役立たずと捨て石にされたコミュ障皇女は、死地に送られ愛される

なかの豹吏

文字の大きさ
6 / 26

6,

しおりを挟む
 

 ―――ドミトリノ王国にきて数日が経った。

 日々、これが侵略の危機に瀕している国とは思えないほど、人々は穏やかで笑顔が絶えない。 

 そして今日は、アリーヤ様と初めての湯泉体験に来てみた、けれど……やはり、少し恥ずかしい。 
 昼間なので人は少ないと言われたけど、それでもやっぱり。

 でも、―――気持ちいい。

 湯に浸かりながら、私がテオリカンでは完全に男社会で、夫が妻の機嫌を取るなんてことは無い、と言うと、

「そうですか。 まあ、それが世では当たり前なのでしょうね」

 アリーヤ様はウンウンと頷き、それから嬉しそうに片目を瞑り指を立てる。

「ですが、それではこのドミトリノの女性には好かれません」

「はぁ」

「この国では、その人生でどれだけ愛する人を笑顔にできたか、それが男の価値と言われてますから」

 ……そうなんだ。 だから私が笑った時、マリウス様はあんなに嬉しそうにしたんだ。

「どうしました? お顔が赤いですよ?」

「――えっ。 そ、それはお湯が……」

 お湯が……温かくて。
 じゃなくて、

「自分が笑って、誰かが嬉しそうにしてくれるのは……自分も嬉しいのですね」

 ボソボソと話す私を見て、アリーヤ様は優しく微笑んでいる。 
 最初はテオリカンから来た私を良く思ってないと思っていたけれど、今はそうは思わない。 アリーヤ様だけでなく、他の人達も。

「そして、怒りを露わにするのは恥と言われています。 そんな器量の小さい男も好かれません」

「……なんだか、男性は大変そうですね」

 でも、確かにこの国で怒っている男の人を見たことがない。 
 だからなんだ。 私が上手くお話できなくても相手がイライラしないから、だからここでは以前よりお話できる。

 ――あ。 

 そう言えば、逆に私達女性はどうしたらいいのだろう。 それを知らなければ、私だってマリウス様の良い妻になれないし。

「では、女性はどうしたら……」

 私が聞くと、アリーヤ様はまるで女神のような美しさで微笑む。

「女は、ただ幸せそうに笑っていれば良いのです」

「………」

「たったそれだけのようで、実は難しいことなのですよ。 どんなに辛い時でもそうすることは」

 ……そうだ。 きっと、戦争で夫を亡くした人もたくさん居る。 

「そうして、どちらが先に逝くことになっても、最後に言ってやるのです。 あなたのおかげで、私は幸せだったと」

 悲しみ、寂しい思いをしている妻や子が。

「それが、頑張った男へのご褒美なのですよ」




 ◆◇◆◇




 帰り道、この国の人達をどうにか救えないか、などと思っても、私には何もできない。 お父様に懇願したところで、その私自身が生贄のような存在なのだから。

 もうすぐ寒期、デオシスも次の雪解けまでは攻めて来ないだろうとアリーヤ様は言っていたけれど、その日はいつかやってくる。

「雪解け……」

 ちょうどその頃は、私の十四の誕生日だ。


 ――――「まぁ、その時までドミトリノ王国が地図にあれば、だけど」――――


「………」

 湯泉でさっぱりした身体と逆に、気持ちは重くなって帰ってきたところ――、

「おかえりヴァレリア、湯泉は気持ち良かったろう? 君にお客様が来ているよっ」

「え」

 迎えてくれてマリウス様の後ろに、背の高い見慣れた男性が立っていた。

「ヴァレリア様、やっとお会いできた」


 フェリクス様……が、どうして―――。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

【完結】『偽り婚約の終わりの日、王太子は私を手放さなかった』~薄氷の契約から始まる溺愛プロポーズ~

桜葉るか
恋愛
偽装婚約から始まる、薄氷の恋。 貴族令嬢ミレイユは、王太子レオンハルトから突然告げられた。 「俺と“偽装婚約”をしてほしい」 政治のためだけ。 感情のない契約。 ……そう思っていたのに。 冷静な瞳の奥ににじむ優しさ。 嫉妬の一瞬に宿る、野性の熱。 夜、膝枕を求めてきた時の、微かな震え。 偽りで始まった関係は、いつしか—— 二人の心を“本物”へ変えてゆく。 契約期限の夜。 最初に指輪を交わした、あの“月夜の中庭”で。 レオンハルトは膝をつき、彼女の手を包み込む。 「君を手放す未来は、存在しない。  これは契約ではない。これは“永遠”だ」 ミレイユは、涙で頬を濡らしながら頷いた。 偽りの婚約は、その瞬間—— 誰も疑えない、本当の未来へ変わる。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

顔がタイプじゃないからと、結婚を引き延ばされた本当の理由

翠月るるな
恋愛
「顔が……好みじゃないんだ!!」  婚約して早一年が経とうとしている。いい加減、周りからの期待もあって結婚式はいつにするのかと聞いたら、この回答。  セシリアは唖然としてしまう。  トドメのように彼は続けた。 「結婚はもう少し考えさせてくれないかな? ほら、まだ他の選択肢が出てくるかもしれないし」  この上なく失礼なその言葉に彼女はその場から身を翻し、駆け出した。  そのまま婚約解消になるものと覚悟し、新しい相手を探すために舞踏会に行くことに。  しかし、そこでの出会いから思いもよらない方向へ進み────。  顔が気に入らないのに、無為に結婚を引き延ばした本当の理由を知ることになる。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...