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【新妻編】
169 仲直り
しおりを挟む「……んー……と、どっちが上だったっけ……?」
人払いをした家光だったが、最近月花や正盛、重澄と女性陣に着替えを手伝ってもらっていた所為か、寝衣の着方をド忘れてしまっていた……。
「うわ……私 寝間着すら着れないとか……やばくない?」
――確か、間違えると死装束になっちゃうんだっけ……。
家光はわたわたと何とか自力で真っ白な寝衣を着付けてみる。
左右どちらが上だとか、なんだとか、少々悩んだが最終的には勘に物を言わせ帯を巻いた。
「…………ふぃ~……出来た……!(どんなもんよ!)」
伊達に十八年も着物着てないんだぜ……! どやぁああ!
……なんて、家光は腰に手を当て独り胸を張ってみる。
帯も苦しくないし、着物のずれもない。見下ろしてみたが変に皺も寄っていない。
自画自賛であるが、思いの外上手く着付けることが出来たように思う。
今部屋には誰も居ない為、ちょっと恥ずかしいが“独りで出来るもん、すごいんだもん”なのだ。
……そんな時、とんとん。
家光の着付けが終わった頃、丁度襖が叩かれ音を立てた。
『……家光様。閨の準備が整っております。そろそろ……』
「っ……! その声、正勝!?」
襖越しに聞き慣れた正勝の声がして、家光はそちらへ目を向ける。
――正勝だ……! 久しぶりじゃない……!?
“おはぎ”美味しかったよって言ってやらないと……、と。
孝の態度に苛立ちながらも口にした正勝の“おはぎ”は甘さ控えめで、家光の好きな味。押し黙り頭を下げ続ける孝につい声を荒げそうになった家光を冷静に引き戻してくれていたのだ。
家光は少しばかりまだ引っ掛かる部分はあるものの、正勝とそろそろ話をしたかった。
何せ正勝は兄のような友達のような……春日局に次いで家光が安心して頼れる、数少ない信頼のおける存在なのである。
正勝はいつでも自分を理解し、助けてくれる忠臣だ。
手作りの“おはぎ”だって美味い。
……いや、決して“おはぎ”だけが目的ではないのだが……。
初夜後 数週間、正勝とはぎくしゃくしていたが、彼の性格からすれば家光から折れてやらねば元通りとはいかないだろう。
孝に折れてやるつもりはないが、正勝になら折れてやってもいいかもしれない。
(前みたく……気安く話せるかな……。正勝、私が冷たくしちゃってたの怒ってないかな……。)
正勝と別の誰かが一緒ならば自然と振舞うことができるが、差しで顔を合わせるには手作り甘味ハンストを続けていた手前、まだ少々気まずさが残る。
……家光は正勝の出方を窺うことにした。
『……はい、正勝です。今宵 家光様を閨にお連れするようにと仰せつかり参りました』
「…………そっか。入っていいよ」
――怒っては……なさそうね……。
襖越しの正勝の声には覇気がなく、元気はなさそうだが いつも通り穏やかで、家光は入室を許可する。
『……では失礼致します……』
その声と共に、正勝は静かに襖を開いた。
襖を開いた正勝は廊下で座礼すると、部屋へと足を踏み入れる。
「……正勝……」
「家光様……」
既に日は落ち部屋の薄暗い灯りの中で聞こえた家光の声に、床に置いた灯りを手に立ち上がった正勝は、今にも泣き出しそうな顔で薄っすらと微笑んでいた。
「おはぎ……おいしかったよ?」
「あ……、それは良かったです……。召し上がって……下さったのですね……」
家光が夕餉に出た“おはぎ”の感想を伝えると、正勝の目が見開かれる。
そうしてから、彼はくしゃりと目元と口元を歪ませた。
灯りの揺らめきに正勝のつぶれた目元が光った気がしたが、気の所為かもしれない。
「うん……。また……食べたいな。だめかな……?」
「っ、いえっ! 私の作ったもので宜しければいくらでもお作り致しますっ!」
家光の望みに正勝の声に芯が入ったかのようだ。
先程まで元気の無かった正勝の声は明るさを取り戻していた。
「えへへっ……ありがと……」
――正勝怒ってないみたい……! よかった……!
これで、また正勝のお手製おやつが食べられるわね……!
本当のこと言うと我慢するのが辛かったのよね、なんて……。
……なんとも現金な家光である。
家光は正勝になら気兼ねなく我儘を言うことが出来るのだ。
同性である月花や、正盛、重澄も確かに尽くしてくれるし、補佐もしてくれるのだが十八年間という長い間傍に居た正勝には遠く及ばない。
正勝は家光の性格も何もかもを知り尽くしている。
そんな正勝を家光が手放せるはずもなかった。
……家光は嬉々として目元を擦る正勝を眺めながら破顔してみせる。
互いに多くは語らないが、これでいい。
……これが二人の仲直りの瞬間であった。
「……あの、家光様、大変申し上げ難いのですが……」
仲直りも早々に、正勝は口元に拳を当て考え込むような仕草を取る。
「ん……?」
「……その……、お着物の合わせが逆に御座います……」
「えぇっ!? 本当!? やだぁっ、迷った末にこれだって思ったのに……!」
正勝に指摘されてしまい、家光は衿元を引っ掴んだ。
――恥っずっ……! やっちゃったかぁ……!
恥ずかしさに家光の頬が熱くなる。
十八年間も着物を着ておいて着物の合わせ方もわからないとか頭がおかしいとしか思えない……。
いや、でも最近仕事忙しくて着替えは全自動だったしな……ちょっと忘れてもしょうがないよね……。
……とかなんとか。
自己正当化し、家光は着付け直すかと衿元から手を放し、帯に手を掛けようとした。
すると正勝の手が帯に伸び、彼が口を開く。
「……お直ししても……?」
そう告げる正勝は目を閉じ、家光の返事を待っていた。
「…………うん、お願い」
「はい、家光様……」
正勝と仲直りした家光に断る理由はない。
家光が了承すると、正勝は目を閉じたまま器用に帯を解き、手探りで衿の合わせを正しい位置に重ね合わせていく。
……目を閉じたのは正勝の配慮だろう。
以前は男の目など気に留めず肌を晒していた家光だが、今は女として自覚し、恥じらいもある。
そんな彼女の素肌を正勝が好奇心で見ることは無かった。
ひょっとしたら薄目を開けて見ているかもしれないが、家光は正勝が実直な男であることを知っている。
正勝の着付けは春日局譲りで、月花よりも巧い。
帯の締め付けはきつくもなく、動き辛くもなく、丁度良い。
多少動いたところで帯がずれるということもない。
毎日代わる代わる数人の人間が着付けてくれてはいるが、それぞれの個性が溢れ、苦しかったり緩かったりと様々だ。
正勝程自分の身体を熟知している人は居ないのではなかろうか。
性別の違い故に致し方ない部分もあるが、毎日でも着付けてもらいたい程である。
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