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【異能覚醒編】
302 朝の目覚めと、まだ秘めた夜の余韻
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◇
明くる朝、家光が起きたのは、まだ朝陽が昇る前だった。
背に振の温もりを感じながら、気怠い身体を奮い立たせ、もそもそと褥から這い出る。
こっそり部屋を出て自室に戻ると、廊下でいつもは目覚ましに「もう」と呼びかける小姓が驚いた顔をしていた。
「ふぅ……」
自室に戻ると家光は一息つく。やはり自室は落ち着く。
もう一眠りしたいところだが、二度寝したら起きられない。
このまま起きていよう――そう考えていた矢先。
「家光様、お早いですね」
「っ!?」
背後から声がして家光は驚いた。
そうだ、昨日春日局が泊まったんだった――と、恐る恐る振り向く。
「……まだ暗いですよ。もう少し休まれては?」
家光が振り向くと、御休息之間――いわゆる寝室から、春日局が前髪を掻き上げながら出てきた。
……まったく、なんて色気だ、この男。
寝ている間に緩んだ衿ぐりから覗く鎖骨と逞しい胸筋。見つめられると、臆してしまいそうになる鋭い虎目石の瞳に、少し不機嫌そうに長い髪を掻き上げる仕草――そして、はらはらと落ちてゆく黒髪。
たぶんまだ眠いのだと思うが、いつもぴしっとしている彼が、起き抜けはこんな感じなのか……男の色気が駄々洩れだ。
幼い頃は一緒に寝ていたが、こんなだったっけ――と、家光は首を傾げる。
父親じゃなく、赤の他人として出逢っていたら見惚れていたかもしれない。
朝陽に照らされていれば、さぞかし煌めいて見えたであろう。
……朝からなんてものを見せるんだ。
「ソ、ソウダネ……」
なんとなく気まずくなった家光は目を泳がせた。
「……ふむ。なにかあったのですか?」
家光の様子に、春日局は腕組みして首を傾げる。
「べ、別に~?」
――いや~、振と致してきちゃった♡ ……とは言えないよ~~。
振とのことを、今言っていいものかわからない。
どうせそのうちバレることだが、今は言う気になれなかった。
「……そうですか。では、私はお先に」
「え? もう行くの?」
「ええ、まあ……朝の仕事がありますから」
……春日局曰く、大奥の朝は早いらしい。
皆が起きる前にすべきことがいくらでもあるのだとか。
大奥を取り仕切る身分は大変だなと、家光は心の中で「お疲れさま」と労っておいた。
「そうなんだ。早起きだね」
「いつものことですよ。今日は少々寝過ぎました。家光様はもう少し休まれてから起きてください。では、また朝の御勤めで」
「うん、また……」
春日局とすれ違い、家光は寝室へと戻る。
「……福、珍しく気付いてなかったっぽくない?」
すっかり冷えた褥に腰を下ろし家光は身体を横たえた。
何かと鋭い春日局にツッコまれずに済み、ほっとしたが、夕方までに伝えた方がいいだろう。
もうすでに振と致しているわけだから、今夜は奥に行かなくても済むかもしれない。
「そんなことより、振だよ……!」
――ああ、どんな顔して会えばいいの……!?
