の体を足場にしてさらに高く空へ跳ぶ。
一回転しながら垂直に腕を振り下ろし、上空から突き刺すように刺突を放つ。
「ギィィッ‼」
「――二匹目」
再び魔物を足場にし、次の獲物に跳び掛かる。
「――三匹目」
それを繰り返す事わずか数秒――
「……これで終わりだ」
最後の魔物を斬り落とし、事切れた死骸が転がる地上へと舞い戻った。
「観察してないでお前らも来いよ。ただの魔物じゃ、俺の相手にはならないぞ」
腕を一振るいして血を払い、嘲笑うように挑発すると、サイクロプスは大きな一つ目を剣呑に細め、野太い雄叫びを上げながら、群れでこちらに突っ込んできた。
「それでいい。時間の許す限り、倒しまくってやるよ」
“狂戦士化”と“跳躍の翼”に加え、“身体強化”と“探究の眼”のバフも追加で施す。
これが今出来る俺の最良だ。願わくばこの腕が折れずに済む事を祈る。
――あの強固な外皮に手を突き刺すのはなかなか勇気がいるからな
「手ぬるい攻撃は出来ないぞ。一撃必殺……それを肝に銘じろよ、俺」
自分に言い聞かせるようにそう小声で呟いてから、先陣をきる一匹のサイクロプスへ全神経を集中させた。
ごつごつとしたこん棒を振りかざし、こちらに向かってくる魔物の懐目掛けて地を踏み抜く。
一気に迫り来た俺に向かって、勢いよくこん棒が振り下ろされた。
しかし、洞察力を上げた俺の目には回避する道筋がはっきりと見えている。
頭上に落ちてくる岩の塊を体を捩ってひらりと躱わし、十分な距離を近付くと、腕を引き絞って狙いを定めた。
息を止め、渾身の牙突を撃ち放つ。
グシュッと肉が裂ける音と共に、確かな手応えが指先に伝わった。
「グァァァッ!」と叫び声を上げるサイクロプスの腹へ両足をあてがい、曲げた膝を伸ばすと同時に肩まで埋まった腕を一気に引き抜く。
胸元に空いた穴から大量の血が吹き出し、後方へ飛び退く俺の頬に青い飛沫が叩き付いた。
――さっきと同じ、だよな……でも何か……
肩口でそれを拭いながら感じた違和感に眉を顰め、巨体に広がる亀裂を注視する。
程なくして、サイクロプスの体はボロボロと地面に崩れ落ち、亡骸の中心で砕けた魔晶石がサラサラと風に運ばれていった。
魔物達は同胞の命を見送ると、怒りを露わに、血走った一つ目を俺へと向ける。
「…………確かめてみるか」
再びサイクロプスの群れ目掛けて地を蹴ると、魔物達も一斉に動き出す。
こん棒を頭上に振り上げながら数体がこちらに向かって飛び上がり、その後ろで残った数体が手に持つ武器を違う形へと魔法で変えた。
振りかぶった剛腕から、槍のように尖った岩が投擲される。
何本もの鋭い岩が一直線に俺へと迫り、頭上では飛び掛かってきた魔物達のこん棒がすぐ目の前へと迫っていた。
咄嗟に限界まで身を屈め、しゃがんだ体勢から一気に真上へと飛び上がる。
つま先に鋭利な暴風を感じた直後、派手な轟音が鳴り響いた。構えを解いて真下を見れば、サイクロプス達の振り下ろしたこん棒が地面を盛大に割っている。
――いい連携をとるじゃないか。バフを掛けてなかったらヤバかったかもしれないな
チラッと後方を見やると、壮年の魔法兵と目が合った。口元にニヤリと笑みを浮かべ、魔障壁を維持するために伸ばした腕先で親指を力強く立てている。
障壁の付近に投擲された岩が砕け落ちているのを確認し、俺も小さく笑みを返してすぐさま標的へと視線を戻した。
こん棒を地に突き刺したままこちらを見上げる大きな一つ目に狙いを定め、重力と共に全体重を腕へと乗せる。
サイクロプスは反射的に腕を翳して防御するが、鋭い切っ先はいとも簡単に強靭な肉を突き破り、下に隠された大きな的へと黒い刃を貫通させた。
その勢いは巨体を思い切り地面に叩き付ける。
「ガゥァッ‼」
