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【上洛の旅・旅情編】
024 そうだ、上洛しよう!
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――その後、家光の部屋へと戻った正勝は家光を外へと案内したのだった。
「あーやっぱ駕籠だよね~……運んでくれる方々には申し訳ないけど、痛くてやなんだよね……」
見送る面々や旅を供にする沢山の従者達が平伏す中、家光は長柄を前にお尻を擦りながら悪態を吐いていた。
長期間の旅、駕籠の中は中々の揺れで、酔うわ尻は痛いわで家光は苦手なのである。
「では、昔のように私の膝の上にでも乗りますか?」
しぶしぶ駕籠に乗り込もうとする家光に春日局が手を貸しながら冗談を言う。
「乗らないよ、もう子供じゃないんだから! 京都まで行くんでしょ!? ずっと座ってたらエコノミークラス症候群になっちゃうよ!」
恥じらいを覚えた家光は恥ずかしいのか唾を飛ばしながら一気に言うと慌てた様子でさっさと駕籠に乗り込んだ。
小さい頃はお尻が痛いとよく春日局の膝に乗せてもらっていたのである。
今はさすがに恥ずかしくて乗れない。
「えこの……?」
家光の恥じらいに気付きつつ、春日局が家光語に反応し屈みながら家光を見る。
「いや、スルーしていいから!」
「するぅ……」
「はぁ……流しちくり」
春日局が家光語を反復する間、家光は説明が面倒臭いため手振りで長柄の引き戸を閉めるように動かした。
「ふふ、家光様も少しは成長なされたようで何よりです」
その内、春日局が家光に笑顔を見せて、静かに引き戸を閉める。
「……ふん、わざと言ったんでしょっ!」
駕籠の中から抗議の声が聞こえてきたが、春日局は涼しい顔でスルーしたのだった。
スルーできるやん、という突っ込みはなしである。
一方、その様子を見ることの出来る位置に正勝は居り、他の従者達と共に並んでいた。
家光が駕籠に乗り込んだ後、皆その場に立ち上がり、出立の時を待つ。
「座布団を一枚余分に入れてあるとはいえ、家光様のお尻は大丈夫でございましょうか……」
正勝は春日局と家光のやり取りに神経を研ぎ澄ませ聞いていたため、どうにかできないか模索していたのだった。
そのすぐ隣には、背の低い小姓が同じように家光の駕籠の方向を見ている。
「……春日局様は家光様にはお優しい笑顔を見せるんやねぇ」
どう見ても少年にしか見えない格好の小姓から聞き覚えのある声がして、正勝はちらりとそちらに目を向けた。
「え? その声もしかして、月花?」
「はいな。変装してみましたー、どう? 似合てる~?」
正勝が訊ねると月花は満面の笑みで、両手を上へ向けると、見せびらかすようにひらひらと袖を振って、その場でくるりと回って見せた。
そこには元の月花に似ても似つかぬ少年が立っている。
「驚きました。全然面影がなかったから」
「隠密行動はお任せあれですよ~。私変装得意なんですぅ」
えっへんと、増長したように微笑む月花に、見事なまでの変装を見せられた正勝はさすがは忍びだと認めざるを得なかった。
「ちなみに風鳥は家光様の駕籠のお側にいますよ~」
「え? どこ?」
月花が家光の乗った駕籠の方を見ながら言うので、正勝はそこに目をやる。
すると、駕籠の側に旅の格好をし、特に変装もしていない風鳥が立っていた。
「あれ? 風鳥はそのまま?」
「はい、私は女なので、この格好でないと駄目なんですよ。家光様、春日局様と正勝様、それに風鳥にだけ、元の姿を見せることが出来るんですけど、普段は変装したり、姿が見えない場所にいるようにと春日局様に言われてるんです」
「なるほど……」