昨夜の失態にジャンピング土下座したい気分だ。
だが、他の者達が居る手前、そんなことは出来ない。
この後、御鈴廊下で顔を合わせることになるが、非常に気まずい。
振を直視できるのだろうか――いや、無理だな……。
自分の行いを思い返すと……穴があったら入りたいくらいだ。
……家光は眉を顰めた。
こんな気まずい思いをしたのは初めてである。
発情発作は自我を失わせるほどに凄まじかった。
しかも、しっかり記憶が残っているのが辛いところ……。
あとで春日局に報告ついでに、振とのことを相談しよう――そう考えながら目を閉じた。
◇
『もう』
四半刻もしない内に小姓の声が聞こえて、二度寝した家光は目を覚ました。
「ん……ン~~!!」
いつものように、まだ薄暗い部屋で上体を起こし、伸びをする。
振は起きただろうか……。
……身体は昨夜のままだ。
気絶するように眠りに就いた彼を放置し――そのまま黙って部屋を出てきてしまった。
目覚めた振は何を思うのだろう……交通事故に遭ったとでも思ってくれないだろうか――江戸じゃ交通事故なんて滅多にないけども。
嫌われていなければいいけれど……と、ぼぅっとした頭で考える。
その時だった。
『おはようございます、家光さま。お目覚めですか?』
「ん、おはよう。起きたよ~」
『御着替えお持ちしましたぁ~』
廊下から月花の声がして、家光は「は~い」と答えた。
……家光の身支度を手伝いにきた月花が、寝衣に手を伸ばす。
始めは軽快な様子で衣擦れの音がしていたが、途中で手が止まった。
「……」
「ど、どうかした?」
「……すっごく臭うんですけど?」
帯を取っ払い、前身頃を開けたところで月花が眉を顰める。
月花の視線は家光の太ももに注がれていた。
家光も下肢へと視線を落とす。
「……」
――そりゃあ……そう、ですよ、ね……。
すでに乾いているが、腿の内側には“何か”が垂れた白い跡がくっきりはっきり残っている。
臭いの元はおそらくそれ――。
「……このまま家光さまを御勤めに向かわせるわけにはいきません。御台さまの湯浴みの刻限ですが、入れるか聞いてきますね」
「あ、ちょ、月花!?」
……湯殿には、家光は夕方に入るが、孝はいつも朝に入るらしい。
きっと月花は察しているとは思うが、相手が誰とは聞かずに部屋を出て行った。
少しして戻って来た月花が、「御台様が譲ってくださいました!」と湯浴みさせてもらえることになった。
朝餉兼、診察も控えているからさっさと入ったほうがいいだろう。将軍の一日は予定がびっしり詰まっている。
家光は頭に着物を被り、奥の者に見つからないよう湯殿に向かうと、早速湯浴みし、身体を洗浄――。
朝陽が差し込む湯殿で、“朝風呂最高~♡”なんて寛ぐ時間はない。
さっさと身体の汚れを取って、次の予定に移らねば。
……月花が手伝ってくれたが、彼女は何も言ってこなかった。
その沈黙だけが、妙に胸に残った。
明くる朝、家光が起きたのは、まだ朝陽が昇る前だった。
背に振の温もりを感じながら、気怠い身体を奮い立たせ、もそもそと褥から這い出る。
こっそり部屋を出て自室に戻ると、廊下でいつもは目覚ましに「もう」と呼びかける小姓が驚いた顔をしていた。
「ふぅ……」
自室に戻ると家光は一息つく。やはり自室は落ち着く。
もう一眠りしたいところだが、二度寝したら起きられない。
このまま起きていよう――そう考えていた矢先。
「家光様、お早いですね」
「っ!?」
背後から声がして家光は驚いた。
そうだ、昨日春日局が泊まったんだった――と、恐る恐る振り向く。
「……まだ暗いですよ。もう少し休まれては?」
家光が振り向くと、御休息之間――いわゆる寝室から、春日局が前髪を掻き上げながら出てきた。
……まったく、なんて色気だ、この男。
寝ている間に緩んだ衿ぐりから覗く鎖骨と逞しい胸筋。見つめられると、臆してしまいそうになる鋭い虎目石の瞳に、少し不機嫌そうに長い髪を掻き上げる仕草――そして、はらはらと落ちてゆく黒髪。
たぶんまだ眠いのだと思うが、いつもぴしっとしている彼が、起き抜けはこんな感じなのか……男の色気が駄々洩れだ。
幼い頃は一緒に寝ていたが、こんなだったっけ――と、家光は首を傾げる。
父親じゃなく、赤の他人として出逢っていたら見惚れていたかもしれない。
朝陽に照らされていれば、さぞかし煌めいて見えたであろう。
……朝からなんてものを見せるんだ。
「ソ、ソウダネ……」
なんとなく気まずくなった家光は目を泳がせた。
「……ふむ。なにかあったのですか?」
家光の様子に、春日局は腕組みして首を傾げる。
「べ、別に~?」
――いや~、振と致してきちゃった♡ ……とは言えないよ~~。
振とのことを、今言っていいものかわからない。
どうせそのうちバレることだが、今は言う気になれなかった。
「……そうですか。では、私はお先に」
「え? もう行くの?」
「ええ、まあ……朝の仕事がありますから」
……春日局曰く、大奥の朝は早いらしい。
皆が起きる前にすべきことがいくらでもあるのだとか。
大奥を取り仕切る身分は大変だなと、家光は心の中で「お疲れさま」と労っておいた。
「そうなんだ。早起きだね」
「いつものことですよ。今日は少々寝過ぎました。家光様はもう少し休まれてから起きてください。では、また朝の御勤めで」
「うん、また……」
春日局とすれ違い、家光は寝室へと戻る。
「……福、珍しく気付いてなかったっぽくない?」
すっかり冷えた褥に腰を下ろし家光は身体を横たえた。
何かと鋭い春日局にツッコまれずに済み、ほっとしたが、夕方までに伝えた方がいいだろう。
もうすでに振と致しているわけだから、今夜は奥に行かなくても済むかもしれない。
「そんなことより、振だよ……!」
――ああ、どんな顔して会えばいいの……!?
