逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

271 可哀想な家光

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「しっ。これ以上長屋の住人との交流は無しだ」

「っ!!(だから耳元で喋らないでってば……!)」

「……見つかれば処分しなければならなくなるんだぞ?」

「っ(処分て……物騒だな……!)」


 風鳥が障子戸へ向けて顎を突き出すので家光は渋々二度頷く。
 護衛とはいえ、風鳥は隠密。
 暗殺なんかも得意とする――と、春日局から聞いている。

 家光には甘い男だが、必要があれば躊躇なく誰でも殺せやれる人間なのだそうだ。
 そんな風鳥の一面を見たことはまだないが、一生そんな一面見たくはない。

 口を塞ぐ手も身体を包む腕も身動ぎ一つできない程……確かに力が強過ぎる。
 護衛として頼もしい風鳥ではあるが、主君である自らを殺すことはないとはいえ、気が触れてこのまま少しでも力を強く加えようものなら絞殺されても不思議じゃない。武器などなくても女性一人くらいあっさり殺めてしまえそうだ。

 ……文吉を殺させるわけにはいかない。
 家光は大人しく黙り込み、息を潜めて文吉が去るのを待つことにした。

 その内がたがた。障子戸が開き、文吉が顔を出す。
 障子戸を開くと外では別の住人達が起きているのか、木戸のある方面から行商人とのやり取りが聞こえ賑やかだ。部屋の中で大人しくしていれば僅かな声なら誤魔化せそうである。


「あ、あれ……千代ちゃん? 居ないのかい? もう帰っちゃったのかい……。心配で来てみたけど……満ちゃん、手酷く振ったんだねえ……千代ちゃんあんなにいい子だったのに。莫迦だよお……」


 “可哀想に……。”


 気落ちしたような声で独り言を発して最後にぽつりと零し、文吉は障子戸を閉じて去って行った。
 部屋の中を確認されたらどうしようかと思ったが、なぜかそうはならなかった。
 文吉の足音が遠のき、風鳥の手が緩むと枕屏風の裏から這い出た家光は口を開く。


「振った……!? 私、フラれたの!?」

「……そうみたいだな。見た目だけで男を選ぶから……、ん?」


 家光に続いて枕屏風の裏から出た風鳥は、来た時には気付かなかった小さく折られた紙が土間に落ちていることに気付き拾い上げた。
 先程の中年女性、文吉が持って来たのだろうか。
 もしくはここを出る時に気付くよう、満が障子戸に挟んでおいたとも考えられる。

 障子戸玄関側から入室していない風鳥に気付けるはずもなく……、どちらにしてもふみなら改めさせてもらわねばならない。
 これも護衛の務めである――と、風鳥が小さく折られた紙を開くのに躊躇はなかった。


「見た目だけじゃない! みちるさんはとっても素敵な人なのっ! 強くて優しくてめっちゃ恰好いいんだから……!」


 逃げた男の肩を持つ家光の言葉を、風鳥は静かに耳を傾けながら綴られた文字に目を通していく。


「……ふうん? そんな奴がこんな書置き残していくのか……可哀想に。家光って男を見る目がないんだな」

「どういう意味よっ!」


 文を読み終えた風鳥が憐みの目を向けてくる。
 当然家光は激昂し、彼の袖を引っ張った。
 引っ張られたついでに、風鳥は読んでいた文を広げて突き付ける。


「読んでみろ」

「え……なに……? ……は? ……う、うそぉ……? 貸してっ!」


 ――うそだぁ……!


 始めこそ風鳥が広げたまま読んでいた家光だが、途中から目を疑い書置きを奪う。
 ……綴られた文章はおよそ信じ難いものだった。


 “全ては虚偽。演技でした。昔から女には不自由しないのですが、武家の偉い方とはまだ寝たことがなく、一度寝てみたいと思ってあなたを抱きました。せっかくだから暇潰しに惚れさせてからと思って一週間我慢しましたが、それ程気持ちよくもなく、遊女の方がまだましというのが正直な感想です。さっさと御自分のお家へお帰りになりますように。子が出来ていたら恐怖です。責任は取れません。命が惜しいので私は逃げますね。どうか捜さないで下さい、さようなら。満”


 虚偽、演技、暇潰し、気持ちよくない、遊女の方がまだまし……挙句、子が出来ていたら恐怖で命が惜しいから逃げる――。どの単語を取り上げても誠実な満が綴ったとは思えない言葉の数々である。
 満らしからぬ乱れた文字で慌てて書かれた様子ながら内容は酷いもので……文字が一部滲んで紙に皺が寄っていたが、なんとか全て読むことができた。


「やっぱりやり逃げされたのか……。可哀想な家光……あんた、将軍なのに……」


 不意に風鳥の腕が肩に回り、そっと抱き寄せられる。
 よしよしと頭を撫でられたが家光は風鳥から離れ、睨み上げて頬を膨らませた。


「っ! 風鳥酷いっ!」

「お、俺!? 酷いのはみちるって奴だろ?」


 なぜ俺が酷いと言われているのだろう?
 漸く困惑を見せた風鳥だがここでも家光を怒ったりはせず、次には真顔で見下ろした。

 ……風鳥の視線の先で、家光が涙を堪えている。
 泣かせてしまい申し訳ないと思うと共に、瞳に涙を溜めて震える家光を前に“可愛い”と萌えた。
 主君に対して抱いて良い感情ではないが、風鳥は家光が可愛くて仕方がない。
 二人きりでいると余計に愛しさが増すから困ったものだ。


「うぅ……違うもん、みちるさんはなにか事情があってここを出て行くしかなかったんだもん……」


 ――こんな手紙、信じない……!


 書置きの紙を握りしめる家光の拳がぶるぶると震える。
 満にはきっとやんごとなき事情があったに違いない、そうとしか脳が理解してくれない。


「家光あんた……ここまで虚仮こけにされて肩を持つのかよ……」

「この文に書かれてることこそが嘘なの! それに……(だってみちるさん、一回目はすぐイッちゃったし、あれだけ愛し合ったんだもの嘘なわけないじゃない……!)」


 ――あれが嘘だとしたら、みちるさんが逃げる必要ないよね……?


 文には責任逃れのために逃げると書いてあるが、そもそも子ができた際に責任を取って欲しいとは思っていないし、避妊薬を飲んでいるから大丈夫だと騙したのはこちらだ。
 今朝目覚めたら全てを話そうとは思っていたが、まだ話していない以上満が逃げる必要など何もない。
 ……とすれば満自身に何か事情があったとみていい。


「……ま、まあ、確かに夜逃げみたいではあったかもなあ……」


 そういや切羽詰まったように走り去っていったっけ――。
 思い返して先程訪ねて来た文吉が、満を呼び止めた中年女性だとわかり風鳥は眉間に皺を寄せる。

 文吉をちらりと見たが気の良さそうな町人だった。
 その女性が満とどんな関係かは知らないが、さっきの家光の好意的な態度を見るに恐らく恋人同士ではないだろう。
 無言で去って行った酷い男にも優しい声を掛けていた……ということは、満はそう酷い男でもない――のかもしれない。

 判断がつかない風鳥は首を捻る。
 こんなことなら呼び止めてやればよかったと後悔してももう遅い。
 ……家光の相手が逃げた男だとは知らなかったのだから。
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