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【京都・昇叙編】
074 そこは二条城
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「っ、誰っ!?(イケボ! これは多分イケメンっ!!)」
突然降ってきた低く心地良く通る男の声に家光は身体を起こし、きょろきょろと辺りを見回した。
「今、声聞こえた、よね?」
『私が責任を持って、起こして差し上げますので……、暫しここでおくつろぎ下さい』
家光の言葉に再び天井から声が降って来る。
「っ、やっぱり空耳じゃないっ! ねぇっ! 誰だかわかんないけど、私お腹空いたんだけどっ!?」
家光は立ち上がり、声のする天井を見上げて声を張り上げる。
彼女の言葉にしばらく沈黙が流れた。
(あ、あれ?)
少し待ってみたが返事がないので、家光は気まずさを覚えて立ち尽くす。
そうしてしばらく黙っていると。
『…………、……ここで御食事をされても満腹にはなりませんが……』
「どういう意味!? 何でもいいから何か食べさせて!」
天井からの声にやんわりと断られるものの、尚も食事を要求するのだった。
『……仕方ありません。あなたがそれをお望みならば……』
「えっ!?」
不意にすーっと静かに襖を開く音と共に、大広間下段の廊下側の襖が開かれて、顔のない同じ水干(※)を着た男達が三名程、手にお膳を抱えて部屋へと入ってくる。
「っ、顔のっぺらぼうなんですけど!?(怖っ! 妖怪の類!?)」
家光が驚く中、足音一つ立てずに男達は家光の元へとお膳を持ってきて、彼女の前へと置いた。
「ど、どうなってんのさ……って……美味しそう! カレーじゃんっ! ラーメンもっ!! いい匂い!(えー、うっそー! やだ、最高!)」
置かれた膳にはなんと、カレーライスに、ラーメン、パスタ、ハンバーグに鶏のから揚げ、女子には嬉しい新鮮野菜サラダ(小エビ付き)、ショートケーキにアイスクリーム、紅茶ポットまでが載っているではないか。
料理からはそれぞれ食欲を擽る香りが漂っている。
家光は手指を絡めて握ると頬に添えて喜びの声を上げ、満面の笑みを浮かべたのだった。
『……さぁ、たんとお召し上がりくださいませ。あなたが今食べたいと望んだものが置かれているはずです。といっても実際にお腹は膨れませんが……』
天井からの声はそう告げるが、家光には関係ないようで膳に置かれたスプーンを手にして早速カレーライスを食べ始めた。
「ぁあ~、美味しい~……。温かい……こんな温かい料理食べたの久しぶりだよ……ウマウマ」
唇の回りにカレーがはみ出るのも忘れて、目にきらりと涙を光らせ咀嚼する。
本当に美味いのである。
江戸城での食事は温かいものが運ばれてはくるのだが、口にする頃には冷たくなっている。
毒見の所為である。
ここには家光以外、誰も居ない。毒見も必要なし。
(こんなん最高やん!?)
月花のお国言葉が出る程、家光の心は躍っていた。
「いくらでも食べられそう! ありがと、謎の声!」
『…………いえ……よく、召し上がられますね……』
天井に向かい朗らかに微笑むと、謎の声が引き気味に告げる。
「んぐんぐ。うまーい!! ここが夢の中でも最高だわー! ……っ、ぅ、ゲホッゲホッ!!(やばっ、一気に飲み込みすぎたっ、咽喉詰まる!!)」
カレーを食べ終え、から揚げを口いっぱいに頬張ると、頬張り過ぎたのか、咽喉に詰まらせ咳き込んだ。
『……だ、大丈夫ですか?』
家光は水の入ったグラスを傾けゴクゴクと飲み込んだ。
「っ、ぅ…………んっ……ぷはぁー……」
苦しそうな表情から一変、目蓋が弧を描き幸せそうに微笑む。
『……ふ、ふふっ……面白い方ですね……ぷふっ……ふふふっ……』
謎の声が堪えられない様子で愉快そうに笑っている。
「ん? そ、そう?(何が? って何笑ってるのさ)」
家光は要領を得ない様子で残りの料理を平らげていった。
そうしてなんと、完食してしまう。
「はぁー……! 満足満足!」
食事を終えると家光は足を崩して放り出し、現代でいう所の爪楊枝に似た片側がブラシ状の房楊枝で歯間を掃除する。
手を添え口元を隠すなんてことはせずに大胆に大口を開けていた。
こんな姿を見せると、普段なら春日局や正勝が何かしら言って来そうなものだが、そう、ここには家光を窘める者が誰一人いないのである。
(人目もないし、謎の声は声だけだし、今だけいいっしょ! あぁ~、自分だけの空間って最高。千代時代を思い出すわー!)