「お前はしばらく倒れてろ!」
吐き捨てるようにそう言い放ち、即座に腕を抜き取ると、仰向けで悶える巨体を蹴って次の魔物へ刃を振る。
スパッと切れ味のいい音が耳を打ち、一拍遅れてサイクロプスの腹部に線が浮かぶ。それが一本の青色に染まると、堰を切ったように大量の血が噴き出した。ぱっくりと口を開けた傷口からは止め処なく血が流れ出し、道筋を青く塗り潰しながら巨体の足元に大きな血溜まりを作っていく。
「ぐァッ、ア……」
ガクンと片膝を折り、サイクロプスは裂かれた腹を押さえて苦悶に満ちた呻き声を上げた。
それに気を取られた別の魔物を目の端に捉え、次の獲物に見据えて動く。
一瞬、俺の姿を見失ったサイクロプスが慌ててこん棒を振り下ろし、それを躱して一閃を振るう。
再びスパッと耳心地の良い音を鳴らして、重い岩の塊を持った手が腕ごと弧を描いて飛んでいった。
野太い叫びが響き渡り、瞠目して怯んだ隙きに胸の中心を穿ち抜く。
「がァッ⁉ グァァ……ッ」
弱々しい呻き声を聞きながら、今度は腕を引き抜く事なく横撫に刃を振り下ろす。
胸の中心から小脇を抜けて、自由になった腕を振って血を払うと、巨体はゆっくり傾きながら地面に倒れて動きを止めた。
ピシッ、ピシッと音を立てて広がっていく亀裂を見ながら、俺は一人、確信する。
「……お前ら、さっきの個体とは別物だな?」
人外達への質問に、当たり前だが返答はない。しかし、明らかに違ったその感触は感じた違和感を明確にした。
「硬い事には変わりないが、さっきの奴とはまるで違う。斬る事が出来るからな」
最初に対峙したサイクロプスが岩盤ならば、今対峙しているこいつらはまるで粘土だ。と言っても、ガチガチに固めてしっかり乾燥させた硬い粘土。岩には及ばず、石にも満たない……例えるならば、そんな感じだ。
「斬れると分かれば刃を振るう事に躊躇は無い。容赦なくいくからな、覚悟しろよ」
挑発的な笑みを浮かべ、一撃重視から手数重視に構えを変えて、その場で軽くステップを踏む。
ラフな感じで力の抜けた体に一気に力を込めて地を蹴り抜くと、次の瞬間にはサイクロプスのみぞおちに俺の片足がめり込んだ。
「ぐゥッ⁉」
巨体をくの字に曲げて、他のサイクロプスも巻き込みながら後方に勢いよく吹っ飛んでいく。
着地と同時にすぐさま方向転換をし、一番近くの個体へ視線を定める。両手に一本ずつこん棒を持つそのサイクロプスは俺と目が合うやいなや、こちらに向かって飛び掛かってきた。
両腕を振り上げる相手に対し、大きく足を広げて頭と体の側面を覆い被すように盾を構える。
そこに強烈な衝撃がぶつかる瞬間、腕と肩でしっかりと固定した盾に全体重を掛け、広げた足に渾身の力を込める。直後、ミシッと軋むような音が盾から聞こえ、両足は地中にめり込み地面を割った。
力と力が拮抗し、僅かばかりの時間、互いの動きが完全に止まる。
自分より矮小な相手が張り合った事に、サイクロプスの顔に明らかな動揺が走った。その一瞬の隙に盾を傾け、同じ方向に体を半回転させる。すると、こん棒は滑り落ちるように地面に向かい、それに釣られて巨体は前のめり倒れ込んだ。
回転の勢いそのままに、剣化した腕を一閃する。
「最後に言っておく。人間はな、そんな簡単に潰れないぞ。驕ったのがお前の敗因だ」
サイクロプスの踏み出した大きな一歩が傾きかけた巨体を支え、一つ目が睨みつけるように俺へと向く。その瞳に映るのは抜刀体勢で身を屈める俺の姿。しかし、それはすぐに端へと消える。
代わって俺の瞳に映るのは、驚愕に見開らかれた一つ目が地面に落ちていく光景だった。
指令機関である頭部を失った巨体は再びゆっくりと傾き出す。
「一の戟――“雷光一閃”」
