婚約破棄どころか縁談も断られました

なかの豹吏

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婚約破棄どころか縁談も断られました

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 ここはリプシード家の領土であるミッティア。 

 私はその一人息子、リジェル=リプシードという者だ。 今日は新しく栽培した作物の初収穫で、気になるその出来を確かめに来た。


「うん、思ったより良いな」

 収穫した果実の一つを領民の男から受け取り齧ってみると、瑞々しく程良い甘みが口の中に広がる。

「はい、これでまたこの土地は更に潤うでしょう。 リジェル様のお陰です」

「いや、皆の努力の賜物だ。 労いを込めて祭を開こう、良くやってくれた」

 見聞を広める為に出た先で見つけた果実だが、上手く実ってくれたようだ。 

「ありがたい! 早速皆に伝えますっ!」

「……飲み過ぎるなよ」

「へへ、わかってますって。 それよりリジェル様」

「何だ?」

「まあ、俺なんかが言うのもなんですが……」

 言い難そうに頭を搔く男は、逸らした目を私に戻して話し出した。

「その、これは俺だけの意見じゃないんですが……」

「……だから何だ、はっきり言ってくれ」

「ええ、そろそろ、その……どなたかいい人はいらっしゃらないのかなぁ……なんて、へへ」


 ………またそれか。


「俺達は世界一の領主様だと思ってます! リジェル様みたいに領民想いな貴族なんていませんてっ! だから、幸せになってもらいたいんですよ!」

「……わかった。 いたらな」

「領民の娘達なんか皆慕ってます! 仕事熱心で男前、リジェル様ならどんな娘だって――」

「やめろ、領民の娘に手を出す領主などろくな者じゃない」

 そんな熱心に言われても困る。 大体私は今の生活に満足しているしな。

「じゃあ王都の令嬢様方は!?」

「今まで何度縁談を断ってきたと思うんだ? 私は王都の令嬢は苦手だ。 どれも着飾って家格の高い相手と結婚する事しか考えていない。 その上結婚した後どうすると思う? 今度は子供をより良い家と縁談する為に必死になって教育する。 それならまだ可愛いものだ。 子を産んで役目を果たしたと思った彼女達が次に熱心になるのは何だと思う? 自由な恋愛を求めて浮気相手の物色だぞ?」

「そ、そんな女ばかりじゃないと思いますが……」

「私の縁談相手は皆そうだと感じた」

 だから私は王都にはあまり行かない。 やる事はいくらでもあるんだ。 領主として土地を栄えさせ、領民を守り幸せにする義務が――

「でも、リジェル様は一人息子……もう二十五でしょう?  俺達は皆、リジェル様のお子様を切望してるんですよ……」

 
 ………確かに、次の優秀な領主を育てるのも義務………か。


「わ、わかった」
「ほ、ほんとですか!?」

「ああ、丁度話はあったんだ。 会わずに断ろうと思っていたが………会うだけ、会ってみる……」

 渋々と進言を受け応えると、男は満面の笑みを浮かべて、

「よかったぁ!! 皆喜びますッ!!」

「王都に行くなら祭りは先延ばしだぞ?」

「なもん構いませんてっ! リジェル様に奥様が出来たら大宴会だッ!!」

「う、上手くいかなくても文句は受け付けないからなっ!」

「種を撒かなきゃ育ちませんて! まず行動しましょっ!」


 た、種……!?  は飛躍し過ぎだろう!?

 いや、そういう意味ではないか……。


 ………やれやれ。 どうせまた破談になるだろうが、ここまで期待されると……。

 そもそも相手の名前も覚えていないな。 どの家の、誰だったか………。





 ◇◆◇





 領民の期待を一心に受け……などと格好の良いものではないが、私は久しぶりの王都へやって来た。

 縁談の相手はブランシュ家の三女でトワネという娘さんらしいが、聞けば今まで縁談すらした事がないらしい。 年齢は十八と私より大分若いが、縁談すら無しとは何か問題でもあるのだろうか?  いや、問題児というなら私もそうか……。