正勝が呟くように告げると、月花はこっそりと耳打ちし教えてくれる。
大奥に女性は将軍の家族や乳母(子供が生まれた時のみ)以外、女性は居ないのである。
月花は女なので、姿を見られてはいけない。
女だと知られて、女に不自由している男共に襲われても困るし、将軍の側室に手を出されるのはご法度。
月花自身を守るためにも変装が必要だと、春日局は考えたのだった。
そんな背景を知らされ、正勝は月花も苦労してるんだと少し同情してしまう。
さて、春日局はというと、家光が乗り込んだあと自分の駕籠へと乗り込もうとするのだが――。
「何? 駕籠が足りない? 手配はきちんとしたはずだが」
春日局が乗るはずだった駕籠がそこには無く、春日局はその場に立ち尽くす。
「それが、急遽お江与の方様がご同行されることになり、先程乗り込まれまして……」
従者の一人が春日局の足元に跪き、言いにくそうに報告してきたのだった。
「……なるほど、私に上洛を遠慮しろということですか」
春日局は誰に話すわけでもなく、独り言を呟いてふぅとため息を吐く。
春日局が乗る予定だった駕籠の小窓から江が勝ち誇ったように唇を歪ませて、こちらを見ていた。
こういう妨害は今までもよくあったことだ。
昨年に秀忠様と一緒に来られてから嫌がらせが治まったかと思ったが、まだお心は病まれたままのようだ。
「……なれば、私は歩いて行くと……」
今回の上洛は秀忠様も居ることだし、しょうがないかと思いながら春日局は歩くことを決意するが、
「福」
家光の駕籠の小窓が開いて、その小窓から家光の手が春日局を呼ぶように手招きしていた。
「……なんですか?」
春日局は何か用でもあるのかと、家光の駕籠に近付く。
「……お父様も来るんだね。福、一緒に乗らない? この駕籠ちょっと広いし、二人入れるよ」
と、家光は春日局に駕籠に一緒に乗るよう促すのだった。
「家光様……やはり膝に乗りたいのですか?」
春日局は家光の申し出に訝しげな視線を送る。
「ち、違うっ! 福歩くの大変じゃん。福は今回の上洛のスケジュール担当してるんでしょ?」
ぶんぶんと頭を振って、家光は引き戸を開いた。
「すけじゆうる?」
「あー、もういいから、早く乗って!」
「っ!?」
家光は突っ立っている春日局の袖を引き中へと引っ張ると、さくさくと春日局に指示を出す。
「福はそこ! 私はここ! いい!?」
駕籠の中で向かい合うようにして、それぞれ腰を下ろす。
進行方向に向かって家光、後方に向かって春日局が座ったのだった。
「っ……急に引っ張らないで下さい」
「わかった!?」
春日局はバランスを崩し、臀部を打ちつけたようでその辺りを擦っていたが家光が捲くし立てるように言うので、お礼を告げるのだった。
「わかりました。ありがとうございます、助かりました」
家光の心遣いに感謝すると同時、家光は周りのことをきちんと見ているのだと感心する。
(今回の上洛の予定は私が立てたもの。
私が居なくても、予定は別の者が遂行することが出来るようにはしてある。
だが、今回の上洛はどうしても家光様と行きたい。
家光様が将軍となられるその瞬間に立ち会いたい。
それを家光様はわかっていて、こうして私を駕籠に乗せてくれたのだ。
歩いて向かうことも出来なくはないが、疲労により予定通り私が動けるかは怪しい。
恐らく、家光様はそこまで見越しておられるのだろう)
そんな風に思う春日局であった。
「うん、どういたしまして。旅の間、よろしくね」
家光は花が咲くような明るい笑みを浮かべ、春日局の手を取り、握手をした。
「……なんと可憐な……」
家光のその笑顔にぼそっと、無意識で春日局は呟いてしまう。
この笑顔は本当に、困ったものだと思う春日局であった。
さぁ、密室で二人きり。
道中どうなる!?
