逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【上洛の旅・邂逅編】

073 眠りの中で

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 追分傍の茶屋に戻り待機させていた駕籠に家光を乗せ、一行は再び歩みを進める。

「家光様、茶屋に寄りたかったでしょうね」
「そうですね……、ですが心地良さそうにお休みでしたし、目が覚めた際に目的地に着いている方が喜ばれるでしょう」

 駕籠の直ぐ脇を歩く風鳥の言葉に、並んで歩く正勝が答える。

「それにしても、さっきの狐は何だったんでしょうか……正勝様から見て、どう思われましたか?」

「え? どう……、とは?」

 風鳥が腕を組みながら狐のことを思い出し、訊ねる。

「いえ……あの銀狐……家光様の言葉がわかるようでしたので、不思議だなと思いまして」
「そう、なのですか?」

 正勝から返され、「ええ……」と風鳥が頷く。

「……誰かに飼われていたのかもしれませんね」

「あ~……なるほど、そうですね! 多分そうなんでしょう!(ということにしておこう。家光は寝てるだけだし、害はないよな!?)」

 ぽんっと、勢いだけ付けて風鳥は拳を手の平に叩きつけ、無理矢理合点がいったように頷くも、どうにも引っ掛かって気持ちが悪い。
 それが何の引っ掛かりなのかはわからない。

 ただの、予感である。
 ただ今は、後々厄介なことにならないといいなと思うだけだった。


 まさか、その予感が的中するとはこの時思ってはいなかった。





「まだ、お目覚めにならないのですが……」
「はい……」

 あの後、本日の目的地、亀山宿まで辿り着いたものの、家光は眠ったまま目を覚まさなかった。
 ここまでの道中、家光が眠っていた所為かお陰か、それはもう静かで皆黙々と歩みを進めていたのだった。にも拘わらず駕籠持ち達のモチベーションは上がらず、到着は普段より遅かったようにも思う。
 家光が起きている時は寄り道が多いものの、彼女の笑顔で癒されてやる気も出るのだが、眠っているため駕籠から全く顔を出さないし、声も聞こえないわで男共のモチベは上がらなかった。

『……ほら、もう少しですよ!(ちょっと遅くない!? なんや、こいつら皆家光様好き過ぎやろ…)』
『へぇ……わかってますよ』

 男装した月花が声を低くして、駕籠持ち達の背を叩き叱咤激励すると、“はぁ”と溜息交じりに駕籠持ち達が歩いて行く。後ろに少数の従者も続く。

『……ちょっとどうなってんの?(何でこん人らこんなに疲れとんの?)』
『家光様が寝ちまった途端こうとはなぁ……』

 風鳥に耳打ちすると、そう返された。

 家光効果とでもいうのか?

 確かに家光が起きている時はその美しい笑顔や声を見て聞くことが出来、癒されるわけで。眠っている間はそれが見られない聞こえない。
 起きていた所で一緒にお喋りを楽しむわけでもないが、遠巻きに見ているだけでもいいらしい。
 つまり、駕籠持ち達や従者達からすれば、家光は観賞対象というわけだ。
 コロコロ変わる表情を眺めているだけで幸せな気持ちになる尊い存在なのである。それは言わば辛く長い旅のご褒美なのだ。
 けれど、今は頑張ってもなんの褒美もない(報酬はあるけども)ので足取りが重い。
 家光の笑顔が見れるなら頑張っちゃうんだけどなと思っているのかも。

『……家光様そろそろ起きません? 男共の元気がないみたいなんですけど……』

 月花はそっと家光の乗った駕籠に話し掛けるが、返事は無かった。
 モチベーション……否、目的意識は大事だなと、月花は思うのだった。

 可愛い女の子の笑顔の為なら男は頑張っちゃうよね!





 ――そうして、亀山宿本陣に来たわけだが。

 正勝が眠る家光をそのままに本陣入りし部屋へと運び込んだが、そろそろ日も暮れて障子越しに茜が差していた。
 暑さに薄っすら汗ばんだ家光の額に正勝が手拭を宛てると、すぅっと布に汗が吸われていく。
 到着した直後は部屋内の暑さに眠る家光へ、団扇でゆっくりと扇いで風を送っていたのだが、夕方になり涼しい風が吹いてきたのでそれも不要になった。時折その風が家光の髪を撫ぜる。
 汗も随分掻かなくなって来たようだった。

「……気持ち良さそうに眠ってるとしか思えないんですけどね」

 家光の世話をする正勝の隣で正座している風鳥が彼女を窺うが、確かにその通りなのである。
 風鳥に言われて正勝が家光を注意深く見るも、熱もなく、呼吸が苦しいというわけでもなさそうだったので、彼女が目を覚ますまで待つことにしたのだった。
 春日局には“途中で寝ちゃいました、てへ”と言ってあるが(実際には丁寧に報告している)、未だ目を覚まさないので不安が残る。
 いくら昼寝とはいえ、昼前から眠って夕刻。

 いつもなら食べるのが大好きな家光は、昼餉には起きたはず。けれど起きなかった。
 何をしたらそんなに疲れるのか。
 今日はずっと駕籠に乗っていて、狐を助けに行く際、短距離を走っただけである。

 寝すぎでは?

