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~ 救国の転生幼魔女 ~
30話
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(うぅ……やっぱり歩きにくいなぁ……)
冴え冴えとした満月の夜。
妖精たちの手引きでリシャール邸を抜け出したセレスティアは、手持ちのランプの明かりを頼りに屋敷の裏手にある森の中を歩いていた。
薄暗くて足元が見えにくい。そのうえ一歩進むごとにドレスの裾が足にまとわりつき、ひどく鬱陶しい。
できれば脚衣をはいてきたかったが、いかんせんクローゼットの中にあったのはヒラヒラのドレスばかり。せめてその中でも動きやすそうな服を選んできたものの、やはり歩きにくい。
さらに先程まで小雨が降っていたせいで地面がぬかるみ、足場のコンディションは最悪だ。
(十二歳の身体だったら、もうちょっと楽なのに……。はぁ、はぁ……三歳、体力なさすぎっ……!)
生まれたての子鹿のように足が震え、ついに一歩も進めなくなってしまった。
ぜぇぜぇと荒い息をつき、倒木にもたれてひと休みしていると、セレスティアが遅れているのに気が付いたのだろう。先導していたマリアベルとシルフ三人が、ハッと振り返った。
『セレスティア、大丈夫?』
二本足で歩み寄ってきたマリアベルは、羽根飾りのついた唾広の帽子をかぶり、マントを羽織って後ろ足にはロングブーツ。
胴体に巻き付けた革のベルトには、銀のレイピアが吊り下がっている。
まるで、さすらいの騎士のような出で立ちだ。
なんでもこの格好はケットシーの戦装束なのだそうだ。
場違いなドレス姿のセレスティアと違い、動きやすそうで羨ましい。
「うん! だい、じょうぶ……! ぜんぜん……へいきっ!」
『強がりはおよしなさいな。息が上がっているじゃないの。ほら、荷物を持ってあげるから貸しなさい』
「でも……」
いくら妖精とはいえ、マリアベルの見た目は可愛らしい猫だ。重たいものを預けるのは申し訳なくて迷っていると、マリアベルは『いいから!』と鞄をさっと奪い取り、そのまま歩き出してしまった。
この猫妖精、やっぱりイケメンだ。
再び鬱蒼とした森の中を進み続けること数分。前を飛んでいたシルフ三人が、ぴたりと止まった。
『ここがケルピーの聖域の入り口だヨ』
そう言ってシルフたちが指差したのは、低木と茂みに覆われた雑木林だった。
道は密集した草木に閉ざされ、藪をかき分けたところで到底進めそうにない。
『聞き忘れていたけど、セレスティア、貴女どうやってここに入るノ?』
シルフのひとりがそう問いかけてきたのをきっかけに、他のシルフたちも賑やかに話し出す。
『そういえば、そうだわネ。聖域は、妖精が人の目を誤魔化すために作る〝縄張り〟だもノ。もし招かれざる客が足を踏み入れたら……あら? どうなるんだったカシラ?』
『迷っちゃうのヨ! 同じところを延々とグルグルする羽目になるワ!』
『あら、たいへん! どうしまショウ。困ったワ』
矢継ぎ早に言葉を交わし、狼狽えはじめるシルフたち。
その絶え間ない会話にかき消されてしまわぬよう、セレスティアは少しばかり声を張って。
「だいじょうぶ! たぶん、はいれるとおもう!」
そう答え、聖域の入り口へと歩み寄った。
見た目はなんの変哲もない茂み。
だけど目を閉じて意識を研ぎ澄ませると、今まで通ってきた場所とは違う、独特の空気を感じる。
かすかに鼻孔をくすぐる、雨の日のような湿った匂い。
掴もうとすると指の隙間からこぼれ落ちていくような、捉えどころのない感覚。
しんと澄み渡る、水の気配。
セレスティアは目を開け、かつて祖母から教わった、聖域への立ち入りを願う呪文を心の中で唱えはじめる。
──〝我、妖精王への忠誠を魂に刻む者なり。
汝がつくりし、聖なる領域。
決して穢さぬ誓いを、今ここに打ち立てる。
壁の向こうにおはす水の精よ。
どうかどうか、我の願いを聞き届けたまえ〟
祈りを捧げ、扉をコンコンと叩くように手を動かした、その直後。