 さて、彼女の屋敷に着いた………が、やはり……


 ――――気が進まない……。


 かと言ってこのまま帰れば領民から何を言われるか………しかし、会ったらまた欲深そうな厚化粧の令嬢が出て来てうんざり………になる可能性大だ。


 ―――葛藤する事数十分。 領民の期待が私を倒し、意を決して門を叩く。

 門が開き、使用人の女性が現れた。


「いらっしゃいませ、お約束でしょうか?」

「はい、リジェル=リプシードと申します。 トワネさんとの縁談で伺わせて頂きました」

 私が素性を明かすと、その女性は目を見開いて表情を固めた。 

「え、縁談は断られたのでは……!?」

「は?  いや、そんな訳は……」

 ………父が断ったのか? いや、結婚しろとうるさいあの父がそんな事をする筈がない。

「か、確認致しますので、少々お待ち下さいっ!」

「はぁ」

 バタバタと慌てて屋敷の中に戻っていく使用人。 はて、何か行き違いでもあったのだろうか。


 彼女が戻るのを待っていると、玄関に咲く美しい花々が目に留まった。 それをつい見ながら歩いて行き、角を曲がった時―――


「―――はぁ、これは見事だ……」


 白、黄色、橙と並んで咲く花達に目を奪われる。 

 そして、それを優しく愛でるように水をやる女性。

 金色の長い髪、白いドレスと白い帽子を被っている。 細身で、やや深く帽子を被っているので見え難いが……



 ―――とても美しい………。



 「リジェル=リプシード様っ………―――あれ?」


 彼女が戻ったようだ。 ……もう少し、この花と彼女を見ていたかったが………いや、私は何を言っているのだ。 勝手に庭を歩くなど無礼だろう。 戻らなければ。


「あっ、リジェル様」

「はい、すみません」

「いえ、こちらこそ申し訳ございませんが……」

 彼女は眉を八の字にして、俯き気味に伝えてきた。


「トワネ様は、縁談をお受け出来ません」

「……そうですか」


 うん、それならそれで領民にも言い訳が立つ。 縁談すら断られたという情けない内容になってしまうが………事実なので仕方ない。

 それはともかく、少し気になる事がある。


「とても良い庭師がいらっしゃるようで、勝手に見惚れてしまいました。 申し訳ない」

「いえ、お気になさらず。 そう、庭の花は庭師ではなくトワネ様が育てられたんですよ」

「――な、なんと……!」


 し、信じられん……。 あの見事な花々を貴族令嬢が?  自分を着飾る事しか興味の無い生き物だと思っていたが……。


「トワネさんとは、どんな方なのですか?」

「お優しく美しい方………ですが――――縁談は受けられません、失礼します」

「あっ……」


 門は閉められた。


 また破談か、慣れたものだが。 とは言え、気になる………な。

 
 庭の見事な花を丹精に育て上げ、優しく、美しい令嬢………トワネ=ブランシュ。 

 それが縁談すら受けずに十八。


 ――――何故だ?