そして、そんな二人の様子を遠くから見ていた正勝はというと。
「あっ! 春日局様が家光様と同じ駕籠にっ!!」
いくらお役目とはいえ、家光様とあんな近くに長時間一緒だなんて、父親だとしても許しがたい。
正勝はぎりっと唇を噛む。
「あー、あれはまずいですねぇ。正勝様は大丈夫ですかぁ? げ……泣かないでくださいよぅ」
月花が正勝を見上げると、正勝の瞳からは涙が零れていた。
――そして、忘れちゃいけない二人で駕籠に乗る原因を作った人は。
「春日局めぇ……私の可愛い家光の駕籠にまんまと乗り込みおってぇ……」
ぶつぶつと、春日局が乗る予定だった駕籠の中で、江が自身の髪の毛を毟っていたのだった。
いや、あんたが来なけりゃ、予定通り自分の駕籠に乗ってましたがな、である。
さらに、今回の上洛にあたって重要な人物がもう一人。
「んー……まだ出立しないのかな~、お菓子食べて待ってるか」
がさごそと、小さな巾着を着物の袖から取り出し、揚げ菓子をぱりぽりと食べ出す秀忠さん。
おいし~♪ と、可愛く上機嫌な声が駕籠から聞こえてくるのだった。
秀忠の駕籠の周りに居た者達はにへらと、頬を緩めていた。
順列に並べるとこうである。
・上機嫌な秀忠さん。
・まぁまぁ機嫌の良い家光&春日局ペア。
・超絶不機嫌な江。
この順に並び旅をする。
それぞれの前後、両隣に従者がおり、横一列に並ぶことは無い。
秀忠の周りにいる従者達は何だか嬉しそうである。
ついで、家光の周りもそこそこに楽しそう。
江の周りにいた従者達は既に疲れた顔をしていた。
どうやら主の気分で御付きの者達の気分も変わるようだ。
「……そろそろ行きませんか?」
これまで空気だった風鳥がぼそっと言うと、それが聞こえたか定かではないが、一行が動き出した。
ぞろぞろと長い列を成して、多くの留守番達が見送る中、一行は京都を目指して出発したのだった。
◇
――江戸城を出てしばらく、各々が思い思いの会話を続けている。
「ね、福、私将軍になるんだね」
「そうですよ、江戸に戻ったら祝言ですからね」
家光の駕籠では春日局と家光が今後について話し合っていた。
春日局と二人きりになることがあまりない家光にとっては春日局との貴重な会話の時間だった。
「えー! あいつとー!?」
春日局の表情は無表情に近いそれで、家光はぷぅーっと膨れ心底嫌そうな顔をする。
「形だけで構いませんから頼みますよ」
家光の膨れっ面に春日局はしょうがないなぁとでも言うように僅かに微笑んで、家光を宥めるように告げた。
途端、家光の顔がぱぁっと明るくなると、
「形だけでいいのね!? うん、わかった! 頑張るっ!」
握りこぶしを作り、ガッツポーズをしたのだった。
「……それよりも先ずは、後水尾上皇ですよ」
春日局は家光がまた変な動きをしているなと思いつつも、これから上洛し対話することになる上皇について真摯な顔で語る。
(あの方はとても気難しい方。
気に入らない者には全く容赦をしないお方だと聞いている。
家康様が最も苦手としたお方でもあり、家光様が巧く立ち回れるかが心配だ)
「うん、わかってる。気難しい方だって聞いてるし、気を抜かないようにするね」
家光は春日局が言わんとすることを汲むかのように、相槌を打った。
「はい、家光様は逞しくなられましたね」
家光の頼もしい言葉に春日局はほっとして、彼女の頭を撫でたのだった。
「えへへ、まぁね~。だてに一度死んでないからね~。死んだ気になればなんでもできるよ」
家光のその言葉の後、春日局が訝しい顔をして、やはり心配だと不安に駆られることになるのは仕方なかった。
ふと耳を澄ますと、前を行く駕籠から秀忠の声がかすかに聞こえてくる。
「お菓子無くなったー! ちょっと、おかわりくれるー?」