家光は自由を満喫していた。
『……ぷっ、ぷぷぷっ……、くくくっ……!』
さっきから謎の声の笑いが止まらない。正確には堪えようとしているらしいが、堪えきれず……といった様子らしい。
「……よく笑うなぁ……。……まぁ、いいけどさ」
天井を横目に見上げて僅かに頬を膨らますが、その後で自分も微笑んだのだった。
『くくくっ……、っ!?』
謎の声が息を呑み、笑い声が止まる。
「……ん? どしたの?」
『……いえ、何でもありませんよ』
家光が訊ねると、謎の声は低く落ち着いた声で告げる。
「ふーん……?」
『お食事も済みましたし、少しお休みになられては?』
「そう……? じゃあ、そうしようかな(お昼寝していいとか最高じゃん!)」
声に促され、家光が立ち上がる。
『褥をご用意致します。この部屋の右の襖を出られましたら右へお進みください。最奥に白書院というお部屋がございます。そちらの襖を開かれましたら……』
「あ、さっき行ったけど、ここに戻って来ちゃったんだよ」
『……ああ、そうでしたか。今は繋がっておりますので大丈夫ですよ』
はぁ? と家光は首を傾げる。
すると“ぱちんっ”と指を弾くような乾いた音が聞こえた。
「っ……? 紙……人形?」
家光の目の前に真っ白な和紙を切り抜いた、小さな人型を模した人形が宙を浮いていた。
丁度家光の目の高さで留まっている。
『その紙人形がご案内致します』
声と共に、人形がくるりと翻ると部屋の右手の襖へと飛んでいく。
そうして、家光が来るのを待つようにふよふよと襖の前で止まっていた。
「……っ、夢の中だしっ! 怖くない怖くない!!」
少し怖いなと思いながらも、家光はごくりと唾を飲み下して人形の後を追った。
廊下に出ると、人形は家光を誘う様にふわりふわりと飛んでいく。
途中別の部屋を通ったが、その部屋は“白書院”というところではないらしかった。
人形は更に奥へと進んでいく。
やがて人形は最奥の部屋の前で留まる。
「……ここ、さっきも来たんだよなぁ……」
そう零しながら家光は襖に手を掛け、開け放つ。
「……ぁ。お布団敷いてある……っていうか、初めて見たなこの部屋」
この屋敷内を何周もぐるぐる回っていた家光だったが、白書院に足を踏み入れたのは初めてだった。
人形が褥の上にくるくると縦回転しながら浮いている。
どうやら横になるように言っているようだ。
「……ふ、ぁ……、食事もしたし……眠くなってきたな……。というか、何か身体がやにだるいな……」
今更ながらに気付く。
屋敷内を徘徊していたからなのか、はたまた別の理由なのか。突然の脱力感に襲われる。身体が鉛のように重い。
部屋に入り褥を見た途端家光は膝を折って、そこへ倒れ込んだ。
「っ……な、何なのさ……(あ、落ちる……)」
家光の目蓋が自然と落ちていく。
『……もうすぐ、お助けしますね』
謎の声が意識を手放す家光の耳に、微かに届いたのだった。
◇
家光が夢の中でそんなことを経験している間に、春日局、正勝達はというと……。
「明日は後水尾天皇との面談だというのに……」
「医師の説明では特に何も無いという話だったのだろう?」
褥に眠り続ける家光を前に、秀忠と春日局が話をしていた。
家光が眠り始めてから五日後、一行は既に京都入りし、二条城、二の丸御殿へと参着していた。
将軍の寝所として使われる、白書院と呼ばれる場所、二の間に家光が運ばれ、褥に寝かされている。
旅の間、何度か寝返りを打ったり、意味不明な寝言を言う以外は大人しく、起きることはないが表情は笑顔だったり怒ったりとくるくる変わっており、正勝や風鳥は心配してはいたが、何より涎を垂らして幸せそうにしている家光の表情を見ると、きっと大丈夫なのだろうと信じる他なかった。
「は……、先程後水尾天皇から御典医を派遣頂きまして診せた所、ただ旅の疲れが出ただけ……とのことで。しばらくすれば目覚めるとだけ……」
春日局の目の下には隈が出来ていた。
一行の日程管理業務に、大奥の準備、秀忠の監視に、天皇側の動向警戒。それに加えて、家光のこと。
中でも家光が五日も目覚めないことがさすがの春日局にも堪えた様で、家光を純粋に信じる若い正勝と風鳥を余所に、不安で仕方がない。