 ………恐らく、先程見た白いドレスの女性、彼女がトワネさんだとは思うが……。



 それから私は、屋敷から少し離れた所で考え込んでいた。 

 ブランシュ家、家柄も悪くない。 そして彼女なら引く手数多の筈……


 ―――そうか……! きっと彼女も私と同じように王都の貴族が嫌いなのだ! いや、一応苦手と言っておこう。


 ならば、私と彼女こそ良縁なのでは? 彼女なら王都で優雅に暮らすより、領民と共に暮らし領土を盛り立てる私を理解してくれる………可能性がある。


 勝手に創り上げた人物像ではあるが、どうしても彼女を知りたくなった私はその場に留まった。 


 すると、しばらくして彼女が屋敷から出て来た。 私は彼女に気づかれないように、距離を取りながらついて行く。

 そして向かった先は―――


「ここは……」


 彼女が入って行ったのは教会。 
 熱心な信者なのだろうか。

 私も中に入って行くと、彼女はやはり祈りを捧げていた。 それが終わり、教会を後にするのかと思ったがそうではなく、シスターと共に奥に入って行くではないか。

 どういう事だ? 一体奥で何をするのだろう。 私は一人のシスターに声を掛けた。

「お訊きしたいのですが、先程奥に行かれたのはトワネ=ブランシュさんですか?」

「はい、そうです」

 ふむ、やはり彼女がトワネさんで間違いない。

「彼女は奥で何をしているのでしょう?」

「ふふ、ご覧になりますか?」

 柔らかく微笑むシスター。 そう言ってくれるとは思わなかったが、ありがたくお言葉に甘えるとしよう。

「宜しいのですか?」

「どうぞ」

 奥に通され、古い木製のドアを開けると―――


「………なるほど」


 中には幼い子供達。 そして彼女は台所でシスター達と食事を作っていた。 どうやら教会が引き取った子供達に昼食を作っているようだ。


「台所に立つ貴族令嬢………それも、慈善で……」


 新鮮……と言うか、衝撃だった。

 もしかすると彼女は、貴族の娘でなかったらシスターになりたかったのか? だから神に仕え、縁談をしない?


