逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【上洛の旅・旅情編】

045 水遊び

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「正勝って、意外と力あるのね」

 目的の岩場に着くと、自分は川に足を浸けながらそっと家光を下ろす。

「それは男ですから……(家光様軽いですし)」

 僅かに家光の視線から遠ざかるように俯く。

「? ……正勝顔赤い、よ?」

 家光が覗き込むと、正勝の顔が赤らんでいた。

「そ、そうですか? 日に当たり過ぎたかなぁ?」

 正勝は家光と目を合わせないまま自分の額やら頬に触れ、熱を測るような仕草をしてみせる。

「大丈夫なの?」

 家光は心配なのか、正勝の袖を引いて、自分の方へと寄せる。

「……っ」
「んー……熱は無いみたいだけど……」

 家光の手が正勝の額に触れて、熱を測られるも特に暑くはなかった所為か、家光は不思議顔だ。

「そ、そんなことよりっ、足付けませんかっ?」

 家光の着物は薄い浴衣、抱きついていたとき、いつもより密着していたせいか、家光の身体を意識し過ぎてしまったようである。

 柔らかい肌、その薄い衣の中身にあらぬ妄想が膨らむ。

 というか、何度か裸は見ているには見ているのだが。

 見ると実際触るとでは妄想度合いが違うようであった。
 ふいに、つーっと、正勝の鼻から鮮血が垂れる。

「本当に平気? あ、鼻血」
「えっ!? あっ」

 家光に指摘され、鼻に触れると、指に赤い血が付着した。
 どうやら興奮し過ぎてしまったらしい。

(私としたことが、……興奮し過ぎてしまって恥ずかしい)

 正勝の顔が赤から青に変わる。

「えっと、懐紙懐紙、あ。あった、はいどうぞ」

 家光が懐紙を自分の浴衣の袖から取り出し、くしゃくしゃに揉み解してから正勝に渡す。

「す、すみません……。家光様、こ、ここなら足を浸けられます。私のことは構わず涼んで下さい」

 片手で鼻を押さえながら、もう一方の手で家光の手を取り、水場へ促す。

「……やっぱりどっか具合悪いんじゃないの?」

 家光は正勝を窺い見ながらも、促されるままに足を川の水に浸した。

「いえっ、これは、そのっ」
「あーっ! 冷たくてきもち~!! 気持ちいいね、正勝っ!」

 正勝が弁解を始めようとすると、家光は余りの気持ち良さに正勝のことなどすっかり抜けてしまったのか、満面の笑みを正勝に向ける。

「あっ、はいっ! 家光様がお気に召したのなら何よりです!」

 家光の可愛い笑顔に正勝の顔も綻んだ。
 正勝は家光から貰った懐紙を手ごろな大きさに切ると、それを鼻に詰める。

「ひやひや、気持ちい~……」

 家光は手も水に浸け、日差しで熱くなった身体を冷やす。
 そして、ふいににやりと、唇を歪ませ正勝を見る。

「?」

 懐紙を鼻に詰めた少しお間抜けな正勝が首を傾げたのも一瞬で、

「えいっ!!」

 ばしゃっ! ぱしゃっ、と数回家光が正勝に向けて水を掛けてきたのだった。

「っ!? っめたっ!!」

 正勝の髪や、着物が濡れる。冷たい水を浴び、正勝は面食らう。

「どう、気持ちいい?」

 家光に問われるも、正勝の髪はぐっしょり濡れ、鼻の詰め物さえなければ、水も滴るなんとやら。

「……家光様……」

 正勝は俯いて自分の足元を見つめる。

「昔、川で遊んだよね、水掛け合ってさ。思い出さない?」
「……」

 正勝の脳裏に幼い頃の家光と自分の姿が浮かぶ。

 ――あれはまだ、五つか六つの頃だったろうか。
 徳川家の催事に付いて行った折、その当時の正勝のもっぱらの仕事は家光(当時は竹千代)の遊び相手であったわけだが、道中二人で抜け出し、河原で石を拾ったり投げたり、水を掛け合ったりして遊んだのだった。

