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第23羽
しおりを挟む後から思えば、私も空くんも、あの時は普通の精神状態じゃなかったと思う。
あんな事があったばかりなのに、私は不用心に鍵も締めず、ずっと座り込んだまま。 割れたマグカップの破片をただ集めていた。
どのくらい時間が経ったのか、インターホンの音も無く足音と、私の名前を呼ぶ声が聴こえて、待っていた声に反射的に振り向く。
涙でぼやけた私の視界に、息を切らせて立っている空くんが、水の中にいるように見えた。
きっと情けない泣き顔で、シャツもはだけたままだったから、空くんも驚いたよね。
彼は私の傍で膝をついて、何も言わずに私の泣き顔を胸に収めてくれた。
温もりに縋り、しがみついて、その優しさを貪るように泣いた。
少しずつ落ち着いてきた時には、もう彼の服は私のせいで濡れていて、整理せずに伝えた私の言葉は、どこまでこの状況を彼に伝えられているのかわからない。
ただ、
「もう謝らないでいいよ」
そう彼が言ったから、私は謝れたんだと理解したぐらいで。
何を、謝れたのか。
もらった物を壊してしまった事、こんな時間に呼び出してしまった事、それとも、軽率な私の行動だったのか。
きっと彼には関係のない、過去の後悔まで並べたに違いない。
本当に迷惑な女で、ごめんなさい。
身体の震えが治った頃、囁くように彼が口を開いた。
「これ、片付けるから」
「………私が、やる」
「じゃあ、一緒にやろう」
一緒に、 “使う” 筈だった、使えたらと願った物を、一緒に “片付ける” のは嫌だった。
それに――――
「これ………捨てないの。 だから、私がやる」
「………わかった」
優しい声で私に返事をして、彼は少し身体を離すと、困った子供を慈しむような表情で私のシャツのボタンを留めていった。
その間、私はただしてもらって、当たり前の優しさをもらう子供のような気分になっていた。
それから、一度も役目を果たせずに砕けた、可哀想なカケラ達を集めようとした時、彼のポケットから振動音が鳴り、
「すぐ戻るからね」
そう言ってくれたから、
「………はい」
私は返事をしたけれど、不安な顔をしていただろう。 空くんとだから、そう見えていた筈だ。 その証拠に、返事を聞いた空くんが、また私を抱きしめてから部屋を出たから。
「もしも――」
『どこほっつき歩いてやがるこの不良息子ッ!』
「ごめん」
『言っとくけど今日は仕事で遅くなっただけだかんな! 一滴も飲んでねーぞっ!』
「うん」
『………なんだよ、何があった?』
「友達の女の子の家に来てる」
『はぁ?』
「泣いていて、駆けつけた」
『………』
「男に乱暴されたみたいだ」
『……家族、いるだろ?』
「一人暮らしなんだ」
『お前にそんな友達……まぁいい。 それで?』
「無事だけど、泣いてる」
『………そうか』
「夜中に出歩く不良息子と、今放って帰る息子。 どっちが父さんの息子だと思う?」
『………今帰って来ても、家には入れねぇ』
「わかった」
『明日はご馳走作れよ、じゃあな』
「了解」
私はカケラ達をひとまとめにして、このパズルの完成を誓って大事にしまった。
その後、玄関のドアの前で彼を待っている。 どうしようもない甘えん坊だ。
約束通りすぐに彼は戻って来てくれて、目の前で待っている私に驚く様子もなく笑った。
「……ありがとう」
戻って来てくれて。
空くんは私の手を取って、リビングのソファまで私を連れて行って、一緒に座ってくれた。
甘えん坊の私は彼の肩に頬を乗せて、取ってくれた手を離さなかった。
「……恥ずかしい」
「何が?」
「……情けない」
「どうして?」
でも――――居て欲しい。
それは、言えなかった。
言わなくても、伝わってしまうだろうけれど。
「じゃあ、お互い恥ずかしくなろうか」
「………どうするの?」
「朋世さんがこの前、僕に “甘えん坊” って言ったでしょ? その本当の理由を教えてよ」
「………はい」
気付いてたんだ、当たり前か。
あの時は確か、『顔』って言ったよね。 苦し紛れに。
「保健室のベッドで、空くんが寝てた時」
「うん」
「様子を見ていた私を、寝ぼけて抱きしめたの」
「う……うん」
「それで……」
「そ、それで……?」
「行かないでって、言ってた」
本当はもう一言、その前にあったけど。
今、空くんの肩に私の顔があるから、空くんの顔が熱を持ち始めたのをすごく良く感じる。
「……恥ずかしい。 ご迷惑をおかけしました……」
「ううん。 私の方が恥ずかしくて、迷惑だから」
それに、私は嫌じゃなかったし………。
「もう一緒だよ。 お互い恥ずかしくても、迷惑かけよう」
「………はい」
優しいね、大好きだよ………空くん。
――――そのまま、泣き疲れた子供のように私は眠ってしまった。
◆
目を覚ますと、ソファで眠る私には毛布がかけられていて、朝の木漏れ日がリビングに差し込んでいる。
「空くん……」
身体を起こして部屋を見回すと、キッチンに立つ彼が見えてほっと胸を撫で下ろす。
「あっ、起きた。 おはよう朋世さん」
「……おはよう」
朝の挨拶を交わしながら私の傍に来てくれた彼は、また私の隣に座って、テーブルに嗅ぎ慣れた匂いを置いた。
「勝手に淹れちゃった。 ミルクと砂糖は?」
「……いい」
「さすが大人だね」
そこには、相手を無くしたグレーのマグカップがコーヒーを淹れられ、 “一人分 ” の役目を果たしていた。
「どうぞ」
なんで、こんなこと……。
――――辛いよ、私………。
「朋世さん?」
促すように名前を呼ばれ、私はカップの取っ手に指先を伸ばす。
「………はい」
空くんが “飲め” と言うなら、飲みます。
彼はせめて一つだけでも、そう思ったのかも知れないし……。
ソファに二人で座り、一つのカップを手に持って、私は一口、一人を感じてコーヒーを飲んだ。
テーブルにカップを戻した時は、震えていたのかカタカタと音が鳴って、
「あ……」
その震える私の指に少し触れた違う指、それは置かれたマグカップをもう一度拾い上げ、私の隣に居る、もう一つの唇にコーヒーを運んでいった。
「一つになっちゃったけど、二人で飲めたね」
その唇は、私の “願い” を違った形で叶えた。
「はは、やっぱり僕には苦いや」
そう言って笑う彼に、懲りない私はこの人に “ついていこう” と思ってしまう。
……そうじゃない、今度は、
――――ついていきたいと思った。
「ごめんなさい」
「……なんで謝るの?」
だって、やっぱり引け目はあるから……でも――――
「私、空くんが好きなの」
ちゃんと、彼の目を見て伝えた。
十年先輩の、止まってしまった感情を動かし出した 、“同級生” の私が。
「大分年上だけど……ごめんなさい、好きです」
「………朋世さん、僕は――」
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「………はい」
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