無自覚愛されキャラの天使は今日も気づかずあの子を堕とす

なかの豹吏

文字の大きさ
23 / 56

第23羽

しおりを挟む
 

 後から思えば、私も空くんも、あの時は普通の精神状態じゃなかったと思う。


 あんな事があったばかりなのに、私は不用心に鍵も締めず、ずっと座り込んだまま。 割れたマグカップの破片をただ集めていた。




 どのくらい時間が経ったのか、インターホンの音も無く足音と、私の名前を呼ぶ声が聴こえて、待っていた声に反射的に振り向く。


 涙でぼやけた私の視界に、息を切らせて立っている空くんが、水の中にいるように見えた。
 きっと情けない泣き顔で、シャツもはだけたままだったから、空くんも驚いたよね。

 彼は私の傍で膝をついて、何も言わずに私の泣き顔を胸に収めてくれた。 

 温もりに縋り、しがみついて、その優しさを貪るように泣いた。


 少しずつ落ち着いてきた時には、もう彼の服は私のせいで濡れていて、整理せずに伝えた私の言葉は、どこまでこの状況を彼に伝えられているのかわからない。


 ただ、


「もう謝らないでいいよ」


 そう彼が言ったから、私は謝れたんだと理解したぐらいで。


 何を、謝れたのか。

 もらった物を壊してしまった事、こんな時間に呼び出してしまった事、それとも、軽率な私の行動だったのか。


 きっと彼には関係のない、過去の後悔まで並べたに違いない。


 本当に迷惑な女で、ごめんなさい。


 身体の震えが治った頃、囁くように彼が口を開いた。


「これ、片付けるから」
「………私が、やる」

「じゃあ、一緒にやろう」


 一緒に、 “使う” 筈だった、使えたらと願った物を、一緒に “片付ける” のは嫌だった。 

 それに――――


………捨てないの。 だから、私がやる」


「………わかった」


 優しい声で私に返事をして、彼は少し身体を離すと、困った子供を慈しむような表情で私のシャツのボタンを留めていった。

 その間、私はただしてもらって、当たり前の優しさをもらう子供のような気分になっていた。


 それから、一度も役目を果たせずに砕けた、可哀想なカケラ達を集めようとした時、彼のポケットから振動音が鳴り、


「すぐ戻るからね」


 そう言ってくれたから、


「………はい」


 私は返事をしたけれど、不安な顔をしていただろう。 空くんとだから、そう見えていた筈だ。 その証拠に、返事を聞いた空くんが、また私を抱きしめてから部屋を出たから。




「もしも――」
『どこほっつき歩いてやがるこの不良息子ッ!』

「ごめん」

『言っとくけど今日は仕事で遅くなっただけだかんな! 一滴も飲んでねーぞっ!』


「うん」


『………なんだよ、何があった?』


「友達の女の子の家に来てる」
『はぁ?』

「泣いていて、駆けつけた」

『………』

「男に乱暴されたみたいだ」

『……家族、いるだろ?』

「一人暮らしなんだ」

『お前にそんな友達……まぁいい。 それで?』

「無事だけど、泣いてる」


『………そうか』


「夜中に出歩く不良息子と、放って帰る息子。 どっちが父さんの息子だと思う?」


『………今帰って来ても、家には入れねぇ』


「わかった」


『明日はご馳走作れよ、じゃあな』


「了解」




 私はカケラ達をひとまとめにして、このパズルの完成を誓って大事にしまった。

 その後、玄関のドアの前で彼を待っている。 どうしようもない甘えん坊だ。
 約束通りすぐに彼は戻って来てくれて、目の前で待っている私に驚く様子もなく笑った。


「……ありがとう」


 戻って来てくれて。


 空くんは私の手を取って、リビングのソファまで私を連れて行って、一緒に座ってくれた。

 甘えん坊の私は彼の肩に頬を乗せて、取ってくれた手を離さなかった。


「……恥ずかしい」

「何が?」

「……情けない」

「どうして?」



 でも――――居て欲しい。

 それは、言えなかった。 
 言わなくても、伝わってしまうだろうけれど。


「じゃあ、お互い恥ずかしくなろうか」

「………どうするの?」

「朋世さんがこの前、僕に “甘えん坊” って言ったでしょ? その理由を教えてよ」


「………はい」


 気付いてたんだ、当たり前か。
 あの時は確か、『顔』って言ったよね。 苦し紛れに。


「保健室のベッドで、空くんが寝てた時」

「うん」

「様子を見ていた私を、寝ぼけて抱きしめたの」

「う……うん」

「それで……」
「そ、それで……?」


「行かないでって、言ってた」


 本当はもう一言、その前にあったけど。

 今、空くんの肩に私の顔があるから、空くんの顔が熱を持ち始めたのをすごく良く感じる。


「……恥ずかしい。 ご迷惑をおかけしました……」

「ううん。 私の方が恥ずかしくて、迷惑だから」


 それに、私は嫌じゃなかったし………。


「もう一緒だよ。 お互い恥ずかしくても、迷惑かけよう」

「………はい」


 優しいね、大好きだよ………空くん。





 ――――そのまま、泣き疲れた子供のように私は眠ってしまった。





