逆転!? 大奥喪女びっち

みく

文字の大きさ
107 / 310
【江戸帰還編】

106 帰路、品川宿にて

しおりを挟む
「ふ……、予定、通り……」


 ざっ、と。

 駕籠から足を下ろし砂けぶる街道を草履で踏み締め春日局は、漸く解放された狭い空間に“ふぅ”とため息一つ、額の汗を拭った。
 その汗は駕籠から解放されただけではなく、一仕事終えたかのような達成感からくる男の汗、そのものなのである。
 春日局は青い空を見上げ、もう一度“ふぅ”と息を吐いたのだった。


「……福なんか疲れてる?」

「……誰の所為ですか……」


 家光も駕籠から下りたのか、正勝を引き連れ春日局の傍へとやって来ていた。
 春日局が“はぁ……”と深いため息を吐く。


「ん……?(私、何かしたっけ?)」


 というか、お母様が居ないんだけど……?

 ってか、ここどこよ……?


 政宗を始めとする大名方々は先に江戸へと戻る為数日前に別れており、ここに居ないのはわかるのだが、秀忠とは帰る場所も同じだというのに姿が見えない。
 それは妙だなと、家光が辺りを見回してみるのだが、そこに秀忠の列はなかった。
 そして、今、家光の目の前には行きには寄ることの無かった品川宿の街が広がっている。


「……ここ、どこ?」

「ここは品川宿ですよ、家光様」


 正勝が直ぐ隣で答えてくれる。


「品川宿……。ってことは……、都内に入ったってことね……」


(やったー! やっと江戸に帰って来た~!!)


 家光は両手で拳を握りしめ、「やったー!」と心の内で叫ぶのだった。


「漸く戻って参りましたね」

「ね~!(長かったよねっ!!)」


 正勝が優しく目を細めるので、家光も釣られて微笑む。


「っ、はい……っ、そうですねっ!(なんて御可愛いらしい……っ!)」


 家光の笑顔に正勝の頬がほんのりと色付いた。


「……で、何で品川宿? お城に帰らないの?」


 正勝の様子なんぞ全く気が付かない家光は、春日局に訊ねる。


「明日、午前中には帰城致しますよ。本日は家光様に御選択頂きたいものが御座います故、こちらに一泊致します」

「ふーん……」


 今日の予定一覧なのかどうかは定かではないが、春日局がふところから何やら書付を取り出すと、それを見下ろした。


「……正勝、お前は残った駕籠かきにいとまを出すように。明日は明け六つ(※朝六時くらい)にはここを発つからそのつもりで」

「はっ、畏まりました。その後はどう致しますか?」


 春日局が書付を開きながら正勝に指示をすると、正勝が次の指示を仰いでくるので……。


「ここに書いた旅籠に荷物を運び入れるよう、月花に指示してある。月花は荷物持ちの駕籠かきを引き連れ既に旅籠に向かった。荷物が無事運ばれたかの確認を頼む。それが終われば、お前も暫し休んでいて構わない。私と家光様はここに挙げた呉服屋を回ってから戻る」


 春日局は正勝に書付を見せながら淡々と説明して、紙を二つ折りにするとそれを彼に渡したのだった。


「はっ、承知致しました。…………あの」


 正勝は渡された書付を握り締め、春日局を見上げる。


「……なんだ?」

「……途中から合流しても構いませんか?」

「ん? ああ……、まぁいいだろう。お前にも手伝ってもらうこともあるだろうしな……」


 正勝からの申し出に春日局は首を縦に下ろした。
 これから行くのは呉服屋である。
 正勝が居ても邪魔になることはない。そう思って。


 けれど、


 私一人が居れば済むことなのだがな……。
 邪魔をしたら承知せんぞ……。


 などと、春日局の眉根には皺が寄っていた。


「……はっ。では、家光様、春日局様、後程……」


 正勝が恭しく頭を下げてから、その場を去る。


「うん、後でね~」


 家光は無邪気な笑顔で手を振り、それを見送っていた。
 そんな家光に正勝は時折振り返り、嬉しそうに破顔して頭を下げる。
 それは、角を曲がるまで何度か続いたのだった。


