169 / 310
【新妻編】
168 伝えられない謝罪
しおりを挟む「……家光……」
孝は夕餉会場に入る家光の背を廊下から遠目に眺める。
家光の付添人達の合間で一瞬しか見えなかったが、孝の目にはまるで時が止まったようにはっきりと彼女を視認出来た。
湯浴み後だから浴衣姿ではあるが、今宵の家光も愛らしいではないか。
――可愛い……。
緩く纏め上げた艶のある髪と、白い肌に季節外れだが、藤の花模様の浴衣が良く似合っている。
家光は案内した付添人に笑顔を見せて部屋に入って行った。
……俺の妻はあんなにも可愛かったのかと、孝の頬は熱くなる。
実に数週間振りの愛妻の姿だ。
言葉遣いは女らしくないが、愛くるしい表情豊かな妻はいつ見ても可愛く美しい。
自分もあの付添人のように妻に笑い掛けてもらえるといいのに。
これからそういう機会がありますように……、孝は願わずにはいられなかった。
(俺に笑い掛けてくれることなんてもう無いんだろうな……。)
自分は一体何てことをしてしまったのだろうか……、勝手に暴走し二度も彼女に恐怖を植え付け傷付けた。
……散々猛省したが、し足りない。
春日局との約束で自分からは声を掛けられないが、今夜は家光が慈悲を見せてくれるまでひたすら頭を垂れていよう。
伝わらなければまた家光の良い時期に場を設けて貰って……また頭を下げればいい。
それだけは夫婦の特権だから春日局も許してくれるだろう。
……孝は夕餉会場に入ると家光を見たかったが、目を合わせ怯えられても困るので、目を合わせない様 彼女の向かいに用意された自己の膳に着くと、また座礼を始めた。
◇
「…………」
夕餉が始まり、多くの付添人達が見守る中、家光は黙々と冷めた食事を食していく。
……その間孝は頭を下げたままだった。
(何なの……? 謝ってるつもりなのかな……)
――この食べ慣れた味も飽きたなぁ……。
ああ温かいご飯に納豆掛けて食べたい……、いやカレーが食べたい……。
今度久脩さんに頼んでみようかな……?
家光は黙ったまま頭を垂れ続ける孝を無視して食事を続ける。
久脩に頼んで夢の中でいいから思う存分前世の食事を食べたいなー……などと妄想に耽ってみた。
孝が話し掛けて来ないのでは この場の意味がないではないか。
さりとて、こちらが折れてやる理由もない。
(孝の奴、お腹空いてないのかな……)
膳に手を付けようともせず、ただ黙って頭を伏せ続ける孝を家光は汁椀を啜りながら ちら見する。
……孝は微動だにしていない。
「…………」
――にしても、さっき部屋に入って来た時も目を合わせなかったな……。
御鈴廊下では暗くてよく見えなかった今夜の孝の着物は麗しかった。
アシンメトリーの藍黒色の髪も、高い鼻筋も、はっきりした二重瞼の輝くような神秘的な瞳も、初夜で交わした薄く大きな唇と健康的な色の肌も、骨ばっているあの日家光に触れた温かく大きな手も……。
(くっそ……やっぱイケメン……!!)
夕餉会場に入って来た孝を一瞬見やっただけで“きゅん”と胸が疼いたのはきっと気の所為だ。
見た目ばかり好くとも中身は強姦魔……否、強姦未遂魔。
「…………?(てか、私……なんで平気……?)」
家光は頭を下げ続ける孝を今度はじっと見つめて目を瞬かせる。
孝と会えば辛いかと思っていたが、意外と平気な自分が不思議でしょうがなかった。
……それでも家光は孝に話し掛ける勇気はなく、夕餉は二人共無言のままに終わってしまった。
(いや、あんた、謝りに来たんじゃなかったの……?)
食事を摂り終えた家光は一度退室することにし、立ち上がると頭を下げ続ける孝に一瞥くれて そのままに夕餉会場を後にする。
「…………(家光、すまない……)」
孝は家光が去った後も付添人の声が掛かるまでそのままだった――。
◇
……謝罪したいからと云われ、孝と共にした夕餉だったが、結局孝は頭を一度も上げることなく下げ続け、会話もないままに終了……。
家光は寝衣に着替える為、別室に通されていた。
「……はぁ……」
――孝の奴……いったい何だったんだ……、あれで謝ってるつもりなのかな……。
……何か言わんかい。
男らしくさっさと謝ってくれれば許してやらんこともないのに……、と家光が浴衣の帯を解かれながら、孝の態度を思い出し もやっとする。
「……家光様、前を失礼致します」
浴衣の帯が畳に落ちると、付添人の男が家光の前に回り、浴衣の衿に手を掛けた。
「え……あっ! ちょい待ちっ!!」
「……はい?」
家光は“はっ”と慌てて衿を持つ男の手を掴む。
男は首を傾げていた。
「……っ、じ、自分でやるから、あなたは廊下に出てて……!」
「……私では役不足でしたでしょうか……」
小袖や打掛を着る際には襦袢を着ているから構わないが、今、浴衣の下には自作のパンツ以外何も身に着けていない。
剥ぎ取られては柔肌が晒されてしまうではないか。
目の前の男が家光を襲うことはないだろうが、そういう目で見られるのは少々居心地が悪い。
……とはいえ、男が悲し気に眉を下げるので家光はフォローを入れておく。
「そうじゃないのっ! 私は誰彼構わず肌を晒すような女じゃないんだよ。あなたとは今日初めて会ったよね!?」
「……はい、光栄に御座います」
家光から今日初めて会ったことを問われた男は深々と頭を垂れた。
……この男も中々の美男子である。
孝ほど目を奪われる色男ではないが、春日局の見立てで派遣された付添人だ、家光の好みにきちんと合致しているのが憎らしい。
「……っ、初めて会った者に着替えを手伝ってもらうのは嫌なの」
「家光様……」
「着替えは自分でできるから、あなたは廊下に出ていなさい」
「……そう……、ですか……。畏まりました……」
家光は何とか男を言い包め、部屋から追い出した。
「……ふぅ……。まったく……、皆 世話焼き過ぎだっての……」
――福……、なんで揃いも揃ってイケメンばかりを……。
まあ、眼福ではあるんだけどさ……。
……春日局の魂胆は見え見えではあるが、生娘の家光から手を出すわけもなし。
福の思惑には嵌ってやらないぞ……! と家光は独り衿を掴んだのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【美醜逆転】ポジティブおばけヒナの勘違い家政婦生活(住み込み)
猫田
恋愛
『ここ、どこよ』
突然始まった宿なし、職なし、戸籍なし!?の異世界迷子生活!!
無いものじゃなく、有るものに目を向けるポジティブ地味子が選んだ生き方はーーーーまさかの、娼婦!?
ひょんなことから知り合ったハイスペお兄さんに狙いを定め……なんだかんだで最終的に、家政婦として(夜のお世話アリという名目で)、ちゃっかり住み込む事に成功☆
ヤル気があれば何でもできる!!を地で行く前向き女子と文句無しのハイスペ醜男(異世界基準)との、思い込み、勘違い山盛りの異文化交流が今、始まる……
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる