胸に咲く二輪の花

なかの豹吏

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 昼食を済ませて、俺と夏目さんは少し公園で休んでいた。週末という事で公園には家族連れも多く賑わっている。


「そう言えば、夏目さんは雄也と幼馴染なんだよね?」

「えっ? うん」


 雄也からは聞いていたが、夏目さんとこの話をするのは初めてだ。あの不思議な男は一体どう育ってきたのか、少し興味があるな。


「子供の頃の雄也はどんなだったの?」


 俺が訊くと、夏目さんは「うーん」と考え込んでしまった。まさか子供の頃から今の雄也じゃないだろう。それは怖すぎる。


「それこそ、幼稚園ぐらいまでは雄也も普通だったと思うけど」

「うん。 幼稚園児の雄也か、想像出来ないな」


 あの雄也が友達の園児達と走り回る。……ないな。
 俺の中では。


「雄也がああなったのは、お父さんの影響だと思う」

「雄也の、親父さん?」


 雄也の親父さんか、会ったことないし、どんな人なんだろう。


「雄也はね、私が知ってる限りで今の母親は三人目なの」

「えっ!? そ、そうなんだ」


 流石に驚いたな。しかし、そう言った家庭環境があってこそ、あの不思議な男が形作られていった訳か。


「小学校四年生ぐらいかな? 二人目のお母さんの時、雄也が言ってた言葉が印象的で……」

「な、なんだろ?」

「うん。 『俺ならそろそろ別れるな』、って雄也が言ってて、それから暫くしてまた離婚。 その三ヶ月後には三人目のお母さんが出来てた」

「ーーえぇっ!?」


 ……恐ろしい奴だ。義理とは言え、今の母親をその歳で値踏みするとは……。
 どうやら、根本的に俺みたいな平凡な人間とは違うみたいだな。


「今が何人目になってるかは、最近そんな話雄也としないから分からないけど、あのお父さんならもしかしたら……」

「うん。 変な事聞いてごめん。折角の週末だし、楽しもう」


 この話はここまでにしよう。週末の爽やかな公園でする話じゃないな。俺が訊いたんだけど。


「うん! じゃあ次はね、ちょっと子供っぽいかもだけど、上野といえば……」


 そう言って目を輝かせる夏目さんとやって来たのは、動物園だった。



「今度は骨じゃなくって動いてるね」

「確かに」


 悪戯っぽく笑う夏目さんに相槌を打つ。目の前には鮮やかなフラミンゴが立っている。


「派手な鳥だな」

「そうだね、でもフラミンゴは綺麗な体色じゃないとモテないんだってよ?」

「成る程。じゃあ夏目さんは髪が明るくて綺麗だから、フラミンゴにもモテそうだね」

「ど、どうだろう。……徳永君がフラミンゴだったら、つがいになってくれる?」


 つがい?……ああ、夫婦って事か、いや恋人か?
 覗き込む様に見てくる夏目さんに、意味を理解した俺はなんて返事をするか焦ってしまった。


「お、俺がフラミンゴだったらきっとそんなに綺麗じゃないから、夏目さんに相手にされないかもな」

「あ、遠回しにふったな」

「そ、そんなんじゃないよ」


 参ったな。フラミンゴめ、こんな展開になるならカバか何かにすれば良かったか……。


 それからいくつかの動物を見てから、座れる場所を見つけて二人で休憩する事にした。


「徳永君は、ここ初めて?」

「いや、子供の頃に来た事があるよ。もう十年も前だと思うけど」

「そう。 私もね、十年前に来た事あるんだ」

「そうなんだ」


 何だか遠い目をして、語る様に話す夏目さんの横顔は、少し寂しそうに映った。

 十年前か、そう言えばここで……


「子供の時は親父と一緒に来てさ、俺、確か迷子になったんだよね」

「……うん」

「何だか久し振りにここに来たら、その時の事を少し思い出しちゃったよ」


「もっと、聞かせて」

「え……」


 ……どうしたんだろう、夏目さん。
 そんなに俺の昔話に興味があるのかな。まあ確かにこの話には続きがあるんだけれど、夏目さんに話しても面白くはないと思うんだが。


「もっと、と言われてもそんなに面白い話じゃないよ?」

「いいの、子供の頃の徳永君のお話聞きたいから」

「そ、そう?」

「うん」


 そんなに言うなら、そう思って少し疑問は残るものの、俺は話の続きを始めた。


「迷子になって段々不安になって来た時に、俺より一つか二つ年下ぐらいの女の子が泣きそうになって立っていたんだ。それで、俺はその女の子に声を掛けて、親も探さずに二人で遊び始めちゃって」