抜刀からの横一閃――ブォンと空気の震える音と共に巨体が細切れに裂かれ飛ぶ。剥き出しになった魔晶石にトドメとばかりに刃を突き立て、再生不可能となった事を確信してから、次の標的に視線を向けた。
「……次はお前だ」
少し離れた先で、裂けた腹を押さえながら苦々し気に顔を顰めるサイクロプスへ一直線に駆け向かう。
途中、二体のサイクロプスがこん棒を振り上げ、俺の前に立ちはだかった。
振り下ろされるそれをスライディングで躱し、二体の間を抜けて無視して走る。さらにもう一体が両腕を広げて待ち構え、その後ろでは別の一体が上空に向けて手を伸ばす。
チラッと頭上に目をやると、そこにはすでに完成された魔法陣があった。
――あの紋様は……“岩石落とし”か⁉
腕を伸ばしたサイクロプスが一つ大きく咆哮すると、上空に無数の岩が出現した。大小様々な塊が行く手を阻もうと俺の頭上に降り注ぐ。
――劣化版のサイクロプスだと思ったんだけどな。やるじゃないか
中級の地魔法を扱える事に驚きつつ、それでも速度を落とす事なく突き進む。
「でもな、これじゃあ俺は止めれない」
足元に出来る影で落下位置を先読みし、危なげなく避けて躱す。洞察力が上がった目と強化された肉体の前では造作もない事だ。
あっと言う間に両腕を広げたサイクロプスの下まで辿り着き、伸ばされた腕を斬り落として先へと進む。すぐ後ろに立つもう一体の足の間を滑り抜け、ついでとばかりに片足を斬り飛ばして先を急ぐ。
巨体が盛大に倒れる音を聞き流し、止まる事なく標的へ向かうと、目的の魔物は悪足掻きに槍状の岩を構えていた。
投擲される岩をひらりと躱し、流れるように腕を突き出す。
「痛――ッ!」
グシュッと胸を穿ち抜く音と共に鋭い痛みが腕に走り、嫌な予感に思わず眉を顰める。
野太い叫びが一声上がり、同時にもう一声、叫びが上がった。腕を払って後方を見れば、投擲された岩がサイクロプスの胸を貫いている。
――さっき腕を切り落とした奴だな。注意が散漫になってたからだろうが、数が減らせたのはラッキーだ
すぐさま駆け出し、近くで倒れたままもがいているサイクロプスにもトドメを刺す。これで一気に三体が片付いた。
「一匹でも多く倒して可能性を広げる。ここに居る人達の運命を握ってるんだ。体にガタがきても弱音なんて吐けないぞ」
そう小声で自分を鼓舞し、今だ目玉の傷が癒えないサイクロプスを次の標的へ据える。
「弱気になるな。命さえあればどうとでもなる」
そして俺は再び地を蹴った。
対象の近くにいる別の一体が魔法を放つ構えをとり、バラバラに散らばる他のサイクロプス達は槍状の岩を俺へと向ける。先程までと違い全ての攻撃動作が遠距離である事から、俺に対する警戒度の高さが伺えた。
振り被った剛腕から鋭い岩が次々と放たれ、四方八方、時間差で、当たり前だが全て俺に向かって飛んでくる。そこに追い打ちをかけるように地面から鋭い岩が突き出し、動く先々で俺を狙った。
己の肉体に迫る限界、集中放火される攻撃、他人の命運を背負うプレッシャー、その全てが全神経を研ぎ澄ませていく。
迫る危機に鋭敏になった感覚が投擲される岩の軌道を浮かび上がらせ、冴えわたる直感が突き出てくる岩の位置を予測し、体は本能で攻撃を避ける。
ふと、強烈な魔力を水辺の方に感じた。
瞬間的によぎった嫌な予感に、頬に一筋、冷や汗が流れる。
顔を向けてそこを見れば、魔力を極限まで練り上げた四体のサイクロプスが今まさに魔法を放とうとしている所だった。
察した危機に警鐘が鳴り響き、体が無意識に盾を構える。
次の瞬間、四体の魔物から黄色い閃光が放たれた。
四本の光線が絡み合うように一つに纏まり、砂塵を撒き散らしながら一直線に迫ってくる。
咄嗟に“暗黒物質”を発動させ、盾に闇の力を流し込む。そうでなければ防げないと、本能が告げた。
