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しおりを挟む「ヴァレリア様、やっとお会いできた」
再会を喜び、柔らかな表情でこちらに向かってくるフェリクス様は、私の前で膝をつき手の甲に口づけする。
「ど、どうしてこちらに……」
引きつりそうになる顔を何とか堪えるけれど、背筋に悪寒が走って身が震えてしまう。
必要以上に長い口づけ、その後私を見上げるいやらしい目つき。 どうしてもこの人は好きになれない。
―――どうして? 何をしに来たの?
それにきっと、パオラお姉様はひどく怒っていだろう。 それを考えただけで恐ろしくなる……。
◇◆◇◆
父親から冷たく突き放され、姉からはいびられる不遇の皇女。 それを幼い頃より守り、育ててきたのはこのフェリクス・ゴレツカ、―――この私なのだ。
「いやいやフェリクス殿、故郷の顔を見れてヴァレリアも喜んでいるようだ、礼を言うよ」
だというのに、それをこんな軽薄そうな男に掠め取られるなどと、そんなことは到底我慢ならん。
「式に間に合わなくて申し訳ございません。 陛下も何かお考えがあったのでしょうが、あまりに急な事でして」
触れたのか……穢したのかその薄汚い手で……ッ!
……何が皇子だ、いつ崩れ落ちるとも知れぬ砂の城で片腹痛い。
必ず取り返してやる。 ヴァレリアは、
―――私のモノだ。
「ああ、式ならやってないから安心してくれ」
「――? それは……どういう……」
「安心してくれ、っていうのは変かな? 式を挙げるのは良いことだし、なあどう思うアリーヤ」
「そっ、そんなことより皇子、式を挙げていないとはどういう事でしょう?」
「――ん? ああ、我がドミトリノ王国では十五になるまで結婚できないんだ、それは皇族であってもね」
「なっ……」
なんという、―――幸運。
「なるほど、そうだったのですね」
やはり、そうなのだな。
ヴァレリア様、あなたの運命の人は私なのだ。
こうなってみれば、むしろ陛下がヴァレリア様を手放してくれて良かったとさえ思える。 邪魔なパオラの居ないこの地の方がやり易いからな。
そもそも、麗しの三皇女とはレチシア様とヴァレリア様のことであって、パオラのような失敗作はおまけのような物。 何を勘違いしているのかあの女は。
「フェリクス殿も来てくれたことだし、今宵はささやかながら歓迎の宴を開こう、なあアリーヤ」
「はい、そうですね」
「お気遣い痛み入ります、皇子、皇女様」
さて、さっそくの良い機会だ。 元々人付き合いが苦手なヴァレリア様、当然見知らぬ地で孤立し、心細い暮らしをしているのは想像に易い。
そして再認識する、やはり自分を支えてくれるのはこの私だけなのだ、とな。
◇◆◇
―――どうも……おかしい。
宴ではいつも令嬢達に囲まれるというのに、どの女達もある程度会話をすると離れていく。
やはり、援軍を送らないテオリカンの人間というのが好まれないのか。 いやしかし、むしろ滅びゆくこの国から出て救われたいと思っているはず。 強国の公爵令息に媚びるのが普通ではないのか?
それよりも――、
「見てくださいヴァレリア様、この丸太のようなたくましい腕を! いやはや、マリウス様も私のようにならないと頼りになりませんでょう?」
「そ、そんなことは……」
「あのねガイタ、お前は宰相なのにゴツすぎるんだよ。 普通宰相って知的でスラッとしてるもんだろ? それにヴァレリアだってムキムキで髭もじゃの皇子より俺のように美男がいいに決まってる、そうだろヴァレリア」
「……………はい」
「――間が長かったな!」
どういうことだ……。
あのヴァレリア様が楽しそうに会話し、笑っている……だと?
そんなはずは無い、私はずっと見てきたのだ。 人を避けるようにして、声をかけられれば俯くだけの姿を。
それを、見知らぬ国に来て出来るはず……いや、出来てはいけない。
それはこれまで通り、私が――、
―――この私だけがあなたの心の支えでなければならないのだ……ッ!
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