「ご一緒なさいますか?」

「――えっ? いえそんな……! わ、私は貴族として教会の実情を見たかっただけで………そ、そうだ、寄付を……っ」


 思いがけない好意に慌てた私は、シスターに寄付を渡して部屋を後にした。 


「まあ、ありがとうございます……―――こ、こんなに!?」


 と言われても振り返る余裕は無い。 どんな硬貨を渡すかなんて選んでられなかった。


 教会を出て呼吸を整え、また彼女が出て来るのを待った。 


 ……私に気づいてないよな?  シスターに何か聞いてしまうかも知れないが。 彼女に、変な男だとは思われたくない。


 変……と言えば、気になった事がある。 トワネさんは教会の中でも、食事を作っている時でさえも帽子を被っていたな。

 何故だ?  最近の貴族令嬢の流行りなのだろうか。 私はそういうのに疎いからな。


 そして、教会から出て来た彼女が次に向かったのは……



 ――――何者かの自宅だった………。



 これは………何という事だ。


 そういう事か。 あれだけの容姿を持つ彼女が未だに一人なのは、心に決めた相手がいるからなのだ……。

 家を見る限りブランシュ家と釣り合うとは思えない。 つまり、庶民と恋に堕ちた貴族令嬢………故に、こうして隠れて逢瀬を………。


 ―――さあ、帰ろう。


 私は何も落胆などしていない。
 彼女は想像通りの素晴らしい女性だ。

 裕福でない庶民と欲では無く愛を育む。 寧ろ健全だと私は感じるよ。


 その場を去る私の背中に、開くドアの音が聞こえる。 

 振り返らない方が良い、そう思いながらも、女々しい私は彼女に目を向けてしまう。


「………」


 出て来たのは彼女と、杖をついた老人だった。 

 彼女は老人を気遣いながら二つの段を下り、にこやかに会話をしている。


 ………そうか。  彼女は身体の悪い老人の散歩と話し相手をしているのか。


 私の、勘違いだったようだ。


 茫然と見つめる私の心は、もう完全に彼女に………トワネ=ブランシュに囚われていた。


 ゆっくりと、老人に合わせて私の方に歩いてくるその姿から目が離せない。  その時――――だった。


 転びかけた老人を支える彼女。 何とか大事には至らなかったが、その拍子に彼女の白い帽子が落ちた。


 そして、私はこの美しい聖女が、何故今まで縁談すら受けずに断り続けてきたのかを理解する事になる。


 私はその帽子を拾い、彼女に手渡す。


 彼女はそれを受け取り、また深く被った。



 そして美しい、その心を表すような青い瞳を陰らせ、表情を歪めて私に言った。


「……ありがとうございます」


 彼女は私と目を合わさず礼を述べ、老人と歩いて行った。





 ◇◆◇




 夕方になり、私はまたブランシュ家の門を叩く。


「はい、いらっしゃ―――………ええと………」

「今朝伺ったリジェル=リプシードです」

「ま、まだなにかご用でしょうか?」


 無理もない。 縁談を断られた男がその日にまた現れては困惑もする。 だが―――


「トワネさんとお会いしたい」

「ですから――」
「縁談という形でなくて構わない」

「……どういう事でしょう?」


「私は、僅かだがトワネ=ブランシュさんを知った。 彼女は素晴らしい女性で、私は彼女に惹かれています」


 使用人の女性は驚いた顔をしている。 それは、私が彼女を『僅かだが知った』、そう言ったからだと思う。


「……元々詳細はお伝えしていた筈です」


 彼女が顔を顰めているのは、言いたくないトワネさんの病気の事だろう。


「私がよく目を通さずこちらに伺った非礼はお詫びします。 ですが、寧ろ読まなくて良かった」

「……?」

「文面に囚われず、トワネさん自身を見れたからです」

 彼女は雇い主であるトワネさんを慕っているのだろう。 当然だ、彼女は慕われるに十分な人物なのだから。 だからこそ使用人も私を警戒している。


「どうしても会いたい。 取り次いで頂けますか?」

「……訊いては見ますが、恐らくは……」

「待ちます、ありがとう」


 門が締まり、私は彼女を待った。

 夕方でもトワネさんの育てた花達は美しいだろうが、今はこの場から離れられない。 誠意を持って、いつまでも待つつもりだ。


 ―――門が開く。

 私は不思議と期待も不安も無かった。


 何故なら、もう心に決めていたからだ。 私には彼女しかいないと。

 今日が駄目でも諦めない。 その自信があったから。


「二度も訪ねて頂いて申し訳ないのでお会いするそうですが、手短にお願いします」

「わかりました、ありがとうございます」


 これは縁談ではない。
 
 だが、こんな気持ちで女性と会うのは初めてだ。


 会いたいと思って、会うのは。


 彼女の部屋、そのドアが開き目に映ったのは、白いドレス、そして白い帽子を被って立つ驚いた顔だった。


「……あなた、は……」


 お辞儀をしようと立って待ってくれていたのだろうが、それを忘れて彼女は茫然と呟く。

 帽子を拾って渡しただけ。 それでも私を覚えているのは、残念だが嫌な思いをした相手だからだろう。


「初めまして、リジェル=リプシードです」

「………トワネ=ブランシュです」


 あの時、『ありがとう』と目を逸らし言われたのと同じ表情だ。


「……縁談は、お断りしたのに、お話というのは……」


 今もきっと、嫌な思いをさせてしまっている。 だが伝えたい、あなたがどんなに素敵で、私がどんなに貴女を想っているのかを。


「私は、貴女の育てた花に見惚れました」

「……花?」

「はい。 そして貴女が気になって、今日一日、恥ずかしながら貴女を見ていた。 申し訳ありません」