「わっ!」
突如として激しい風が吹き荒れ、セレスティアは腕で顔を覆って目を閉じた。
息もできないほどの強風。まるで嵐に呑み込まれてしまったかのように、身体が前後左右に揺さぶられる。
ひぃいいい!と心の中で叫びを上げたのも束の間、地面に投げ出されたような衝撃の後、襲い来る風はぴたっと収まった。
「いててて……」
呻きながら顔を上げれば、目に飛び込んできたのは広大な湖だった。
鏡のように凪いだ湖面が、夜空に浮かぶ満月をくっきりと映し出す。
まるで月がふたつあるかのような幻想的な光景に、セレスティアは息を呑んだ。
そして真夜中の暗闇をほのかに照らし出す銀色の光。
立ち上がって近づくと、水辺に生い茂る草が星のようにきらめいていた。
「ほしつゆくさ……」
前世で集落の男衆たちが採ってきたものは、こんなにも輝いていなかった気がする。どうやらここに住むケルピーは、星露草の世話がとても上手なようだ。
そしてなにより、想像以上に強力な妖精であることも窺える。
なにせ対岸が見えないほど大きな湖を、すべて自分の縄張りにしているのだ。
力の弱い妖精なら、人間から自身の姿を隠すだけで精一杯。中級の妖精でも、こんなに広大な聖域は展開できないと思う。
(大変なところに来ちゃった……。気を引き締めないと)
ごくりと生唾を呑み込んだセレスティアは、警戒しつつ辺りを見回した。
だがケルピーと思しき若馬の姿はおろか、直前まで一緒にいたマリアベルやシルフたちの影すら見当たらない。
しんとした静寂の中にひとりきり。
まるで知らぬ土地に取り残されたような心細さに襲われるも、セレスティアは両手をきゅっと握り締め、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とみずからを奮い立たせた。
ここに招かれたということは、聖域の主であるケルピーがどこかにいるはず。
ひとまず急に水底へ引き込まれないよう湖から距離を取り、辺りを散策しようとしたその時。
『やあ、お嬢さん』
背後から涼やかな男性の声が聞こえ、セレスティアはびくりと肩を跳ねさせて振り返った。
冴え冴えとした満月の夜。
妖精たちの手引きでリシャール邸を抜け出したセレスティアは、手持ちのランプの明かりを頼りに屋敷の裏手にある森の中を歩いていた。
薄暗くて足元が見えにくい。そのうえ一歩進むごとにドレスの裾が足にまとわりつき、ひどく鬱陶しい。
できれば脚衣をはいてきたかったが、いかんせんクローゼットの中にあったのはヒラヒラのドレスばかり。せめてその中でも動きやすそうな服を選んできたものの、やはり歩きにくい。
さらに先程まで小雨が降っていたせいで地面がぬかるみ、足場のコンディションは最悪だ。
(十二歳の身体だったら、もうちょっと楽なのに……。はぁ、はぁ……三歳、体力なさすぎっ……!)
生まれたての子鹿のように足が震え、ついに一歩も進めなくなってしまった。
ぜぇぜぇと荒い息をつき、倒木にもたれてひと休みしていると、セレスティアが遅れているのに気が付いたのだろう。先導していたマリアベルとシルフ三人が、ハッと振り返った。
『セレスティア、大丈夫?』
二本足で歩み寄ってきたマリアベルは、羽根飾りのついた唾広の帽子をかぶり、マントを羽織って後ろ足にはロングブーツ。
胴体に巻き付けた革のベルトには、銀のレイピアが吊り下がっている。
まるで、さすらいの騎士のような出で立ちだ。
なんでもこの格好はケットシーの戦装束なのだそうだ。
場違いなドレス姿のセレスティアと違い、動きやすそうで羨ましい。
「うん! だい、じょうぶ……! ぜんぜん……へいきっ!」
『強がりはおよしなさいな。息が上がっているじゃないの。ほら、荷物を持ってあげるから貸しなさい』
「でも……」
いくら妖精とはいえ、マリアベルの見た目は可愛らしい猫だ。重たいものを預けるのは申し訳なくて迷っていると、マリアベルは『いいから!』と鞄をさっと奪い取り、そのまま歩き出してしまった。
この猫妖精、やっぱりイケメンだ。