ここ三日程、心配で心配でよく眠れていなかった。
(しばらくすれば目覚める……とはいえ、何の保証もない)
いつも元気でよく喋る家光が眠りから覚めないことが不思議でならない。原因もわからず、気付け薬を嗅がせても何の効果もなかった。
「そうか……ふ、ふわぁああああ~!」
秀忠が、突然背伸びをする。
「……うむ、長旅で疲れたな。儂も休ませてもらおうかな?」
「……は、はぁ……(ご心配ではないのだろうか……)」
欠伸ついでに目を擦り隣で寝て来るわと、秀忠は二の間を出て行った。
春日局はさっさと部屋を出て行く秀忠をただ見送る。
母親なのに随分とあっさりしている。
「……家光様、どうか、早くお目覚め下さい……」
春日局はそっと家光の手を握る。
その手は温かく、寝顔も安らかだった。
「ぅう……カレー……ラーメン……」
不意に家光がぽつりぽつりと譫言を呟く。
「……何の呪いなのですか?」
家光語に、ふっと酷く疲れた顔で笑い掛ける。
話し掛けてもやはり、彼女は目覚めなかった。
明日は、後水尾天皇の行幸である。
どうか明日は目覚めますように。
(家康様、どうか、家光様を……)
春日局は家光の手を両手で握りしめて祈りを捧げるのだった。
----------------------------------------------------------------------
※水干(男子の平安装飾の一つ、狩衣に似ている。狩衣は、平安時代以降の公家の普段着)
wikipediaより
突然降ってきた低く心地良く通る男の声に家光は身体を起こし、きょろきょろと辺りを見回した。
「今、声聞こえた、よね?」
『私が責任を持って、起こして差し上げますので……、暫しここでおくつろぎ下さい』
家光の言葉に再び天井から声が降って来る。
「っ、やっぱり空耳じゃないっ! ねぇっ! 誰だかわかんないけど、私お腹空いたんだけどっ!?」
家光は立ち上がり、声のする天井を見上げて声を張り上げる。
彼女の言葉にしばらく沈黙が流れた。
(あ、あれ?)
少し待ってみたが返事がないので、家光は気まずさを覚えて立ち尽くす。
そうしてしばらく黙っていると。
『…………、……ここで御食事をされても満腹にはなりませんが……』
「どういう意味!? 何でもいいから何か食べさせて!」
天井からの声にやんわりと断られるものの、尚も食事を要求するのだった。
『……仕方ありません。あなたがそれをお望みならば……』
「えっ!?」
不意にすーっと静かに襖を開く音と共に、大広間下段の廊下側の襖が開かれて、顔のない同じ水干(※)を着た男達が三名程、手にお膳を抱えて部屋へと入ってくる。
「っ、顔のっぺらぼうなんですけど!?(怖っ! 妖怪の類!?)」
家光が驚く中、足音一つ立てずに男達は家光の元へとお膳を持ってきて、彼女の前へと置いた。
「ど、どうなってんのさ……って……美味しそう! カレーじゃんっ! ラーメンもっ!! いい匂い!(えー、うっそー! やだ、最高!)」
置かれた膳にはなんと、カレーライスに、ラーメン、パスタ、ハンバーグに鶏のから揚げ、女子には嬉しい新鮮野菜サラダ(小エビ付き)、ショートケーキにアイスクリーム、紅茶ポットまでが載っているではないか。
料理からはそれぞれ食欲を擽る香りが漂っている。
家光は手指を絡めて握ると頬に添えて喜びの声を上げ、満面の笑みを浮かべたのだった。
『……さぁ、たんとお召し上がりくださいませ。あなたが今食べたいと望んだものが置かれているはずです。といっても実際にお腹は膨れませんが……』
天井からの声はそう告げるが、家光には関係ないようで膳に置かれたスプーンを手にして早速カレーライスを食べ始めた。
「ぁあ~、美味しい~……。温かい……こんな温かい料理食べたの久しぶりだよ……ウマウマ」
唇の回りにカレーがはみ出るのも忘れて、目にきらりと涙を光らせ咀嚼する。
本当に美味いのである。
江戸城での食事は温かいものが運ばれてはくるのだが、口にする頃には冷たくなっている。
毒見の所為である。
ここには家光以外、誰も居ない。毒見も必要なし。
(こんなん最高やん!?)
