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第205話 謎の少女リリー

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 老婆はミアを見て眉根を寄せて睨みつけてきた。ここまではっきりと拒絶されると心が折れそうになるが、ミアはキリに貰ったお守りのネックレスを握りしめる。

「何度来ても答えは同じだよ。ここには私と旦那しか住んでない。いくら位の高い人に聞かれても答えは変わらないよ」
「ええ、そうだと思います。だからここにメイリング王が来られた時もそんな風に追い返したんですよね?」
「……」
「一つだけ聞かせてください。あなた達の秘密は絶対に、どんな敵がやって来ても守れますか? 一人の女性の命がかかっているんです。何も話せないというのなら、誓ってください。ルーデリア王に」

 お守りを握りしめてはっきりと言い切ったミアを見て老婆の表情が一瞬緩んだ。

「……あんた達、幻の大陸の人なのかい?」
「はい。ルーデリアの王妃キャロライン様の命でメイリングから逃げてきたレヴィウス出身の女性を探しています。彼女は何か大きな秘密を知りメイリングから逃げてきたようで、今もその生命を狙われています」

 そこまで言ってミアはポシェットからある物を取り出した。

 それはルーデリアの城仕えをしている人たちに配られる腕章だ。これは王から直々にもらう物なので偽物などあり得ない。

「これで不十分であれば、こちらも」

 そう言ってミアはさらにポシェットの奥から前回の戦争の時に貰った勲章を取り出したところで老婆はゴクリと息を飲んだ。

「こ、これ……この勲章はあんた……もしかして……」
「ばぁさん、この子はミアだよ。あの時の英雄の一人だ」

 ミアが説明するのをそれまで隣でじっと聞いていたエリスが伊達メガネと付け髭を取って言うと、その顔を見て老婆は驚いたように目を見開く。

「あ、あんた勇者エリス!?」
「そーだよ。まぁ勇者ってのは言いすぎだけどな。ちなみに女神ティナもいるぞ」
「その呼び方は止めろ。恥ずかしい」

 それまで塀の外で待っていたティナがカツラを取りながら現れた。

「ひ、ひぃぃぃ」

 あまりの事に老婆はとうとう尻もちをついて後ろに転げてしまう。

「だ、大丈夫ですか!?」
「おいばぁさん、どこも怪我してないか!?」
「そんなに驚かなくてもいいだろう? まるで私達がお化けみたいじゃないか」

 3人で老婆を助け起こすと、老婆はまだぼんやりしたまま3人をじっと見比べる。

「と、とりあえず中に入ってくださいまし。旦那にも言わないと」

 老婆は通りをキョロキョロと見渡して3人に家の中に入るよう促した。

 3人はそれに従って家の中に入ると、すぐに何か異様な雰囲気に気づく。

「窓は開けないんですか?」

 何気なくミアが言うと、老婆はコクリと無言で頷く。どうやらあの子供服の他にも何か事情がありそうだと察したミアはそれ以上はもう何も尋ねなかった。

 案内されたのは調度品も何もない辛気臭い客間だった。恐らく元々はちゃんとした部屋だったのだろう。あちこちに何かが置いてあった痕跡がある。

「ちょっと待っててくださいね。旦那を連れてきます」

 老婆はそれだけ言って部屋の外に消えていく。

 しばらくしてやってきたのは老婆に支えられて杖をついた老人だ。老人はミア達を見るなりその場に泣き崩れて頭を床に擦り付ける。

「すみません、すみません……どうか、どうかあの子だけは許してください……あの子の両親が、私達の息子が全て悪いのです……だからどうか、どうか私達からあの子を取り上げないでください……」
「……」
「……」
「……私たちは別にお前たちから誰かを取り上げに来たのではないぞ?」

 あまりの事に驚いたミアとエリスとは違い、ポカンとした様子でティナが言うと、老夫婦は驚いて顔を上げた。

「え?」
「で、では何故……?」
「何故も何も、ここにメイリング王がやってきただろう? その話を聞きたかっただけだ。ついでに言えばあいつらよりも先にその女性を保護したいだけなのだが」