秀忠は持っていたお菓子を食べつくし小窓を開けて、おかわりを要求していたのだった。
家光に将軍職を譲り、自分は好きなように政に携われるとわかって以来、秀忠はもう自分がしっかりしなくてもいいと勘違いしたのか、我侭を言いたい放題である。
そしてまた、周りにいる従者も秀忠のフェロモンの所為か、甘やかし放題であった。
その一方で、最後尾。
「おのれ春日局ぇ」
江は相も変わらず、春日局に向けて生霊を飛ばす勢いでぶつぶつと何やら唱えながら駕籠に揺られており、先頭の秀忠とは対照的であった。
本当なら秀忠が江を慰めてあげればこうはならなかったのだが、秀忠が最近江の面倒を見るのがちょっと億劫になってきたようで、快方に向かっていた江の心の病がぶり返してしまっていたのだった。
近頃春日局に対する執着がとにかく凄い。
それは春日局が秀忠に言い寄られていたのを見てしまったからなのだが(ちゃんと断っている)、国松にも以前同じように言い寄られていたし、家康にも気に入られ、家光にも懐かれている春日局がどうしても憎いようである。
早くその呪縛が解けることを祈るばかりだ。
江の駕籠からは何か暗黒の霧みたいなものが溢れるのが見え、従者達は項垂れながら鈍足で進んでいった。
おまけで、三つの駕籠について歩く他の人物達は――。
「家光様……家光様……」
正勝は盲目に家光の駕籠を見ながら歩みを進めていた。
「何か美味しいものに出会えるといーなー!」
月花は旅で出会う美味い物に心弾ませ、機嫌よく歩いて行く。
「…………(特に不振な動きはないか……)」
風鳥は前後を見回しながら不振な動きをする者が居ないかどうか確認しながら歩く。
風鳥だけは真面目に任務を遂行しているようだ。
――とまぁ、こんな感じで上洛する一行は賑やか(?)であった。
「あーやっぱ駕籠だよね~……運んでくれる方々には申し訳ないけど、痛くてやなんだよね……」
見送る面々や旅を供にする沢山の従者達が平伏す中、家光は長柄を前にお尻を擦りながら悪態を吐いていた。
長期間の旅、駕籠の中は中々の揺れで、酔うわ尻は痛いわで家光は苦手なのである。
「では、昔のように私の膝の上にでも乗りますか?」
しぶしぶ駕籠に乗り込もうとする家光に春日局が手を貸しながら冗談を言う。
「乗らないよ、もう子供じゃないんだから! 京都まで行くんでしょ!? ずっと座ってたらエコノミークラス症候群になっちゃうよ!」
恥じらいを覚えた家光は恥ずかしいのか唾を飛ばしながら一気に言うと慌てた様子でさっさと駕籠に乗り込んだ。
小さい頃はお尻が痛いとよく春日局の膝に乗せてもらっていたのである。
今はさすがに恥ずかしくて乗れない。
「えこの……?」
家光の恥じらいに気付きつつ、春日局が家光語に反応し屈みながら家光を見る。
「いや、スルーしていいから!」
「するぅ……」
「はぁ……流しちくり」
春日局が家光語を反復する間、家光は説明が面倒臭いため手振りで長柄の引き戸を閉めるように動かした。
「ふふ、家光様も少しは成長なされたようで何よりです」
その内、春日局が家光に笑顔を見せて、静かに引き戸を閉める。
「……ふん、わざと言ったんでしょっ!」
駕籠の中から抗議の声が聞こえてきたが、春日局は涼しい顔でスルーしたのだった。
スルーできるやん、という突っ込みはなしである。
一方、その様子を見ることの出来る位置に正勝は居り、他の従者達と共に並んでいた。
家光が駕籠に乗り込んだ後、皆その場に立ち上がり、出立の時を待つ。
「座布団を一枚余分に入れてあるとはいえ、家光様のお尻は大丈夫でございましょうか……」
正勝は春日局と家光のやり取りに神経を研ぎ澄ませ聞いていたため、どうにかできないか模索していたのだった。