 正勝も風鳥もそう思っていると、襖がガタガタと音を立てる。

「……入るぞ」

 既に本陣入りしていた春日局が部屋に入ってくる。
 その表情は涼しげだがどこか憂いを帯びていた。

「春日局様」

 正勝が声を掛けるのも無視して、春日局は家光の褥の傍にやって来て、正座する。

「……何があった?(また、何かあったのか……)」
「それが……、特に何も……」

 正勝の歯切れが悪い。風鳥も正勝と同意見なのか首を縦に下ろしていた。

「ふむ……」

 春日局が眠る家光の額に触れ、熱を測る。

「熱はない様だな。しかし、随分と深い眠りに入っているようだ……」

 すぅすぅと、小さな寝息だけが聞こえて、寝返りさえしない家光に春日局が溜息を吐く。

「……家光様が眠りに就く前、何か無かったか?」
「っ、あ……えっと……実は…………」

 春日局の言葉に風鳥が口を開く。
 狗だと思っていた動物が狐で、その狐に顔を舐められたこと。その直後に眠いと言って眠ってしまったこと。
 すぐ起きるものだと思っていたので、家光も春日局に知られるのは多分嫌だろうと思い黙っていたことを詫びた。

「……ふむ。そうか……、狐か……。だが、特に病気を貰ったわけでもなさそうだ」

 風鳥の報告に春日局が怒ることはなかったが、額に血管が僅かに浮き上がっていたので腹を立ててはいるようだった。

「しばし様子を見ることとしよう。もし明日までに目覚めないようなら医師に診せなければな」
「はい」

 正勝と風鳥が座礼し、承諾する。

「……京都まで、あと僅かだ。家光様の体調管理を頼むぞ」
「はっ! 畏まりました」

 春日局がそれだけ告げると部屋から出て行く。
 正勝は襖の方へ向いて頭を下げたのだった。

 そうして、その夜、結局家光が目を覚ますことはなかった。





 家光の身に何が起こっているのか。
 そんなこと今はわからない。
 ただ、今わかるのは、家光が気持ち良さそうに眠っているということだけ。

 その眠りの中、家光はというと――。

「……あれ? ここはどこ?」

 家光がパッと目を覚ますと、そこは見た事のない部屋の中だった。
 だだっ広い畳の広間。
 江戸城の段差のある大広間にも似ているが、上中下段の松や鶴の壁ではなく、上段と下段に別れて金の壁紙に松の絵が多く描かれている。
 そこの上段中央に家光は一人ぽつんと立っていた。

「……うちじゃあないっぽいな……(ここどこやねん)」

 つい月花の御国言葉で突っ込みを入れてしまう。

「一先ず散策してみるか……」

 この部屋の近くには特に誰の気配もしないので、家光は誰かを捜すことにした。

「……ほへ~……、何か江戸城と似てる……? おーい! 誰か居ないのー? 正勝~! 風鳥~! 月花~!」

 下段へと足を進めると、見事な欄間の下に金色こんじきの襖があるので、それを開いて隣の部屋へと向かう。

「……世界遺産的匂いがしますな……(虎が描かれてる……)」

 隣の部屋に足を踏み入れると、金色の大きな四枚の襖に竹と虎が描かれていた。
 やはり誰も居ないので、その襖の中央を開けて家光は隣の部屋と足を踏み入れていく。

「……今度は鷹と松か……ていうか全部金キラキンなのね……(御婆様の好みっぽいな……っつか、見事だなぁ……修学旅行的気分)はぁー……凄いわ」

 家光は障壁画に感嘆して溜息を零したのだった。
 何気なく上を見上げてみれば、天井には蝶や鳳凰などが美麗に描かれた格天井ごうてんじょう(木を組んで格子形に仕上げた天井)が広がっていた。
 その部屋にも誰も居らず、家光は歩みを進めて再び行き止まりに行きつくと目の前の襖を開いてその先へ。

 その先は廊下になっていた。
 廊下を歩きながら誰か居ないか呼んでみるが、やはり返事はない。
 護衛の二人の気配すらも感じられない。

「うーん……さっきから人の気配がないなぁ……。……ん? ってことは、今私一人!?」

 そう思ったらわくわくしてくる。
 一人で居るチャンスなどそうはない。廊下を歩きながら次第に足も軽やかにステップなんぞ踏んでみちゃったりなんかして。

「わぁ、本当、ここどこなの~?」

 わざとらしく大きな声を出してみる。
 新たな部屋を見つける度に襖を開けて中を覗き見る。
 そうして幾つもの部屋を確認して察するに、ここは広い御殿のようである。
 何だか探検しているようで、楽しくなってきた。

 と。そう楽しんでいるのも最初だけだったのだが。

「……OH、またここか……、何ここ、ループしてんの?」

 見知らぬ大広間を出て、廊下を歩き、いくつかの部屋を開け、入口と思しき場所を開けてみるとそこにはまた大広間が広がっているのである。
 反対側を歩いて奥の部屋まで行っても、襖を開ければまた大広間に戻って来る。

「……ちょ、マジか……いい加減疲れて来たな……」

 家光は何度目かの大広間の上段の段差に腰掛けて足を投げ出した。

「あー、もー! 何なのよっ!? 疲れたよー! お腹空いたよー!」

 腹の虫が鳴って、背を畳に預け天井を見上げると、しんと静かな部屋に段々と心細くなってくる。
 大広間の天井も美麗な紋様が描かれていたが、美しい装飾の格天井を見たところで腹が満たされるわけでもない。

「……私が何したっていうのさ……」

 家光は涙目になりながら口をへの字口にして鼻をすする。

 と、その時だった――。

『……申し訳ありません、今しばらくこの中でお待ち下さいませ』

 不意に聞いたことのない男の声が天井から降ってきたのだった。
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