「…………家光様。そのようなこと、なさらなくて結構ですよ」

「え……? そのようなって……、手を振ったこと……? いや、だって、こっちのお願い聞いてもらうわけだし?(正勝いい子なのに……)」


 正勝には、風鳥や久脩に感じた胸の高鳴りみたいなものを感じることが無かった。
 だから春日局の正勝に対する塩対応が不思議で、つい彼を見上げてしまう。


「……家臣にいちいち愛想を振りまく必要は御座いません」

「……な、何よ……、福、感じ悪いよ……?(あんたの愛息子でしょうが……)」


 つんとした春日局の態度を見かねて、家光は窘めるのだが、


「…………、……感じが悪くて結構です。さぁ、行きますよ」

「あっ、ちょっと待ってよっ!!(どこへ行くっていうのさっ!)」


 春日局は踵を返し街道を歩き始めるので、家光は慌ててついて行った。







 春日局の後に続き、歩くこと暫し――。

 表通りの旅籠の角を曲がると路地に続いており、路地を歩いて丁字路を左に曲がる。
 その先をしばらく歩くと路地は細くなり、七曲りの細路地を二人は縫って行く。
 道が狭くなる度に、すれ違う人が減っていった。

 一体どこへ連れて行こうというのか家光はわからず、少々不満顔だった。


「ちょっともー、どこに行くのっ!」

「……あちらの、呉服屋ですよ」


 漸く目的地が見えたのか、春日局が手の平を掲げ一軒の呉服屋の看板を示す。

 そこには“呉服”と書かれていた。

 木の板で出来た縦書きの小さな看板は二階部分に設置されているが、こんな細路地に来る者などいるのだろうか。
 看板の下へと視線を移すと、裏口なのか入口幅が狭く、“呉服”と書かれた暖簾が掛かって、戸は開いている。


「……え……呉服屋……?」

「ええ、ここは港町ですからね。西国より色とりどりの反物が入って来るのですよ」


 二人で呉服屋の前まで来ると、建物を見上げる。
 入口は小さいのに、建物としては随分大きいように感じられたのだった。


「反物……? 奥にやってくる商人が持ってくるやつ……だよね?」

「あれはごく一部です。ここにあるのは入荷したてのもので、奥に持ち込まれるものとは数が違います。それ故、家光様の好みのものも御座いましょう」

「…………好みって……」


 春日局が呉服店の暖簾を上げると家光はそこを潜り、中へと入る。


「家光様は普段あまり御召し物を選ぶことが御座いませんでした」

「ああ、まぁ……、そうね。任せてたもの(着物ワカンナーイ! もんなぁ……)」


 家光に話をしながら、春日局は呉服屋の玄関に吊るされた紐の付いた鈴を鳴らす。
 すると、奥から「はい、ただいま参ります、少々お待ちを~」と男性の声が聞こえたのだった。


「明日は表にて将軍就任の御披露目、その翌日は祝言です。どうか家光様の選んだ御着物で晴れの日を過ごして頂きたいと思いまして」

「……っ、お披露目はいいとして……、祝言……」


 淡々と話を進める春日局に向けて、家光は“うへぁ”と、うんざり顔をする。
 こんな時は本当に、ぶちゃいくな顔である。


「…………、そんな御顔をされても覆りませんよ」


 春日局は瞬刻、眉間に皺を寄せるもすぐにいつもの涼しい顔で冷ややかに家光を見下ろした。


「っ、わ、わかってるよ! 私だって腹くらい決まってる!」

「……せめて、御好きな柄でも、と」


 家光が食って掛かるように見上げると、春日局は目を伏せ静かに告げる。
 そして、家光から目を逸らし、店の奥から出て来る店主らしき男性の方へと視線を移したのだった。


「……福……。そう……(福なりの優しさ……なのかな……?)」


 家光は春日局を見上げ、何となくそう思った。


「ようこそ、お越し下さいました。お待ちしておりました!」

「あっ! あなたは……!」


 店の奥から現れたのは、奥で何度か会っている商人だった……。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。

具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。 ※表紙はAI画像です

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...