再び鬱蒼とした森の中を進み続けること数分。前を飛んでいたシルフ三人が、ぴたりと止まった。
『ここがケルピーの聖域の入り口だヨ』
そう言ってシルフたちが指差したのは、低木と茂みに覆われた雑木林だった。
道は密集した草木に閉ざされ、藪をかき分けたところで到底進めそうにない。
『聞き忘れていたけど、セレスティア、貴女どうやってここに入るノ?』
シルフのひとりがそう問いかけてきたのをきっかけに、他のシルフたちも賑やかに話し出す。
『そういえば、そうだわネ。聖域は、妖精が人の目を誤魔化すために作る〝縄張り〟だもノ。もし招かれざる客が足を踏み入れたら……あら? どうなるんだったカシラ?』
『迷っちゃうのヨ! 同じところを延々とグルグルする羽目になるワ!』
『あら、たいへん! どうしまショウ。困ったワ』
矢継ぎ早に言葉を交わし、狼狽えはじめるシルフたち。
その絶え間ない会話にかき消されてしまわぬよう、セレスティアは少しばかり声を張って。
「だいじょうぶ! たぶん、はいれるとおもう!」
そう答え、聖域の入り口へと歩み寄った。
見た目はなんの変哲もない茂み。
だけど目を閉じて意識を研ぎ澄ませると、今まで通ってきた場所とは違う、独特の空気を感じる。
かすかに鼻孔をくすぐる、雨の日のような湿った匂い。
掴もうとすると指の隙間からこぼれ落ちていくような、捉えどころのない感覚。
しんと澄み渡る、水の気配。
セレスティアは目を開け、かつて祖母から教わった、聖域への立ち入りを願う呪文を心の中で唱えはじめる。
──〝我、妖精王への忠誠を魂に刻む者なり。
汝がつくりし、聖なる領域。
決して穢さぬ誓いを、今ここに打ち立てる。
壁の向こうにおはす水の精よ。
どうかどうか、我の願いを聞き届けたまえ〟
祈りを捧げ、扉をコンコンと叩くように手を動かした、その直後。
「わっ!」
突如として激しい風が吹き荒れ、セレスティアは腕で顔を覆って目を閉じた。
息もできないほどの強風。まるで嵐に呑み込まれてしまったかのように、身体が前後左右に揺さぶられる。
ひぃいいい!と心の中で叫びを上げたのも束の間、地面に投げ出されたような衝撃の後、襲い来る風はぴたっと収まった。
「いててて……」
呻きながら顔を上げれば、目に飛び込んできたのは広大な湖だった。
鏡のように凪いだ湖面が、夜空に浮かぶ満月をくっきりと映し出す。
まるで月がふたつあるかのような幻想的な光景に、セレスティアは息を呑んだ。
そして真夜中の暗闇をほのかに照らし出す銀色の光。
立ち上がって近づくと、水辺に生い茂る草が星のようにきらめいていた。
「ほしつゆくさ……」
前世で集落の男衆たちが採ってきたものは、こんなにも輝いていなかった気がする。どうやらここに住むケルピーは、星露草の世話がとても上手なようだ。
そしてなにより、想像以上に強力な妖精であることも窺える。
なにせ対岸が見えないほど大きな湖を、すべて自分の縄張りにしているのだ。
力の弱い妖精なら、人間から自身の姿を隠すだけで精一杯。中級の妖精でも、こんなに広大な聖域は展開できないと思う。
(大変なところに来ちゃった……。気を引き締めないと)
ごくりと生唾を呑み込んだセレスティアは、警戒しつつ辺りを見回した。
だがケルピーと思しき若馬の姿はおろか、直前まで一緒にいたマリアベルやシルフたちの影すら見当たらない。
しんとした静寂の中にひとりきり。
まるで知らぬ土地に取り残されたような心細さに襲われるも、セレスティアは両手をきゅっと握り締め、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とみずからを奮い立たせた。
ここに招かれたということは、聖域の主であるケルピーがどこかにいるはず。
ひとまず急に水底へ引き込まれないよう湖から距離を取り、辺りを散策しようとしたその時。
『やあ、お嬢さん』
背後から涼やかな男性の声が聞こえ、セレスティアはびくりと肩を跳ねさせて振り返った。
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