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第30話 フェルナンの過ち
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「……なんだと?」
眉をひそめるフェルナンに、ベアトリスはしみじみと続けた。
「他人と比べるのはやめたわ。だって、自分が辛くなるだけだもの」
「自分が辛くなる、か。たしかに……そうだな」
なにか思うところがあったようで、フェルナンは腕組みしてそう言ったきり、一言もしゃべらなくなった。
✻ ✻ ✻
小腹が満たされて眠くなったようで、向かいの席に座るベアトリスがうたた寝を始めた。それを見て、子供みたいな奴だな、とフェルナンは苦笑する。
婚約者として紹介された時、フェルナンはベアトリスではなく、その後ろに控えていたセレーナに目を奪われた。
泣いている彼女を偶然見かけ、密会を繰り返すようになってからは、守ってやりたいという想いが募るばかり。
妻にするのなら、可愛げのないベアトリスではなく控えめで健気なセレーナの方が良いのに……と何度思ったことか。
だが、理由もなく国王の決めた縁談を破棄できない。
フェルナンはセレーナに別れを告げようとしたが、その日、突然の相談に出鼻を挫かれた。
『殿下、実はわたし……以前は、もっと強い力があったんです……』
『あった? ということは、今は違うのか?』
『はい……不思議なことに……ベアトリスが上級聖女になってから、力がなくなってしまって……』
フェルナンは専門家ではないので分かりかねるが、病気や加齢で能力が衰えるならまだしも、急に失うのは不自然すぎる。
『……もしや、呪具……』
『えっ……!? ベアトリスが、呪具を使って……わたしの力を……?』
『いや、ただの憶測だ。すまない、今の話は──』
『忘れてくれ』と言いかけた時、セレーナが珍しくフェルナンの言葉を遮った。
『実は! ベアトリスがとても大切にしているネックレスがありまして……それを見ると、わたし、とても気分が悪くなるのです。もしかして、あれが……』
『本当か!? すぐに専門家に見せてみよう。持ち出せるか?』
『や、やってみます!』
こうしてネックレスを押収し鑑定したところ、予想通りそれは呪具だと判明した。
フェルナンはその旨を国王と王妃に説明し、ベアトリス親子をすぐさま処断しようとしたが──異を唱える者がいた。
近衛副団長のユーリスだ。
『殿下、裁判もせず断罪するのは、いささか早急ではございませんか』
『早急なものか! ベアトリスの母親が生前、呪具を扱う闇市でネックレスを購入したという証言がある。ハッ! 家族ぐるみの犯行とは恐ろしい奴らだ、裁判の機会など与える必要はない!』
【…………滅茶苦茶だな、この馬鹿王子】
『ん? なにか言ったか? 今のは……共和国語か?』
異国の言語で何事かを囁いたユーリスは、フェルナンの求めに応じて今度はハキハキと述べた。
『失礼いたしました。騎士団に入団するまでは共和国に留学しておりましたので、思わず。では改めて申し上げます。その証言だけでは不十分です。今一度お考え直しを』
『貴様! なんと無礼な……! あぁ、そういえばお前とベアトリスは遠縁だったな。さては身内の悪事を隠蔽するつもりか!』
『いえ、そのようなことは致しません。私は騎士として、改めて捜査の続行を進言して──』
『うるさい、黙れ! 俺は進言など求めておらん。お前をこの事件の捜査から外す。これは王太子命令だ!』
憤るフェルナンに対し、ユーリスはいつもの冷たい無表情のまま頭を下げ去っていった。
車窓を流れる景色を眺めながらフェルナンが過去を思い出していると、目の前で「うぅん」という小さな声が聞こえてきた。
視線を向ければ、ベアトリスが寝ぼけ眼を擦っている。
「……あれ? 私、寝てました?」
「あぁ、ぐっすりとな」
寝顔を見られたのが恥ずかしかったのだろう、照れくさそうに視線をそらすベアトリスは年相応にあどけなく可憐だ。
呪具を用いて異母姉を陥れる悪女には見えない。
(こいつは本当に罪人なのであろうか。まさか俺は、重大な間違いを犯したのではないか……?)
