逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

258 雨の降る夜に③

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「えっ、くちす……? あっ、んんっ!?」


 満が近付いたのではなく家光、自らが力強く抱き寄せられ、そして同意もなく口を塞がれる。
 初めて重なった唇はひんやりしていて、柔らかく……などと、感想を心の中で語っている場合ではない。すぐさまひんやりした唇からは想像できない、熱い舌がぬるりと口腔内に滑り込んできたのだ。

 ちゅくちゅくと、こちらの舌を絡め取ろうと満の熱い舌肉が口腔内で蠢き、誘ってくる。
 散々振と練習し、口付ける際には反射的に口を半開きにしてしまうから、抵抗はない。誘われるままに少し絡めてみたら、食べられてしまうのではと思うほど舌を強く吸われた。
 舌の裏を擽られたり、歯列をなぞられ、身体の芯にぞくぞくとした軽い震えが湧き起こってくる。


「ちよ……ん……ちゅ……はっ……」

「んっ、んんっ……、んはぅっ……はっ……(息が出来ない……!)」


 いつの間にか満の両手が後頭部を押さえ、逃げられないように固定されて、角度を変え何度も何度も唇が重なった。

 ……ふっ、っ、ふぅ……ふっ……。

 荒い息遣いが重なり合う唇の上、鼻から漏れて、互いの鼻息までもが熱く交わる。
 くちゅくちゅ、ぴちゃぴちゃと独りでは奏でることの出来ない粘着質な音と、互いの唇の端からとろみを帯びた雫が滴り落ちた。


 ――みちるさん……!? どうして急に……!?


 っていうか、すごく気持ちいい~……☆
 キス、すきっ……☆
 みちるさん、すき……☆


 満は今、どんな顔でキスをしているのだろう。
 呼吸することも難しく、歓喜に湧いた家光は涙が滲んでよく見えない。
 あんなにも頑なにキスはしないと言っていたのに、なぜ急に。
 しかも思ったよりも激しい口付けだ。

 息継ぎするのに苦労するが、キスが好きな家光は陶酔したように夢中で満の唇と舌を受け止める。
 満がこんなに深く口付けてくれるとは思わなかった。
 ……口腔内に満の舌が這う度、頭が痺れて思考力を奪っていく。


「はぁ……はぁ……、千代さん……。大丈夫ですか……?」

「はあ、はあ……っ……だいじょぅ……って……?」


 一頻り口付けを交わし、気付けば家光の身体は組み敷かれ、畳に倒されていた。
 そのまま自らに覆い被さる満を見つめていると、彼は興奮したように息を吐き出し、僅かに笑みを湛えて半身を起こす。


「はあー……、私が悪いのですが、呼吸ができなくなるかと思いまして……はぁ……」

「はあ、はあ……っ、はあ、はあ……た、確かに……息が……はあ、はあ……」

「ふふふ、ちゃんと深呼吸してくださいね」

「し、深、呼吸……はぃ、はあ……はあ……」


 家光は未だよくわからないまま、急に与えられた心地良さに上気しながらぼうっと満の言う通りに深呼吸を繰り返した。
 もっとキスしたかったのは否めないが、片方の鼻が微妙に鼻づまりだったから、あのままでは酸欠になっていたかもしれない。
 酸欠になる寸前で止めてくれたのは正直助かった。


「ふぅ。……ふふ……、可愛い……」

「ぁぅ……☆☆」


 ――みちるさぁあああんんっ……☆☆


 懸命に深呼吸を繰り返す家光に、親指で自身の口元を拭った満が艶っぽく目を細め、蕩けるような笑みを向けてくる。

 なんて尊い笑顔なのだろう。
 その笑顔、今私に向けてくれているのよね……?

 瞬時に頬を抓り、これが現実であることを確認を取る。どうやら夢ではないらしい。
 痛みが出るくらいにぎゅっと抓むと、満の手が頬に伸びた。


「千代さん、そんな強く抓ったら痕が残ってしまいますよ?」


 眉を少しだけ下げる満が家光の手を頬から剥がすと、その手を寄せて指先に唇を落とす。
 柔らかい感触が指先に触れ、家光は目を見開いた。


「っ……み、みちるさん……。今夜……、その……」

「……ん?」

「……私を……」


 ――抱いていただけるので……?


 喉から出かかって言うのはやめる。
 満はこちらから迫ればさらりと躱し、何事もなかったかのように振る舞うことができる天邪鬼な気質を持つ男。
 捉えどころがない――そんなところも好きだからいいのだが、最後の夜、今の良い雰囲気を自らぶち壊す愚行は犯すまい。


「……清拭の途中でしたが、褥をご用意しますね」

「えっ(もう終わり……?)」


 不意に満の袖が顔に近付き、口元を拭われた。そういえば二人の唾液が口の端から零れていたのだ。
 家光の口元を拭った後彼はすぐ、畳まれた褥を二組 狭い部屋に敷いてゆく。

 昨日までは一組だった褥が今日は二組。
 シングルの布団はやはり狭く、寒いからと知り合いから借りたもの。
 ぴったりと隙間なく敷いてくれたのは良かったが、部屋の狭さ故かもしれない。

 明日家光は城に帰るから今夜が最後だが、もしあと一週間残っていれば、並んで寝ていた――ということか。
 どのみち同衾は昨日までだったのだと思うと、淋しく感じた。


「……ふぅ。さあ千代さん、準備ができましたよ」

「あ、ありがとうございます……」


 褥の準備が終わり、片方に満が座る。招く様に隣の褥をぽんぽんと叩かれ、家光は導かれるままに隣の褥に腰を下ろし、正座した。

 もう終わりなのかな……。
 最後の夜、キスができただけでも気持ちよかったし、いい思い出になったと思おう――。

 両腿にそれぞれ置いた手が小袖を掴み、握りしめる。
 本当はまだ一緒に居たくて堪らない。

 ……なれど、仕方ない。

 明日帰らなかったとしても、元々残り一週間の関係だったのだ。
 結ばれなくて反ってよかったのだろう。
 忘れられなくなって、執着してしまったら困るのだから。

 ……満も同じように腿に手を置いて、家光を見ていた。


「……」


 なぜか向かい合うように座り直す彼と目が合うが、互いに黙り込んでしまう。


「……(みちるさん、じっと見てくるからなんだか気まずい……)」


 ――でも、顔が好い……☆


 先程息継ぎも難しくなるくらい あんなに激しいキスをしておいて、今は平然としている満が、何を考えているのか家光にはさっぱりわからない。
 こちらは見つめ合うだけで身体が熱くなってしまうというのに……。

 故意ではないが、好き過ぎる男にじっと見つめられ、居た堪れない家光の挙動はおかしくなり目が泳いだ。


「……ふふっ」


 暫く黙り込んでいると、満が急に吹き出す。
 愉快そうな笑顔に家光はぽかん顔で目を瞬かせた。


「……?」

「千代さん。今宵、あなたを抱いても構いませんか?」
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