逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

197 娼妓召喚の申請

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 ……孝に不満が溜まれば、その矛先はいずれ家光に向く。
 孝付きの上臈御年寄の男がそのいい例で、今でも敵意剥き出しで毎日讒口ざんこうが絶えない。

 御膳所で孝が御末達と話している間、その男は不満を大口で叩いているのだ。
 ……通り掛かりに聞いては気分が悪くなる。

 とはいえ正室のお付き……、側室であろうと直接文句など言えるはずもなし。

 孝が男を諫めていることも知っているが、元々孝は公家の人間だ。改心したとしてもいつまた元に戻るとも限らない。

 ただでさえ公務で多忙な家光に正室の我儘で心を煩わせたくはない。
 自らが知り得た家光の情報だが、同じ女性を慕う者同士――教えてもいいだろう。
 ……本当は教えたくなかったが、孝の不満が溜まるよりはましである。


 ――すべては家光さまの為に……。


 家光には心身共に健やかに暮らしてもらいたい――、振の想いは自身の弱い身体からくるもの。
 振は自らの嫉妬心よりも彼女の健康を願い、小さな芽は摘み取っておきたかった。










「……お前の意図はわからんが……、話の種が出来た。礼を言おう」


 明日の朝にでも家光に話題を振ってみよう、そうすればいつもよりは会話も盛り上がるかもしれない――孝は振の狙いがなんであれ、家光の事を知れたことが何より嬉しい。
 ……素直に頭を下げていた。


「勿体無きお言葉です」


 ――孝さまが頭を下げるとは……。


 やはり改心しておられる……と、振は孝の様子を見ながら伏せる。
 だが側に毒を常に置いている状態――いつ毒に染まり、元に戻るかはわからない……。

 春日局から孝を常に警戒するよう言われている振は、本心を隠しながら顔は柔和に、そっと窺うことにした。


「ふむ……お前が有益な情報を教えてくれたから、俺もお前に協力してやるよ」


 ……孝がお返しとばかりに妙なことを言いだす。


「……え?」

「振、お前、家光を喜ばせたいんだろ?」









 “家光を喜ばせたいんだろ――?”


 孝の言葉が振に刺さる。
 家光との共寝は三日後……、次は失敗したくない、出来れば最後まで――。

 だが前と同じではまた途中で終わってしまいかねない。
 いったい何がいけなかったのか――振には解らずじまいである。


「孝様! 側室に何余計なことを……!」

「あー煩い煩い。……で? お前は家光と最後までしたいわけだ」


 ……今し方まで黙って聞いていた上臈御年寄の男が眉を吊り上げ、身を乗り出してくると、孝は耳に小指を突っ込み明後日の方向に視線を投げた。


「孝様っ!! 側室が失敗だとわかればご正室である貴方に機会が回ってくるのですよ!?」

「うるせー。んなもんねーよ……。で、振どうなんだ? 家光を孕ませたいんだろ?」


 上臈御年寄が孝の着物の袖を引くが、孝は忌々しそうにそれを振り払う。
 孝の上臈御年寄はとにかく煩く、一人であーだこーだと文句を垂れていたが、雑音にしか聞こえないため、孝も振も互いの声だけを拾い、会話を続けた。


「はらっ!? ……っ、そ、それは側室ですからもちろんで御座います……。春日局さまにも一刻も早いご懐妊をと……。ですが、今はそんなことよりも家光さまに安心して身を委ねて頂きたいと思っております。御子様はその後でも良いかと……」


 振は顔を真っ赤にして自分の気持ちを伝える。

 家光を懐妊させるのが側室である自分の役目ではあるが、今はそれよりも彼女と気持ちを通わせ、少しでも安心して身を任せてもらえるようになりたい――その気持ちの方が強い。

 何故御台所はそんな当たり前のことを改まって訊いてくるのだろうか……、振は孝の真意が掴めず様子を窺った。


「ふーん、そっか。……うーん……」


 孝が脇息に頬杖をつき、うんうんと、少し不機嫌そうな表情ながらも何か思案するように頷いている。
 そして、彼は目を閉じて唸り始めてしまった。

 ……やはり何を考えているのかさっぱり読めない。


「……あ、あの……?」


 振が恐る恐る声を掛けるが、孝は「うーん」と唸って、もはや何を言っているのかわからない近付く上臈御年寄の頬に片手を張り考え込んでいる様子。


 ……孝の真意がどこにあれ、既に自らが未経験だということは知られてしまっている。
 まさか邪魔立てするつもりなのだろうか、いや、協力すると言っていたような……。
 どちらにしても余計なことを言わなければ良かった――と、振が後悔し始めたその時――。


 ガタガタと部屋の襖が振れて、音を立てた。
 ……何者かが襖を叩いたのだ。


『……孝さま。お話し中のところ大変申し訳御座いません。ただいま戻りました』


 襖の向こうで若い男の声がする。


「……ん? 入っていいぞ」


 孝が男の声に目蓋を開き、襖に視線を移すと襖は静かに開いて、まだ少年のようなあどけなさの残る男が入室して来た。


「あ、振殿。御台さまとご歓談中でしたか」

「夏殿……」


 部屋に入って来た男の名は“夏”――小柄な男で萌葱色の髪は孝よりは短め、愛くるしい大きな瞳の二十歳の青年である。
 振とは何度か顔を合わせたことのある、春日局から遣わされた孝のお付きだ。

 孝が連れて来た上臈御年寄とは違い、春日局が用意した監視要員ではあるが……。


「どこ行ってたんだよ。そいつの隣に座れ」

「はい。あ、ご報告しても宜しいですか……?」


 夏の入室に孝の顔がぱっと明るくなる。
 意外にも孝は夏を気に入っている様子――。

 夏が上臈御年寄の隣に腰を下ろした途端、ずっとぶつぶつ呪詛を吐いていた上臈御年寄が苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。


「ああ、構わない。で、何かあったのか?」

「春日局さまより許可が下りまして、召喚して良いとのことです」

「ん……召喚? 何のことだ?」

「花街より娼妓の召喚を……と出された申請が許可されました。前例がないようですが、公娼であれば構わないと春日局さまが手配し、明日にでも来て下さるそうです」


 孝は何のことか解らない様子で夏の話を聞いていたが、報告するその隣で小さく「よしっ!」と声が聞こえる。


「は? 娼妓? 俺はそんな申請出してねえけど? ……っ! さてはまたお前っ、余計なことしたな……!?」

「孝様の為ですよ……!」


 娼妓の召喚を……という言葉に孝ははっと上臈御年寄の男に視線を移した。
 上臈御年寄の男はにこにこと悪びれもなく笑顔で言ってのける。


「俺はもう、家光以外の女は抱かねーって言っただろうが……! 何が娼妓だ、俺は正室なんだぞ……!」

「何を仰る! 孝様が召喚して下さらなければ、私はどうなるんです!? まだ二十路ふたそじを過ぎたばかりなんですぞ! このまま老いさらばえろとでも!?」


 ……孝は眉を寄せ声を荒らげた。

 娼妓召喚の申請を出したのは上臈御年寄の男――。

 この男、毎度孝の代わりにあれこれと世話を焼いてはくれているのだが、余計なことをすることも多い。
 文句を付けると十倍になって返ってくるから基本的に自由にやらせている。

 その彼は家光に相手にされない孝を思いやり、娼妓をこの大奥へと召喚しようというらしい。
 孝の為と言ってはいるが、はたして……。
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