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しおりを挟むどうしたらいいか分からないまま、私は煮詰まった感情の熱を涙で逃げ流していた。
助かる道は無い。
この国も、私も。
ただ私は、ここで果てるのに不満は無い。 テオリカンで百まで生きるより、このドミトリノ王国で幸福な時間を短くても、と。
でも、それは帰る場所の無い私の、私だけの勝手な考え。 恵まれたこの地で暮らす人々が、どうして死を望むだろうか。
かと言って救えない、期待されても困る生贄の身だから。
私はただ、こうして悲しむことしか―――。
「話は分かった」
マリウス様……。
「確かにヴァレリアはまだ俺と夫婦になっていない訳だしね」
「ご理解頂き恐縮です」
そんな……。 でも私はテオリカンには――、
「ただ、陛下もお考えあってヴァレリア様を嫁がせたのでしょうから、形上ヴァレリア様はここで亡くなった、という事にしておきます」
「え……」
そう……いうつもりだったの?
でも、逃げ延びて私はどうすれば……。
「ご安心下さい、その後は私が責任を持ってお守り致します」
………なに、それ。
それじゃあ私は死んだことにされて、ずっとフェリクス様に匿われて生きていくの?
「そんなっ……」
―――『そんなの嫌』。 という言葉が、どうしても言い切れない。
マリウス様やアリーヤ様、きっとこれからもっと好きになるこの国の人達が居なくなった世界で、フェリクス様の籠の中で生きるぐらいならいっそ……そう思ってるのに。
生まれた時から口枷をされたような私は、思いを口に出せない。
「フェリクス殿は我が国の情勢に詳しいようだ。 と言っても、この国は次の雪解けには滅ぶだろうともっぱらの噂だけどね。 でも――」
「っ……」
「――なっ、何をなさるか皇子!」
優しい手が私の涙を拭い、開けた視界には悲しみをも拭うような笑みが向けられていた。
「大丈夫だよ、ヴァレリア」
「……マリウス様」
「まったく、何が大丈夫だと言うのですか。 まさか戦局が大きく変わるとでも仰るか?」
何が大丈夫なのか、それは私にもわからなかった。
「デオシスなんて返り討ちにしてやるッ! ……なんて、適当は言えないけどこれだけは約束しよう」
マリウス様は切れ長な瞳を大きく開いて、フェリクス様を指差し高らかに宣言した。
「――あと一年! それまでは必ずこの国を持たせてみせるッ!」
その宣言が何を意味するのか、すぐには何のことかわからなかったけれど、
「……どういう意味ですか皇子、それになんの意味が?」
それには、ちゃんと意味があった。
「一年後、この時期まで持てばデオシスは攻めて来ないだろう?」
「ですからそれに何の――」
「そうなれば雪解け頃、ヴァレリアは十五の誕生日だ」
そう、もしその時までこの国が地図から消えてなければ、私はここで二度目の誕生日を迎えることになる。
「つまり――」
マリウス様は私の肩を抱き、
「俺とヴァレリアは晴れて結婚! 夫婦になる訳だ!」
「「………」」
私とフェリクス様は言葉を失う。
そうなって結婚したとしても、結局何の解決にもなっていないから。 それでも、マリウス様は構わずに続けた。
「そして、ヴァレリアはテオリカンの皇女からドミトリノ王国の皇子妃になる」
「……何を仰りたいのですか」
だから何だと、険しい表情のフェリクス様を捨て置き、マリウス様は妖艶な笑みを浮かべ、細白い指で私の顎を上げ見つめてくる。
「この国の皇族になった以上、たとえ滅ぶ時が来ても、その時はマリウス・ドミトリノの妻として死を共にしてもらう」
「………」
「――なっ、何を馬鹿な! 皇子はヴァレリア様を道連れになさるおつもりかッ!」
それはつまり、
―――『一緒に死んでくれ』。
そう言われて、それは決して幸せな結末じゃないけれど、少なくとも、さっきまでの私の苦悩は消え去った。
「だって、ヴァレリアがそうしたそうだったから」
「血迷うにも程がある、とにかくヴァレリア様からお離れください!」
フェリクス様が立ち上がる音がしたけれど、私達はずっと見つめ合っていた。
「それでいいかい、ヴァレリア」
包み込まれるような甘美な声音に誘われて、私は迷うこと無くマリウス様の胸に飛び込む。
暖かくて、居心地の良い胸の中、
「………はい」
解き放たれた私は、これから最後の時まで、この人に笑ってあげられるようになろう、そう心に誓った。
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