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『運命の赤い本』2
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「お前、いっつもここの奴だな。そんな美味いか?」
「ええ。ここは妖精御用達ですからね。妖精の研究家としては、やはり少しでも彼らと同じ物を食べたいじゃないですか。それに私、添加物が入ってるとくしゃみが止まらなくなるんですよ」
「ああ、化学物質過敏症か。難儀だな、お前も」
「全くです。私だって本当はジャンクフード食べたいんですよ」
「私が今度作ってあげる。ハンバーガーのセットでいい?」
「いいですね! 桜さんのなら私も食べられます」
珍しく満面の笑みで言うクリストファーにエドワードと楓の視線が冷たくなるが、今はそれどころではない。
「で、一体どんな本なんだ? たかが本であんなになるなんて異常だぞ」
「まずこのサイト見て。その本を読んでから不思議な現象に悩んでる人達のサイトなんだ」
楓はそう言ってノートパソコンをエドワードとクリストファーの方に向けた。そこには問題の本についての解説とそれを読んだことに寄って引き起こされたであろう色んな事象が書き込まれている。
エドワードとクリストファーは揃ってそのページを覗き込んだ。
噂の本は血の様に真っ赤な装丁で、タイトルは『タイムトラベル~運命の恋人を探して~』という。
タイトルからは素敵な恋愛ものを想像するが、内容はそこに至るまでの描写が酷い。とにかくグロい。どうやら最終的にはハッピーエンドのようだが、それまでの経緯のせいであまりハッピーエンド感が無い上に、全体的にはありふれたSFだ。
「これを……読んだのか? イオリは」
「うん。学校で気味悪い本って噂になってて、お兄ちゃんの仕事にピッタリだなと思って勧めたんだけど……」
シュンと項垂れた楓の頭をエドワードはガシガシ撫でると、掲示板を読み始める。掲示板には最新のものでは五分前に投稿されていた。その前は7分前だ。それはつまり、今もなおこの本が話題だということだ。
掲示板をじっと見ているエドワードとは違い、クリストファーは桜から受け取った本を物凄いスピードで読み進めている。
「どうだ? 倒れるほどか?」
「私やエドは大丈夫だと思いますよ。ですがイオはねぇ……感化されやすいですから。これは本に何かが憑いているというよりは、ある種の呪いというかおまじないみたいなものがあちこちに散りばめられていますね。これを書いた人は、それを分かった上で書いたんだと思います」
「サブリミナル効果のようなものか?」
「ええ。読んだ人が中毒症状を引き起こすような仕掛けがしてあるんです。そしてそれに便乗している者がいますね。桜さん、これから毎晩イオの部屋でこのベルを鳴らしてやってください。あと、これを玄関にでも飾っておいてください」
クリストファーは桜にガーゴイルの置物と金色のベルを渡すとまた本を読み始めた。
「頭痛、吐き気はまぁこの内容なら理解できるが、この夢というのが気になるな」
「この本ね、読んだ人の何人かがこの作者と同じ体験っていうか、同じ夢を見る様になるんだって。私も読んだけどそんな事全然無かったからお兄ちゃんに勧めたんだけど……桜が読みたくないって言った時点で止めとけば良かった……」
「桜は読んでないのか?」
「うん。何かすごく……嫌な感じがするの」
エドの言葉に頷いた桜を見て、クリストファーも頷いている。
「桜さんは負けないと思いますけどね、読んでも。ただそういうのを無しにしてもあまり気持ちのいい本ではないので、読まなくて正解だと思いますよ」
「なんだ、お前もう読んだのか? で、どんな内容なんだ?」
「ええ。主人公はルギという天才少年です。時代設定は2201年。世界が国という概念を失くし、統一された世界のようです。ルギはある日、貸本屋で一冊の真っ赤な装丁の『過去からの手紙』という本に出会います。本の主人公はユズという女の子。女の子は2015年に高校の資料室から姿を消し、1830年のイギリスに飛ばされたようです」