そのすぐ隣には、背の低い小姓が同じように家光の駕籠の方向を見ている。
「……春日局様は家光様にはお優しい笑顔を見せるんやねぇ」
どう見ても少年にしか見えない格好の小姓から聞き覚えのある声がして、正勝はちらりとそちらに目を向けた。
「え? その声もしかして、月花?」
「はいな。変装してみましたー、どう? 似合てる~?」
正勝が訊ねると月花は満面の笑みで、両手を上へ向けると、見せびらかすようにひらひらと袖を振って、その場でくるりと回って見せた。
そこには元の月花に似ても似つかぬ少年が立っている。
「驚きました。全然面影がなかったから」
「隠密行動はお任せあれですよ~。私変装得意なんですぅ」
えっへんと、増長したように微笑む月花に、見事なまでの変装を見せられた正勝はさすがは忍びだと認めざるを得なかった。
「ちなみに風鳥は家光様の駕籠のお側にいますよ~」
「え? どこ?」
月花が家光の乗った駕籠の方を見ながら言うので、正勝はそこに目をやる。
すると、駕籠の側に旅の格好をし、特に変装もしていない風鳥が立っていた。
「あれ? 風鳥はそのまま?」
「はい、私は女なので、この格好でないと駄目なんですよ。家光様、春日局様と正勝様、それに風鳥にだけ、元の姿を見せることが出来るんですけど、普段は変装したり、姿が見えない場所にいるようにと春日局様に言われてるんです」
「なるほど……」
正勝が呟くように告げると、月花はこっそりと耳打ちし教えてくれる。
大奥に女性は将軍の家族や乳母(子供が生まれた時のみ)以外、女性は居ないのである。
月花は女なので、姿を見られてはいけない。
女だと知られて、女に不自由している男共に襲われても困るし、将軍の側室に手を出されるのはご法度。
月花自身を守るためにも変装が必要だと、春日局は考えたのだった。
そんな背景を知らされ、正勝は月花も苦労してるんだと少し同情してしまう。
さて、春日局はというと、家光が乗り込んだあと自分の駕籠へと乗り込もうとするのだが――。
「何? 駕籠が足りない? 手配はきちんとしたはずだが」
春日局が乗るはずだった駕籠がそこには無く、春日局はその場に立ち尽くす。
「それが、急遽お江与の方様がご同行されることになり、先程乗り込まれまして……」
従者の一人が春日局の足元に跪き、言いにくそうに報告してきたのだった。
「……なるほど、私に上洛を遠慮しろということですか」
春日局は誰に話すわけでもなく、独り言を呟いてふぅとため息を吐く。
春日局が乗る予定だった駕籠の小窓から江が勝ち誇ったように唇を歪ませて、こちらを見ていた。
こういう妨害は今までもよくあったことだ。
昨年に秀忠様と一緒に来られてから嫌がらせが治まったかと思ったが、まだお心は病まれたままのようだ。
「……なれば、私は歩いて行くと……」
今回の上洛は秀忠様も居ることだし、しょうがないかと思いながら春日局は歩くことを決意するが、
「福」
家光の駕籠の小窓が開いて、その小窓から家光の手が春日局を呼ぶように手招きしていた。
「……なんですか?」
春日局は何か用でもあるのかと、家光の駕籠に近付く。
「……お父様も来るんだね。福、一緒に乗らない? この駕籠ちょっと広いし、二人入れるよ」
と、家光は春日局に駕籠に一緒に乗るよう促すのだった。
「家光様……やはり膝に乗りたいのですか?」
春日局は家光の申し出に訝しげな視線を送る。
「ち、違うっ! 福歩くの大変じゃん。福は今回の上洛のスケジュール担当してるんでしょ?」
ぶんぶんと頭を振って、家光は引き戸を開いた。
「すけじゆうる?」
「あー、もういいから、早く乗って!」
「っ!?」