月花のお国言葉が出る程、家光の心は躍っていた。
「いくらでも食べられそう! ありがと、謎の声!」
『…………いえ……よく、召し上がられますね……』
天井に向かい朗らかに微笑むと、謎の声が引き気味に告げる。
「んぐんぐ。うまーい!! ここが夢の中でも最高だわー! ……っ、ぅ、ゲホッゲホッ!!(やばっ、一気に飲み込みすぎたっ、咽喉詰まる!!)」
カレーを食べ終え、から揚げを口いっぱいに頬張ると、頬張り過ぎたのか、咽喉に詰まらせ咳き込んだ。
『……だ、大丈夫ですか?』
家光は水の入ったグラスを傾けゴクゴクと飲み込んだ。
「っ、ぅ…………んっ……ぷはぁー……」
苦しそうな表情から一変、目蓋が弧を描き幸せそうに微笑む。
『……ふ、ふふっ……面白い方ですね……ぷふっ……ふふふっ……』
謎の声が堪えられない様子で愉快そうに笑っている。
「ん? そ、そう?(何が? って何笑ってるのさ)」
家光は要領を得ない様子で残りの料理を平らげていった。
そうしてなんと、完食してしまう。
「はぁー……! 満足満足!」
食事を終えると家光は足を崩して放り出し、現代でいう所の爪楊枝に似た片側がブラシ状の房楊枝で歯間を掃除する。
手を添え口元を隠すなんてことはせずに大胆に大口を開けていた。
こんな姿を見せると、普段なら春日局や正勝が何かしら言って来そうなものだが、そう、ここには家光を窘める者が誰一人いないのである。
(人目もないし、謎の声は声だけだし、今だけいいっしょ! あぁ~、自分だけの空間って最高。千代時代を思い出すわー!)
家光は自由を満喫していた。
『……ぷっ、ぷぷぷっ……、くくくっ……!』
さっきから謎の声の笑いが止まらない。正確には堪えようとしているらしいが、堪えきれず……といった様子らしい。
「……よく笑うなぁ……。……まぁ、いいけどさ」
天井を横目に見上げて僅かに頬を膨らますが、その後で自分も微笑んだのだった。
『くくくっ……、っ!?』
謎の声が息を呑み、笑い声が止まる。
「……ん? どしたの?」
『……いえ、何でもありませんよ』
家光が訊ねると、謎の声は低く落ち着いた声で告げる。
「ふーん……?」
『お食事も済みましたし、少しお休みになられては?』
「そう……? じゃあ、そうしようかな(お昼寝していいとか最高じゃん!)」
声に促され、家光が立ち上がる。
『褥をご用意致します。この部屋の右の襖を出られましたら右へお進みください。最奥に白書院というお部屋がございます。そちらの襖を開かれましたら……』
「あ、さっき行ったけど、ここに戻って来ちゃったんだよ」
『……ああ、そうでしたか。今は繋がっておりますので大丈夫ですよ』
はぁ? と家光は首を傾げる。
すると“ぱちんっ”と指を弾くような乾いた音が聞こえた。
「っ……? 紙……人形?」
家光の目の前に真っ白な和紙を切り抜いた、小さな人型を模した人形が宙を浮いていた。
丁度家光の目の高さで留まっている。
『その紙人形がご案内致します』
声と共に、人形がくるりと翻ると部屋の右手の襖へと飛んでいく。
そうして、家光が来るのを待つようにふよふよと襖の前で止まっていた。
「……っ、夢の中だしっ! 怖くない怖くない!!」
少し怖いなと思いながらも、家光はごくりと唾を飲み下して人形の後を追った。
廊下に出ると、人形は家光を誘う様にふわりふわりと飛んでいく。
途中別の部屋を通ったが、その部屋は“白書院”というところではないらしかった。
人形は更に奥へと進んでいく。
やがて人形は最奥の部屋の前で留まる。
「……ここ、さっきも来たんだよなぁ……」
そう零しながら家光は襖に手を掛け、開け放つ。