「………」


「たった一日。 それでも私が感じ、貴女に想った気持ちは――――貴女と生きたい」


「………やめてください」


「私の、妻になって欲しいのです」


 初めての求婚。

 私は真っ直ぐに彼女を見つめ、偽りない言葉を伝えた。


「……リジェル様はリプシード家の跡取り、それもとてもお美しいお方です。 今日見た通り、私は貴方に相応しくない」

「見た……?」


 主が心配で同席している使用人が目付きを変える。 


「いくら時間をかけてもいい。 私の事も知ってもらいたい。 私の気持ちは変わらない」


 私の言葉を聞き、彼女は震える手で顔を覆う。


「……お帰りください……もう、耐えられません……」


 彼女の声が、肩が震えている。


「リジェル様、申し訳ありませんが……」


 使用人の女性に促され、私は部屋を出された。 




 門前で、悲しそうな目をした使用人は私に話を聞かせてくれた。


「……正直、嬉しかったです……」

「いえ、結局泣かせてしまった」


 泣く姿を見るのは辛かった。 だが、彼女の方が私より何倍も辛かっただろう。 


「私は、何か力になれないだろうか」


 諦めるつもりは無い。 だが、悪戯に近づくのは彼女を苦しめるだけなのかも知れない。 呟く私に、


「………トワネ様には、歳の近い二人のお姉様がいます」


 彼女は語り出した。


 聞けば、二人の姉は美しく生まれたトワネさんを妬み、将来自分達より家格の高い相手と結ばれるのを恐れていたらしい。

 そして毎日のように嫌がらせをされ、精神的に疲れ追い込まれたトワネさんの頭髪は抜け落ちていったのだそうだ。


 私が見た、女性として引け目を感じるだろうあの姿の原因は、家族にあったのか。


「お医者様も、精神的な問題だろうと」

「そうですか……」

「そのお姉様達も既に嫁ぎ、良くなっていかれると願っていたのですが……。 こんな自分では男性の前に立てない、いつまでも嫁げない事に劣等感を持ってしまったのかも知れません」


 そうか……。

 ただ私は気にしない、貴女が好きだと言っても簡単には受け入れられないのだろうな……。


「話してくれてありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございます。 お気をつけて」






 ◇◆◇





 翌日、ドア越しに使用人が声を掛ける。


「トワネ様、今日は教会に行かれないのですか?」


「今日は……体調が優れません」


 弱々しい返事に目を伏せ溜息を吐いていると、門を叩く音が聞こえてくる。


 門を開け、使用人は来客を見た瞬間、時が止まったように制止してしまった。





「と、トワネ様……お客様が見えてます」

「………体調が優れません」


「ですが、どうしてもと……リジェル様が……」

「――っ……!」


 枕に顔を埋めていたトワネは、その名を聞き身を跳ねさせた。


「お、お帰り頂いて下さい……身支度も出来ていないのです……」


 そうドア越しに伝えるが、


「寝たままで構わない、少し話したらすぐに帰る」


 使用人と共にもうドア越しまで来ていたリジェルは、許可される前にドアを開いてしまう。


「――えっ、こ、困ります……! ま、まだ帽子を……」


 慌てて枕を頭に乗せるトワネ。 そしてリジェルを見た彼女は―――


「私はこう見えて領民から期待されていてね、未来の妻も救えないでは民を落胆させてしまう」


 彼の放つ言葉も上の空で、目を丸くして茫然と呟く。


「……な、なにを……」


「だが男としては二十五にもなって婚約者もいない行き遅れだ。 だが劣等感など無い。 何故なら……」


 歩み寄り、ベッドに居るトワネに跪く。


「私はただ、貴女のような人に巡り会ってなかっただけだからだ」


「どうして……そんな………」


 トワネはリジェルの目ではなく、その少し上に視線を向けている。


「貴女が精神的に病んでいるなら、夫である私が癒しましょう。 丹精込めて育てた作物は、それに応えて美味しくなる。 貴女の育てた花達が美しいように」


 使用人は声を殺して泣き、トワネはよろよろと身体を起こし、帽子も、枕も無い姿でリジェルを見つめた。


「私は、生涯トワネ=リプシードに愛情を注ぐ。 それで効果が無いなら、その責任は夫である私にある」


 言葉は遂に届き、青く澄んだ瞳を潤ませていく。 そして、少し呆れた顔で微笑んだ彼女は、


「まだ、トワネ=ブランシュです」

「失礼、気持ちが先走りました」


 跪き見つめ続けるリジェル。 トワネはその頭に手を置き、頬に涙の筋を作った。


 それが幸いの涙だと証すように、慈愛に満ちた瞳を細め―――


「可愛い……」


 子供のように愛でられたリプシード家の跡取りは、気恥しそうにしてから顔を引き締める。


「少しふざけた言葉になりますが………リジェル=リプシードは、の曇りもなく、貴女を愛しています」


 一本の刈り残しも無い頭で愛を伝えるリジェル。  ブランシュ家の三女は、女神のような顔を寄せて言い放った。


「私より先に生えたら、また………刈っていいですか?」


「貴女好みにして下さい。 貴女にしか、好かれる必要は無いので」


 微笑み合う二人には、もう芽生えているのだろう。 何よりも大事な絆が。



 長らくお待たせしたが、どうやら領民達の願いは届き、リプシード家は存続しそうだ。



 刈り取られる事の無い、強い愛情が土地を潤していく事だろうから。



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