そこまで言ってクリストファーはお茶を飲む。じっと聞いていたエドワードは眉根を寄せた。
「随分ややこしい話だな」
「ええ。少年の視点で語られたユズという少女の人生のお話ですね、簡単に言えば。ややこしいのはここからですよ。ユズが飛ばされた先は奴隷制度が横行するイギリスのど真ん中でした。言葉も分からないユズはそこで奴隷としてある家に売られ、それから三年間ありとあらゆる拷問を受けて亡くなります」
「ユズはヒロインだろう⁉ それが死ぬのか!」
「最後まで聞いてくださいよ。この『過去からの手紙』の著者はユズの姉でした。ユズ一家は彼女が姿を消した後、何年も彼女を探し続けたそうです。両親は心労で亡くなり、それでも姉は妹を探し続けた。そんな姉の元に、ある日小包が届きます。差出人はマリーという少女でした。投函日は1834年、12月6日」
「なるほど、それで過去からの手紙、な」
「はい。その小包を不審に思った姉は中を見て驚愕します。中から出て来たのは、拷問を受けていたユズの手記だったからです。亡くなる前日まで、ユズは姉に宛てた手紙を書き続けていました。そして奴隷制度が廃止になるのを待たずユズが息を引き取った事を知った姉は、一冊の本を書いてそのまま自ら命を断ちます」
「……待て。それのどこがロマンチックで感動的なんだ? そもそもそのルギはどこへ行ったんだ」
「まぁ聞いてくださいよ。姉はね、2025年に本を出したんです。それが『過去からの手紙』です。この本には姉の並々ならぬ想いが詰まっていたのでしょう。色んな人の手を介して2201年に生きる、ルギの手に渡りました。それを興味本位で読んだ彼は、その日から毎日ユズの夢を見るようになったんです。幽霊のような存在になってユズの半生を追体験した彼は、それから猛勉強をして二十年後にタイムマシンを開発して過去の自分に全てを託してユズを助け、ユズと共に2018年に戻りましたとさ。めでたしめでたし」
優雅にお茶を飲みながらそんな事を言ったクリストファーを、エドワードは半眼で睨みつけた。
「ええ。ここは妖精御用達ですからね。妖精の研究家としては、やはり少しでも彼らと同じ物を食べたいじゃないですか。それに私、添加物が入ってるとくしゃみが止まらなくなるんですよ」
「ああ、化学物質過敏症か。難儀だな、お前も」
「全くです。私だって本当はジャンクフード食べたいんですよ」
「私が今度作ってあげる。ハンバーガーのセットでいい?」
「いいですね! 桜さんのなら私も食べられます」
珍しく満面の笑みで言うクリストファーにエドワードと楓の視線が冷たくなるが、今はそれどころではない。
「で、一体どんな本なんだ? たかが本であんなになるなんて異常だぞ」
「まずこのサイト見て。その本を読んでから不思議な現象に悩んでる人達のサイトなんだ」
楓はそう言ってノートパソコンをエドワードとクリストファーの方に向けた。そこには問題の本についての解説とそれを読んだことに寄って引き起こされたであろう色んな事象が書き込まれている。
エドワードとクリストファーは揃ってそのページを覗き込んだ。
噂の本は血の様に真っ赤な装丁で、タイトルは『タイムトラベル~運命の恋人を探して~』という。
タイトルからは素敵な恋愛ものを想像するが、内容はそこに至るまでの描写が酷い。とにかくグロい。どうやら最終的にはハッピーエンドのようだが、それまでの経緯のせいであまりハッピーエンド感が無い上に、全体的にはありふれたSFだ。
「これを……読んだのか? イオリは」
「うん。学校で気味悪い本って噂になってて、お兄ちゃんの仕事にピッタリだなと思って勧めたんだけど……」
シュンと項垂れた楓の頭をエドワードはガシガシ撫でると、掲示板を読み始める。掲示板には最新のものでは五分前に投稿されていた。その前は7分前だ。それはつまり、今もなおこの本が話題だということだ。
掲示板をじっと見ているエドワードとは違い、クリストファーは桜から受け取った本を物凄いスピードで読み進めている。