「……ぁ。お布団敷いてある……っていうか、初めて見たなこの部屋」
この屋敷内を何周もぐるぐる回っていた家光だったが、白書院に足を踏み入れたのは初めてだった。
人形が褥の上にくるくると縦回転しながら浮いている。
どうやら横になるように言っているようだ。
「……ふ、ぁ……、食事もしたし……眠くなってきたな……。というか、何か身体がやにだるいな……」
今更ながらに気付く。
屋敷内を徘徊していたからなのか、はたまた別の理由なのか。突然の脱力感に襲われる。身体が鉛のように重い。
部屋に入り褥を見た途端家光は膝を折って、そこへ倒れ込んだ。
「っ……な、何なのさ……(あ、落ちる……)」
家光の目蓋が自然と落ちていく。
『……もうすぐ、お助けしますね』
謎の声が意識を手放す家光の耳に、微かに届いたのだった。
◇
家光が夢の中でそんなことを経験している間に、春日局、正勝達はというと……。
「明日は後水尾天皇との面談だというのに……」
「医師の説明では特に何も無いという話だったのだろう?」
褥に眠り続ける家光を前に、秀忠と春日局が話をしていた。
家光が眠り始めてから五日後、一行は既に京都入りし、二条城、二の丸御殿へと参着していた。
将軍の寝所として使われる、白書院と呼ばれる場所、二の間に家光が運ばれ、褥に寝かされている。
旅の間、何度か寝返りを打ったり、意味不明な寝言を言う以外は大人しく、起きることはないが表情は笑顔だったり怒ったりとくるくる変わっており、正勝や風鳥は心配してはいたが、何より涎を垂らして幸せそうにしている家光の表情を見ると、きっと大丈夫なのだろうと信じる他なかった。
「は……、先程後水尾天皇から御典医を派遣頂きまして診せた所、ただ旅の疲れが出ただけ……とのことで。しばらくすれば目覚めるとだけ……」
春日局の目の下には隈が出来ていた。
一行の日程管理業務に、大奥の準備、秀忠の監視に、天皇側の動向警戒。それに加えて、家光のこと。
中でも家光が五日も目覚めないことがさすがの春日局にも堪えた様で、家光を純粋に信じる若い正勝と風鳥を余所に、不安で仕方がない。
ここ三日程、心配で心配でよく眠れていなかった。
(しばらくすれば目覚める……とはいえ、何の保証もない)
いつも元気でよく喋る家光が眠りから覚めないことが不思議でならない。原因もわからず、気付け薬を嗅がせても何の効果もなかった。
「そうか……ふ、ふわぁああああ~!」
秀忠が、突然背伸びをする。
「……うむ、長旅で疲れたな。儂も休ませてもらおうかな?」
「……は、はぁ……(ご心配ではないのだろうか……)」
欠伸ついでに目を擦り隣で寝て来るわと、秀忠は二の間を出て行った。
春日局はさっさと部屋を出て行く秀忠をただ見送る。
母親なのに随分とあっさりしている。
「……家光様、どうか、早くお目覚め下さい……」
春日局はそっと家光の手を握る。
その手は温かく、寝顔も安らかだった。
「ぅう……カレー……ラーメン……」
不意に家光がぽつりぽつりと譫言を呟く。
「……何の呪いなのですか?」
家光語に、ふっと酷く疲れた顔で笑い掛ける。
話し掛けてもやはり、彼女は目覚めなかった。
明日は、後水尾天皇の行幸である。
どうか明日は目覚めますように。
(家康様、どうか、家光様を……)
春日局は家光の手を両手で握りしめて祈りを捧げるのだった。
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※水干(男子の平安装飾の一つ、狩衣に似ている。狩衣は、平安時代以降の公家の普段着)
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