「ふふ、そんな子供の頃にナンパしてたの?徳永君」

「あ、いや。 当時はそんなナンパなんて気持ちは勿論無くて、自分より小さな女の子が同じ様に迷子になっていたから、お兄さんぶってたのかも知れないな」


 ナンパ、と言われればそうだが、何しろまだ六歳だったし、逆に今はナンパなんて恥ずかしくて出来ないな。当時の自分がいかに怖いもの知らずだったかと思う。子供って凄いな。


「それで、その女の子の親が俺達を見つけるまで一緒に遊んだっていう、それだけの話なんだけど」

 話し終えて夏目さんを見ると、何故か優しい表情で笑っていた。 俺の子供の頃の話が微笑ましかったのだろうか。

 そのまま俺は黙っていた、それから暫くして、


「その女の子は、どんな動物に似てたかな?」

「え……? どういう意味、かな?」


 その女の子が……似ていた?
 どういう意図で夏目さんはそんな事を……。

 なんだ?……子供の頃の俺が、女の子に話し掛けている情景が浮かんでくる。




 ーーーー『りんはさ、ここだったらーーに似てるな!』



 そうだ、俺は女の子にそう言った、そして、大笑いされたんだ……。 それは、


「……ネコ……だ」


 俺は呟く様に、当時の俺の言葉を零した。
 ここに来るまですっかり忘れていた、その場面を思い出して。
 その言葉を聞いて、夏目さんは微笑みながら俺に向き直って、言った。


「この動物園に、ネコなんていた?」


 ーーその台詞は……そんな、訳ない。だって……


「じゃあ、は……イヌに似てるね」




 ーー嘘だろ……。



「そんな、訳ない……だってあの女の子は、俺より年下で……」

「私は、昔から小さかったから」


 夏目凛…………あの女の子が?


「夏目さん、が……りん?」

「ーーそうだよ、こーくん」


 俺の事をこーくん。そう呼んだ夏目さんが、あの日の小さな女の子と重なる。

 こんな事が……。


「私は入学して徳永君を見た時に、直ぐに思い出した」

「そ、それなら……」

「高校生になったこーくんを、私はまた好きになった。 子供の頃の恋心じゃない、ちゃんと、今のこーくんを好きになったよ」


 俺の言葉を遮りながら、夏目さんは続けた。


「でも、こーくんは入学して直ぐに喜多川さんに夢中で、私は声も掛けられなかった。 必死に喜多川さんにアプローチするこーくんを、見てる事しか出来なかった……辛かったよ」


 そうか、だから今まで何も言わずに……いや、言えなかったんだ。

 夏目さんは、寂しげな瞳で俯いでいる。


「ひと月もした頃には二人は恋人同士になって、私は何も出来なかったのをずっと後悔してた……だから、こーくんが別れたと知って、直ぐに声を掛けたの、もう後悔したくなかったから」

 話しながら顔を上げて、俺を見つめるその瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
 そして、夏目さん……いや、りんは、俺の胸に顔を埋めて話し続けた。


「こーくんが、まだ喜多川さんの事を気になってるのは知ってる。でも、今度は私にも……こーくんの隣に居れる望みを、少しでも……欲しいの」


 顔を埋めたまま、涙混じりの声で、肩を震わせてりんはそう言った。

 その震える肩に手を置くと、温かいりんの体温を感じる。 そして、


「相変わらず………泣き虫だな。 早速渡したハンドタオルの出番か」


「……泣いてないよ、泣いたら……もう遊んでくれない、でしょ?」


 そうだ、そんな事も言ったな。


「大きくなったな、りん」


 まだ震えの止まらないその身体を抱きとめたまま、想い出は今に繋がって、そして進んでいく………。


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