逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【江戸帰還編】

111 着物、決めました

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 正勝と後藤の選定作業を眺めながら、しばらくの後……――。


「ふぅ……。こんなものでしょうか……」


 正勝が正座しながら額の汗を拭う。
 最終的に、候補は四つに絞られたのだった。


 漆黒に銀鼠の龍・紅に菊・紫紺に鳳凰・純白に桔梗。
 その四候補である。


「すごーいっ! 正勝、よくここまで絞り込めたねっ!」


 家光はぱちぱちぱちと手を叩き合わせる。


「っ……この中から、家光様が御気に召したものをあつらえましょう」


 正勝は恭しく座礼した。


「ん、ここまで選択肢が絞られれば私でも選べそうね!」


 本当なら決めてもらって構わないのだけど、最終決定くらいは自分でやっておくかと家光は広げられた反物を見下ろす。
 その他多くの反物は後藤が身内を呼び、片付けられていった。

 目の前に出された四候補を順に見ていくと、漆黒に銀鼠の龍は家康の着物に近く、紅に菊は秀忠の着物に近い。


 お婆様やお母様の着物と重なると、文句を云う人もいるよね……。
 ならば、その二つは候補から外しておくか……。

 となると、残りは紫紺に鳳凰、それと純白に桔梗……。


 何で桔梗……?


 いや、まあ季節の柄だと思うし、綺麗だとは思うけど……。


「よし、これにするっ!」


 家光は紫紺に鳳凰の反物を持ち上げる。
 旅の途中、正勝から桔梗の花を貰ったことなどすっかり忘れている家光は消去法で紫紺の着物に決めたのだった。


「…………、はい……。とてもお似合いだと思います」


 家光の選んだ反物に正勝は、僅かばかり淋しそうに瞳を伏せたかと思うと、家光を真っ直ぐ見て穏やかに口角を上げる。

 家光が漸く決まった反物に「ありがとう、正勝」とお礼を告げるのだが、正勝は口角を上げたまま何も言わなかった。


「……成程、やはりそれに行きつきましたか」


 選定を静かに見守っていた春日局が腕組みしながら頷いている。


「ん?」


 それに行きついたって……、どういうこと?


 家光は春日局の言葉に眉を顰める。
 そんな家光の元に、後藤が残りの反物の片付けを他の者に任せ、戻って来ると口を開いた。


「おお! 家光様、御決まりになられましたね! さすが……御目が高い。こちらならば明日の朝、御持ち帰り頂けますよ」

「え……?」


 着物ってそんな早く出来ちゃうの……?


 後藤が「良かった良かった」と満面の笑みで頷くので家光は疑問に思う。
 いやいや、どう考えても半日で作れるようなものではないのだけど、と打掛の形を思い浮かべていた。

 春日局といい、後藤といい、まるでこれ・・が選ばれることを知ってたような物言いではないか。
 家光は手元の反物を見下ろしながら首を傾げたのだった。


「こちら、お預かり致しますね」

「では、家光様。本日は以上となります。明日に備えてそろそろ宿でお休みになられるといいでしょう」


 後藤が家光の手から選んだ反物を“ひょい”と取り上げると、春日局が家光の手をそっと引いて、部屋から出るよう促す。


「え、も、もういいの?(あんなに悩んだのに?)」

「ええ、宜しいですよ。一時はどうなるかと思いましたが……、方法はどうであれ、私の杞憂だったようです」

「んん? ……どういうこと?」


 福って、こういう所あるよね……。


 意外とあっさり終わったなと、家光は不思議に思ったのだが、春日局が満足そうに口角を上げ“うんうん”頷くので何か面白くないと感じた。


「…………、それは後程お話致しますよ」


 春日局は家光の手を引きながら、薄っすらと目を細める。
 何か企んでいた……のかなと、家光の直感が働いたのだった。


「っ……、何それ……」

「私はこの後、後藤殿と少々お話が御座いますので、先にお戻り下さい」


 家光は部屋の出口へと追いやられる。


「ちょ、福っ」

「正勝、家光様を旅籠までお連れするように」

「はっ。畏まりました」


 家光の言葉など無視で春日局は正勝に指示すると、正勝に家光の手を渡したのだった。







 正勝に手を引かれ、板の廊下を進んで行く。
 今更ではあるが、よく磨かれた廊下は足袋で歩くと滑りやすいのである。


「足元にお気を付け下さい」

「大丈夫よ」


 走らなければどうということもないから、家光は気にすることなく正勝にそう返した。
 正勝はそれ以上何も言わず、繋いだ指先に少しだけ力を込める。


「あはは。正勝は心配性だなぁ……」

「…………家光様がお怪我でもされたら気が気ではありませんから……」

「ふーん、そんなもん? まあ、正勝は私の家臣だものね。心配するのは当然かぁ~」


 家光が“いや~、本当、正勝のお陰で助かったよ~”と白い歯を見せた。




「家臣……、…………………………………………、……そう、ですね」




 家光の言い方が気に入らなかったのか、正勝は一瞬俯くと黙り込んでから顔を上げる。


「……家光様、先程春日局様が仰られていたように、本日はお早めにお休み下さいませ」

「あ、うん」


 では、参りましょう。


 “路地は細く道も整備されておりませんから足元にはくれぐれもご注意を……”


 正勝は過保護に呉服屋を出ても家光の手を放そうとはしなかった。
 家光も無数の反物を見て疲れたのか、正勝の手を無理矢理放そうとはせず、そのままにしていた。

 そうして、呉服屋を出た所で……、


「家光様」


 頭上から聞き慣れた声が降って来る。


「……ん? あっ、風鳥!」


 家光が声のした方へ顔を向けると、風鳥が民家の屋根から“タッ”と地面に華麗に降り立った。

 家光はすぐに風鳥に駆け寄る。
 その拍子に正勝と繋いでいた手が離れてしまった。


「ぁ……」


 と、正勝は残念そうに先程まで触れていた指先を見下ろしている。


「おおっ、さすが隠密、ついて来てたのね」

「はい。家光様、お供致します」


 風鳥は片膝を地面に着け、片腕を曲げ胸元に手を当てると頭を下げる。
 その姿を見た途端、正勝の眉間がピクリと動いた。


「…………風鳥。私が居りますから貴方は居なくても大丈夫ですよ」

「……春日局様の御下命ですので……」


 正勝が努めて平静を装い牽制するように風鳥を薄目で見ると、風鳥は立ち上がり涼しい顔で正勝を見下ろす。
 すると、二人は黙り込んで互いに見つめ合った。

 どうにも、険悪な雰囲気である。


「っと……えー……、二人共……?」


 急にどうしたのよ……。


 家光は二人の様子に戸惑い一歩後退った。
 丁度足元、そこには小さな小石が転がっており、家光は運悪くその上に足を下ろしたのだった。


「えっ!? わっ、うわっ……!!??」
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