 そして、大人達が大騒ぎで家光を探していたにも拘らず二人共びしょ濡れで、戻ってきたため春日局に大目玉を食らったのだった。
 いくら叱られても家光様はけろっとして、「またやろうね」と正勝を無邪気に誘う。
 当時は治水工事が進んでおらず、河で亡くなる者も少なくないというのに、家光は大丈夫だからと正勝を連れ出していた。
 実際大丈夫だったわけだが、その度に春日局に叱られるものの、改善されることはなかった――。

「ね、楽しかったよね!」
「……確かに。後で沢山叱られましたけどね」

「ん?」

 ばしゃぁっ!!
 正勝は思い切り、家光に向かって水を掛ける。
 家光の顔や浴衣に水が見事に掛かった。

「やっ!? つめたっ!! っ、そうこなくちゃっ!! えいっ!!」

 ばしゃっ、ばしゃっ!!

 二人は互いに水を掛け合い始めると、自然と笑顔になったり、真剣な顔になったりと、夢中になり、周りが見えなくなっていった。
 たまには昔に戻って無邪気に水遊びもいいのかもしれない。

 ……というのは、やっぱり子供の時だけで終わった方が良かったかな。





「……で、出発なわけですが……」


 二人が水遊びを終え、出発する頃になると、風鳥が駕籠の前で腕組みをして、ため息をひとつ吐く。

「……すみません」
「……つい、夢中に……」

 風鳥の前にずぶ濡れた二人が頭を下げていた。

「……替えが無いってわかってましたよね」

「はい……」

 しゅーんと、二人は項垂れる。

「……阿呆……」

 ぼそっと聞こえないように風鳥は呟くと手拭を二枚手荷物から出して、一枚を正勝に渡し、もう一枚は家光の髪を拭いてやる。

「え? 何、なんか言った?」
「いえ、何も? あぁ家光様、唇が紫になってます。水、相当冷たかったんじゃないですか?」

「う、うん。でも、引っ込みつかなくて……」
「……阿呆……」

 そう呟きながら風鳥は家光の手を引いた。

「えっ!?」

 驚く二人に構わずに、家光を川沿いの木の裏に連れて行く。

「すぐ戻ります。正勝殿はそのままお待ちください」
「……あ、はい」

 出遅れた感のある正勝は、自分の頭をがしがしと強く拭くのだった。

「今着ている着物を脱いで、これを着ろ」

 正勝達から見えない木の陰で、風鳥は着ていた着物の上着を脱ぐと、家光の目の前に差し出し背を向ける。

「……これ、風鳥の服」
「羽織で申し訳ないし、汗臭いがな。乾くまで我慢してくれ」
「そんなこと……」

 くん、と受け取った着物を無意識に嗅ぐと、ずっと日に当たっていた太陽の香りが心地良く感じられた。

「……くっついて脱ぎにくい……」

 家光も風鳥に背を向け、濡れて肌に張り付いた着物をなんとか剥がそうと試みる。

「……俺が脱がしても構わないが、正勝殿に恨まれたくないんでな」

 背を向けたまま風鳥は脱いだ着物を受け取ろうと肩口に手を掲げていた。

「だ、大丈夫だよ、ちょっと口が滑っただけで、はいっ!」

 ばしっぃ!! っと、勢いよく脱いだ着物が風鳥の手に乗せられると、水飛沫が飛んで、水滴が風鳥の頬に掛かる。

「冷てっ! ったく、こんなに濡らして……」

 と、言いいながら、風鳥は家光の着物を絞る。

「……あったか~い! 温かいね、風鳥の着物」

 大きな着物に包まれ、体温を取り戻し始めた家光はご機嫌なのか、ご満悦のようだ。

「着替え終えたか?」
「うん」

 家光が応えると、風鳥は家光に向き直る。
 すると、家光はちゃんと風鳥の着物を羽織ってはいるものの、前を留めていないので、中が丸見えだった。
 豊満な胸に、括れた腰、そして……、それらはちゃんと隠れていた。
 家光作のブラとパンツによって。


