上 下
23 / 33

23,

しおりを挟む
 

 明日、わたしはゴッゴーシュに戻る。 街の皆さんに会えるのは嬉しいのですが、何日かでもクリード様と離れるのは寂しいです。

 今こうして、夜の巡回から戻るのを待つのさえ辛いのですから。

「――あっ」

 ドアの開く音で身体を起こし、ベッドから出て玄関へ向かう。 昨日は開けたら熊でしたが、今日はガリガリしてないのできっと大丈夫です。

 ほら……

「――ん? 起きてたんだね、ただいまヴィオラ」

「はい、おかえりなさい」

 もう寝たフリをしなくていいですし、少しの間離れしまうのですから先に眠るのなんて勿体ないですっ。

「巡回はどうでしたか?」

「狼が多くなったかな。 昼間は大丈夫だろうが夜は危険だ、少し狩るか」

「そうですか」

 熊だけじゃないのですね。 狼はすばしっこそうですし、群れているかもしれません。

「気をつけてくださいね」

「ああ、ヴィオラも夜は外に出るなよ」

「はい。 あっ、そういえば、次の入団試験はいつなのですか? ――わっ」


 お話の途中で突然の抱擁……。 そして、そのままクリード様は話し続けました。


「半年に一度だから、あと4ヶ月半くらいかな?」


 ……い、息が荒くなって……ク、クラクラします……


「そう……ですか……」


 だって、昨晩までわたし……抱きしめられた事もなかったから……


「それまで、みっちり鍛えないとね」


 み、耳元で囁かれると……頭がぼうっとして……


「は……ぃ……」


 本当はわたしも、クリード様に応えて抱き返したいのですが……身体に力が入らなくて腕はだらりとしています。 

「っ……」

 腕はわたしの腰に回したまま、キレイなお顔が目の前に……

「ヴィオラ、ちゃんと言ってなかったね」

 ああ、そうでした……キレイなんて言ったら……嫌なのですよね……


「君が好きだよ」


 ……こんな事を思ったら、きっとクリード様は嫌がるでしょう……。 

 でも、あなたを想うようになって見るあなたは――――目眩がする程美しい。


「わたしも……――――」


 華奢で見栄っ張りな見習い騎士様は、返事も待てないくらい肉食の獣………なのかもしれません。


「……これ以上は、私が危険な狼になりそうだよ。 次の入団試験の後、君の全てをもらうつもりだから」

「……はい」


 二度目の口づけは長く濃密で、骨抜きにされたわたしはベッドに寝かしつけられました。

 身体の芯が熱くて、心が満たされて……


 ヴィオラはもう、夢心地です……。





 ◆◇◆





「なんで……なんだ……?」


 この絵は、僕の描いた絵だ。

 なのになんで……


 ――――わからない、この先をどう描いたらいいのか。


 カイロ公爵もジーナお嬢様も絶賛だった。 これを完成させて二人の信頼を勝ち取り、世間に僕の名前を轟かせるんだ。

 でも……


「ダメだ……」


 もう、どうやって描いたのかさえわからない。

 わかるのは、下手に手を加えたらこの絵がダメになるってこと。


「……おかしいだろ、開花した才能がこの歳でしぼむ訳ないだろ!? もっと、もっと大きく花開くもんじゃないのかッ!?」


 ……描かなきゃ……描かなきゃ僕は終わりだ……。


 ジーナを物にして、いつかこの屋敷の主になるんだ。


「……そうさ、一時的なスランプだ。 芸術家にはよくある事……」


 じゃなきゃ、わざわざ悠々自適な暮らしを捨てた意味がない……ッ!!


しおりを挟む

処理中です...