家光は突っ立っている春日局の袖を引き中へと引っ張ると、さくさくと春日局に指示を出す。
「福はそこ! 私はここ! いい!?」
駕籠の中で向かい合うようにして、それぞれ腰を下ろす。
進行方向に向かって家光、後方に向かって春日局が座ったのだった。
「っ……急に引っ張らないで下さい」
「わかった!?」
春日局はバランスを崩し、臀部を打ちつけたようでその辺りを擦っていたが家光が捲くし立てるように言うので、お礼を告げるのだった。
「わかりました。ありがとうございます、助かりました」
家光の心遣いに感謝すると同時、家光は周りのことをきちんと見ているのだと感心する。
(今回の上洛の予定は私が立てたもの。
私が居なくても、予定は別の者が遂行することが出来るようにはしてある。
だが、今回の上洛はどうしても家光様と行きたい。
家光様が将軍となられるその瞬間に立ち会いたい。
それを家光様はわかっていて、こうして私を駕籠に乗せてくれたのだ。
歩いて向かうことも出来なくはないが、疲労により予定通り私が動けるかは怪しい。
恐らく、家光様はそこまで見越しておられるのだろう)
そんな風に思う春日局であった。
「うん、どういたしまして。旅の間、よろしくね」
家光は花が咲くような明るい笑みを浮かべ、春日局の手を取り、握手をした。
「……なんと可憐な……」
家光のその笑顔にぼそっと、無意識で春日局は呟いてしまう。
この笑顔は本当に、困ったものだと思う春日局であった。
さぁ、密室で二人きり。
道中どうなる!?
そして、そんな二人の様子を遠くから見ていた正勝はというと。
「あっ! 春日局様が家光様と同じ駕籠にっ!!」
いくらお役目とはいえ、家光様とあんな近くに長時間一緒だなんて、父親だとしても許しがたい。
正勝はぎりっと唇を噛む。
「あー、あれはまずいですねぇ。正勝様は大丈夫ですかぁ? げ……泣かないでくださいよぅ」
月花が正勝を見上げると、正勝の瞳からは涙が零れていた。
――そして、忘れちゃいけない二人で駕籠に乗る原因を作った人は。
「春日局めぇ……私の可愛い家光の駕籠にまんまと乗り込みおってぇ……」
ぶつぶつと、春日局が乗る予定だった駕籠の中で、江が自身の髪の毛を毟っていたのだった。
いや、あんたが来なけりゃ、予定通り自分の駕籠に乗ってましたがな、である。
さらに、今回の上洛にあたって重要な人物がもう一人。
「んー……まだ出立しないのかな~、お菓子食べて待ってるか」
がさごそと、小さな巾着を着物の袖から取り出し、揚げ菓子をぱりぽりと食べ出す秀忠さん。
おいし~♪ と、可愛く上機嫌な声が駕籠から聞こえてくるのだった。
秀忠の駕籠の周りに居た者達はにへらと、頬を緩めていた。
順列に並べるとこうである。
・上機嫌な秀忠さん。
・まぁまぁ機嫌の良い家光&春日局ペア。
・超絶不機嫌な江。
この順に並び旅をする。
それぞれの前後、両隣に従者がおり、横一列に並ぶことは無い。
秀忠の周りにいる従者達は何だか嬉しそうである。
ついで、家光の周りもそこそこに楽しそう。
江の周りにいた従者達は既に疲れた顔をしていた。
どうやら主の気分で御付きの者達の気分も変わるようだ。
「……そろそろ行きませんか?」
これまで空気だった風鳥がぼそっと言うと、それが聞こえたか定かではないが、一行が動き出した。
ぞろぞろと長い列を成して、多くの留守番達が見送る中、一行は京都を目指して出発したのだった。
◇
――江戸城を出てしばらく、各々が思い思いの会話を続けている。
「ね、福、私将軍になるんだね」
「そうですよ、江戸に戻ったら祝言ですからね」
家光の駕籠では春日局と家光が今後について話し合っていた。
春日局と二人きりになることがあまりない家光にとっては春日局との貴重な会話の時間だった。
