逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

168 伝えられない謝罪

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「……家光……」


 孝は夕餉会場に入る家光の背を廊下から遠目に眺める。

 家光の付添人達の合間で一瞬しか見えなかったが、孝の目にはまるで時が止まったようにはっきりと彼女を視認出来た。

 湯浴み後だから浴衣姿ではあるが、今宵の家光も愛らしいではないか。


 ――可愛い……。


 緩く纏め上げた艶のある髪と、白い肌に季節外れだが、藤の花模様の浴衣が良く似合っている。

 家光は案内した付添人に笑顔を見せて部屋に入って行った。


 ……俺の妻はあんなにも可愛かったのかと、孝の頬は熱くなる。


 実に数週間振りの愛妻の姿だ。

 言葉遣いは女らしくないが、愛くるしい表情豊かな妻はいつ見ても可愛く美しい。

 自分もあの付添人のように妻に笑い掛けてもらえるといいのに。

 これからそういう機会がありますように……、孝は願わずにはいられなかった。


(俺に笑い掛けてくれることなんてもう無いんだろうな……。)


 自分は一体何てことをしてしまったのだろうか……、勝手に暴走し二度も彼女に恐怖を植え付け傷付けた。

 ……散々猛省したが、し足りない。


 春日局との約束で自分からは声を掛けられないが、今夜は家光が慈悲を見せてくれるまでひたすら頭を垂れていよう。

 伝わらなければまた家光の良い時期に場を設けて貰って……また頭を下げればいい。

 それだけは夫婦の特権だから春日局も許してくれるだろう。


 ……孝は夕餉会場に入ると家光を見たかったが、目を合わせ怯えられても困るので、目を合わせない様 彼女の向かいに用意された自己の膳に着くと、また座礼を始めた。









「…………」


 夕餉が始まり、多くの付添人達が見守る中、家光は黙々と冷めた食事を食していく。
 ……その間孝は頭を下げたままだった。


(何なの……? 謝ってるつもりなのかな……)


 ――この食べ慣れた味も飽きたなぁ……。


 ああ温かいご飯に納豆掛けて食べたい……、いやカレーが食べたい……。
 今度久脩ひさながさんに頼んでみようかな……?


 家光は黙ったまま頭を垂れ続ける孝を無視して食事を続ける。
 久脩に頼んで夢の中でいいから思う存分前世の食事を食べたいなー……などと妄想に耽ってみた。

 孝が話し掛けて来ないのでは この場の意味がないではないか。
 さりとて、こちらが折れてやる理由もない。


(孝の奴、お腹空いてないのかな……)


 膳に手を付けようともせず、ただ黙って頭を伏せ続ける孝を家光は汁椀をすすりながら ちら見する。

 ……孝は微動だにしていない。


「…………」


 ――にしても、さっき部屋に入って来た時も目を合わせなかったな……。


 御鈴廊下では暗くてよく見えなかった今夜の孝の着物は麗しかった。

 アシンメトリーの藍黒色の髪も、高い鼻筋も、はっきりした二重瞼の輝くような神秘的な瞳も、初夜で交わした薄く大きな唇と健康的な色の肌も、骨ばっているあの日家光に触れた温かく大きな手も……。


(くっそ……やっぱイケメン……!!)


 夕餉会場に入って来た孝を一瞬見やっただけで“きゅん”と胸が疼いたのはきっと気の所為だ。

 見た目ばかり好くとも中身は強姦魔……否、強姦未遂魔。


「…………?(てか、私……なんで平気……?)」


 家光は頭を下げ続ける孝を今度はじっと見つめて目を瞬かせる。

 孝と会えば辛いかと思っていたが、意外と平気な自分が不思議でしょうがなかった。




 ……それでも家光は孝に話し掛ける勇気はなく、夕餉は二人共無言のままに終わってしまった。


(いや、あんた、謝りに来たんじゃなかったの……?)


 食事を摂り終えた家光は一度退室することにし、立ち上がると頭を下げ続ける孝に一瞥くれて そのままに夕餉会場を後にする。


「…………(家光、すまない……)」


 孝は家光が去った後も付添人の声が掛かるまでそのままだった――。









 ……謝罪したいからと云われ、孝と共にした夕餉だったが、結局孝は頭を一度も上げることなく下げ続け、会話もないままに終了……。


 家光は寝衣に着替える為、別室に通されていた。


「……はぁ……」


 ――孝の奴……いったい何だったんだ……、あれで謝ってるつもりなのかな……。


 ……何か言わんかい。


 男らしくさっさと謝ってくれれば許してやらんこともないのに……、と家光が浴衣の帯を解かれながら、孝の態度を思い出し もやっとする。


「……家光様、前を失礼致します」


 浴衣の帯が畳に落ちると、付添人の男が家光の前に回り、浴衣の衿に手を掛けた。


「え……あっ! ちょい待ちっ!!」

「……はい?」


 家光は“はっ”と慌てて衿を持つ男の手を掴む。
 男は首を傾げていた。


「……っ、じ、自分でやるから、あなたは廊下に出てて……!」

「……私では役不足でしたでしょうか……」


 小袖や打掛を着る際には襦袢を着ているから構わないが、今、浴衣の下には自作のパンツ以外何も身に着けていない。

 剥ぎ取られては柔肌が晒されてしまうではないか。

 目の前の男が家光を襲うことはないだろうが、そういう目で見られるのは少々居心地が悪い。

 ……とはいえ、男が悲し気に眉を下げるので家光はフォローを入れておく。


「そうじゃないのっ! 私は誰彼構わず肌を晒すような女じゃないんだよ。あなたとは今日初めて会ったよね!?」

「……はい、光栄に御座います」


 家光から今日初めて会ったことを問われた男は深々と頭を垂れた。

 ……この男も中々の美男子である。

 孝ほど目を奪われる色男ではないが、春日局の見立てで派遣された付添人だ、家光の好みにきちんと合致しているのが憎らしい。


「……っ、初めて会った者に着替えを手伝ってもらうのは嫌なの」

「家光様……」

「着替えは自分でできるから、あなたは廊下に出ていなさい」

「……そう……、ですか……。畏まりました……」


 家光は何とか男を言い包め、部屋から追い出した。


「……ふぅ……。まったく……、皆 世話焼き過ぎだっての……」


 ――福……、なんで揃いも揃ってイケメンばかりを……。


 まあ、眼福ではあるんだけどさ……。


 ……春日局の魂胆は見え見えではあるが、生娘の家光から手を出すわけもなし。

 福の思惑には嵌ってやらないぞ……! と家光は独り衿を掴んだのだった。

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