もの凄い熱量を帯びた破壊光線はブレる事なく盾にぶつかり、抵抗のすべなく、俺の体ごと後方へと吹き飛ばす。
「物理防御結界解除っ! 受け止めろっ!」
魔法兵の張る結界にぶち当たる寸前、切羽詰まった声で指示が飛んだ。壮年の魔法兵が体を張って俺を受け止め、それをさらに数人が受け止める。
結界から数メートル離れたところで、やっとその勢いが止まった。全員が地面に転がり、荒く息をつく。
「くっ……小僧、大丈夫か⁉」
「す、すいません……」
「はは、君が無事で良かったよ……」
「――ッ皆さんは! 無事ですか⁉」
慌てて上体を起こし前方を見れば、必死に魔法防御結界を維持する魔法兵達の姿があった。サイクロプスの放つ破壊光線をその結界が何とか受け止め、拮抗状態を保っている。
「くそっ、もう一度行きますっ!」
「馬鹿言うな! その腕でどう戦うって言うんだ⁉」
言われて自分の腕を確認すると、いつの間に剣化が解けたのか、力なくダラリと垂れ下がり、鮮血が指先まで滴っていた。
「もはや感覚もないんだろう? これ以上の無茶はさせられん。貴様はよくやってくれた」
「まだ片腕が残ってます」
「盾も壊れた! 丸腰で行く気か⁉」
「今攻め込まれたらそれこそどうにもならなくなる! なりふり構ってなんていられませんっ!」
サイクロプスの攻撃はどんどん威力を増し続け、一体、また一体と放たれる閃光が増えるごとに光線は太く強力なものへと増強している。
じりじりと結界が押され始め、拮抗状態は確実に崩れつつあった。
「お前ら! 寝転んでないでさっさと結界を張り直せっ!この攻撃を通されたが最後、一気に攻めてくるぞっ!」
「だから俺が行くと――ッ」
「却下だ! 俺達の守りはまだ破られていない! 貴様がだいぶ数を減らしてくれたからな、あとは時間をどれだけ稼げるか――」
その時だった。
「う、うわぁぁぁっ!?」
後方から悲鳴が上がった。
森に近いその場所は負傷兵達の退避場所であり、ミオトに守りをお願いした所だ。
ただならぬ叫びに恐る恐る顔を向ける。
そこで目にしたのは――
「…………蝙蝠猿……」
彼らの頭上を徘徊するように飛ぶ黒い影は紛う事なき奴らだった。
「は、はは……これは流石に、参ったね……」
「地上にはサイクロプス、上空にはバットモンキー……終わりだ……勝てっこないよ……」
「……もはや時間すら稼がせてはくれないのか……」
「…………」
周りから呟かれる絶望の言葉に、否を唱える言葉が見つからない。
全てを守る事が出来ない現実に怒りが込み上げ、戦うならばどちらかを選ばなければいけない状況に悔しさが溢れる。
――どうしたらいい? 何をするのが最善だ? 諦めない選択肢はないのか? 考えろ、考えろ、考えろっ!
その時ふと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「――――フローラル・ウィップ」
森の中から可憐な声が響き、木々の中から無数の弦が飛び出てきた。それは俺達の頭上を通り過ぎ、まるで触手のように動きながらバットモンキーとサイクロプスを襲う。
「全く、不甲斐ないわね」
「こ、この声と匂いは……エリカちゃん!」
ミオトの嬉々とした声に全員の視線が一箇所に集まり、心なしか皆の顔がパッと明るくなった気がした。
「まさか一瞬でも諦めた者などいないわよね? いたなら後でお仕置きよ」
そう言いながら、薄っすらと暗い木々の間から可憐な少女が一人、姿を現した。“エリカ”と呼ばれたその少女は真っ直ぐな瞳で俺を見つめると、再び口を開いて蔑むようにこう言った。
「……ほんと、不甲斐ない奴だわ」
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