 ミアが言うには干してあったのは子供服だと言う。だが自分たちが探しているのはメイリングから逃げてきた女性だ。明らかに別人である。

 当然だとでも言いたげなティナの言葉に老夫婦は戸惑ったような顔をしてエリスを見上げている。

「ティナの言う通り、俺たちは別にあんた達が匿ってる子を取り上げにきた訳じゃない。メイリング王が尋ねて来た女性について何か知ってるか聞きたかっただけなんだ」

 エリスの言葉にミアも頷いたのを見て老夫婦は糸か何かが切れたかのようにその場に呆けたように座り込んだ。

「そうだったのですか……でも……いや、ではやはりあの子を連れて行かれるのですね……」

 小さな声で言う老人の肩を老婆が掴んだ。

「あんた、まだ信じてるのかい!? あの子がリリーな訳ないだろう!? あの子はどうせモルグがどっかでこさえた子だよ!」

 リリーだとは思えないが、どことなくモルグの面影が少女にはあった。もしもモルグの血縁者なら何に逆らっても守ってやらなければならない。

 そんな老婆とは裏腹に老人はまだ少女をリリー本人だと信じ込んでいる。

「いいや、あれはリリーだ。儂が可愛い孫を間違える訳ないだろうが!」

 怒鳴り返した老人はその勢いで咳き込む。そんな老人の前にミアが膝をついて座り込むと静かに言う。

「お話を、聞かせていただけますか?」

 キリ曰くミアには不思議な力があるという。優しく静かに尋ねられると、何でも話してしまいたくなる不思議な力が。それをキリは『天使の声』と呼ぶが、明らかにキリの欲目だ。けれど、今はその言葉を信じたい。

 真剣なミアの顔を見て老夫婦は頷いてぽつりぽつりと話しだした。

「私達にはモルグと言う息子が一人いました。モルグは頭の良い子で、とにかく世渡りがうまかったんです。口が上手くて器用で……」

 そこで老婆は言葉を詰まらせた。

「何か事情があんだろ? 言いたくない事は言わなくていい」
「は、はい。いえ、犯罪を……侵していたんです。仕事を探しに行くと言ってメイリングに仕事探しに行って、悪い仲間にそそのかされたのか自らその道を選んだのかは分かりませんが、とにかくメイリングで……奴隷商を……していました」
「それはどうして分かったんだ?」
「私達の元にある日モルグから一通の手紙が届いたんです。その手紙には、財を得た。伯爵位も得た。これで底辺の生活から抜け出せと書かれていました。モルグがしていたのは奴隷の仲介業者でした。モルグはメイリングではなくいつの間にかレヴィウスに戻ってきていたようで、手紙には小切手と嫁と孫が描かれた絵姿も一緒に入っていたんです」
「私たちは手紙に書かれた住所を頼りににモルグの元に向かい、伯爵位や大金をどうやって手に入れたのかと問い詰めました。そうしたら、あいつは奴隷を仲介する仕事を裏でしていた。それを聞いて私たちはすぐさま縁を切りました。それから十数年、一切の連絡は取らず、周りには息子は死んだと伝えていたんです。そうしたら……」

 老人はそこまで言ってチラリと屋根裏部屋のある方向を見て大きなため息を落とした。

「ついこの間の事です。私が買い物をして帰ってきたらボロボロの服を来た傷だらけの少女が家の前で倒れていました。私は驚いて少女を保護して事情を聞くと、少女は怯えて何も話さない。困り果てた私たちは教会に少女を預けようとしましたが、少女はそれを酷く嫌がったのです。仕方なく私たちはそれから面倒を見ていたのですが、ある時少女がポツリと私達に向かって『おじいちゃん、おばあちゃん』と言ったんです」
「おじいちゃん、おばあちゃん? 誰かと勘違いしているのですか?」

 ミアの言葉に老人が首を振った。
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