 ◆




 目を覚ますと、ソファで眠る私には毛布がかけられていて、朝の木漏れ日がリビングに差し込んでいる。


「空くん……」


 身体を起こして部屋を見回すと、キッチンに立つ彼が見えてほっと胸を撫で下ろす。


「あっ、起きた。 おはよう朋世さん」

「……おはよう」


 朝の挨拶を交わしながら私の傍に来てくれた彼は、また私の隣に座って、テーブルに嗅ぎ慣れた匂いを置いた。


「勝手に淹れちゃった。 ミルクと砂糖は?」

「……いい」

「さすが大人だね」


 そこには、相手を無くしたグレーのマグカップがコーヒーを淹れられ、 “一人分 ” の役目を果たしていた。


「どうぞ」


 なんで、こんなこと……。



 ――――辛いよ、私………。



「朋世さん?」


 促すように名前を呼ばれ、私はカップの取っ手に指先を伸ばす。


「………はい」


 空くんが “飲め” と言うなら、飲みます。
 彼はせめて一つだけでも、そう思ったのかも知れないし……。


 ソファに二人で座り、のカップを手に持って、私は一口、一人を感じてコーヒーを飲んだ。

 テーブルにカップを戻した時は、震えていたのかカタカタと音が鳴って、


「あ……」


 その震える私の指に少し触れた、それは置かれたマグカップをもう一度拾い上げ、私の隣に居る、もう一つの唇にコーヒーを運んでいった。


「一つになっちゃったけど、で飲めたね」


 その唇は、私の “願い” を違った形で叶えた。


「はは、やっぱり僕には苦いや」


 そう言って笑う彼に、懲りない私はこの人に “ついていこう” と思ってしまう。

 ……そうじゃない、今度は、



 ――――ついてと思った。



「ごめんなさい」

「……なんで謝るの?」


 だって、やっぱり引け目はあるから……でも――――





「私、空くんが好きなの」





 ちゃんと、彼の目を見て伝えた。 

 十年先輩の、止まってしまった感情を動かし出した 、“同級生” の私が。



「大分年上だけど……ごめんなさい、好きです」


「………朋世さん、僕は――」
「返事は……」


 怖かったから、卑怯な私は彼に返事を言わせなかった。
 そして、こんな時だけズルい大人の知恵を働かせる。


「 “キス” してくれたら、勝手に恋人になるから」


 こんなの、大人の知恵じゃないか………。


「だから、あんまり傍にいると危ないわよ」


 話し方まで元に戻った。 昨日から少女みたいだった癖に。


「なるほど、もう大丈夫みたいですね。 でも……」


 呆れた顔で話す彼は、私の髪に手を置いて、


「今度自分に投げやりになったら、許しませんよ」


 その時の顔は、本当に怒った顔をしていた。

 でも、真剣に言ってくれる彼に全身が痺れてしまって………。



「………はい」



 また歩き出した大人ぶった少女は、好きな彼には言いなり。 



 明日から私は、きっと今までより甘いコーヒーを飲んでいることだろう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2026.2.22)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎第3部より毎週月・木・土曜日の朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。

ななよ廻る
恋愛
貴族のみに門戸を開かれた王国きっての学園は、貧乏貴族の俺にとって居心地のいい場所ではなかった。 令息令嬢の社交場。 顔と身分のいい結婚相手を見つけるための場所というのが暗黙の了解とされており、勉強をしに来た俺は肩身が狭い。 それでも通い続けているのは、端的に言えば金のためだ。 王国一の学園卒業という箔を付けて、よりよい仕事に就く。 家族を支えるため、強いては妹に望まない結婚をさせないため、俺には嫌でも学園に通う理由があった。 ただ、どれだけ強い決意があっても、時には1人になりたくなる。 静かな場所を求めて広大な学園の敷地を歩いていたら、薔薇の庭園に辿り着く。 そこで銀髪碧眼の美しい令嬢と出会い、予想もしなかった提案をされる。 「それなら、私と“偽装婚約”をしないかい?」 互いの利益のため偽装婚約を受け入れたが、彼女が学園唯一の公爵令嬢であるユーリアナ・アルローズと知ったのは後になってからだ。 しかも、ユーリアナは偽装婚約という関係を思いの外楽しみ始めて―― 「ふふ、君は私の旦那様なのだから、もっと甘えてもいいんだよ?」 偽装婚約、だよな……? ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しております※ ※ななよ廻る文庫(個人電子書籍出版)にて第1巻発売中!※

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編7が完結しました!(2026.1.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

処理中です...