Formalisme──A Priori

朝倉志月

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霜降

14*.

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 上がってきた息も、震える身体も、反応する自分の身体を隠し切れない。服の上から俺の反応を確かめると、片手でベルトを解かれた。

 布一枚分、片桐の手が近くなって、あっさりと弄ばれる。狂いそうに焦れったい。俺が何を欲しがっているのかよくよくわかっているくせして、はぐらかそうとする片桐が心底、憎たらしい。

「大丈夫だから」

 ただただ穏やかな片桐の声に、なけなしの理性に火が付いた。シーツの中の片桐の左手を引っ張り出して、親指の根本に思い切り噛みついてやった。さすがに想定外だったらしい片桐の身体が硬直する。

「そんなもんかよ。手抜きすんな」

 その隙に、やっと肩越しに振り向いて、顔を見てやった。

「楽しませる気がないのは、見苦しいんじゃないの? 身体が熱くなるくらいのこと、させてみろよ」

 どうやったって負け惜しみだ。シーツの中でおっ立てさせられて言う台詞じゃない。でも、言うだけは言ってやらないと、小手先だけであしらわれて終わってしまう。

 手の痛みを言外に愁眉で表していた片桐は、長い息を吐いた。それに対して畳みかける。

「契約は成立、前払いしたろ」

 このまま適当にごまかされたら、それこそ後悔してもしきれない。

 ここまでもって来たのに。反故にされたら───目尻に涙が溜まるのをごまかしきれなかった。

 睨んでも、片桐はどこ吹く風で、あらぬ方向を見ている。

 歯型のついた手を、口元に当てて痛みを堪えていた片桐は、再び長い長い溜息を吐いた。あまりに長くて、途中、息が止まっているんじゃないかと思うほどに。

 やがて、片桐はゆっくりと俺の背中を元通り、胸の中に抱き込んだ。

 体温が再び伝わるようになった頃、片桐は、低く低く、耳朶に声を吹き込んだ。

「後悔しないな」

 首を這い下りる吐息に、鳥肌が立った。

「後悔なんか、するに、決まってるだろ……!」

 片桐の手に、身体が逆らう余地はない。このまま放り出されたって、手もなく溶かされたって、どちらにしたって、死ぬほど後悔するに決まってる。押しかけてまで片桐を手に入れたかったのは俺だけで、片桐は、今、この瞬間だって、一刻も早く俺から離れたがっている。

 今、この瞬間は、運命の悪戯。何かの間違いで、出会うはずの無かった相手と、一夜を共にしようとしている。

 みじめで情けなくて、肌が離れたくないのに、逃げ出してしまいたくなって、身体を起こして片桐から身を離しかけた。

 強い腕で、引き戻された。
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