「どうだ? 倒れるほどか?」
「私やエドは大丈夫だと思いますよ。ですがイオはねぇ……感化されやすいですから。これは本に何かが憑いているというよりは、ある種の呪いというかおまじないみたいなものがあちこちに散りばめられていますね。これを書いた人は、それを分かった上で書いたんだと思います」
「サブリミナル効果のようなものか?」
「ええ。読んだ人が中毒症状を引き起こすような仕掛けがしてあるんです。そしてそれに便乗している者がいますね。桜さん、これから毎晩イオの部屋でこのベルを鳴らしてやってください。あと、これを玄関にでも飾っておいてください」
クリストファーは桜にガーゴイルの置物と金色のベルを渡すとまた本を読み始めた。
「頭痛、吐き気はまぁこの内容なら理解できるが、この夢というのが気になるな」
「この本ね、読んだ人の何人かがこの作者と同じ体験っていうか、同じ夢を見る様になるんだって。私も読んだけどそんな事全然無かったからお兄ちゃんに勧めたんだけど……桜が読みたくないって言った時点で止めとけば良かった……」
「桜は読んでないのか?」
「うん。何かすごく……嫌な感じがするの」
エドの言葉に頷いた桜を見て、クリストファーも頷いている。
「桜さんは負けないと思いますけどね、読んでも。ただそういうのを無しにしてもあまり気持ちのいい本ではないので、読まなくて正解だと思いますよ」
「なんだ、お前もう読んだのか? で、どんな内容なんだ?」
「ええ。主人公はルギという天才少年です。時代設定は2201年。世界が国という概念を失くし、統一された世界のようです。ルギはある日、貸本屋で一冊の真っ赤な装丁の『過去からの手紙』という本に出会います。本の主人公はユズという女の子。女の子は2015年に高校の資料室から姿を消し、1830年のイギリスに飛ばされたようです」
そこまで言ってクリストファーはお茶を飲む。じっと聞いていたエドワードは眉根を寄せた。
「随分ややこしい話だな」
「ええ。少年の視点で語られたユズという少女の人生のお話ですね、簡単に言えば。ややこしいのはここからですよ。ユズが飛ばされた先は奴隷制度が横行するイギリスのど真ん中でした。言葉も分からないユズはそこで奴隷としてある家に売られ、それから三年間ありとあらゆる拷問を受けて亡くなります」
「ユズはヒロインだろう⁉ それが死ぬのか!」
「最後まで聞いてくださいよ。この『過去からの手紙』の著者はユズの姉でした。ユズ一家は彼女が姿を消した後、何年も彼女を探し続けたそうです。両親は心労で亡くなり、それでも姉は妹を探し続けた。そんな姉の元に、ある日小包が届きます。差出人はマリーという少女でした。投函日は1834年、12月6日」
「なるほど、それで過去からの手紙、な」
「はい。その小包を不審に思った姉は中を見て驚愕します。中から出て来たのは、拷問を受けていたユズの手記だったからです。亡くなる前日まで、ユズは姉に宛てた手紙を書き続けていました。そして奴隷制度が廃止になるのを待たずユズが息を引き取った事を知った姉は、一冊の本を書いてそのまま自ら命を断ちます」
「……待て。それのどこがロマンチックで感動的なんだ? そもそもそのルギはどこへ行ったんだ」
「まぁ聞いてくださいよ。姉はね、2025年に本を出したんです。それが『過去からの手紙』です。この本には姉の並々ならぬ想いが詰まっていたのでしょう。色んな人の手を介して2201年に生きる、ルギの手に渡りました。それを興味本位で読んだ彼は、その日から毎日ユズの夢を見るようになったんです。幽霊のような存在になってユズの半生を追体験した彼は、それから猛勉強をして二十年後にタイムマシンを開発して過去の自分に全てを託してユズを助け、ユズと共に2018年に戻りましたとさ。めでたしめでたし」
優雅にお茶を飲みながらそんな事を言ったクリストファーを、エドワードは半眼で睨みつけた。
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