「えー! あいつとー!?」
春日局の表情は無表情に近いそれで、家光はぷぅーっと膨れ心底嫌そうな顔をする。
「形だけで構いませんから頼みますよ」
家光の膨れっ面に春日局はしょうがないなぁとでも言うように僅かに微笑んで、家光を宥めるように告げた。
途端、家光の顔がぱぁっと明るくなると、
「形だけでいいのね!? うん、わかった! 頑張るっ!」
握りこぶしを作り、ガッツポーズをしたのだった。
「……それよりも先ずは、後水尾上皇ですよ」
春日局は家光がまた変な動きをしているなと思いつつも、これから上洛し対話することになる上皇について真摯な顔で語る。
(あの方はとても気難しい方。
気に入らない者には全く容赦をしないお方だと聞いている。
家康様が最も苦手としたお方でもあり、家光様が巧く立ち回れるかが心配だ)
「うん、わかってる。気難しい方だって聞いてるし、気を抜かないようにするね」
家光は春日局が言わんとすることを汲むかのように、相槌を打った。
「はい、家光様は逞しくなられましたね」
家光の頼もしい言葉に春日局はほっとして、彼女の頭を撫でたのだった。
「えへへ、まぁね~。だてに一度死んでないからね~。死んだ気になればなんでもできるよ」
家光のその言葉の後、春日局が訝しい顔をして、やはり心配だと不安に駆られることになるのは仕方なかった。
ふと耳を澄ますと、前を行く駕籠から秀忠の声がかすかに聞こえてくる。
「お菓子無くなったー! ちょっと、おかわりくれるー?」
秀忠は持っていたお菓子を食べつくし小窓を開けて、おかわりを要求していたのだった。
家光に将軍職を譲り、自分は好きなように政に携われるとわかって以来、秀忠はもう自分がしっかりしなくてもいいと勘違いしたのか、我侭を言いたい放題である。
そしてまた、周りにいる従者も秀忠のフェロモンの所為か、甘やかし放題であった。
その一方で、最後尾。
「おのれ春日局ぇ」
江は相も変わらず、春日局に向けて生霊を飛ばす勢いでぶつぶつと何やら唱えながら駕籠に揺られており、先頭の秀忠とは対照的であった。
本当なら秀忠が江を慰めてあげればこうはならなかったのだが、秀忠が最近江の面倒を見るのがちょっと億劫になってきたようで、快方に向かっていた江の心の病がぶり返してしまっていたのだった。
近頃春日局に対する執着がとにかく凄い。
それは春日局が秀忠に言い寄られていたのを見てしまったからなのだが(ちゃんと断っている)、国松にも以前同じように言い寄られていたし、家康にも気に入られ、家光にも懐かれている春日局がどうしても憎いようである。
早くその呪縛が解けることを祈るばかりだ。
江の駕籠からは何か暗黒の霧みたいなものが溢れるのが見え、従者達は項垂れながら鈍足で進んでいった。
おまけで、三つの駕籠について歩く他の人物達は――。
「家光様……家光様……」
正勝は盲目に家光の駕籠を見ながら歩みを進めていた。
「何か美味しいものに出会えるといーなー!」
月花は旅で出会う美味い物に心弾ませ、機嫌よく歩いて行く。
「…………(特に不振な動きはないか……)」
風鳥は前後を見回しながら不振な動きをする者が居ないかどうか確認しながら歩く。
風鳥だけは真面目に任務を遂行しているようだ。
――とまぁ、こんな感じで上洛する一行は賑やか(?)であった。
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主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
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