逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【江戸帰還編】

110 選定の基準

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「……後藤殿、筆は御座いますか? あと墨を」

「筆で御座いますか? はい、只今ご用意致します」


 正勝は後藤に筆と墨を要求し、持って来させると懐から懐紙を取り出し何やら書き綴る。
 懐紙には、龍、鳳凰、鶴、亀、松竹梅……と記されていた。


「正勝、これ……」

「はい、この選別した中から吉祥文様が描かれたものを更に選別致します。季節柄も少々、お入れしますね」


 正勝は今は初秋ですからと、別の懐紙を取り出し、紅葉、萩、桔梗、撫子、菊と追加していく。
 すべて書き終えると、畳の上に右と左にそれぞれ置いた。


「吉祥文様はこちらに、季節柄はこちらに。後藤殿、宜しいでしょうか?」

「ええ、ええ! 勿論ですとも!」


 合点がいった後藤が阿吽の呼吸で正勝と共にさらに反物を選り分け、選択肢を絞ってくれる。


 そうして作業を眺めていると、


「おぉ……! 大分減って来たね!」


 家光の目の前で、反物が二十本ほどに絞られたのだった。


「はい、ですが、まだ二十も御座います。ここからは家光様に御協力願います」

「はいはい、どうすればいい?」


 家光は漸く少しやる気が出たのか、腕まくりをして正勝の傍へと寄って行くと、分けられた反物の前に膝立ちする。


「先ずは、家光様の御披露目にあたっての御気持ちを御聞かせ下さい」

「お気持ちって……気分……?」

「はい。引き締まる想いですとか、欣快に堪えません等……。私共は家光様を魅せる御着物を御用意致したいのです。ですが、家光様の御気分にそぐわない御着物を御召しになっても、心地は良ろしくないのでは、と」

「あぁ……、テンション上がる服の方がいいんじゃないかってこと? まぁ……晴れの日だもんね、そりゃあ……」


 将軍に就任したことをお知らせする御披露目だから、正勝の云う通り引き締まる想いはあるよね。
 それと、嬉しいっていう感情も少しはあるけど……。

 それよりは、あれかな。



 ……私は、自信が欲しい。



 これまで座学や実技は色々教わったけれど、転生した元社畜OLの私が天下の将軍家光としてやっていけるか、正直自信はない。

 お婆様があのタイミングで亡くなり、お母様が大御所に……なんて言い出さなければ、私が将軍になることもなかったかもしれない。
 なんだったら妹の国松の元服を待ち、彼女が継いだっていいとさえ思っていたくらいだ。

 けれど、必要な教養を身に付けず、己の欲求に忠実で遊んでばかりしている国松にその器が無いのは明白。
 お母様は自分の姉妹に継がせたくないみたいだし……私がやるしかない。

 腹に一物がある大老達でさえも表向きは皆協力的だし、断る理由がなかった。
 ここまで育ててくれた福も私が将軍となることを期待しているし、亡くなったお婆様も確約して下さっていた。
 正勝も助けてくれるし、新しく老中になる幼馴染達もいる。

 万全のサポート体制ってわけだ。
 これだけお膳立てされたら、ねぇ……。

 そう、つまり逃げ場がない。

 逃げ場がないなら立ち向かうしかないわけで。


 だから、その私に自信をつけてくれるような、強い色を身に着けたい。


 どんな色かな……?


 家光は何となく、自分の望む着物が見えて来る気がした。


「てんしよん……ですか? その御言葉はよく存じ上げませんが、御聞かせ願えたらと」

「……えっとね、さっき正勝が云ったように引き締まる想いと、多少嬉しくはあると思う。でも、一番強く想うのは……。……………………」


 途中まで告げて逡巡し、ちらりと春日局を見る。
 春日局は“どうかしましたか?”と軽く首を傾げていた。


「家光様……?」

「ちょっと、正勝、あっちに……」


 家光は立ち上がり、正勝に廊下へ行こうと促す。


「え? あ、はい……」


 正勝は促されるままについて行った。
 春日局は冷ややかな眼で、正勝の背を見送る。







「あの……、家光様? 刻限が迫っておりますが……」


 廊下に出て襖を閉じ、自分に背を向ける家光に正勝は“何だろう……?”と様子を窺う。


「……正勝、これは二人だけの秘密にして欲しいんだけど……」

「えっ!? ふ、二人だっ、だけで御座いますか!?」


 振り返った家光は口元に人差し指を当て、しぃと息を吐く。

 艶のある唇に正勝の鼓動が跳ね上がった。
 声まで大きくなってしまう。


「わあぁっ、声がデカイっ」


 家光は慌てて正勝の口を両手で塞ぐ。


「っ、も、申し訳ございませんっ……(御手が、柔らかい……っ!!)」


 家光の指が自分の唇に触れ、正勝は気が飛びそうになってしまった。
 家光はそのまま小声で話し出す。


「あのね、私……。自分に自信がないの。だから、私が堂々としていられるような着物がいいかな。……それでね、こんなこと福に聞かれたら怒られるでしょ? だから、内緒にして欲しいなって」


 身長差から自然と上目遣いになってしまい、距離も近い。
 家光の項からなのか、甘い香りが漂い正勝の頬は既に真っ赤に染まっていた。


「っ、っっ、は、はいっ……秘密に致しますっっ!」


 家光様の御手が……、香りが……!!


 正勝の頭は一瞬にして飽和状態になってしまう。


「本当? ありがとう! あ、じゃあ、今言った三点を踏まえて決めてね。私、正勝のこと信じてるからね」


 正勝が首を縦に下ろしたのを見て、家光は手を放す。


「っはい。…………、……あ、えっと……。申し訳ありません、今、何と仰っておられましたか?」

「え……?」

「っ……もう一度、御教え願えませんか……? っ、申し訳ございません……!(頭が真っ白になってしまって入って来ませんでした……!)」


 正勝は頭を下げる。


「ん、もう! 聞いてなかったの? じゃあ耳貸してっ」

「えっ?」


 家光は正勝の耳元に先程と同じことを囁くのだが、正勝の記憶には中々入ってこなかった。







 正勝に何度か言い含め、二人は部屋へと戻る。

 家光が先に部屋に入り、後ろから顔を真っ赤にした正勝がぶつぶつ“引き締まり、喜び、堂々としていられる……引き締まり、喜び、堂々……”と何度も繰り返し、入って来る。


「…………、家光様。刻限が」


 正勝の様子が変だなと思いつつ、春日局は家光をちらりと見やる。
 すると、家光の口角が上がっていた。


「ンフフ~」

「? 何ですか?」


 家光の態度に春日局は訝し気に眉を顰める。


「……ふふっ。正勝に任せたからもう直ぐ決まるよ! ねっ! 正勝っ」

「っ、ぁっ、はいっ!! お任せ下さいっ!」


 家光が正勝の肩をぽんっと叩くと、正勝は条件反射のように肯定して、反物の前に膝を着いた。
 そして、すぐさま後藤と選定に掛かるのだった。

 家光は春日局の隣にやって来て正勝と後藤のやり取りを眺める。


「……つまり、御自身で御決めにはなられないと……?」

「……そうは言ってないよ?」


 春日局はがっかりしたのか、正勝と後藤を見つつ隣に立つ家光を一瞥したのだが、家光は春日局と目を合わせることなく正勝と後藤を見守っていた……。
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