昨夜の失態にジャンピング土下座したい気分だ。
だが、他の者達が居る手前、そんなことは出来ない。
この後、御鈴廊下で顔を合わせることになるが、非常に気まずい。
振を直視できるのだろうか――いや、無理だな……。
自分の行いを思い返すと……穴があったら入りたいくらいだ。
……家光は眉を顰めた。
こんな気まずい思いをしたのは初めてである。
発情発作は自我を失わせるほどに凄まじかった。
しかも、しっかり記憶が残っているのが辛いところ……。
あとで春日局に報告ついでに、振とのことを相談しよう――そう考えながら目を閉じた。
◇
『もう』
四半刻もしない内に小姓の声が聞こえて、二度寝した家光は目を覚ました。
「ん……ン~~!!」
いつものように、まだ薄暗い部屋で上体を起こし、伸びをする。
振は起きただろうか……。
……身体は昨夜のままだ。
気絶するように眠りに就いた彼を放置し――そのまま黙って部屋を出てきてしまった。
目覚めた振は何を思うのだろう……交通事故に遭ったとでも思ってくれないだろうか――江戸じゃ交通事故なんて滅多にないけども。
嫌われていなければいいけれど……と、ぼぅっとした頭で考える。
その時だった。
『おはようございます、家光さま。お目覚めですか?』
「ん、おはよう。起きたよ~」
『御着替えお持ちしましたぁ~』
廊下から月花の声がして、家光は「は~い」と答えた。
……家光の身支度を手伝いにきた月花が、寝衣に手を伸ばす。
始めは軽快な様子で衣擦れの音がしていたが、途中で手が止まった。
「……」
「ど、どうかした?」
「……すっごく臭うんですけど?」
帯を取っ払い、前身頃を開けたところで月花が眉を顰める。
月花の視線は家光の太ももに注がれていた。
家光も下肢へと視線を落とす。
「……」
――そりゃあ……そう、ですよ、ね……。
すでに乾いているが、腿の内側には“何か”が垂れた白い跡がくっきりはっきり残っている。
臭いの元はおそらくそれ――。
「……このまま家光さまを御勤めに向かわせるわけにはいきません。御台さまの湯浴みの刻限ですが、入れるか聞いてきますね」
「あ、ちょ、月花!?」
……湯殿には、家光は夕方に入るが、孝はいつも朝に入るらしい。
きっと月花は察しているとは思うが、相手が誰とは聞かずに部屋を出て行った。
少しして戻って来た月花が、「御台様が譲ってくださいました!」と湯浴みさせてもらえることになった。
朝餉兼、診察も控えているからさっさと入ったほうがいいだろう。将軍の一日は予定がびっしり詰まっている。
家光は頭に着物を被り、奥の者に見つからないよう湯殿に向かうと、早速湯浴みし、身体を洗浄――。
朝陽が差し込む湯殿で、“朝風呂最高~♡”なんて寛ぐ時間はない。
さっさと身体の汚れを取って、次の予定に移らねば。
……月花が手伝ってくれたが、彼女は何も言ってこなかった。
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