焦りにも似た激しい不安に突き動かされ、フェルナンは身を乗り出して問いかけた。
「ベアトリス。お前は本当にあのネックレスが呪具だと知らなかったのか?」
「へ?」
「へ? じゃない。寝ぼけていないで、さっさと答えよ」
「ええ、もちろんです。私は本当に知りませんでした! と言っても、信じてくれないでしょうけれど……」
「いや。今回は、お前を信じてみようと思う」
「……信じる? 私たち親子を追放した殿下の口から、そのようなお言葉が聞けるとは思いもしませんでしたわ。いったい、どのような心境の変化でしょうか?」
ベアトリスが疑うような眼差しを向けてくる。
「もし本当に信じてくださるのなら、私の父も交えて弁明の機会をお与えください」
「いや……そのこと、なんだが……実は……バレリー卿は……」
眉をひそめるフェルナンに、ベアトリスはしみじみと続けた。
「他人と比べるのはやめたわ。だって、自分が辛くなるだけだもの」
「自分が辛くなる、か。たしかに……そうだな」
なにか思うところがあったようで、フェルナンは腕組みしてそう言ったきり、一言もしゃべらなくなった。
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小腹が満たされて眠くなったようで、向かいの席に座るベアトリスがうたた寝を始めた。それを見て、子供みたいな奴だな、とフェルナンは苦笑する。
婚約者として紹介された時、フェルナンはベアトリスではなく、その後ろに控えていたセレーナに目を奪われた。
泣いている彼女を偶然見かけ、密会を繰り返すようになってからは、守ってやりたいという想いが募るばかり。
妻にするのなら、可愛げのないベアトリスではなく控えめで健気なセレーナの方が良いのに……と何度思ったことか。
だが、理由もなく国王の決めた縁談を破棄できない。
フェルナンはセレーナに別れを告げようとしたが、その日、突然の相談に出鼻を挫かれた。
『殿下、実はわたし……以前は、もっと強い力があったんです……』
『あった? ということは、今は違うのか?』
『はい……不思議なことに……ベアトリスが上級聖女になってから、力がなくなってしまって……』
フェルナンは専門家ではないので分かりかねるが、病気や加齢で能力が衰えるならまだしも、急に失うのは不自然すぎる。
『……もしや、呪具……』
『えっ……!? ベアトリスが、呪具を使って……わたしの力を……?』
『いや、ただの憶測だ。すまない、今の話は──』
『忘れてくれ』と言いかけた時、セレーナが珍しくフェルナンの言葉を遮った。
『実は! ベアトリスがとても大切にしているネックレスがありまして……それを見ると、わたし、とても気分が悪くなるのです。もしかして、あれが……』
『本当か!? すぐに専門家に見せてみよう。持ち出せるか?』
『や、やってみます!』
こうしてネックレスを押収し鑑定したところ、予想通りそれは呪具だと判明した。
フェルナンはその旨を国王と王妃に説明し、ベアトリス親子をすぐさま処断しようとしたが──異を唱える者がいた。
近衛副団長のユーリスだ。
『殿下、裁判もせず断罪するのは、いささか早急ではございませんか』
『早急なものか! ベアトリスの母親が生前、呪具を扱う闇市でネックレスを購入したという証言がある。ハッ! 家族ぐるみの犯行とは恐ろしい奴らだ、裁判の機会など与える必要はない!』
【…………滅茶苦茶だな、この馬鹿王子】
『ん? なにか言ったか? 今のは……共和国語か?』
異国の言語で何事かを囁いたユーリスは、フェルナンの求めに応じて今度はハキハキと述べた。
『失礼いたしました。騎士団に入団するまでは共和国に留学しておりましたので、思わず。では改めて申し上げます。その証言だけでは不十分です。今一度お考え直しを』
『貴様! なんと無礼な……! あぁ、そういえばお前とベアトリスは遠縁だったな。さては身内の悪事を隠蔽するつもりか!』
『いえ、そのようなことは致しません。私は騎士として、改めて捜査の続行を進言して──』
『うるさい、黙れ! 俺は進言など求めておらん。お前をこの事件の捜査から外す。これは王太子命令だ!』
憤るフェルナンに対し、ユーリスはいつもの冷たい無表情のまま頭を下げ去っていった。
車窓を流れる景色を眺めながらフェルナンが過去を思い出していると、目の前で「うぅん」という小さな声が聞こえてきた。
視線を向ければ、ベアトリスが寝ぼけ眼を擦っている。
「……あれ? 私、寝てました?」
「あぁ、ぐっすりとな」
寝顔を見られたのが恥ずかしかったのだろう、照れくさそうに視線をそらすベアトリスは年相応にあどけなく可憐だ。
呪具を用いて異母姉を陥れる悪女には見えない。
(こいつは本当に罪人なのであろうか。まさか俺は、重大な間違いを犯したのではないか……?)
焦りにも似た激しい不安に突き動かされ、フェルナンは身を乗り出して問いかけた。
「ベアトリス。お前は本当にあのネックレスが呪具だと知らなかったのか?」
「へ?」
「へ? じゃない。寝ぼけていないで、さっさと答えよ」
「ええ、もちろんです。私は本当に知りませんでした! と言っても、信じてくれないでしょうけれど……」
「いや。今回は、お前を信じてみようと思う」
「……信じる? 私たち親子を追放した殿下の口から、そのようなお言葉が聞けるとは思いもしませんでしたわ。いったい、どのような心境の変化でしょうか?」
ベアトリスが疑うような眼差しを向けてくる。
「もし本当に信じてくださるのなら、私の父も交えて弁明の機会をお与えください」
「いや……そのこと、なんだが……実は……バレリー卿は……」
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