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【新妻編】
129 新婚初夜
しおりを挟む「…………フッ。こちらも失礼」
――今宵、孝様には「酒を飲むな」と言い包めてある。あれの腕は確かなはず。一度致してしまえば家光様とて虜に……。
男も不敵に笑みを浮かべ、春日局の隣を歩く。
春日局の隣を歩くと背も貫禄も美貌も春日局の方が上である為、自分は見劣りしてしまうが、そんなものはどうでも良い。
――私は徳川が鷹司家の御子を産むという事実が欲しいだけだ……!
男は春日局と共に大奥へと向かい、御鈴廊下を出ると二人はそれぞれの部屋へと別れた。
男二人、それぞれの思惑は一体どうなることやら。
総ては家光に掛かっている。
◇
――御鈴廊下を経て大奥を進み、家光は孝の待つ寝所へと辿り着く。
すーっ、と静かに襖が開かれ、先ずは正勝、白橿が先に入室し、最後に家光が足を踏み入れる。
部屋にはぼんやりと灯りが点され布団が三組敷かれていた。
それぞれの布団の間には衝立が立てられている。
(うわー! 衝立あるけど、マジで添寝~!!)
家光は衝立の向こうに人影があるのに気付いた。
向こうも家光が部屋に入って来た途端背筋を正したのか、衣擦れの音が聞こえる。
「……家光様」
正勝がちらと家光を見ると、家光は無言で首を縦に下ろした。
すると、正勝は手前の布団に腰を下ろし、端座する。
白橿は一つ目の衝立の向こう、真ん中の布団に座る孝に一度座礼してから、一番奥の布団へと向かい座った。
(……では、顔を拝んでやるか……!)
意を決して、家光が目の前の衝立の奥へと向かう。
「ぁ……、家光……」
家光が真ん中の布団を踏みしめると、待っていたのか家光と同じ生地の白い寝間着を着た孝が見上げた。
家光は無言で孝から距離を取り座る。
「……家光……。会いたかった……。俺、ずっと……」
「っ……?」
家光が腰を下ろした途端、孝が手を伸ばし家光の手に触れようと、聞いたこともないような甘い声を出した。
――甘い声を出すな……っ!
家光は驚いて手を引っ込め、避ける。
すると、孝は小さく「ぁ」と漏らし、傷付いたような顔を見せた。
「……っ、あんた、孝だよね!?」
――箱根で私を襲った人ですよね!? 何か全然印象違うんですけど……?
以前会った時のような刺々しさが無いように感じられ、家光は確認作業に入る。
「……そうだが?」
「……前と違うんだけど!?」
――以前はすぐ突っかかって来ていたような……?
落ち着き払った孝の返答に、家光は首を傾げる。
家光の記憶の一頁に、孝は“すぐに突っかかって来る失礼な奴”と記されていたはずなのだが、目の前の男は顔は同じだが突っかかって来ないではないか。
「っ、前はほらっ……、暴走してしまって……。その……」
衣擦れの音がして、孝はその場に平伏す。
「……ん? ま、いいや、今夜は飲もうよ」
孝が平伏したものの家光は意味が解らず、枕の先に酒が置いてあるのを見つけて、自ら取りに行く。
「……え、あ。俺お前にあや」
孝は目の前から家光の気配が消えたので顔を上げた。
「お酒を用意してくれたなんて、あんた気が利くじゃん? 見直シタワー」
「え? 俺は何も……(酒は飲むなって言われてるんだけど……?)」
家光はお盆に載せた徳利と、猪口を二つ手にして孝の前に戻って来ると腰を下ろす。最後の語尾は若干棒読みだ。
孝は目を瞬かせ、首を傾げていた。
「言わなくても わかってるって~! 私の緊張を解そうとしてくれたんでしょ?」
「え? ぁ、えと……?(緊張してるのはこちらも なんだが!?)」
家光の言葉に孝は戸惑うが、戸惑っている間に家光が孝の手に猪口を載せる。
「……飲も? いいことは それからでもいいっしょ?」
「っ……いいことって……、す、少しだけなら……」
徳利を振り振りと目の前で揺らされ、家光が優し気に目を細めると孝はおずおずと猪口を差し出した。
家光は丁寧に猪口へ酒を注いでいく。
「はい、グイっとどうぞ」
「……お前は飲まないのか……?」
孝は家光の猪口が空なのが気になるのか、家光から徳利を取ろうとするのだが。
「ん? 私も飲むよ?」
「俺が注いで……」
「あ~、いいよ。自分で注ぐから」
家光は孝の手から逃れるように、徳利に触らせなかった。
「む…………」
孝はムッとしたが、黙り込む。
「……あんたを信用出来ないからね。……薬入れられたこと、許してないよ?」
「ぐっ……、っ。それもそうだよな……」
痛い所を衝かれ、孝は家光から目を逸らした。
その間に家光は徳利から手酌で猪口に酒を入れる。
「……では、改めまして、初夜に乾杯」
「…………乾杯」
家光が笑顔で猪口を軽く掲げ一気に中身を飲み干すと、孝は訝しそうに家光をちらちらしながら酒を口にする。
――なんか家光の奴……、やに機嫌が良くないか……? いつもは俺を見たら蛇蝎の如く嫌って蔑んだ目で見て来るってーのに……。
何だかおかしいなとは思ったが、好きな女が機嫌良く居てくれるならいいかと孝も一気に酒を飲み干した。
その瞬間、カッと五臓六腑に火が点ったようにそこから全身が熱くなる。
かなり強い酒のようだ。
「おっ、良い飲みっぷりだね。もう一杯どうぞ?」
「……っ……俺、あんま飲むなって言われて……(この酒随分強くないか……?)」
――なんか、ふわふわすんな……。
緊張し過ぎているからか、酔いの回りがいつもより早い気がする。
孝はここらで止めた方がいいかなと二杯目は断ることにした。
……のだが。
「私も もう一杯くらい飲まないと緊張解れないや……。もう一杯付き合ってよ」
「…………っ、仕様がないな……」
家光が瞳を伏せ殊勝なことを口にするので、孝は家光に誘われるままに猪口を差し出した。
途端家光は破顔して再び酒を注ぐと自分の猪口にも注ぎ、また一気に飲み干す。
「……家光お前……、酒強いんだな……。この酒……結構強くないか……?」
「う、ん……? そぉかな……?」
――全然注いでないからね~! 注いだフリ、飲んだフリ!
……家光は酒など一滴も飲んでいなかった。
部屋が暗いのをいいことに、巧妙に手酌したふりと飲んだふりで孝を騙したのである。
「っ……うー……。駄目だ。この酒強過ぎる。全部は飲み切れん……!」
孝は二杯目は一口唇に付けただけで身体を反転させ、お盆に置いてしまう。
「っ、もう飲まないの……!? もっと飲もーよぉ!」
――酔い潰れてくんなきゃ困るっ!!
家光は何とかもう少し酔わせたいと思い、食い下がってみるのだった。
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