「っ……前止めてない。紐が要るな……ていうか、それ何」

 風鳥は慌てて再び家光に背を向けたのだった。
 一糸纏わぬ裸体を見ていないが、見慣れない素肌。女慣れしているとはいえ、好きな女の柔肌を前に胸中は複雑である。

「……あ、下着。ブラとパンツだよ」

 お手製だけどねと、家光は胸を張る。

「ぶら? ぱんつ?」

 背中越しに慌てた様子で風鳥は応えた。

「これもちょっと濡れてるけど、着たままでも直ぐ乾くから大丈夫っしょ?」
「……何でもいいけど、前閉じててくれないか」

「え?」
「……ここで襲われてもいいなら構わないけど」

 風鳥は冷静に返す。

「ふぇ!? ご、ごめん。つい、正勝は平気だったから、風鳥も平気なのかと」

 家光は目を真ん丸にすると、慌てて前身頃をしっかりと合わせる。


「いや、正勝殿も平気じゃないと思うが……(正勝殿、胸中お察しするわ)」


 風鳥は小さくふぅと、一息吐いた。

「そうなの!? だ、だって、正勝はお世話係だよ!?」
「……そうだな、正勝殿はお世話係の中でも達人だと思うよ。おーい、正勝殿――!!」

 風鳥は手を口元に添えて、大声で着物を絞っていた正勝を呼び付けるのだった。

「達人!? 本当に!? 凄い人なんだね!!」

 前を手で押さえたまま、風鳥の隣へと移動し、正勝が来るのを待つ。

「いや、そういうことじゃないんだがな……」

 風鳥は隣に立つ家光を見下ろしながら、何でこんなのに惚れたんだろうと、自問自答するのだった。

「お、お待たせしました、何でしょうか」

 正勝は呼ばれてほっとしたのか、家光を見て安堵の表情を浮かべていた。

「家光様に着物が乾くまで私の着物を着ていただいたんですが、留める帯がありませんので、何か代用できるものがないかと」
「帯ですか……ああ、組紐でしたらあります。すぐお持ちしますね」

「さっすが、達人!」

 正勝は駕籠の中に置いた自分の荷物の中から長い組紐を一つ手に取ると、家光の元へと戻った。

「……羽織なので御御足が出てしまいますが、乾くまでご辛抱を」

 正勝はサササッと手早く衣を纏めて、紐で留めると、綺麗に整える。家光の膝上五~十センチといった所で巧く仕上がった。

「お見事です。正勝殿」

 風鳥は正勝の手際良さに感嘆する。

「暑いからこの長さの方がいいよ」

 着物の袖を持ち上げながら家光は笑顔で告げるものの、

「…………」

 正勝と風鳥は不満を露にして、家光を軽く睨むのだった。

「な、何、二人して怖い顔。やっぱりはしたないと思う?」

「……そんな肌晒して歩いて、痛い目見ても知りませんよ?」
「そうですよ、ただでさえ家光様は目につきやすいのですから」

 ぷいっと、二人共家光から視線を逸らすのだった。

「……そうか……この時代じゃ、この程度の露出もNGなんだな……」

 二人の態度に家光は顎に手を宛て考える。

(現代の世の女子達を見たら吃驚するんだろうなー。ミニスカとか、キャミとか)

「家光様! この程度とは何ですか! 水仕事中ならまだしも、そんな白い肌を晒して歩く女子などこの世におりませんよ!」

 家光の一言に苛立ったのか、正勝は家光の方へと向き直ると、どさくさに紛れて白いふくらはぎにさらっと触れた。

「うっ、正勝顔が怖いっ!!」

 家光は触られた感触よりも、正勝の据わった目が怖かったのか、一歩引いて風鳥の方へと近寄る。

「私が怖い? 貴女を見る他の男達の方がもっと怖いんですよ? わかっておられますか?」
「わ、わかった。わかったから! そんな風に睨まないで」

「……正勝殿、私も少し、正勝殿の目は怖いと思いますよ? (うん、春日局様は間違ってなかった、正勝殿は要注意だな、こりゃ)」

「え……、あ、っ、すいません。ついっ!」

 そんな会話をしつつ、一行は再び次の宿場町へと向かうのだった。
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